イニシャルは瞳、でもアイドルマニアではない(今更)
昔の曲は覚えているだけなら数多いのですが、歌えるかと言われると・・・いや、女性アイドルのは無理だろ、クマだろうに。でも歌う?のは好きさ。でも男性アイドルは相対的に数が少ない、と言うか、この時期以降はほぼジャニ系しかいない。息っ子クラブ、誰か憶えてる?CHA‐CHAなら残滓がのこってるけど。
ラジカセを買ったもらった中学校時代、地元の放送局の番組と、NHKFMを随分と聞いていた、いや、FM仙台が出来たから主にそっちか。AMよりはクリアに聞けることと、エアチェックのためのFM専門雑誌。あとは地元河北新報のテレビ・ラジオ欄。そう言ったものに齧り付いて、さあ何を聞こう、と学業もおろそかに熱中していた、事もありました。後にオーディオに嵌り、単体チューナー(パイオニア製でした)購入した時は、室内用の大きなアンテナもつけたりして。室内用では結局屋外設置用にかなう訳はないのですが、というか、そもそも地方で放送局も少ない環境では、あまり意味がない、と言うか無駄な投資だった気がします。だって、電波状態はクリアだし(競合する電波源が無い)、混信もハムもほとんどない。AMだと山地なので電波をとらえるのが大変でしたけど、まだまだAMステレオも導入されてない時代の話です。少なくとも今現在の官製のデジタル故の受信のし辛さよりずっとましですよ。パラボラアンテナ嫌いさ。地上デジタルは屑だ。特に山間部は・・・ビルの谷間の都会もあまり変わらんかも、現代は。
ともかく毎週ラジオに齧り付いて聞いていたのが、FMならたまにやってる洋楽特集、AMなら地元東北放送ラジオのサンテレこと「サンデーテレフォンリクエスト」。FMの方ではレッドツェペリンの「天国への階段」とかディープパープル「スモーク・オン・ザ・ウォーター」とか、ホール&オーツの「マンイーター」とか(の収録されているアルバム特集)を聴きました。それをカセットテープに録音して、番組によってはその曲目を印刷してあるレーベルが、雑誌の付録?であったりして。それをエアチェックしたカセットに仕込んで保存する、という今なら「捕まるよ、マヂで。」と放送されそうなことを、公式?でやってましたからね。そういう文化だったんよ。昔は。AMは・・・そういうのは無かったとは思うのだけど、気象状況によってはもの凄い雑音の入る地域で、それにもめげず当時のヒット曲?を聞いていました。所謂82年組では、一番印象に残ったのが新井薫子「虹色の瞳」でした。大きな瞳の印象的な(後にグラビア等で見ての話です)、明るい歌声。ちょっと早口言葉っぽく、「なつをまちきれなくて、こいをまちきれなくて、ふっふー」と歌ってらっしゃって、スポットで入るCMで映えてましたね。2曲目が「イニシャルは夏」、曲のイメージはほぼ踏襲しているのはこの時期のお約束。でもこの歌も結構好きでしたが、3曲目、「赤い靴」辺りからほとんど流れなくなって、次が「私の彼は左利き」、麻丘めぐみさんの歌のカバーですから、さすがにレトロっぽかった。同時期の小泉今日子も「素敵なラブリーボーイ」で林寛子さんの歌のリメイクしたけれど、流行ってたんですかね?ジャンルはちょい違いますが、浜田朱里さんも「想い出のセレナーデ」(天地真理の名曲)カバーしてましたからね。そういえば、年長の柏原芳恵さんが「ハローグッバイ」(アグネス・チャンのB面曲)ヒットさせてたからなあ。ともかく、20年ほど前に某所でオフ系店舗回りの際に「虹色の瞳」と「イニシャルは夏」見つけて購入したのが最初の頃の成果だったと思います。そういえば、あの頃レコード再度買い始めたんだよなあ。でも今に至るに、あの時以来、新井さんのレコードに出会えない。1stと2ndシングルはスマッシュヒットしたからなあ。でもそれ以降は・・・CDで何か出てまいか?
高校の頃なら、ラジオのスポット広告で森川美穂「教室」が印象的でした。それと井浦秀知の「春のモーニング・トレイン」かな。中学の頃ならやっぱり、沢田聖子さんの「春」ですね。イルカさんの歌のカバーです。




