売れていた歌 その傾向
高校の頃はあまり振り返りたくないですが、一応卒業後の就職時に自分の身体を鍛え直そうと思ったおかげで今、まだ動けてますし、授業内容なんて、てんで憶えてないけれど何らかの上積みは出来たはずです。何事も無駄なことは無い。そこにいただけでも経験になるぐらいに開き直れるようになった3年間ではありました。今考えれば無駄な熊だ事。ついでに、熊でも免許は獲れました。いいのかな?
私の高校時代は(中学時代もだけど)、さまざまに、とても私には良いとは思えない歌が流行っておりました。なんて社会性のないクマだ事。中学時代なら、やはり横浜銀蝿。「ツッパリハイスクールロックンロール(登校編)」とか馬鹿みたいに売れてました。特に校内が荒れていたわけでは無いし、音楽的にはダウンタウンブギウギバンドのリスペクトでもしたいのかな、という感じの、でもよりチープな、どちらかといえば米国のストレイキャッツあたりの軽いロックンロールに、独特な美学みたいなものを仮装して見せたバンドだなとは思ってましたけど、あ、それとジョーンジェット&ブラックハーツの「アイラブロックンロール」へのオマージュでしょうかね。少なくともそれ単体では音楽とは見なしていませんでした。いずれ聞くつもりにもならないものだとおもっていたわけで、その辺の周りとの差異が際立ってきたのが中学時代だったというのか、割と、自分の方が大人だよと思っていたかったのでしょう。素直に皆が聞くもの聞いときゃいいのに。でも彼らの音楽は、特に耳の残るものでもなかったので(好きな方には失礼ですが)、ずっと無視していたのですよ、ジョニーが「ジェームスディーンのように」出すまでは。どうもこの方は努力と根性とかそういったものをご自分の音楽の中に織り交ぜるのが得意な方で、銀蝿本体よりもファミリーの嶋大輔の歌に、「男の勲章」とか「お前だけアイラブユー」とか作ってまして、ご本人のソロアルバムともども何故か大好きでした。2ndシングルの「$百萬BABY」も結構好きで、松本隆さんの詞の「ぜ」の使い方が効果的であったとは、月間明星での評価でしたが、私もそう思ったものです。それでも、周りの普通の中学生は、ちょと不良っぽいのは、ほぼ銀蝿くらいしか聞いてませんでした。その関係か、オフコースなんか聞いていると、どちらかと言うと仲間外れっぽくなってました。もともと他人と話すのは苦手でしたから、これ幸いと周りとはほぼ音楽の話はせず(女子とは割と話が合いましたが)、中3の頃のチェッカーズの登場は、最初が「ギザギザハートの子守歌」でしたから、これもなあ、と思っていたものです。「涙のリクエスト」は狙いすぎだったし。「哀しくてジェラシー」は更にあれだったので、「星屑のステージ」出た頃はもう高校の頃で、周りは音楽の事なんて・・・割とその辺から、周りとの軋轢が酷くなってきてまして、高校の頃は音楽について他人に語るとはありませんでした。皆が好むのは、レベッカとか渡辺美里とか尾崎豊とかで、彼らの歌う青春像は、とてもじゃないですが自分に似合うものではありません。それ故に筆者は熊。虎にはなれそうもなかったので。ちなみにレベッカはほぼ当時の高校生が熱中していたと思いますが、あんなキラキラした青春像、とても追えるもんじゃない。尾崎豊については、数々のステージ上での伝説めいた逸話がありましたが、結局のところ最期がほぼらりった末の末路でしたし、歌詞の内容も、私的には全然共感できなかったものです。こんな事普段から言ってるから、ほぼ村八分状態になるんだよなあ、とは正直な、今でこそ言える述懐です。たとえば、「卒業」なら、私の性分としては「よるのこうしゃまどがらす みがいてまわった」ぐらいの事しろよ、壊してどうすんだ、何が支配だ、そう思うくらいなら学校なんか来るな、これが正直な感想でした。そのぐらい強く言える人間だから、まあ死んだ今でも人気があるんだろうとは思いますけど、尾崎豊、『17歳の地図』の頃から知ってはいましたが。「卒業」聞いた感想が前述の通りだし、次に聞いたのが「ドライビングオールナイト」なのですが、ラジオで、それも曲紹介を聞いてなかったので、はじめ、「谷村新司、ずい分若い歌歌うなあ」と感心して聴いていました。そのぐらいには良い声でしたけど、聞いているうちに「あれ、若いだけじゃん。これ、誰だ?」となりまして、曲の後にもう一度曲紹介があって、「へえ、こんなに上手いんだ。」という感想になった次第。こりゃ、ファンに呪われんな。人間に囲まれたらヤバそうクマ。でも、こんな感じで周りとの乖離が激しくなってたので、どうにも一般性が獲得できませんでした。判ってるならまず自分の身の振り方を考えろやと思うようになったのは、だからこの辺からです、が、いまだに人間にはなれていません。くまったもんだ。
渡辺美里さんは、高1の時知り合ったヤツが「マイレボリューション」前からのファンでして「死んでるみたいに生きたくない」に感銘を受けたようなのですが、私は「セーラー服通り」観てたくちなので、そもそもの入り方が違うのでした。小室哲哉、この頃で抑えていればねえ。




