マルタの鷹について
加藤和彦さんは一時期、長距離移動の際に車内でガンガンかけていたものです。実家から3時間ほどの行程をほかのは渡辺真知子の初期の5枚や、伊豆田浩之のアルバムなんかと共にエンドレスで聴いていました。当時の車にはCDデッキついてなかったので、DATに落として、車載用の様々なオプションを揃えて・・・はなから車載CD買えばいいじゃん。でも文明の利器に疎い熊にはそのぐらいがお似合いなのさ。
加藤和彦の一連のアルバムについては、最初に触れたのが「ボレロ・カリフォルニア」であった事もあってか、次へ行くより過去に戻ることが命題となりました。ただ、当時(昭和末期です)のレコード店では過去作品にほとんどめぐり逢うことも無く、何年かは塩漬け状態であったわけです。私の意識として。楽曲の制作者としては、飯島真理「愛・覚えていますか」とか稲垣潤一「ブルージンピエロ」とか伊藤つかさ「夕暮れ物語」とかで触れる機会もあったのですが、昭和60年代にはほとんど過去の人扱いで、たまに「帰ってきたヨッパライ」とか、「あの素晴らしい愛をもう一度」の制作、歌唱者としてテレビ等で紹介されるものの、今にして思えば、1970年代のような精力的な創作活動は、多分売り上げ面から、離れていた感じではありました。確か某アニメにサディスティックミカバンドの「タイムマシンにお願い」が主題歌として取り上げられて、再評価の声が上がったのだったはずです。その頃は、色々あってアニメを見ている状態ではなかったのもあって、サディスティックミカバンドにまでは手を出しませんでした。安井かずみさんは関わってないし。でもその後、中古のCDでレンタル上がりのミカバンド関係のCDを入手して聴いて、やはり『黒船』には衝撃を受けました。高中さんやら、後期には後藤次利までいる。その時のCDのライナーノーツを見てミカバンドがどれだけ凄いメンバーがいたかと、何を行ったかは知ることが出来ました。いやー「墨絵の国へ」の何と斬新な事か。和モダンとはこれだな、と今なら思います。加藤和彦の美学が結晶化している名曲ではありますが、それでもなお、私的には『それから先のことは・・・』以降の安井かずみさんとのコンビの作品の方が肌に合いました。片手落ち、では違うな、しっくりこないと言うべきか。ただ単にその両者の合わさった作品が好きだったからとも言えますが、まあそんなこともあって、その後ミカバンドのアルバムはロンドン公演のライブを中古で入手しただけで、ついでにフォークルの再集結も聞かないで今に至っています。ご本人の存命中にもっと積極的に聞いておくんだったと思わないでもないのですが、でも、三つ子の魂百までではないですが、最初の巡り合わせがコマーシャルソングですから・・・。ただ、よく思い出すと、「家をつくるなら」聞いた方が早かったかも。でも、順番的にはソロアルバムの中では『マルタの鷹』が一番後に聞いた作品でした。仙台の今は無き某中古ショップで偶然見つけまして、探していたこともあり、若干お高めだったけどすぐ飛びつきました。それから20年後くらいに再発されるのですが、それまでは他の店では見かけたことすらなかったですから。もう、貪るように聴きましたね。マルタの鷹、元ネタになったであろう探偵小説は、小学生の頃地元の図書館に陳列されてましたが、かなりあれなハードボイルド系の話である事は知ったけれど、何故か読みませんでした。夢枕獏の「魔獣狩り」は読んだのに。いや、こっちは半分エロ助なお話だったけど。「黄金宮」も「闇狩り師」もそうですがって、ジャンルが違うやん。「キマイラ吼」もそうだな。自重自重。
それで、この『マルタの鷹』、何ともアダルトな内容で、詞の中身も音楽も仄暗い、イメージがまた心地よい。特に「ディッセンバーソング」は響きました。もう、「薔薇のカウチ」が欲しかったですね。まあ、熊にゃ似合わんけど。想像したくもない。しかもそこにいるのは君だし。まあとりあえず、そんな事もあってか、「愛はピカピカ」も手を出さなかったし、よく「純情」に手を出したもんだと、まあこれは、行きつけの店で出てたからという理由ですが。吉田拓郎とのデュエットの阿久悠作詞の逸品ですが、その後すぐ安井かずみさんが亡くなったことを思うと、色々複雑なものはあります。その時の心情たるや。
既にDATも生産すらしていない、と思ったら、CDすら汎用としては危うい。ブルーレイの時代が来るのではなかったのですかね。SACDすらほぼどこへやら。DVDAudioなんて覚えてる人いるんかい。全ては風の中に。Dust in the Windですな。老熊もただ消え去るのみですね。




