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歌謡曲雑感  作者: 前田智
17/17

じゃあ帝王は?

先日、自分の中のブラックボックスを開けてみたら、それに付随する黒いものがちらほら。まあ子供時代の話だし大したことしてきた訳でもないので、その辺は良いのだけれど、朝から我が家方面は雉が煩い。これだから田舎は。

 帝王といえばジャック・ニクラウス。私らの年代では常識中の常識です。でも分かると、年齢がバレそうです。こんなもの書いてるとすぐわかりそうなものですが。もとい、古い記憶を辿っていたら、自分が昔、そう小学生高学年の末あたりから、あるヤバい趣味を持っていたことに思い当たった。私がレコードを聴きだしたのは小4の終わり、渡辺真知子(「迷い道」がデビュー曲。他にも「かもめがとんだ日」や「ブルー」、「たとえば、たとえば」そして「唇よ熱く君を語れ」といったヒット曲がある、一時期歌うまのお姉さん(××××とは言わない)的扱いでテレビに引っ張りだこでしたが、横浜出身?のシンガーソングライター(これも死語ですかね)で、個人的には「別れて、そして」が大好きな曲です。

以前SONYからCD選書と言うシリーズが出てまして、ファーストから5枚目までのアルバムを一挙にCDで廉価で出してました(1枚枚1,500円+消費税、ググったら前世紀の話だった)。続編として6枚目以降も出てたのに、そっちは見かけたにもかかわらず買わなかったのが今でも悔しいです。と、それは本題ではない。で、もう50年ほど前の話ですが、テレビ番組「ザ・ベストテン」を知ってしばらくして、何を考えたかこの私、毎週のそのランキングをノートに線引っ張って項目を作り、書き写していたわけです。脇の方に出欠とかも記載して。時折入る20位以下のランキングは、当時まだビデオデッキ(わあ、これも死語だな)がなかったので、高速で(あの久米宏さんがお届けしてました)流れるそれを必死こいて書き写し、後で清書しながら(11~20位も毎週そんな感じでしたが)、ノート3冊分くらい、中学時代までそんなことやってました。うん、我ながらかなり偏執的だ。と、別に自分をデスるつもりはないのですが、ただそのおかげで、こと昔の(当時としては最新ね)歌に使われている漢字については覚える事に役立ったものです。始めて2年後くらいですか、田原俊彦がシングル「君に薔薇薔薇・・・という感じ」と言うのを出したんですが、それで憶えましたよ、薔薇、と言う漢字を。思わぬ副産物というか副作用?かも知れません。他にも同様の例はあったのですが、正直、もう記憶にゴザイマセン。でも、そんな些細な事で漢字を覚えた子もいるのです。馬鹿にしたものではありません(と、自己弁護する)。おっと、本題から外れてる。

 さて、以前、歌謡曲の女王は高田みづえさんと申しましたが、女王がいるなら王様は?という事で考えたのですが、これはすんなりと、とはいかないのです、若大将加山雄三や北の大御所北島三郎や、古くは歌謡曲と言うより日本の歌の大名跡たる藤山一郎他、女王以上に多士済々。近江俊郎もそうだな。でも日本において、歌謡曲という括りなら、偉大なる先達たちを差し置いても上がる名前があります。日本のショービジネスを、恐らく今の形にした最大の功労者は少なくとも私にとっては沢田研二以外にあり得ません。年齢的にタイガース時代のことは噂ぐらいにしか知りませんが、もうその時点で、少なくとも当時はしりのアイドルとしてTOPだったでしょうし、その後ソロに転身してからのジュリー(あえてこう呼びましょう。私は何故そう呼ばれるのかは知らないのですが)は、当時では考えられない様々なムーブメントを起してきました。ルックスも歌唱法もパフォーマンスも歌う歌も。少なくとも事務所の意向とかそういったものもあったのでしょうが、それもジュリーの魅力、努力、行動あっての事です。色々あり過ぎて私程度の者に語れるものでもありませんが、とにかく個人的見解として歌謡曲の帝王といえばジュリー、沢田研二その人なのです。古い記憶としては、多分(自分の)初期のころに見た歌本(多分月刊平凡の方の。この頃は明星か平凡かの過渡期でありました。結局私は明星を選んだんですけど。)(これを書くにあたってググってみたら、明星って集英社の雑誌だったんですね。ずっと買ってたのに気づいてなかった。忘れてただけかもしれませんが、投稿とかしたことなかったしな。平凡は現マガジンハウスとか。平凡の方が大手と思ってました。平凡パンチもあったし。子供なんてそんなものです。世界が狭かったし。実は超大手?今も世界が狭いしなあ、私。)に、当時の最新曲として「酒場でDABADA」があったのですが、この曲の題名が「酒場と墓場」となっていました。確か候補としてはあったはずですが、それを出してしまったのかな?じゃなくてぇ、この曲が出た順番も勘違いしていましたが、いずれ、この阿久悠さんの酔っ払ったような作詞の歌も(失礼)自分のものにして何事もなく歌ってしまう(その前は「恋のバッドチューニング」ですからね。この辺の順番を勘違いしてました。)実力とバイタリティですね。これはジュリーかその時期なら西城秀樹くらいしか出来なかったでしょうね。ちょい後で郷ひろみも「お嫁サンバ」歌ってのけたけど。かなり葛藤があったと何かで話していらっしゃいましたが。でも、あれも凄いな。さすがこの時代の芸能人は。とまれジュリーはこれに限らず、ヤマトの歌を歌ってみたり、後には大沢誉志幸の「晴れのちBLUEBOY]歌ってみせたり。でも一番好きなのは「渚のラブレター」。ご本人の作曲による名曲です。他にも「コバルトの季節の中で」とか「ストリッパー」とかご本人歌唱の他にもアン・ルイスに提供した「ラ・セゾン」とか、あまりに凄すぎて言葉もありません。さすが歌謡曲の帝王、と称賛したい方です。


雉がいるとして、そんな山の中、じゃあ熊は? もちろんいます、そこらへんに。今これを書いているのも、冬眠明けの動物です。頭の中黒いし。

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