第11話 再び現れる王都の使者
ある昼下がり。
村の子どもたちと川辺で釣りをしていた僕の耳に、蹄の音が響いた。
ドドドド――。
見上げると、白銀の鎧をまとった騎士団が土煙を上げて近づいてくる。
その先頭にいるのは、見覚えのある緋色のマントの男。
「……ロイさん」
王都の使者、ロイ・ハーヴィス。
彼は相変わらず冷たい瞳で、しかしどこか誠実さを秘めた表情で僕を見下ろしていた。
「久しいな、リオン」
馬から降りると、彼は真っ直ぐ僕に歩み寄ってきた。
「前に言っただろう。王都はお前を求めている。――そして今、陛下の命令により迎えに来た」
その言葉に、村人たちの間にざわめきが走った。
「ま、またか……!」
「リオンさんを連れていかないで!」
子どもが僕の服の裾を掴み、涙目で見上げてくる。
「リオンさん、行っちゃうの?」
胸が痛む。
僕は優しく子どもの頭を撫でながら、ロイに向き直った。
「僕は……この村に残ると決めました」
静かに、しかしはっきりと告げる。
だがロイは首を振った。
「前回と状況が違う。今や“修繕士”の名は王都全土に広まっている。
敵国はお前を狙い、盗賊団が動いたのもその一端だ。辺境にいれば、いずれ大きな犠牲が出る」
彼の瞳に、一瞬だけ迷いが宿った。
「……これは俺の言葉でもある。リオン、お前を戦場に駆り立てたいわけじゃない。だが、守るべきものを守るためには、力を隠してはいけないんだ」
沈黙が広場を包んだ。
村人たちの視線が痛いほどに集まる。
誰もが「残ってほしい」と願っている。
でも同時に、ロイの言葉も理解している。
僕自身も分かっていた。
修繕の力は、もう村だけで抱えきれない。
「……ロイさん」
僕はゆっくりと口を開いた。
「もし僕が王都に行ったら、この村はどうなる? 魔物や盗賊から守れるのか?」
「心配はいらない。王国騎士団が駐留する。村は手厚く守られる」
ロイの言葉に、村人たちの表情が揺れた。
不安と期待が入り混じる。
胸の奥で何度も反芻する。
村に残るか、王都へ行くか。
どちらを選んでも、後戻りはできない。
だが――。
「……分かりました」
僕は大きく息を吐いた。
「王都へ行きます。ただし――この村を必ず守ってくれると約束してください」
ロイの瞳が、わずかに柔らかくなった。
「もちろんだ。お前の村は、この国が責任を持って守る」
村人たちの間に、驚きと安堵の入り混じった声が広がる。
子どもたちが泣きそうな顔で僕に抱きついた。
「リオンさん……」
「大丈夫。また帰ってくるよ」
そう優しく答え、僕は決意を固めた。
――辺境スローライフの日々は、ここで一旦幕を下ろす。
けれど新しい舞台で、修繕士としての物語が始まろうとしていた。