第1話 追放の日
勇者パーティの控え室に、どんよりとした空気が満ちていた。
いや、どんよりしていたのは僕だけかもしれない。
「リオン、お前……やっぱり邪魔だわ」
勇者の剣を肩に担ぎながら、リーダーのカイルがそう言った。
彼は筋骨隆々、容姿端麗、仲間からも国王からも期待される存在。
対して僕は――スキル〈修繕〉しか持たない凡人。
「壊れた物を直すだけ? そんなの、冒険に必要ねぇだろ」
「荷物持ちくらいしか取り柄がないもんな」
「いや、その荷物持ちですら、転移魔法で代用できるし」
聖女ミリアと魔法使いのジルが追い打ちをかける。
胸にズキリと痛みが走ったが、反論する気力もなかった。
僕は確かに、戦いの役には立たなかった。
剣を振れば足をもつれさせ、魔法を唱えれば詠唱を噛む。
唯一できるのは、戦闘の後に壊れた武具や道具を直すことだけ。
「……だから、お前は今日で追放だ」
カイルが冷たく言い放つ。
仲間たちがうなずく。まるで最初から決まっていたかのように。
「え、えっと……」
僕は口ごもる。
「今まで世話になったな。元気でな」
軽く背中を押され、荷物を持たされ、僕はパーティから追い出された。
扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。
◇
国都を出て、僕はあてもなく歩いた。
財布の中身は雀の涙。行くあてもない。
「……どこで生きていこうかな」
自嘲気味に笑った。
だが不思議と、胸の奥にはほんの少しの解放感もあった。
あのパーティでは、ずっと肩身が狭かったから。
そうしてたどり着いたのは、王国の辺境にある小さな村。
畑は荒れ、家屋は古び、村人たちは疲れ切った顔をしていた。
「おや、旅のお方?」
腰の曲がった老婆が声をかけてきた。
「すまないが、この鍬を直してはくれんかね」
手渡された鍬は、刃がひび割れ、柄もぐらぐらしていた。
普通なら鍛冶屋の仕事だ。だが僕の手が自然と伸びる。
「……〈修繕〉」
スキルを発動すると、鍬が淡い光に包まれた。
次の瞬間、刃のひびは消え、柄は新品同様にしっかり固定されている。
それどころか――鍬全体がわずかに輝き、まるで力を宿したかのように。
「ほ、ほんとに直った! いや、それ以上に……軽くて丈夫だ!」
老婆が目を見開き、感嘆の声を上げる。
試しに土を耕してみると、刃はするりと大地を割り、硬い土塊すらほぐしてしまった。
「こ、これは……! あんた、ただ者じゃないね!」
村人たちがざわめき始める。
僕はぽかんと口を開けた。
(……え、これって、僕のスキル、ただの修理じゃなかったの?)
◇
その日の夜。
村人たちが集まり、小さな宴が開かれた。
「リオンさん! 明日も農具を見てくれませんか?」
「壊れた井戸の滑車もお願い!」
「うちの魔導ランプも頼む!」
気づけば、僕の周りに人が集まり、次々と頼まれていた。
直してみればどれも新品以上に生まれ変わり、時に不思議な力を宿す。
村人たちの目に、希望の光が灯っていた。
僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……追放されてよかった、のかもな」
勇者たちの華やかな冒険譚には、もう関わらなくていい。
壊れた物を直して、みんなの笑顔を見る。
――それが、僕の新しい物語の始まりだった。