第72話 側妃ミーナの取り巻きたち
皆の前で『私自ら立つ』と言ったのだもの。
炊き出しの面子に妨害者が紛れ込む可能性は、最初からあると思っていた。
むしろ、ここを狙わない手はないだろう。
だって妨害の結果私がどうなるのか、どんな顔をするのかを、時間的誤差なしに見れる場なのだから。
怖さで言えば、子どもたちを失ったあの教会の時に、既に最大を感じてしまっている。
ある種の麻痺なのかもしれないけれど、こうやって悪意の標的になる事も、子どもたちの未来を守るためには必要な事だ。
だから今更、怖くない。
見えない陰に怖がってなんていたら、いつまで経ってもあの子たちが安心して暮らせる日常はやってこない。
「さぁでは皆さん、始めましょう」
私が周りにそう声をかけると、夫人や令嬢たちが「はい!」「じゃあ皆、頑張るわよ!!」と気合を入れた。
まだ犯人が誰かは分からないけど、とりあえず炊き出しは予定通りに進めなければならない。
別に今すぐ犯人をあぶり出す必要もないのだから。
「あっ! お母さまっ!!」
炊き出しを配り始めてしばらくした頃、可愛らしい声でそう呼ばれ、そちらに視線を向け、顔を綻ばせた。
ロディスが嬉しそうな顔で、ポテポテと走ってくる。
一緒に来たアンはリリアを抱いていて、その後ろにはウィルターが、いつも通りの生真面目な無表情で彼女たちをしっかりと護衛していた。
「お母さま!」
「来たのね、ロディス」
「うん、がまんした!」
おそらくは「もっと早く来たかったけど、アンに言われて今まで我慢してた」という事なのだろう。
炊き出しの輪から一旦離れ、可愛らしい我が子を抱き上げて、その柔らかく温かな感触に幸せを感じる。
「すごいわ、ロディス。ちゃんと我慢して、ここまで来たのね。どう? 初めての『お外』は」
実はこの大規模な慈善事業を行うと決めた頃は、一度も後宮の敷地内から外に出た事がなかったロディス。
今日のために王城敷地内を少しずつ一緒に散策し、人や知らない場所に体を慣らしていた。
しかし城の外に出たのは、今日が初めて。
それはもちろんリリアもだ。
本当は、子どもたちの初めてには私も立ち会いたかった。
しかし今回は、無理だった。
これは子どもたちのための事だから、私も我慢したのだ。
時には子どもたちのために、子どもたちと一緒にいる事を我慢しなければならない事もある。
それは親として、ほんの少し寂しいけれど。
「王子様の休憩時間に合わせて来たつもりですが、もしかして少し早すぎましたか?」
「いえ、大丈夫よアン。ちょうど時間だわ」
そう言って、ロディスに「では、お母様と一緒に王都を見に行きましょうか」を告げる。
ロディスは嬉しそうに「はい!」と答えた。
その笑顔にまた一つ癒されて、「では」と視線を会場に向ける。
「ティーディルディ侯爵夫人、休憩時間なので少し抜けてきます。その間、ここをお願いね。何かあればすぐにでも、騎士を一人走らせていいから」
「はい、畏まりいました! 王妃様も王太子殿下と楽しんでいらして――」
「あーら王妃様、食中毒が出たのですって? このような汚らしいところで偽善をされてご苦労な事です、が……」
取り巻きを後ろ引き連れて、場違いにも煌びやかなドレスを身に纏ったある夫人が、不自然に言葉を尻すぼみにしていった。
さも「あれ?」と首を傾げたそうな様子で、目をパチクリとさせている。
――そうでしょうね、だってあれからも、幾らか妨害工作があったもの。
例えば、塩と砂糖のすり替えによる味付け妨害。
例えば、何者かによる「王妃様の炊き出しで倒れた人がいる」というデマによる、やってくる貧民たちの数の減少。
すべて私が事前に目を摘み滞りなく回してきたけれど、おそらく彼女はすべてがうまく進んだ結果、誰にも振舞われない食事と閑散とした炊き出しの場に、私たちだけがただひたすら立ち待つ姿を期待して来たに違いない。
実際には、そうはならなかった。
優しく対応する令嬢や婦人たち。
争わずに素直に並んでくれる貧民たち。
提供される、温かい食べ物。
美味しそうに食事を取る人たちの姿がここにはあったのだけど。
でもこれで、一つ分かった事が増えたわ。
やはり実行犯には指示役がいる。
この嫌がらせはある程度組織的なものだ。
でなければ、今まで対して仲が良くも悪くもなかった夫人がこうして好機とばかりにこんなところまで足を運んで来たりしない。
おそらくこの夫人とその取り巻きたちも、誰かの差し金なのだろう。
そしてそれは、ほぼ間違いなく……。
目の前の夫人には見覚えがあった。
時戻り前、私の立場を直接的に下げたのは側妃のミーナだったけど、彼女に便乗する形で、同じく私を身体的にも精神的にも貶めた人間というのがいる。
側妃ミーナの取り巻きたち。
その筆頭が、この女だ。




