■■ 7. ラブレターフロムサカシタ
From: youterraisland_ll@
To: low_elfin53@
SUbject: 拝見しました
エルフィン様。
寺島です。前回のメールで新作の作成過程を見せて頂き、ありがとうございます。
なんだかすごいです。作り方としてはとてもオーソドックスなのに、どうして完成品はあれほどまでに凄まじいできあがりなのでしょうか。わたしも手元のゴーカート表彰式のピーチ姫フィギュアを見てため息です。
店長に聞いたらエルフィン様はエアブラシを一切使用しないとか。この綿密な塗装を筆で行って居るのが信じられません。
むしろ、細かいところより、大きな面塗装がまったくむら無く行えているところがすごいです。参考までに、塗料の種類と筆の種類を教えて頂けますか。
こちらでも新しいピーチ姫のフィギュアを作って居ますが今ひとつポーズが安定しません。形状としては大江戸運動会で菊乃姫と行ったパン食い競争を題材にしようと思っています。
部屋の姿見にパンを食べるところとか映して良いアングルを探っているところです。形状ができあがったら見て下さい。
それでは、失礼します。
From: low_elfin53@
To: youterraisland_ll@
SUbject: Re: 拝見しました
ユウちゃんへ。
ロウだよ。お返事ありがとね。
あのね、エルフィンって呼ばれるのは慣れてないんだ。一ノ瀬荘に居るみんなからもそうは呼ばれないので、今度からはロウちゃんって呼んでね。
ロウのフィギュアを作る順番とか面白かったかな。ロウはあまり他の人の作り方を知らないので、今度はユウちゃんの作り方とか教えてね。ロウはね、最初にキクちゃんのフィギュアを見せてくれたターちゃんって原型師の人に作り方を教わったんだ。
ターちゃんのキクちゃんフィギュアはかっこいいんだよ。小説の第四巻の最後の挿絵のフィギュアなんだ。ロウが作ったそのフィギュアの写真があるから、このメールにくっつけるね。
もしくっついてなかったら教えてね。みんなにメールのやり方とか聞いているんだけど、難しくてなかなか覚えられないや。
あと塗料はタミヤのエナメル塗料ってのを使っているよ。あとは水性の塗料とかそのときで良さそうなのを選んでいるんだ。筆のメーカーは判らないや。これもターちゃんに選んで貰ったのを使っているんだよ。
ユウちゃんの言うとおり、広いところを色、塗るのは大変だよね。ロウもケンちゃんにエアブラシ使えば、って言われたんだけど、準備とか後片付けが大変だし、色を変えるときにも一旦洗ってまた塗料を入れてって大変でしょ。
だから普段は幅広の筆でぱーって塗っているよ。ほこりが付くとでこぼこになるから、それには気を付けているかな。
そのときはなるべく乾くのが速い塗料を薄めに塗っているよ。色の塗り方の本を読んだらもっと他にやり方があるみたいだね。ときどき別の方法も試すけど、なかなかうまくいかないよね。
それと新しいピーちゃんのフィギュア、楽しみだなぁ。そっか、パン食い競争のところは面白そうだよね。だったらロウはキクちゃんがあめ玉探しの競走をしているところをフィギュアにしようかな。ユウちゃん、サイズはどれくらいで作って居るの?
フィギュア作るの進んだら、また教えてね。
From: youterraisland_ll@
To: low_elfin53@
SUbject: ロウちゃんでいいんですか?
ロウちゃんへ。
なんだかロウちゃんというと背中がむずむずする感じです。でもロウちゃんがそう言われた方が違和感がないのなら、今後はそう呼ばせていただきますね。
添付の写真、拝見しました。これ、どこかで見たことがあったと思ったら、今年の第三〇回・モデルフェスタ・イン・新倉で展示されていたのですね。
わたしも行きました。そこの会場で話題になっていたんですよ。菊乃姫のフィギュアですっごいクオリティのが参考展示されているって。確か田口模型店の出品ブースに撮影禁止でありましたね。
ノーチェックだったので急いでブースに移動したんですけどキットは全部売り切れていて、ケースの中のフィギュアを見て驚いたことを覚えています。でも、キットを購入された方々のレポートではあの参考展示ほど上手く出来なかったってお話がほとんどだったんですね。
その後、田口模型店も閉店して、キットも参考展示も幻の模型って言われています。あれがエルフィンの、ロウちゃんの作品だったんですね、納得です。
あと、わたしが作って居るピーチ姫のフィギュアは六分の一になる予定です。なんとなくポーズも決まって今は骨組みからパテを盛っているところです。仕事もあるので乾燥状態をみながらあと数日で外見は完成すると思います。
でも、ロウちゃんが同じスケールの菊乃のフィギュアを仕上げたら、とっても緊張しますね。ピーチ姫とジャジャ姫の運動会、二つのフィギュアが並んでも、なんだかわたしのを並べるのが恥ずかしいです。
ロウちゃんのフィギュアも何か進展がありましたら教えて下さいね。
From: low_elfin53@
To: youterraisland_ll@
SUbject: キクちゃんのフィギュアだよ
ユウちゃんこんにちは。
キクちゃんのフィギュアだけど色塗り前のができたから写真に撮ってこのメールにくっつけるね。
お皿の中からあめ玉銜えた直後だから、色塗りしてもキクちゃんの顔は真っ白になるはずなんだよね。あと髪の一部とか体操着も粉で白っぽく塗るつもり。
ケンちゃんに見せたらこの状態でもアホ殿様みたいで面白いって言われた。ロウはその番組見てなかったから、今度みんなで見てみるつもりなんだ。
ユウちゃんのフィギュアも完成したら、坂下のアニマニアでユウちゃんとロウのフィギュアを一緒に飾らせてもらおうよ。
きっとみんな見に来ると思うな。
最近は台風が来ているとかで雨とか風が酷くなって、お散歩とかできないんだよね。
その分、お部屋でフィギュア作って居るよ。今はアキバ店で頼まれたジオラマをどうしようか考えているの。
アイディアがまとまったら教えるね。
じゃあ、ユウちゃんのフィギュアも楽しみにしているから。
From: youterraisland_ll@
To: low_elfin53@
SUbject: は、恥ずかしい。
ロウちゃんへ、こんにちは。
菊乃姫のフィギュア、見ました。塗装前だけど、やっぱりすごいです。
あの運動会の菊乃の雰囲気が出てますよ。あめ玉が見つからなくて、顔中真っ白にした彼女が、悔しそうにする表情がホントに笑えますね。
あとは塗装するだけのようですけど、それもどんな具合にできあがるか楽しみにしてます。
それで、わたしの方ですが、何とか外観はできあがりました。そこで恥ずかしいのですけど、このメールに写真を添付して送りますね。
桃香の身長が少し足りなくて、パンに食いつくためぴょんぴょん跳ねていたら、体操着がどんどんずれているところを表現してみました。
顔の表現とかもう少し工夫できれば良いんですけど。この写真だけだと判りづらいですか?
何かアドバイスがありましたら教えてください。
台風のおかげで坂下店はそれなりにヒマしてます。ですので二階に展示してあるロウちゃんのフィギュアを見ていて、店長には怒られました。
ロウちゃんのフィギュアもジオラマも楽しみですけど、あんまり根を詰めて身体を壊さないように気をつけてくださいね。
From: low_elfin53@
To: youterraisland_ll@
SUbject: ピーちゃん可愛い
ユウちゃんへ。
ロウだよ。パン食い競争のピーちゃん見たよ。とっても可愛い。
まだ色が塗られてないけど、完成がとっても楽しみだね。
写真見て気が付いたのは、瞳はもう少し真ん中に寄せて、もうちょっと見開かせた方が良いかなって思いました。
あと、髪の毛先はもう少し跳ねていてもよいかなって。体操服が乱れているのに、髪がそのまんまだとちょっとおかしいかなとか。
あんまりそこら辺は気にせずに仕上げてね。ロウの方も色塗りがそろそろ終了するので、今度は二人のフィギュアを見せ合いたいね。
でもそれは台風が過ぎてからかな。
はやくお天気になるといいな。
じゃ、ユウちゃんも色塗りが終わったら見せてね。
§
「寺島です。入りますよ」
その日、わたしは店長に呼び出された。どうせまた、ロウちゃんのフィギュアをこちらによこせとか言われるんだろうけど、わたしもここの従業員。店長の呼出には素直に従う。
扉をノックしても答えが無い。鍵がかかっていないときは勝手に入って構わないので扉を開いた。
そこでは店長が、机に置いたスマホに向かって土下座をしていた。
ああ、電話先は一ノ瀬店の店長か。如月さんは相変わらず西御寺さんに頭が上がらないらしい。
しかし様子だけ見ていると通話は終わっているように見える。それでも土下座を継続していると言うことは、かなりのダメージを食らったのだろう。
わたしも自分の上司が、目の前で無様な格好をし続けるのを見る趣味などない。
「店長、寺島です。今日は何の御用でしょうか」
すると店長は一瞬身体を硬直させたが、すぐさま身体を起こした。スマホを懐にしまうと、対面式のソファにわたしを誘導する。
ますます気分が落ち込む。別に店長の顔が気にくわないとかでは無いのだけど。
「……ところで寺島さん。今日のお客様の入りはどうでしょうか」
「さすがに観測史上最大と言われる台風の直撃ですからね。いつもに比べるとお客様の入りは四割以下だそうですよ」
「模型査定も暇のようですね」
「はい。今日はお一人も来ていません」
そりゃそうだ。細密な模型はとても壊れやすい。こんなに風が酷いときにそれを移動するリスクを取るものか。
店長は一ノ瀬の大木戸さんとかとも付き合いがあるはず。そこら辺はよく知っていると思ったけど。
「ところがですね、この暴風雨の中であって、来客数が通常の二五六〇パーセントになっている店舗があるわけですよ」
「二五六〇? 二五六の間違いではないんですか」
「無いんですね」
通常の二六倍? どこの店舗でもそれだけのお客様が詰めかけたら大変な騒ぎになるだろう。
そこで店長は改めて懐からスマホを取り出すと、わたしに画面を差し出した。
なんだか凄まじい光景がそこに写し出されている。一面の頭、そこに赤と緑のメイド服。
いや、注視すべきは画面の真ん中のケースだ。遠目に判りづらいが菊乃姫のフィギュアが展示されていた。
「もしかして、一ノ瀬店で最終巻連動フィギュアを展示しているのですか」
店長は頷いた。だとしたら、こうしてはいられない。
「では、失礼します」
「寺島さん、どこに行くつもりですか」
「聞かなくても判っているでしょう。これから一ノ瀬に向かい、このフィギュアを見てくるんですよ」
わたしは急いで店長室を出ようと思ったら、店長に右腕をしっかりと掴まれた。
「何するんです、このセクハラ店長!」
「仕事ほっぽらかして一ノ瀬に向かう社員を引き留めただけです。まだ就業時間中ではありませんか」
「じゃあ、わたし、本日は早退します。台風が来てますんで。同居の家族も心配ですから」
「あなたは一人暮らしでしょうに。しかもペットも居ないではありませんか」
「わたしの部屋にはわたしの帰りを待つ、大切なフィギュアがたくさん居るんです。いい加減手を放してください、言葉で言っても判りませんか?」
「あなたこそわたしの言うことが判りませんか。どうも最近わたしに逆らってばかりのようですね。でしたらわたしにも考えがありますよ」
「ま、まさか。隠し撮りしているわたしの恥ずかしいあれこれを、ネットに流すというのですか、この変態!」
「フィギュアに頬ずりしてよだれを垂れ流して白目をむいている写真が恥ずかしいと言えば恥ずかしいかもしれませんが、それでも店長に向かって変態とはどういうことですか!」
「変態に変態と言ってどこがわるいんだ、この変態、ドM、ヤプー!」
その後は聞くに堪えない口論が続いたが、騒ぎを聞きつけた四階のフロア責任者に止められた。
「それでですね、改めてあなたにお願いがあるのですよ。例え観測史上最大の台風が近づいていても、エルフィンのフィギュアが初お披露目とあればこれだけの来客があるのです。聞いた話では、この日だけで一ノ瀬店での暴れん坊姫君最終巻の予約件数は二〇〇〇件をかるーく突破したそうです。
もはや初回特典も初版も足りなくなりそうな勢いですよ。アニマニア本部でも今回の一ノ瀬店の業績には強く関心を示しています。一時期はペンディングになっていたアニマニア新倉店を、このまま土地取得が楽そうな一ノ瀬で行うかとか言う放しもでてます」
ま、当然だろう。確か一ノ瀬店の初回特典にはエルフィンのジャジャ姫マスコットフィギュアが付いていたと思う。わたしも当然予約した。
「それではあまりにも坂下の面目が立たない。それを西御寺さんに言ったのですけど無駄でした」
「それでスマホを目の前に土下座をしていたわけですね。ところで、わたしに依頼とはなんですか?」
「あなた、エルフィンと個人的にメールのやりとりをしているようですね」
「……どうしてそれを。やはり店長はわたしのことを狙っているストーカーですか、この犯罪者!」
「違います! あなたが始終スマホの画面を見てにやついているのを、他の店員の方々に見られているのですよ。そこからメールのやりとりが見えているのです」
「それで。確かにわたしとエルフィンはメールのやりとりをしていますけど」
「つまりあなたとエルフィンは個人的な知り合い。それでですね、そのコネを持ってして、エルフィンのフィギュアを坂下店に発注できないかというご相談なのです」
「そんなことなら神足さんを経由すれば良いではありませんか。そっちが正式なルートですよ」
「いえ、一応お願いはしているのですけど、エルフィンのスケジュールが詰まっているとかで今から頼んでも完成は半年ごとか言われているんですよ。せめて三ヶ月後であればアニメの放映開始に間に合うのですけどね、こればかりはお金の問題では無いといわれまして」
「それはそれで諦めるしかないでしょう。エルフィンだってお一人でフィギュアを作って居るんですし、アニマニア以外からも発注は受けているって話ですから。無理して隼丸バージョンの時みたいに倒れでもしたら、アニマニア全体に悪い評判が立ちますよ」
「そこでですね、あなたの出番というわけですよ」
うー、だいたい予想はできるけど。店長の歪んだ笑顔が気色悪!
「エルフィンの個人的な友人はとても少ないと伺っています。そのあなたが特別に頼んで頂ければ、他のスケジュールを……」
「断る!」
わたしの大声に、店長も、もしものときに同席している四階のフロア責任者もびっくりして声を詰まらせた。
「……あのですね、寺島さん。これは坂下店の今後のことをですね」
「聞こえなかったのですか、店長はその年で耳が遠いのですか、それとも日本語ワカリマセーンか? ではもう一度言いましょう、断る!」
すると店長の色白ゆったり頬がぱっと赤くなった。
「あなたもアニマニア坂下店の一員でしょう、この店舗に強力しようとは思わないのですか!」
「わたしの個人的な友人の、スケジュールを狂わしてまでこの店に貢献しようとは思いませんよ。そんな安っぽい理由でわたしの友人を売るような女に見えますか。耳が悪いだけで無く目も悪いんですか、それとも性格ですか。おつむですか」
「言うに事欠いてそれですか、あなた! 店長に逆らうとは減給ものですよ!」
「ふーんだ、下げられるものなら下げればいいんだ。もうわたしのフィギュアは、ぜーったいに貸し出さないから。エルフィンには二度と坂下のアニマニアに協力しないように言ってやる!」
「ひ、卑怯ですよ!」
「最初に卑怯な手段に出たのはどこのどいつだ!」
その後はつかみ合いになりそうな喧嘩になったけど、フロア責任者がまたもや止めてくれた。
それからお互い言い過ぎだったということで、形だけは謝ったんだけど……
From: youterraisland_ll@
To: low_elfin53@
SUbject: 一ノ瀬店で展示しましょう
こんにちはロウちゃん。
今日から一ノ瀬店で新しい菊乃姫のフィギュアを展示して居るみたいですね。なんだかすっごい話題になっています。
わたしもそのうち見に行きますね。とっても楽しみです。
ところで、菊乃と桃香の運動会フィギュアですけど、完成したら一ノ瀬のアニマニアに展示しましょう。そっちの方が自然です。
その時はわたしも別のペンネームを作ります。
どうやら台風は明日か明後日に上陸だそうです。わたしもこれから部屋に帰って台風対策しないといけません。
ロウちゃんも気をつけてくださいね。
§
ピロピロリーン♪
作業机の上で携帯電話が鳴っている。これってメールの着信音だ。
ロウが見てみるとユウちゃんからのお返事だ。でも、どうしていきなり一ノ瀬のお店で展示って言い出したんだろう。
そっか、あのキクちゃんのフィギュア、今日からアニマニアで展示しているんだ。
マリちゃんたちも見てみたいって言っていたもんね。
そう言えば、今日はマリちゃんの姿を見てないけど、どうしたんだろう。
ロウは作業部屋を離れると居間に通じる扉を開いてマリちゃんを呼んだ。
8. 男たちのバラード に続く




