Skill of Magic 15
そこは暗い闇しかなかった。
そこにあるのは、俺がここにいるという感覚だけだ。さっきから、声を出そうとしているのだが何も出ない。
─── 本当に何もない世界だ。
これが死後の世界なのか…… 今、感じている感覚ももうすぐ溶けてなくなる。そんな予感がする。
(残念だが、またハズレじゃよ──主)
ジンか…… じゃ、俺はまだ生きているのか?
(主の体はな。── じゃが、果たして生きていると云えるか…… ワシにも分からん)
じゃあ、当たってる半分ってのは何なんだ?
(主がここから消えるという予感じゃ)
体は生きているのに、俺は居なくなるか…… そりゃあ、廃人と変わらないな。確かに生きているとは云えないわな。
(否、そんな問題じゃない。全てはタイミングが悪すぎた……
─── 主だけがいなくなるならまだ良い。じゃが、大切なものを巻き込むじゃろうな)
どう云う事だ?
(その前にここが何処か教えておこう。ここは精神世界じゃよ。分かるかじゃろ、主)
─── ここが精神世界。
以前、来た時とは違い過ぎる世界…… だが、これが本当の精神世界だとしたら、俺がこの世界を見ている理由は一つだった。
……… 俺と精神世界の俺が完全に入れ替わった。
(その通りじゃよ。あそこにいる主は、殺すという一念だけで動く人形じゃよ)
だからタイミングが悪いと云ったのか……
(そうじゃ、人の命を奪う決意をした瞬間に入れ替わった。もし、悩んだままなら或いは違う結果になったかもしれん)
─── なあ、ジン。もう遠回りな説明は止めてくれないか。結局どうなるというんだ?
(…… 分からんのじゃよ。まだ主の体にワシの力が残っているから、向こうの様子を知る事が出来る。
じゃが、ワシが契約しているのは主の体ではなく、今ここにいる主じゃ。力が無くなれば現実との接点も無くなる)
だったらせめて、今の様子だけでも見られないか?
(回りくどいのは無しじゃったな……
見せてやれるぞ。じゃが見てどうする? 既に主だけでなく、ワシにもどうする事も出来ん。
最悪の結果になった時、主は後悔だけ残して消えるのじゃ…… それは利口な選択ではないじゃろ)
─── それでも、俺には責任がある。
どんな結果になっても、見届けなければならない。
(まったく、我が主は馬鹿じゃの…… )
諦めたようにジンは云った。
すまんな最後まで迷惑を掛ける……
◆
猿型は、俺の体が崩れ落ちてもその牙を離さなかった。自分の存在を消そうとする脅威が完全に無くなるまで、離さない気なのかもしれない。
「─── いい加減に離れなさいっ! 」
圭さんが怒りの表情で炎の鞭を放つが、猿型は鞭を体に受けても離れる様子はなかった。
「このっ、真人君から離れろっ! 」
冷静な圭さんらしくもない。
無理矢理引き離そうと、素手で猿型に掴み掛かる。
─── 誰か止めろっ!
今の俺には祈る事しか出来ない。だが、その祈りは虚しく、カスミと里美は届かなかった。
二人は茫然と虚空を見つめている。唯一、自我を保っているのが圭さんだったのだ。
そして、圭さんが猿型の間合いに入った時、ヤツの瞳に殺意の色が生まれた。
─── 圭さんっ!
俺の祈りが通じたのではない。それでも、猿型の牙が俺から離れた瞬間に奇跡が起きた。
「殺すっ! 」
俺の口が動き、御社に消されたはずの左腕で猿型の頭を鷲掴み、そのまま地面に叩き付ける。
「─── なっ! 」
間近で見ていた圭さんは、驚愕の表情で動きを止めたが、尋常ではない事態に慌てて後ろにさがった。
「お前は死ねっ!」
地面に素手で縛りつけたまま、俺は右手で創り出した〈風切り〉で、何度も猿型の体に突き立てた。
魔法強化版の風切りで貫かれた猿型は、その存在を薄めていく。もう消滅は間近なのだが突き刺す事を止めない。
その様を見て、俺はジンの危惧が現実であった事を知る。
─── 逃げてくれっ!
今の俺は猿型を殺しても止まらない。おそらく視界に生物がいる限り、殺意を消す事はないだろう。それが「殺す」をキーワードにコイツが呼び出された結果なのだ。
だが、ここでも俺の願いは打ち砕かれる。
異常な光景なのにも関わらず、無事に動いている俺を見て、カスミと里美はフラフラと近付いてくる。
頼みの綱は圭さんだが、判断に迷っているのか動けずにいた。
何も出来ない自分がもどかしかった。責任なんて格好つけてみたが、罪を背負う事しか出来ない。
─── 俺の大切な者を傷つけないでくれ……
無駄だとしても俺は祈らずにはいられない。そんな時だった。
「ダメっ! 下がって二人共」
瑞穂が叫ぶ。その声にみんなが正気に返ったようだった。
「今の真人はあの時と同じ感じがするの」
何とか立ち上がりカスミ達の元へ歩き出す。その様子から、三人は瑞穂の元へ走り寄った。
「瑞穂、あの時って…… 」
「魔物に襲われた時の事ですか? 」
カスミと里美が、瑞穂を支え聞く。
「うん。─── だから、私が呼び戻すわ」
この馬鹿がっ!
あの時の事に行き着いたなら、俺をほっといて逃げろ。
そう強く願っても必ず来る。今の瑞穂はそういう顔をしている。長い付き合いだからこそ、分かってしまう。
─── ジンっ!
(だから知らぬ方が良いと云ったのだ。ワシ等は、何も出来ない)
俺はもうどうでもいいんだよっ! アイツ等にたった一言「逃げろ」と伝える方法はないのか?
(…… 主、それを伝えてどうなる。そう云って逃げる娘達ではあるまい。
─── ならば、期待してみようではないか)
期待?
(奇跡は起こせるものなのだろう。だが、行動しなければ起きない。今のワシ等に出来る事は信じる事だけじゃろ。
それを放棄するなら、主は何も望む資格はないぞ)
……… チッ、ジンの云う通りだ。初めから物理的に何も出来ないと分かっていた。
─── 受け入れよう。例え何があっても……
そして、瑞穂達を見ると全員が瑞穂を支えながら、俺の側へ来た。
俺はまだ猿型へ攻撃を続けている。既に決着はついていた。攻撃を止めたとしても、猿型は消えるだろう。それでも攻撃を止めないのは完全に狂っていたからだ。
「真人…… 」
そんな俺を見て、瑞穂は首根っこを引っ張り顔を近付ける。そして「パンっ!」と、盛大な音を立てるほど強く、俺の頬を叩いたのだった。
「─── アンタは何やってんのよっ!戻ってこい、この馬鹿っ! 何でも一つ云う事聞くって約束したよね。出来ないなんて云わせない。
─── だから、戻ってきてよ」
そうだ…… 約束したな。
─── ジン、俺は帰らなきゃならないみたいだよ。
(じゃから無理じゃと…… )
無理とは云わせねぇよ── 現にアイツと俺は入れ替わったんだ。入り口があれば、出口だってあるだろ。
(無茶を云うな…… 主は入り口の鍵なのだ。主が望んだから、アイツが向こうへ行った。
完全に入れ替わなければ、鍵は主が持っているから戻れる。じゃが、今、鍵を持っているのはアイツなのじゃ。つまり…… 」
向こうの俺が望まなければ戻れない── そういう事だな。
(肯定じゃ…… そしてもう一つ、主はここで消えると教えたな。
それは主達が元々住まう場所でなければ、長く存在を維持する事が出来ないからじゃ。
本来それがストッパーになるのじゃが、今のアイツは殺すと云う一念で顕現した。じゃから、こちらに戻りたいなど、絶対に思わない)
なるほどな─── フッ、なら俺は戻れるじゃねぇか。瑞穂ならその事に気付かなくても、きっとそうする。
─── なあ、ジン。やっぱり、奇跡は信じれば起こせるものなんだな。
「早く帰ってきてよ、真人」
そう云って、瑞穂は俺の唇を奪った。
(なるほど、確かに奇跡だな主よ)
だろ…… 俺が戻りたいと思わなくても、繋がった誰かがより強く思えば扉は開く。
つまりは、そう云う事だ。
─── そして、俺の世界は色を形を取り戻した。
「…… ナイスタイミングでお礼を貰ったな、瑞穂」
頭の中がもやもやしているが、俺はしっかりとした口調でそう云った。そして続けてもう一言……
「ただいま」
『おかえり』
皆の声がハモる。
暖かさが胸に満ちる…… やっぱ、ココは良い── 。俺は満足して眠りについた。
◆
─── あれから一ヶ月経ったらしい。
俺はあの後、目を覚まさずについさっきまで、このベットの上で眠りこけていたそうだ。
「理事長は何故あんな事をしたと思う? 」
目覚めてすぐ見た人物は、瑞穂でもカスミでも里美でもなく亮だった。
俺は亮に眠っていた時の出来事を聞いていたのだが、突然話を変えてきた。
「さあ──な。人の心なんて分からないよ」
「ま、そうだな。ただ魔術に魅せられた者として、ああはなりたくないものだな」
合成獣も突き詰めれば魔術具になる。魔術具馬鹿のコイツには、あまり喜ばしい事ではないのだろう。
「お前は自分の魔術具で人を強くする事に執着するタイプだろ。そのままなら大丈夫なんじゃねぇか」
「簡単に云うなよ…… 」
確かに御社だって、初めは純粋に人を護る事だけ考えていた。人が人である以上、気持ちなど簡単に移ろうものだ。
だかだからといって、そうなるかも知れないと歩みを止めれば、成長はなくなる。
「どっちにしても、なるようにしかならんだろ」
「それを云ったら終わりだわ…… ま、実際その通りなんだかな。すまん、話が脱線したな戻そう」
その後、亮の話は御社の処遇とこの学園についての事だった。
御社は瀕死ではあったが生きていた。今はこの病院の最上階にいる。
両腕を失い、魔物も失ったヤツにもう出来る事はなく、その上理事長の座も追われた。
これは、亮が御社の屋敷で見付けた研究資料をリークしたからだった。
そのお陰で俺にはお咎めは無しになり、またこの学園の体制を変えて行く事になった。
プレート制は継続されるが、この学園に入学する者は希望者のみに変わった。そして、その変更に因って生徒数が減る事を見越した経営陣は、各学部を作る事で少しでも希望者を増やす事にするそうだ。
「お前が変えたんだ、どんな気分だ英雄」
「実感なんてねぇよ」
「お前らしいな。あ、そうそうカスミちゃんの姉さん達だが、目を覚ましたぜ。一年以上寝てたんで退院はまだ先になるみたいだがな」
「そっか……」
それはやってやったと実感が涌く情報だ。
「んでな、後二つ伝える必要があるんだが…… 聞くか? 」
含み笑いをしながら亮は云う。聞かない方が良さそうだが、気になる事も事実だった。
「……… 云えよ」
「何、大した事じゃねぇよ。お前が寝てた間にひと悶着あったんだが── 」
言葉を止めて、病室のドアに近付く。
「お前はこの中の誰を選ぶんだ?」
亮がドアを思いっきり開けると、ドタドタと数人が病室に飛び込んでくる。
「……… 何やってんだ、お前等」
瑞穂、カスミ、里美、圭さん、御影さん…… 皆、アハと笑いながら、頬を掻いていた。
「いや~、結構見物だったぜ。誰が英雄の相棒になるのかの争い…… 実際、賭けの対象にもなってんだ。さっさと答えを出してくれや」
「なっ! 」
賭けって、間違いなく胴元は亮だ。
一発叩いたやると思いベットを出ようとするが、10個の瞳が集中し俺は動けなくなった。
「亮、テメー…… 」
「ま、根性なしのお前じゃ、すぐに答えなんて出せないよな。と、云う訳で俺の一人勝ちだ。
ありがとよ〈静寂なる衝撃〉」
いつの間にか俺はそう呼ばれていたらしい。だが、そんな事はこの期待に満ちた瞳の前では、どうでも良い事だ。
幸福なのか、受難なのか…… ここを切り抜けたとしても、騒がしい日常は続くのだろう。
俺は大きな溜め息を一つ吐くと、現実逃避の為、窓の外に目を向けたのだった。
無事完結しました。
まだ書きたい事はありますので、再開か改定版をいつか書きたいと思います。
読んで頂けた方に最上級のお礼を申し上げます。
ありがとうございました。




