憧れ
帰りの馬車の中、そこにコリウスとマコの姿はなかった。
二人は強力なスキル持ちだ。当然、兵役の義務がある。そうでなくとも、300年は現れなかった『女神の加護』と、魔族に対して特攻を持つ『聖女』のスキルだ。特別待遇で保護されるのだろう。
「……ブラウ君。そんなに落ち込まないでよ」
「うるさい……落ち込んで、ない」
「た、確かにマコちゃんやコリウス君のスキルは凄いけど、でもだからってそれが全てじゃ――」
ギリっと、歯を噛み締めた。今すぐこの馬鹿をぶん殴って、黙らせたかった。
「マコがいつも言ってたろ。スキルが全部なんだよ。俺が目指してたもんは、それが全てなんだ……」
「…………」
どこにでもある『騎士』のスキルじゃ、英雄には到底なれない。俺の夢には、最低でも2等級のスキルが必要だった。
俺は楽観視していた。俺には前世の記憶があって、他の奴よりも努力しているのだから、強力なスキルが与えられて然るべきだと。
そんな保証なんて、どこにもなかったと言うのに。
「ねぇ、ブラウ君。僕のスキル、何だったと思う?」
「んだよ……そんな風に言うってことは、よっぽど良いスキルだったんだな」
「『盗む』……だってさ。8等級スキルだよ」
「…………ぁ」
あぁ、やっぱり……主人公は、俺じゃない。
「司祭の人に言われたよ。『要注意人物』として名前が残るんだってさ。僕、何にも悪いことしてないのに」
レオは悲しそうな顔をしつつも、しかしその目に宿っていたのは諦観ではなかった。俺とは違う、強い意志が灯っていた。
「こんなスキルなら要らないくらいだよ。だから……僕はブラウ君が羨ましい。もちろん、コリウス君やマコちゃんだって、眩しくて仕方ないよ」
そう言って、レオは俺に優しく微笑んだ。今度は殴る気なんて、微塵も起きなかった。
「でも、僕は知ってる。皆から馬鹿にされて、いつも笑われて、それでも諦めずに毎日頑張ってた人のことを。その人はいつもいつも、僕に素敵な夢を語ってくれたよね」
……そういえば、レオだけだった。俺の無意味な努力を、笑わなかったのは。
「僕はその夢を聞くのが好きだった。英雄になるんだって、大きな夢を語るその人が羨ましかった。いつかその人に並び立てるようになるのが……僕の目標だった」
堪えきれずに下を向く。ボタボタと水滴が垂れて、眼が染みた。
「だから、僕も頑張るよ。スキルが全てじゃないって、証明してみせる。今度は僕が、君に夢を見せる。スキルが悪くたって、頑張ればきっと夢は叶うって」
「馬鹿じゃ、ねぇの……そんなの、できるわけ……」
「あはは、確かに難しいかもね。でも、しょうがないじゃないか。君の語る英雄に、僕も憧れちゃったんだから」
くそ……くそ! 全部、負けてんじゃねぇか……!
スキルも、境遇も、覚悟も! 全部、他の奴らに負けている……! コリウスもマコもレオも、こんなに凄いのに……! 俺は、何をしている……!?
「ブラウ君は、もう諦めちゃった?」
「っ! そんな訳ないだろ!?」
咄嗟にそう言ったが、本音は違う。俺はすっかり、折れていた。
それでも、諦めるなんて口が裂けても言えなかった。その言葉を口にしたら、もう二度と立てない気がしたから。
「なら、やることは一つだよ。コリウス君もマコちゃんも、いずれ魔王と戦うことになる。『女神の加護』や『聖女』を持っていたって、きっと苦戦するはずだ」
「……そう、だな」
「その戦いに、僕らも参加するんだ。そうしていつか、二人に並び立つ。僕達の手で、魔王を倒すんだ」
そんなのは夢物語だ。綺麗事だ。ただの机上の空論だ。浅い考えだ。
お前にそんなことは不可能だ。分不相応な夢なんて、早く捨ててしまえ。
「ブラウ君」
「……レオ」
「君は、僕の夢を笑うかい?」
いつの間にか、背も同じくらいの高さになっていた。あのマコの傍に居たおかげか、俺にも劣らない逞しい身体も出来上がっている。
それに何より、レオの意思は……信じられないほど強い。人生一回分の差があるはずなのに、俺よりもよっぽど人間が出来ていた。
「笑わない……笑える訳、ないだろ……!!!」
「そっか……なら、お願いがあるんだ。僕も、君と同じ夢を見ても……良いかな」
「あぁ……あぁ……!」
俺はボロボロ泣いた。たとえスキルに恵まれなくとも、きっと英雄になれる。
そう、信じたいと思った。
2
僕は僕のことが嫌いだ。いつだって臆病で、意気地無しで、何の取り柄もない。
そんな自分のことが……大っ嫌いだ。
「ね、ねぇマコちゃん。こっちは危ないよ? 危険な魔物だって、出るかも」
「うるさいわね。浅いところに出る奴らなんて、私がぶっ飛ばしてやるわよ」
その日、僕は幼馴染みのマコちゃんに連れられて、村外れの森に来ていた。
薬草を摘みに来たのだ。マコちゃんは細かい判別が出来ないから、そこは僕の仕事だ。ブラウ君の家にあった数々の本のおかげで、そういった知識には少々自信があった。
「でも、言わなくて良いの?」
「……何がよ」
「この薬草、ブラウ君のために採りに来たんでしょ? 好感度を上げるチャンスじゃ──」
「は、はぁっ!? そんなわけないでしょう!?」
「くる、苦しいよマコちゃん……! し、死んじゃう……!」
照れ隠しとはいえ、ナチュラルに首を絞めるのはどうかと思う。全く、マコちゃんはいつもこうだ。そんなんだから、ブラウ君に勘違いされたままなんだ。
僕は知っている。絶対怒るから口に出さないけど、マコちゃんはブラウ君のことが好きなんだ。だって、マコちゃんは怪我なんてしない。僕はそもそも、そんな危険なことはしない。
だとしたら、この薬草は誰のために? そんなの一人しか居ない。ブラウ君だ。
ブラウ君の手のひらはいつだってボロボロだ。マメが潰れて、皮がむけて、酷く痛ましい。僕だって農作業を手伝うから、綺麗な手という訳じゃないけど、ブラウ君のその比じゃない。
そんな彼のために、きっと軟膏でも作ってあげるのだろう。当然、その調合は僕がするのだけど。
「馬鹿なこと言ってないで、早く薬草採るわよ! ほら、コレは!?」
「ごほっ、ごほっ……それは毒草だよ」
「むぅ……どれも一緒じゃない」
「葉がギザついてるでしょ? 今回のは……ほらコレ。丸っこい葉と白い花が付いてるやつ」
二人で沢山薬草と、ついでに山菜も採った。あとどこから猪もマコちゃんが狩ってきた。
「久々に肉が食えるわね!」
「……うん」
マコちゃんは凄い。女の子なのに、とっても強い。ちょっと勉強は苦手だけど、身体を動かすことにかけては大人顔負けだ。
ブラウ君も凄い。時折残念なところもあるけど、優しくて、頑張り屋で、立派な夢を持ってる。
僕には……何も無い。才能も、積み重ねも、立派な夢も無い。
だからこそ、僕は二人に憧れている。いつかきっと、その隣に並び立ちたい。
そう……切に願っている。
「おい、お前達! そこで何をしている!?」
「わっ……!? び、びっくりした。なんだ、コリウス君か」
森から帰る道中、一人の少年が現れた。
村長さんのところのコリウス君だ。昔は一緒に遊ぶこともあったけど、最近は村を継ぐための勉強とかで会うことは少なくなっていた。
そんな彼が、僕とマコちゃんを見て激昂していた。一体、どうしたのだろう?
「森の中に入るには許可が必要なんだぞ! ウチにそんな連絡は来てない!」
「そんなの、規則にあるだけで誰も守ってないじゃない」
「理由になってない。リーバス村の人間だろうと、ルールは守ってもらうからな!」
コリウス君は最近、イライラしていることが多い。多分、勉強ばかりの毎日に辟易しているのだろう。
「こ、コリウス君。規則を破ってごめん。でもね、何の怪我もしてないし、ほら、猪も狩ってきたんだよ? コレ、コリウス君の家にもお裾分けするからさ」
「ちょっとレオ! 私は良いなんて言ってないわよ!」
「良いから。ここは任せてよ」
お父さんがこうやって、村に来る税の役人に贈り物をしているのを真似た。村長の家と言えど、食卓に肉が並ぶことは稀だろう。きっと、この賄賂は効く。
コリウス君はジッと僕を見つめると、フッと笑った。
「レオ、中々お前は賢いな。そこの猪女とは大違いだ」
「ふ~ん……? 分かったわ、殴られたいのね?」
「だ、駄目だってば! ほら、早く行こ!」
コリウス君の傍を通り抜けようとしたその時だった。彼は思い出したように、その言葉を口にした。
「あぁそうだ。その肉、ブラウのところには渡すなよ」
「へ……? な、なんで?」
「そんなの決まってるだろ。あいつが気に入らないからだよ」
彼は苛立ちを隠そうともせず、ブラウ君の悪口を続けた。
「ウザいんだよ。いつまでもガキみたいなこと言ってさ。俺たちはもうすぐ12歳で成人を迎える。だってのに、英雄だなんだって馬鹿みたいなこ――」
コリウス君のその言葉が続くことはなかった。言葉で諫めようとした僕よりも早く、マコちゃんが飛び出して彼のことを思い切り殴ったから。
「な、何すんだよ!?」
「あんたが……あんたみたいな奴が、ブラウのこと馬鹿にするな!」
「はぁ!? 何キレてんだよお前!」
「謝れ! ブラウの夢を馬鹿にしたこと!」
「ちょっとマコちゃん! 落ち着いてよ!」
激情のまま、マコちゃんはコリウス君に襲いかかった。僕はそれを必死に止めたけれど、本気になったマコちゃんは大人にだって止められない。
「はっ! 馬鹿に馬鹿って言って何が悪い! お前もブラウも……村の奴らも! 皆馬鹿ばっかりだ!!!」
「謝れ……謝れよ……!」
「がっ……! ぐぅ……!? いや、だね……! 俺は、間違ってない……!」
……結局、僕が大人を呼んでくるまでの間、コリウス君は謝らなかった。マコちゃんはずっと謝罪を求め続け、その拳を振り上げ続けた。
全治三週間。コリウス君は近くの教会に運ばれ、治療を受けるらしい。
僕はマコちゃんを止められなかった。……いや、そんな言い方をするのは卑怯だ。
僕も同じ気持ちだった。ブラウ君のことを馬鹿にするなって、僕が真っ先に言うべきだったんだ。
マコちゃんのやり方は暴力的で、正しくなかったかもしれない。それでも……その言葉は言うべき一言だった。
「……なによ」
「ごめんね、マコちゃん」
「なんでアンタが謝るのよ」
「僕が……僕が、ちゃんとしてれば」
マコちゃんは腫れた頬を気にもせず、前を歩いていた。大人に怒られたって、マコちゃんはいつもこうだ。自分が正しいと思うことにいつも一直線。
そんな彼女が……羨ましくて仕方ない。
「じゃあ約束よ。今日のこと……ブラウには言わないで」
「それは構わないけど……でも、ブラウ君に誤解されちゃうかもよ?」
「別に良いわよ。アイツが私のことどう思おう、と……」
「マコちゃん?」
「……や、やっぱり嫌かも。レオ、もう一個お願い。私のこと、さり気なくアピールしておいて」
「えぇ……?」
マコちゃんは面倒な子だった。ブラウ君のことが好きなくせに、いつも彼を小馬鹿にする。その度に喧嘩して、彼の心象を下げている。
ブラウ君もそうだ。軽く流せば良いのに、あえてマコちゃんを煽る。その度に仲裁をする僕の身にもなってほしい。
でも、僕はそんな二人が大好きだよ。二人みたいに、もっと強くなりたい。
「マコがいつも言ってたろ。スキルが全部なんだよ。俺が目指してたもんは、それが全てなんだ……」
だから、そんな事を言わないでくれ。僕の憧れが、僕の理想が、そんな弱気な言葉を吐くな。
スキルなんて関係ない。君は未来の英雄なんだ。こんなくだらない僕と違って、君は特別なんだ。
だから……こんなところで立ち止まるなんて、許さない。
「僕も、君と同じ夢を見ても……良いかな?」
僕が君を英雄にする。勇者がなんだ、魔王がなんだ。そんなの関係ない。
君は間違いなく、英雄なんだ。僕の眼を焼き焦がした、僕の英雄。
そのためになら、僕はどんなことだってできる。
君もそうだよね? だって、僕の知っているブラウ君はいつだって諦めず、真っ直ぐに夢を語る人なんだから。
ブラウ君がこの程度で諦めるはず、ないもんね?




