モブキャラのスキル
俺は転生者だ。日本で交通事故に遭い、そのまま転生。5歳の頃に、前世の記憶を思いだした。
転生した先は、恐らく王道ファンタジーの世界。魔物が存在して、幾つもの種族が存在しており、20年前から少数種族であった魔族が人類へ宣戦布告。魔王と呼ばれる魔族を筆頭に、現在まで魔族とそれ以外の種族との戦争が続いている。
ここまでお膳立てされれば分かる。俺はきっと、この世界の主人公になれると。
その日から、俺は来るべき日のための努力を始めた。
「おーいブラウ、一緒にトルトン騎士ごっこしようぜー」
「ごめん、やることあるから」
「んだよ、俺の言うこと聞けねーってのかよ」
村長の息子でガキ大将のコリウスの誘いを断る。こいつはきっと、俺の噛ませ役だろう。こんな寒村に似合わない無駄に整った顔に金髪、節々から滲む見下すような言葉。分かり易いくらいの当て馬じゃないか。
今に見てろ。俺は世界を救う英雄になるんだ。前世のような無駄な人生じゃない。俺は、物語のヒーローのようになってみせるんだ。
家の手伝いを積極的に手伝って、少ない駄賃で本や木剣を買った。空いた時間は勉強や、身体を鍛えることに注力した。手のひらのタコが潰れて痛くても、酷い筋肉痛になっても、そうやって毎日毎日頑張った。
その度に、村の連中は笑う。そんなことをしても無意味だと。この世界は結局、スキルが全てなのだと。
スキル。ギフトや恩寵とも言われるそれは、12歳になると発現する才能の具現化だった。『剣技』のスキルを持てば、三日と経たずに剣を自分の手足のように振るい、『魔導』のスキルを持てば学がなくとも魔法を操れる。
もちろん、俺に強力なスキルが宿るのは明白だ。だが、強スキルにかまけて胡座をかいていれば、俺と同じかそれ以上のスキルを持った人間には勝てない。だからこそ、今できることを全力でやるのだ。
今に見ていろ。俺はいつか英雄になる男だ。こんな小さな村で一生を終えるつもりなんてない。誰もが羨むような、歴史に名が残るような人間になるのだ。
「ブラウ君は、どうして毎日こんなに頑張ってるの?」
「そうよ。剣なんて振り回しても、そのスキルが貰えなかったら意味ないじゃない」
背の小さな黒髪の少年と、勝ち気そうな瞳をした赤髪の少女が俺に聞く。
黒髪の少年がレオ、赤髪の少女がマコだ。二人の家は俺の両隣のため、良く特訓をする俺に茶々を入れにくることが多かった。
「俺はっ……! いつかこの村を出てっ……! 王都で、デッカくなるんだよっ……!」
「で、でも……スキルが外れだったら、どうするのさ」
「それはそれでっ……! 逆転する示唆だろっ……! 馬鹿にしてきた奴ら、見返してやるっての……!!!」
素振りをしながら、レオの言葉に答えていく。こいつはきっと、俺に嫉妬して最期には返り討ちに遭う役だろう。いつもマコに黙って付いて行くだけの腰巾着だしな。
「馬鹿ね。スキルが何かでこの先の未来を決めるんだもの。そんなことしたって無意味よ」
「はっ……! 馬鹿はお前だ、ね……! そうやって、斜に構えてろよ……! 俺は絶対、英雄になるんだから……!」
「な、なんですってっ!?」
「ちょ、駄目だってマコ! いくらブラウ君が頑丈でも、石はマズいって!!!」
マコはヒロイン……じゃ、ないか。うん、ないわ。顔は悪くなくても、激情してこぶし大の石を振り上げて迫ってくる女なんて、絶対違う。
「お、おいレオ! ちゃんと止めろ! マコの眼がマジだぞ!?」
「離しな、さい……!!! 馬鹿って言ったこと、絶対許さないんだからぁ……!!!」
「む、無理だよぉ……! マコちゃん、この間もコリウス君と喧嘩して、全治3週間の怪我負わせたんだから……! 早く謝らないと、彼と同じことになっちゃう……!」
マコはレオから羽交い締めをされながら、ふーふーと息を荒げてこちらへ少しづつ向かってくる。バーサーカーかよ、こいつは……!
「土下座……! 土下座しろぉ……!!!」
「だ、誰がそんなことするか! 俺は英雄になる男だぞ!? こんな寒村の小娘に、誰が頭なんて――」
「謝らないなら、お前は敵だぁ!!!」
「ぐべっ!? ぐ、がぁ―――」
「ぶ、ブラウ君ーーー!!!」
俺は石でぶん殴られ、気絶した。傷跡が残るほどの怪我だったのにかかわらず、マコは最後までこの凶行を謝らなかった。
そしてこの寒村では、四肢の欠損や後遺症の残る怪我以外は大した問題にならない。流石に村長の息子に手を掛けた時は問題になりかけたものの、マコが三日三晩暴れ狂うと村長らを脅したそうで、黙認されたらしい。
こんな女がヒロインな訳がない……! いつか俺がビックになった時、この時の借りは絶対に返させてもらうからな!
1
あれから時が経ち、俺たちは12歳になっていた。その間、俺は毎日鍛錬に明け暮れていた。
その甲斐あって、剣を振るうことも中々様になってきた。筋肉も付いてきて、簡単な魔法だって使えるようになった。
村の連中は相変わらずだ。コリウスはガキ大将だし、レオはおどおどしてマコの金魚の糞。マコは暴力の化身で、村から恐れられている。
ちなみに、過去何度もマコとは喧嘩したが、一勝もすることはできなかった。マジでこいつ何なの?
「じゃあ、始めようか。皆、一人ずつ前に来るんだ」
だが、これも全てひっくり返る。何故なら、今日はスキルの鑑定日だからだ。
ウチのような小さな村ではなく、デカい街では必ず司祭が居る。司祭は回復の奇跡の他、鑑定術と呼ばれる教会の信徒のみが扱える魔法を習得している。そのため、村の子供は12歳になると集められ、近くの街へ連れて行かれる。
これは国民の義務であり、必ず行わなければならない。そして、強力なスキル持ちには出兵が課されることもある。
中々ハードなことだが、俺にとってはうってつけの制度だ。この場で俺は良いスキルを持っていると発覚し、魔王討伐軍へと参加するのだ。そして始まる、英雄への第一歩! この時のために、俺は頑張ってきた!
「……何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い」
「マコちゃん! 本当のこと言っちゃ駄目だよ!」
「……レオ。お前も言うようになったな」
最近、内気なレオもマコの毒舌が移ったのか、言葉で刺してくるようになった。言動の九割が暴言のマコよりも、争い事を嫌うレオにそういうこと言われる方が傷付くのだ。俺、そんなにキモかったかな?
「それにしても、コリウス君の鑑定長いね。もうすぐ10分くらい経つけど」
「早くしなさいよ。私は早く街で遊びたいんだから」
「フッ……ガキが。まぁ、お子ちゃまには初めて見る街は刺激が強かったかな?」
「けど、さっき一番眼をキラキラさせてたのはブラウ君じゃ――」
「だだだだ、黙れって! 別にそんなんじゃねぇし!」
普通に石造りの街は興奮したし、村には居ない人種が沢山居て気分は最高潮だった。だから、ちょっと童心が刺激されただけだ。俺はこいつらとは違う。
「……ん? 何か、騒がしくない?」
「本当ね。他の司祭様が続々と集まってきてるわ」
ほう……コリウスの奴、もしかして良いスキルを引いたのか?
なるほどなるほど。これでアイツは調子に乗って俺達を馬鹿にしまくり、才能に頼り切って努力を怠り、そして俺に倒されるのか。なんてテンプレ通りなんだろうか。
「――『女神の加護』が出たぞ! 300年前の大陸戦争を終結させた、勇者様と同じスキルだ!!!」
「――へ?」
……そのスキルを、俺は知っている。いや、知らない奴の方がきっと少ないだろう。
だってそれは、有名な逸話の中に登場する、伝説の勇者が保持していたと言われるスキルなのだから。
『女神の加護』。そのスキルを持つ者は、あらゆる才が開花する。ありとあらゆる能力が向上し、その手に持つ武装は朽ち果てた剣であろうと、魔を穿つ聖なる剣と化す。
そして最も強力なのが……このスキルを持った人間は、老衰以外で死ぬことは決してないのだ。どんな攻撃も、どんな病魔も、その者を滅することは決してない。
最強……そんな言葉が似合う、俺が心の底から羨望していたスキルだった。
「わぁ……! コリウス君、凄いや!!!」
「ふんっ。他の誰がどんなスキル持ってたって、どうでも良いじゃない。ほら、終わったなら次は私よ!」
「………………」
『女神の加護』が同時に、同じ村から現れるという可能性は、どれほどだろうか。300年間現れなかったスキルが、同時期に連続して現れる。
そんなこと、ありえない。それはつまり……俺は、あのスキルを貰えない。
当たり前の事実が、俺は信じられなかった。俺が思い描いていたはずの未来が、暗くなっていく。
「……ブラウ君? どうかしたの?」
「どうかしたじゃ、ないだろ……アレは、俺が手にするはずだったのに……!」
あぁ、違う。そんなセリフは、主人公には似合わない。
これじゃまるで――俺が、物語の噛ませ役みたいじゃないか……!!!
「ねぇ、ブラウ君。僕、知ってるよ。ブラウ君がたっくさん、誰よりも頑張ってたとこ」
「……だから、何だよ」
「女神様はきっと見てるよ。だから、きっと大丈夫。たとえ『女神の加護』じゃなくたって、凄く良いスキルが与えられているって!」
辞めてくれ。そんな眩しい笑顔で、俺を元気付けないでくれ。そんな風に、俺を見るな。
つい出そうになった拒絶の言葉を、必死に飲み込んだ。これを言ってしまえば、俺は本当に主人公でなくなってしまうと思ったから。
「せ、『聖女』のスキルだ!!! これはまさに、女神様の思し召しだ!!!」
「―――――」
違う。やめてくれ。これ以上、そんな現実を見せないでくれ。
「次、ブラウ君が先で良いよ。コリウス君やマコちゃんみたいに、きっと凄いのが出てくるよ!」
「あ、あぁ……そう、だな」
迫り来る現実と、それを否定する俺。だが、心の奥底では何となく分かっていた。
「君は……あぁ、『騎士』のスキルだ。4等級スキルは中々良いぞ」
スキルにはランクが存在する。たとえば、先ほど出た『女神の加護』や『聖女』が1等級、そこから8等級まで多種多様なスキルが確認されている。
俺の『騎士』スキルは、4等級。当たりではないが、外れでもない。努力次第では2,3等級のスキル持ちと並べるかどうか……そんな中途半端なスキルだ。
当然、1等級のスキルとは勝負にすらならない。どこにでもありふれていて、平凡で、前世と何ら変わりない……モブキャラの持つ、スキル。
「は、はは……あはは」
「ぶ、ブラウ君……? あの、その……」
「そこの君! 早くしなさい!」
「あっ……ご、ごめん。行かなくちゃ」
目の前がぼやける。誰にもこんな姿を見せたくなくて、俺はその場から走り去った。
「くそ……! くそくそくそくそ、くそぉ!」
凄いスキルも、一見使い道がないように見えるスキルでも無い。凡庸で、何の変哲もない、普通のスキル。
これだったらスキルがない方がマシだった。その方がきっと、主人公らしい。なのに、俺は中途半端なスキルを持ってしまった。
俺は主人公じゃなかった。主人公は……きっと、コリウスかレオのどっちかだ。
ヒロインはマコで、俺は……俺は! ただのモブキャラなんだ……!
「畜生! じゃあなんで、俺は……!」
こんな記憶がなければ、夢なんて見なかった。前世の記憶なんて、何の役にも立たない。
むしろ豊かな生活を知っている分、寒村での不便な暮らしが嫌になるだけだった。
だから、俺は必死に夢を妄想することでその不便さを許容していた。
そのための努力だって沢山した。勉強もして、身体を作って、辛くて痛くても必死に我慢した! 俺はきっと、この物語の主人公なんだからって!
「俺は……! 英雄になりたかった!」
でも、もうなれない。あんな凄いスキルを持った奴らには、到底敵わない。
「あぁああぁああぁぁ!!!」
誰もいない路地裏で、俺は泣き叫んだ。それと同時に、何かがポッキリと……折れてしまった。
「…………女神様なんて、居ねぇじゃんか」
その日、愚かな男の夢が一つ……けれど確かに、砕け散った。
どこにでもある、くだらない話だ。それが、俺の人生だった。




