8.変えられない心
「いたぞ、サイクロプスだ」
空を飛ぶ中、ワイバーンがつぶやく。
浮遊感や逆風にも少し慣れてきたのか、前を見る余裕があった。
確かに、目の前に広がる川の浅瀬には、前に記録で見た通りのサイクロプスが存在感を示していた。
灰色の体躯と単眼が特徴的だが、一番はその体格だ。
人間とは比べ物にならない、僕が直接戦えば十中八九命を落とすだろう。
だからこそ、今はこいつを連れてきた。
「ワイバーン、サイクロプスを頼む。僕は周りに人がいないか探す」
「いいだろう。そう時間はかからない」
ワイバーンが一気に高度を下げる。
僕は降りるため、片足を上げてワイバーンの背にかける。
地面すれすれになったところで、一気に飛び出す。
着地には当然失敗し、ごろごろと川の砂利をはじきながら減速する。
僕の勢いが無くなった時には、ワイバーンは既にサイクロプスとの交戦を始めたようで、後ろの方からは雄叫びと激突音が聞こえてくる。
ひとまず前を向くと、遠くで倒れている人を見つけた。
はっきりとはわからないが赤いものが見える。おそらく血を流しているのだろう。
後ろで繰り広げられている戦闘には目もくれず、僕はその人へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「う、うぅ……なんとか」
声をかけると、一応返事が返ってきた。
服装からするに、さっき助けを求めてきた男と同じレッドサインのメンバーだろう。
額から血を流していて、おまけに腰に付いているプレートのような装飾がひどく曲がっている。
サイクロプスの一撃を剣に受けて、頭から地面に激突したのだろう。
「治癒!」
ひとまず治癒魔法をかけてみる。
当然折られたプレートは直らないが、人が治ればそれで良い。
魔法をかけてから数秒ほどたった時、何か喋っていることに気が付く。
「他の……仲間……」
「他にも怪我をした人がいるのか?」
メンバーは、ゆっくりと首を縦に振った。
他にも怪我をしている人がいるとのこと。
立ち上がって辺りを見回すが、視界には遠くで交戦しているワイバーンとサイクロプスしか入ってこない。
サイクロプスがワイバーンに掴みかかろうとするが、まるで当たっていない。
どうやら僕が思っている以上にあのワイバーンは身のこなしが上手なようで、手が届くであろう部分だけをさっと引いて狙いを外させている。
サイクロプスがよろけたところで、尻尾を大きく振って反撃を入れていた。
この様子なら、ワイバーンは難なくサイクロプスを撃破してくれるだろう。
一旦二体から目線を背け、他の人を探す。
すると、昨日ミノタウロスに吹き飛ばされた槍が目に入った。
川の中に突き刺さっているようで、水面に対して直立している。
その槍の横には、横向きで倒れている人の姿があった。
川をばしゃばしゃとかき分けて、そこへ向かう。
水位はかなり浅く、流れも緩やかなので移動には全く困らない。
ただ足元が少し濡れて気分が悪くなるだけだ。
それも、昨夜のように全身濡れた上で鉄と水の風味を味わうことに比べればマシというもの。
人影のもとへ辿り着いた。
同じくレッドサインの服装をした、僕と同じぐらいの年の女性。
「大丈夫か!?」
呼びかけてみるが、返事はない。
息はあるし、ぱっと見血も出ていないがひどく顔色が悪い。
放っておけば命に関わることは明らかだった。
「治癒!」
体を起こし、一度治癒魔法をかける。
数回であれば、僕は連続でこの魔法を使うことができる。
聞いた話では、治癒魔法は使用できる人間が少ない上に消費する魔力量が多く、連続で使用できる人はさらに限られているらしい。
この点は、僕の取り柄ということができるだろう。
「げほっ! げほっ!」
メンバーが目を覚ました瞬間、そのままの姿勢でせき込みだす。
飲み込んだであろう川の水を吐き出したようだ。
「はぁ……はぁ……」
しばらくすると落ち着いたようで、呼吸を取り戻しかけていた。
この様子ならば大丈夫そうだ。
ほっと一息つこうとしたところで、なんとサイクロプスと視線があってしまった。
僕のすぐ隣にいるメンバーもそれには気づいているようで、心なしか一気に顔色が悪化している気がする。
すぐさま刺さっている槍を引き抜く。
使い慣れているこの槍は、半日離れ離れになったところでいつもと変わらず手に吸い付いてくれる。
だがあれに対抗できるほどの槍ではないという事実も、いつもと変わらない。
一瞬ワイバーンを探したが、サイクロプスの背後にいるのか僕の視界には尻尾と翼の一部しか映っていない。
気が変わったサイクロプスが、こちらに向かって走り出す。
後ろにはワイバーンがいるというのに、そんなこと忘れたというばかりにこちらしか見ていない。
その勢いは昨日のミノタウロスに勝るとも劣らない。あんなものをまともに食らえば僕も彼女も助からない。
僕は防御魔法が使えるが、それも昨日同様通用しないだろう。
血走った一つ目が迫る。
通用しないと分かっていても防御魔法を使うべきなのに、それができない。
昨日折られた自信がたった一日で元通りになるわけがなく、今まさに僕の行動を歪めている。
―――結局、この一瞬に僕は何もできなかった。
だが、その刹那が過ぎても僕たちは川の中で生きていた。
目の前には焦げ臭いサイクロプスが倒れている。
その奥には、ほんの少しだけ紫の炎をちらつかせているワイバーンがいた。
「すまない、炎を使うことを躊躇っていたが、その結果少し手間取ってしまった」
「あ、ああ。でも助かったよ」
こちらに近づいたワイバーンと話す。
なぜ炎を躊躇していたか分からなかったが、緊張が解けた今、周りには木が生い茂っていることに気がつく。
下手に外せば、木々が燃えてしまうことを考慮していたようだ。
ワイバーンと会話をするのを見たからか、メンバーが驚いたような表情を見せる。
僕が彼女の立場でも、たぶん同じ表情をするだろう。
昨日の僕なら、むしろ苦い顔をしていそうだが。
「今日、ここへは何人で?」
落ち着いたメンバーに、僕はここに来た人数を聞く。
「えっと……三人よ、他のメンバーはミノタウロスを運んで帰っていったわ」
三人ということは、ここで倒れていた二人と、助けを求めてきた一人。
とりあえずはみんな助かったということだ。
「三人目は町の近くまで来ていたから大丈夫だ。ワイバーン、ふたりを運べるか?」
「もちろんだ……と言いたいが、おそらく振り落としてしまうだろう」
言われてみればそうだ。
乗り心地最悪のワイバーンでは、二人を運べない。
自力で歩かせるのも酷なものだ、どうする……
というところで、非常に都合の良い人物が空から降ってきた。
グリフォンに乗ったブレイズだ。
「おう、もう片付いたみたいだな」
「ブレイズ、ちょうどいいところに来てくれた。この二人怪我をしているんだけど、運べるか」
「もちろんだ、人も物も優しく届けるぜ。お前は……まさかあれと帰るつもりか!?」
彼もワイバーンに対して、驚きを隠せずにいた。
敵意がないのは一瞬で感じ取ったようだが、まさか僕と協力関係にあるなんてすぐには信じられないだろう。
種族の差と僕の性格を考慮すれば、その考えに行き着くのは不思議ではない。
「ああ、そうするつもりだ。あんまり乗ると飛びにくいだろ」
「確かにそうだな、じゃあ後は俺に任せな」
ブレイズがメンバーをグリフォンの背に誘導する。
幸い二人とももう歩けるようで、自力でグリフォンまでたどり着くことができていた。
「助かったよ。このお礼はどこかでさせてほしい」
「ありがとう、あなたがいなかったらここで死んでいたわ」
「そっか、よかったよ」
しっかり二人から言葉を貰って、満足感に包まれる。
……はずだったのだが、残ったものはサイクロプスに対して動けなかったことへの後悔だけだった。




