8.エピローグ 〜新たなる疑念〜
若くして女王となったエスメラルダと、王配兼財務大臣であるソルドラークの二人はしばらくの間、腐敗した貴族たちの掃除で忙しかった。
その中には、海外で遊びふけっていた旧王家に仕えていた大臣たちも含まれていた。
しかし、新たな女王に反対する声は意外にも少なかった。
それもそのはず。すでに女王の実家であるダドリー商会の協力無しでは、領地経営が成り立たない貴族がほとんどになっていたからだった。
逆に、商会に頼らない堅実な領地経営をしている家は、女王の政策に同意することが多かった。
そうして、ひとまず、国は安定に向かっていた。
ある晩、二人は馬車に揺られていた。車内には二人だけ。
もちろん、女王夫妻の乗るその馬車は周りを騎馬の近衛兵たちに囲まれていた。
ソルドラークの肩に頭をもたれかけていたエスメラルダが言った。
「最近思うことがあるのだけれど」
「ん?」
「お父様は、この王位の簒奪をいつから計画されていたのかしら」
「はっきり言うね」とソルは苦笑した。「やはり、君を聖女として国に差し出さなくてはいけなくなった時だろうね」
エスメラルダも少し前まではそう思っていた。しかし。
「この間、外国の技術者の方とお話ししたでしょう?
私の聖女時代に、水害が多く、そのことに関しての祈りの依頼が多いことをお父様にお伝えしたことがあるのは知っているわよね? 国は祈りを捧げろと言うだけで、具体的な対策を立てる様子もなかったものだから。
私はお父様が用意した、秘密の手紙の受け渡し方法を使ってお伝えしたわ。お父様はそれに応えてくださって、外国から技術者の方を連れて来てくださった。
そのお話しした技術者の方が、まさにその時にお父様の紹介でこの国にいらした方だったの。
それで、その時の手紙のやり取りについて思い出したのよ」
「ああ。君からの手紙が届いていたね。他にも、国王たちは何もしないと怒った手紙がいくつも」
「ええ。その手紙を送るルートは何十通りも用意されていたのだけれど。私、当時はてっきり、お父様は何か需要を探しているのだと思っていたの。
そのために、皆でなんとか聖女の印を隠せないか頭を悩ませていた間に、そのルートも用意されたのだろうって。
もちろん以前から秘密の文書のやり取りをするルートは持っていらしたけど、聖女になった私がそれを使うためには、神官の買収はしなければならなかったはず。でも、たったの一日や二日でそれが出来るものかしら」
「…………」
「今になってみると、そのずっと前から、ここまでの事を見越して行動してらしたのではと……。さすがに私が聖女になってしまったのは偶然でしょうけれど」
「さすがに会頭でもそこまでは……。ただ、聖女がいなかったとしても、神官の祈りを求めて、人々は神殿に請願をするものだから、やはり、商売の足がかりになるネタを探して、すでに神殿に協力者を持っていただけなんじゃないかな」
「そうね。そうかもしれないわ……」
そこで、馬車がゆっくりと速度を下げ始めたため、二人は話をやめた。
近衛兵が馬車の扉を開け、二人は劇場の前に降り立った。
その劇場は、今や庶民にも広く劇を見てもらうため、格安の席も用意され、非常に人気を博していていると言う。
そう。あの、エスメラルダが主人公として描かれた、『真実の聖女』の演目を上演している劇場だ。
二人は混雑を避けた裏道に馬車をとめ、劇場主に出迎えられて、一番格の高い桟敷に案内された。
後ろでカーテンが閉められ、その向こうに近衛兵が立っている。
劇は、人々の苦しみを救おうと奮闘する真実の聖女が、呪いに支配された悪辣な国王に迫害され、追放されたが、その正義感から再び王宮に舞い戻り、国王と共に悪の限りを尽くしていた臣下達を追放し、国に平和をもたらした、という筋書きだった。
随分と美化された自分と、たいして光っていない、印のあるおでこに不満を抱きながらも、エスメラルダは一応その劇を楽しんだ。
あのおでこの光り具合はあんなものではなくってよ。寝る時は本当に大変だったわ……。目を布で覆ったり、いろいろ工夫したわねぇ……。
なかなかに凝った演出と、実力派の俳優達にかかれば、大抵の演目は面白いものになるようだった。観客達は多いに盛り上がっている。
もちろん、劇のフィナーレを迎えた時にはきちんと拍手もしましたわよ。下からの視線も、多少はこちらに向いていますし。
あ、そんなふうに覗き込んではいけないわ。他の方のご迷惑になっていてよ。
「ねえ、ソル。私、劇の間中もずっと考えていたのだけれど。馬車での会話について」
「ああ、ぼくもだよ。……それで、さっき、思い出したことがあるんけど」
「あら、何かしら」
「かなり前に会頭が仰っていたことなんだけど。君が聖女になるずっと前、会頭が外国から帰ってきた時に……。
その国で政変があって大変だったみたいなんだけど……。あの人、言ったんだよね。お祭り騒ぎに関われなくて、とてもつまらなかったって……」
「……もしかして、私が聖女にならなくても、結果は……」
ソルがエスメラルダの唇に指を当て、小さく首を振った。
あら、ごめんなさい。少し離れたところとはいえ、近衛の方が立っていらしたわ。
あ、それに劇場中の皆様がチラチラとこちらをご覧になってらっしゃる。
もうアンコールも終わっていたのね。いつの間にか。
エスメラルダは愛する夫の耳元で囁いた。
「出来るだけ、お父様の面白がりには巻き込まれないように気をつけましょうね」
「もちろんだよ」
二人は顔を寄せ合って、仲睦まじげに微笑んだ。
劇場でその女王夫妻の様子を見た人々は、その、自分たちとなんら変わらない若い二人の様子に、確かに新しい国の、時代の到来を実感したのだった。
そうして、エスメラルダは、呪われた王朝の最後の時に現れた、真実の聖女であり、新たな王朝を起こした偉大な女王と称えられるようになった。
その偉業は国を富ませ、人々を幸せにしたと、後世まで語り継がれたのだった。
了
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
このシリーズの登場人物の中で一番好きなのはエスメラルダパパです。
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