1、一番目のヒロインは結婚したい
もし、私がこの世界に行ったら。
『大好きな推しキャラと結婚したい』
そう願った女は、ある日の通勤中、トラックに跳ねられ、死に至った。
◇ ◇ ◇
「もしかして、異世界に転生しちゃった!?」
長い金髪に透き通った碧眼の瞳を持つ少女は歓喜した。そうしてベッドから起き上がっては、鏡に姿を映した。
「これってあの『ヒロごと』のヒロインだよね!? すごい、すごい! 願いが叶っちゃった!」
プレイしたことのある乙女ゲームのヒロインに転生した、ということへの興奮は収まらない。しかし、此処があの乙女ゲームの世界なのだとしたら、不安な点はある。
「……このまま行くとバッドエンドに辿り着いちゃう?」
『ヒロごと』にはバッドエンドしかない。それは、プレイヤーなら誰もが知ることだ。誰を攻略しても、最終的にヒロインは死ぬ運命にある。
「まぁ、未来なんて分からないし。こんなイレギュラーな事態なんだし、未来改変くらいできるでしょ! ヒロインの力とかで!」
しかし、彼女は思考を放棄した。ヒロインとして転生できた自分は特別な存在。だから、バッドエンドなんか何とでもなると信じることにした。そして、乙女ゲームのヒロインになったからには、やるべきことはただひとつ。
「さてと、推しを攻略をしようっと! 待っててねぇ、王子様!」
それからというもの、彼女は攻略に励んだ。推しキャラに気にいられ、恋人関係になるのにそう時間はかからなかった。なんせゲームを攻略した知識があるのだから。
◇ ◇ ◇
「シアンは昔から頑張り屋だな」
「ふふっ、そんなことないですよ」
「今日もたくさんの民を治癒してくれたんだろう? ありがとう。私にとって、国民は何よりも大切な宝だから」
「当然のことですよぉ」
彼女は自身が転生者であるということは告げず、「少し疲れて記憶が曖昧になっただけ」と皆に説明していた。元々のシアンが大人しく優しい女の子だったということは、ゲームでも説明されていたし、登場人物の名前は全て記憶している。この世界に馴染むことは意外と容易かった。
(やっぱりゲームはゲーム。好感度を上げる行動をしただけで、こんなにもあっさり婚約エンドに辿り着くなんて。推しのことを念入りに覚えておいて良かった!)
彼女の推しはこの国の第一王子カロン・クロノスだ。元々婚約者候補だったため、関わりも多く、攻略難易度はとても低い。「シアンの優しいところが好きだ」という彼の言葉の通りに、彼女は優しく可愛らしいヒロインのシアンを演じた。彼女にとって、この世界はただのゲーム。推しとはいえ、攻略対象は攻略対象でしかない。シアンを演じることに対して、何の罪悪感も感じていなかった。ゲームとはそういうものだから。
(うんうん。やっぱりカロン様って最高。そして何より、ビジュアルが大優勝。第一王子って立場のせいで、恋愛を優先する激甘キャラじゃないってのが微妙だけど。恋よりも仕事優先するキャラなんだよなぁ……婚約前でも、キスのひとつくらいしてくれればいいのに)
第一王子のカロンにとって、優先すべきは自身の恋よりも国民の安全。恋愛をしたい彼女にとっては不服な要素だが、何よりも見た目が好みなため、十分に妥協できる。婚約したわけだし、これからはもっと甘い生活を送れるかなぁ、なんて呑気なことを考えていた時だった。
「シアン。私はあなたを愛し──……っ!?」
「…………え?」
彼女は思い出した。このゲームの結末がバッドエンドだということ。
跪き、愛を囁こうとしたカロンの胸は、剣に貫かれていた。
「……死ね」
剣を持った人の姿はフードに隠れて見えない。けれどその人の口は、確かにそう動いたように見えた。
カロンから引き抜かれた剣は、今度は彼女の胸を容赦なく貫いた。
(あぁ、そっか。このルートはこういう結末だったっけ……)
死ぬ間際に思い出すのは、乙女ゲームのストーリー。彼女はようやく思い知る。自分が特別な存在ではなかったということを。何も対策せずに攻略に没頭していたのだから、バッドエンドを回避できるはずもない。
暗転した世界に、聞き馴染みのある声が響く。
『あなたは何を願いますか?』
その声は、『転生ヒロインの願い事』のナレーターの声だった。メニュー画面を開いた時やセーブをする時、そして最後のこの問い。ヒロインを導く、声だけの存在。姿がないことから、ファンからはナレーターと呼ばれていた。
(…………元いた場所に帰りたい。こんなことなら、転生なんてしたくなかった)
そうして、一人目のヒロインだった者の魂は天に消えていく。
王子との婚約の日、突然現れた暗殺者に刺されて命を落とす。それは、この『転生ヒロインの願い事』のバッドエンドのうちのひとつだった。




