第36話 全員殺して解決した後の話
「ぐぬぬ……」
お皿にちょこんと乗せられた小さなチョコレートの欠片を前に、アンヌは歯ぎしりし、うめき、そしてため息をついた。
「はぁぁぁぁ~~~~~。
しばらくわたくしのおやつはこのグレードになってしまうのね。なんてさもしい」
有名なパティシエによる品だ。
問題は量であった。銅貨1枚ほどの大きさしかない。一口、多くとも二口で食べきってしまう。
淹れられた紅茶も、茶葉を極端にケチられて薄かった。香りが弱い。
「アンヌ様。差し出がましいことを申してもよろしいでしょうか?」
皿を持ってきた給仕のメイドが、おそるおそる尋ねた。といっても彼女の目に恐怖の色はない。主人を気遣う態度だ。
「予想はつくけど、何かしら?」
「我慢なさらず、いつものグレードに戻された方がよろしいのでは」
「……それはなりません」
数秒ためらった後に、アンヌはキリっとした顔で言った。少しぐらついたらしい。
「向こう10年間、わたくしの月々のお小遣いのうちの10分の9を某所への寄付金に回します。名目はさておき、これは完全に個人的な寄付ですので伯爵領の蓄えには一切手をつけません。
その間、スイーツのグレードを減ったお小遣い相応に引き下げます」
(アンヌ様……)
(なんとおいたわしい……)
領主に忠実なメイド長と執事は、主人の涙ぐましいやせ我慢に顔を見合わせて頷き合った。こうなった時のアンヌは説得を受け付けない。
メイド長は食い下がり、別の角度からの提案をした。
「それではアンヌ様。パティシエ達に安くて美味しい菓子作りを依頼してもよろしいでしょうか?」
「構いませんが、わたくしを気遣って原価と人件費を誤魔化さないようにお願いします。……おおよそのお値段は、食べる段階になれば分かりますからね」
「承りました。釘を刺しておきます」
メイド長が一礼して下がっていく。
アンヌは小さなチョコレートの乗った皿に情けない顔で向き合い、意を決するとわずか一口で食べた。薄い紅茶を飲む。
「はい。美味でした……。これがあと9年11か月か……はぁ……」
しょんぼりするアンヌ。
そこへ、足音が近づいてきた。1人のものではない。
扉の前で規則正しいノックがされ、声をかけられる。
「アンヌ様。少しよろしいでしょうか?」
女の声がした。
「あら、ロベルタさま。どうかされましたか?」
促すと、白衣を着た金髪碧眼の美貌の女性と、松葉杖をついた少年が入ってきた。
ロベルタとエルラン。
ロベルタは、治癒魔法および薬草学のエキスパートとして派遣されてきた。
アンヌが“さま”と呼んでいるのは、対等な客人として扱っているからだ
エルランはアンヌの下で働いていた執事見習いの少年であり、くだんのエルフに拉致され半死半生の目に遭わされた後、ずっと治療を受けていた。
「おお。見違えるように良くなったわね。良かった……。本当に良かった。痛みはまだある?」
アンヌは椅子から立ち上がると、エルランに近寄って手を取った。
尊敬する主人からいたわりの言葉をかけられて、エルランは目に涙を溜めた。
「長い間、ご心配をおかけいたしました……。申し訳ありません。俺がふがいないばかりにアンヌ様にあんな屈辱を――」
「いいのよ。本当に大丈夫だから。後ろめたいなら働いて返してちょうだい。でも完全に治るまで無理はしないで。あなたには弟や妹がいるのだから」
「はい。ありがとうございます。……ちょっと失礼します」
松葉杖を持ってない方の片手でハンカチをとると、エルランは涙と鼻水をぬぐった。
ロベルタが事務的な口調で説明する。
「毒は除去し、腐敗した部分も全て処置して綺麗にしました。あとは下手に手を加えるよりも自己治癒に任せた方が良いです。まだ若いことですし」
「松葉杖なしで生活できるまでどのくらいかかりますか?」
「無理をしなければ1か月ほど。仕事への復帰は2か月もあればよろしいかと」
「ありがとう。本当にありがとうございました。家令を救っていただいたこと、伯爵領の領主として礼を言わせていただきます」
アンヌは深く頭を下げ、ロベルタは恐縮しつつも頭を下げ返した。
その後、エルランは執事見習いに復帰した。
ロベルタはエルランの予後を診るという名目で領内に留まり、『タダ飯に甘んじるわけにはいかないので』ということで、アンヌから勧められ領内の一角で薬草栽培を始めた。
休暇のたび、ロベルタの仕事を手伝うエルランの姿が目撃されたという。
一方、はるか遠くの大陸。
エルフの帝国にて――
保護された5千人のエルフ達は、ジーボルグ教皇の意向で各地の教会が面倒を見ることになった。
衣食住の世話をしつつ読み書きを教え、職業訓練を行い、1人で稼ぐ力をつけた後に故郷へ返還する意向だという。数年がかりの事業だ。
「教皇猊下。その間の資金はどうするのですか? さすがにあの規模を持ち出しで育てるのでは、教会が破産してしまいます」
そういう声も挙がったが――
「大丈夫。そこのところは考えてありますから」
ジーボルグ教皇は、頼もしく請け負った。
「我が教会は、不幸な災害に見舞われた“集落”の子ども5千人を保護し、しかるべき時に祖国へ返還します。
この件につきまして、子どもの生活費を工面するための基金の設立を宣言します。そして王侯貴族、商人の皆様からの善意のご寄付を期待します。
なお、遠方の伯爵、アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン公はこの基金設立に賛同し、毎年1度、ご寄付を頂けるとのこと。そして寄付をすることを公表しても良いとの約束を頂いております。
繰り返します。レヴァンティン伯爵も賛同されるこの基金へ、皆様の善意のご寄付を期待しております」
その発言を聞いた時。
ジュリエッタは『呆れたクソ度胸ね、あの狸!』と言って大笑いした後に、皇帝としてそれなりの額の寄付をした。
大陸中の諸王、貴族、商人たちも自発的かつ精力的な寄付を行い、教会の収支は赤字どころか稀に見る大黒字になったという。
十分な資金によって生活が保障されたエルフの子ども達はすくすくと育ち、農耕や木工、建築や水道建設などの職の知識を携えて祖国へ送還されていった。
これ以降の10年間。
アンヌはおやつのグレードが下がったことを嘆いたが、ふくよかになりかけていたお腹周りの脂肪が減ったので無理やり納得することにしたという。
【全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話・完】
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