第34話 感想戦(上)
極上のそば粉で作られたガレットが、美味しそうな湯気を立てている。
具材はオリーブオイルで炒められたアスパラガスとトマト、マッシュルーム、じゃがいも。味付けには3種類の塩が組み合わされていた。
肉類はない。エルフは基本的に肉を食べない。
(ハムは駄目としてもせめて卵くらい落として欲しかったんだけどな)という心の声をおくびにも出さず、エルフの皇帝ジュリエッタ・アスガルドはナイフとフォークを使い料理を口に運ぶ。
皇帝という立場の者が不平不満を一言でも零せば、たちまち忖度され料理長が理不尽な叱責を受ける。そのことを彼女はわきまえていた。
彼女の前に座るエルフの教皇ジーボルグは、穏やかな顔で旨そうに料理に手をつけている。
本日の会食の目的は、【あの“集落”がどう立ち回ったらアンヌの被害を最小化できたか?の検証会】
真の目的は、『アンヌの話題にかこつけて一緒に飯を食いたかったから』なのだが、彼らは皇帝と教皇である。
どうでもいい(と周囲から思われる)理由での会食はできない。
政治的な名目がいる。
でなければ、確実に意図を邪推する者が現れる。極端な話、『教皇と皇帝の私的な会食はどこかの国と戦争をするための地ならしだ』、などと考え出す愚か者すら出てしまう。
「――アンヌ個人の武力もさることながら、『国境外に出る手段が存在しない』という制約が大きかった。強制的な鎖国を強いられたら、自給自足でどうにかなる国以外は詰んでしまう」
話題は自然と、エルフの“集落”、そしてアンヌのことになる。
ジーボルグの見解に、ジュリエッタは皇帝としての顔で応えた。
「まったくだわ。
普通なら国境封鎖は軍を展開するものだけど……仮に10万人の兵を半年間、国境線に貼り付かせたら10万人×3食×180日で5400万食の補給が必要になる。おまけに抜け道も出る。それがアンヌの場合、経済コストゼロだもの」
おかわり、と、ジュリエッタが言う。
皿が下げられ、少ししてから代わりのガレットが運ばれてきた。
「ちなみに姐さんは同じことはできないのかね」
「うーん……。私が同じ術を使えるようになるには30年くらいかかると思う。今は穴を空けて1人、2人出入りできるようにするのがせいぜい」
「ふぅむ。姐さんでもか」
「次は穴を空けるのも難しくなってるかもね。アンヌが本気で対策していたら」
「彼女はミスに気づいたらすぐに直すからね……」
のほほんとした口調で感想を述べるジーボルグだが、その目は笑っていなかった。
ジュリエッタも目が笑っていない。
「話を戻しましょう。
国の外へ出られない制約によって、国外逃亡は不可能になった。
アンヌという帝国クラスの武力を敵に回した時点で、粛清を軍事的に止める手段もない。講和も蹴られた。無条件降伏すら受け入れてもらえない。
おまけに相手は心を読む能力があるため、影武者を立てることも不可能。
私がどう頭をひねっても国が滅ぶ以外の結末は考えられないけど……あなたなら何か案は出せる?」
「考えたんだけどねえ……失笑されるかもしれない案しか思いつかなかった」
ジュリエッタの問いに、ジーボルグが頭をかく。
「思いついただけすごいじゃない。なに?」
「粛清の条件を変更してもらうよう交渉する。
国が崩壊した理由は強制的な鎖国に加えて、上層部20人が毎月殺されるということ。すなわち次の指導者のなり手が居なくなることだ。なった数週間後には殺されるんだからね。
その対策として、交渉して粛清は1回こっきりにしてもらう」
「そんな都合のいい話、アンヌは受けないんじゃない?」
「話術と条件次第じゃないかな?
『月20名粛清を毎月、ではなく、1回だけ、ただし200名を粛清』だったら受けるかもしれない。あの集落の連中が『もし我々が月20人の奴隷上納ではなく、1回のみで200人を提案されたなら受けた』と逆の立場の話をすれば納得させられる余地はある」
「あの集落のゲスどもがそんな約束を守るかしらねえ……」
「まあ、厳しいだろうねえ……」
「それと、その条件だと取り決めした“集落”のエルフが、身内のエルフを説得させられないでしょ。呑んだら殺されるんだもの」
どちらの提案でも上層部は死ぬ。
死ぬのなら、吞まないだろう。呑まなければ国が滅ぶ状況ですら。
「そうだね。だから、信頼できる外部コンサルタントを雇って交渉を一任する。
“集落”内部のエルフだけではこの案は絶対にまとめきれない」
ジーボルグがワイングラスを傾ける。
葡萄を加工して作られるワインは、教皇でも普通に飲む。ジーボルグは甘いアイスワインが特に好きだった。
「そのコンサルタントにしても、ただ頭が切れるだけじゃ無理だわ。既存の権力者層を皆殺しにするんだもの。
次の条件を同時に満たさないといけない。
第一に、『警護が完璧で暗殺されない』こと。
第二に、『”集落”の上層部から下層部に至るまでの絶大な信認がある』こと。
最後に、『救援物資などの即物的かつ多人数の生殺与奪を握る後ろ盾があり、エルフの”集落”の上層部に粛清を呑ませられる』こと」
2皿目のガレットを平らげながら、ジュリエッタが条件を列挙する。
「そうなるね。
普通の者なら暗殺される。
殺されなくとも信認がないと案を吞ませられない。
そして案を呑ませるための“実弾”がないと、実行段階になって約束を反故される」
まとめながら、ジーボルグがゆっくりとワイングラスを傾ける。
ジュリエッタはちょっとだけ思案をしたが、わずかな間を置いて苦笑を浮かべた。
3枚目のガレットが、メイドの手によって運ばれてくる。
ほのかな湯気と共に、オリーブオイルの香りが鼻孔をくすぐった。
「該当者は2人しか思い浮かばないなあ……」
「気づいたね。そうさ。僕か姐さんしかいないんだよ」
簡単には暗殺されない個人的武勇があり、警護に守られた存在。
あの集落の民に『こいつから差し伸べた手を拒絶したら滅ぶ』と納得させられる権威と知名度があり、おまけに個人の裁量で救援物資を動かせる権限がある者。
さらには、中立の立ち位置であり、アンヌとの交渉をまとめられる胆力がある者。
エルフの皇帝ジュリエッタ。
エルフの教皇ジーボルグ。
どちらかしかいない。
「得るものがまったくないわね」
「ないどころかマイナスだよ。
アンヌと戦争するリスクを背負った上に、救ったはずの“集落”の連中からは未来永劫恨まれる。同胞たるエルフの粛清に加担するのかってなじられる」
「そうね。それでも同じ種族のよしみで救わなければならないこともあるけど……今回ばかりは筋が悪すぎる」
「起点が国家ぐるみの麻薬売買と近隣諸国からの拉致監禁、奴隷化だからねえ……」
「そう。そこを水に流すわけにはいかない。
奴隷の使役も麻薬の栽培も、皇帝・教皇の連名による非難声明を出したのに無視されてきたわけだし。なおさら救う義理がない」
教皇がきっぱりと言う。
皇帝もうなずく。
「アンヌと衝突する前に、わたしたちと武力衝突してた方がまだしも生き延びる道があったか」
「そうなったらあの連中、なおさら周辺の弱そうなところから戦争のために奴隷かき集めようとするよ。
その過程でアンヌの伯爵領に目をつけて、難癖をつける」
「……どの手順を踏んでもアンヌと衝突するか」
「まずそうなる。そしてあのゴーレムがいる限り、こちらもうかつには手は出せない。あの集落を潰せるだけの武力を整えるのには、相応の準備期間がいる。海を隔てた国だ。兵員の輸送も一筋縄ではいかない」
「私なら単独で潰せるけど」
ジュリエッタの指摘に、ジーボルグは首を振った。
「姐さんならやれるだろうけど……アンヌみたいに、皇帝陛下が単身で突っ込んで国の上層部を虐殺してのけるのかい?
やれるだろうけど」
「……後々の統治に響くか」
「魔王と揶揄されるよ。そんな前例を一度でも作ってしまったら。
皇帝直々の殺害行為となると……なんというか、ショッキングすぎる。
『皇帝陛下が単独で敵対国を潰した。不興を買えば我が国も同じく潰されるかもしれない』
そう恐れられる。挽回の手段はない」
「つくづくつまんねー立場だな、皇帝って……」
ジュリエッタがぼそりとつぶやく。
「姐さん、素が出すぎだよ。それと僕以外の誰かに聞かれたら眉をひそめられるよ」
「何のことでしょう。私は何も言ってないわよ」
「はい」
ジーボルグが軽くうなずく。
ジュリエッタが話題を引き戻した。
「まとめると、“集落”の連中とアンヌの衝突は必然で、助かる術はなかったと」
「そうなるね。彼らは思いあがりすぎたんだよ。『ガイア級のゴーレムを保有している限り、負けることはない』と考えて、傲慢なふるまいをやりすぎた」
「そのあげくに、絶対に怒らせてはいけない相手の――アンヌの逆鱗を踏んだ」
「そういうことさ。……皮肉だね。
集落の上層部は、あのゴーレムを”軍神”とあがめてたそうだ」
「過ぎたる力は疫病神ね……」




