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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第22章 焦りと求めるもの
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328話 正体不明

継続こそパワー、パワーは力と己に言い聞かせてキーを打っている今日この頃です。

なんだかんだと世間はきな臭くなっているようですが、ちょっとした暇つぶしの一助になれば幸いです。

 「・・・船乗りが少ないな・・・」

 ハチは賭場を見回して小さく首をかしげた。この賭場は船乗りを相手に開かれたものと耳にしていたのに、ここでなけなしの銭を溶かし込んでいるのはどう見てもむさ苦しい堅気じゃない連中ばかりだった。

 「経営者が変わったのか・・・」

 ハチは鋭い目で賭場のあちこちを見回した。そして、賭場の壁の一角に吊るされている錨をモチーフにしたタペストリーを目にすると首をかしげた。

 「経営者は変わってないみたいだな」

 ハチは小さく深呼吸するといつもの食いしん坊で陽気なハッちゃんの表情になっていた。


 「えーと、胴元の親分さんはどちらでやんすかねー」

 人相の悪い一癖も二癖もありそうなむさ苦しい男どもから離れ全体を見渡すことができる位置から腕組みをして睨んでいるゴツイ鼻の曲がった男ににこやかに話しかけた。

 「チップに変えるなら、あそこのテーブルだ。用がないなら、五体満足でいられるうちにさっさと帰れ」

 男はハチを手で追い払うような仕草をした。

 「実はね、ちょいと伺いたい事がありやしてね」

 ハチはニコニコしながら入り口にいた男にしたようにネッカチーフの刺繍を見せた。

 「何のつもりだ。からかうのもいい加減にしろ」

 男は怒気を込めハチを睨みつけ威嚇した。普通の連中ならこれで退散するはずだったが、相手がハチだったのが彼にとって運が悪かった。

 「にぃさん、コレが分からないって、船乗りじゃないでやんすね。ここで揉めてもいいんでやすよ。そん時は首と胴体が泣き別れになっても文句なしって覚悟してからでやんすよ」

 ハチがため息をつきながら決してお館の仲間に見せることのない表情でその男を睨みつけた。

 「ハゲ、いい度胸じゃねぇか。俺は生意気なヤツが一番嫌いなんだ」

 鼻の曲がったハチに思いっきり顔を近づけ凄んで見せた。ハチはそんな彼の脅しを全く気にするようでもなく表情を変えなかった。

 「臭い息を吐きかけるな。俺もお前みたいなバカは一番嫌いだ。これだけはお互い意見が一致したってことだよな」

 「吐いた唾呑むなよ」

 鼻の曲がった男は小さく唸るといきなりハチの鳩尾に拳を叩きつけてきた。

 「これが、お前の流儀か? それともここの流儀か? この印章の意味が分かっての拳か? 」

 男の拳はハチの鳩尾にめり込まず、その筋肉の鎧に阻まれていた。ハチはその拳を目線を落として確認すると低い声で鼻の曲がった男に囁きかけた。

 「う、うるせぇっ。ぐっ」

 鼻の曲がった男が叫ぶと同時にハチの拳が彼の鳩尾を0距離から打ちぬいていた。

 「でかいのは口と態度だけだった、と。で、これからどうするんでやんす? あっしてしては、話の出来るお人にお会いしてぇんですがねー」

 ハチは崩れ落ちる鼻の曲がった男を支えるとそっと床に寝かせた。用心棒である鼻の曲がった男とハチとの只ならぬやり取りに気付いた賭場の運営側がそれぞれ隠し持った刃物を取り出し、ハチに向けて構えた。

 「あんたらもコイツと同じ程度のおつむなんでやすかい。何度も言うようで気が引けるんでやんすが、あっしとしては話の出来るお人にお会いしてぇだけでやんすよ」

 ハチはいつもの調子で軽く話していたが、その目は決してにこやかでなく賭場にいる者たちの脅威度と力を推し量っていた。

 「お前らが束になっても、ソイツにゃ勝てねぇよ。で、あんちゃん、俺に何の用だ? 」

 賭場の奥のドアを開け仕立ては良いが派手な衣装を身につけたハチより拳4つほど背が高い大男がのっそりと現れた。

 「これは、親分さんですかい。いやー、よかったでやんすよ。せっかくのきれいな賭場を汚したくありやせんからね」

 ハチはニコニコしながら大男の前に立つとそっとネッカチーフの刺繍を見せた。その時、親分の表情が凍り付いた。

 「こ、これは………」

 「親分さんが船乗りで良かった。ちょいと込み入った話がありやしてね。そう固まっていられりゃ、話でもできなぇでやんすよ」

 「わ、分かりました。こ、こちらへ」

 親分はできの悪いからくり人形のようにぎくしゃくしながらハチを自分のオフィスに招き入れると慌ててドアを閉めた。


 「こんな所に一体何の御用で」

 「ここの賭場では随分と阿漕な商売をしているようだね」

 直立不動の姿勢で脂汗を流しながら親分がいつも腰かけている大きく座り心地の良い玉座と見まごう椅子に腰かけたハチに尋ねると彼は冷たい視線を親分に向けた。

 「え、確かに賭場は公にするようなモノじゃありませんが、真っ当に………」

 親分は額に浮かぶ脂汗を手で拭いながらなんとか答えた。

 「ふーん、出る目があらかじめ決まっている事が君の言う真っ当ということかな」

 「う、そ、それは」

 親分の執務する机の上にあった琥珀色の液体が入った瓶をきれいなカットグラスに勝手に注ぎながらハチは冷たい視線で親分を睨みつけた。

 「あの円盤の下、からくりがあるよね。何も知らなかったら態々ここに来ることはなかったよ。このネタをウルゲンのところに持ち込もうかと思っているんだよね。そうなるとどうなるかな? ここの風が大きく変わるよね」

 ハチは思わせぶりに話すと液体を満たしたグラスに口をつけ一息に飲み干した。

 「いいお酒だねー。最近安いのしか飲めなくてね」

 「ま、まさか御冗談を、俺らはウルゲンのような穢れの民の売買やら穢れの女を使っての商売なんてやってませんよ。俺らは賭場とゴミと廃品回収、呑み屋が主なシノギです」

 親分は手をぶんぶん振ってハチの言葉を否定したが、さっきより脂汗の量が増えていた。

 「今回、俺がここに来た理由はこれを少しばかり増やしたい」

 ハチはネアから預かった中銀貨を机の上に丁寧に一つずつ置いた。そして、じっくり親分の顔を見つめた。

 「お安い御用ですよ。なんなら大金貨5枚に、いや10枚に」

 親分は脂汗をかきながら金額を口にするとさっと金庫に取りつき、ダイヤルを回し出した。

 「そんなにいらないよ。これを3倍にしてくれれば十分だよ」

 ハチはニコニコしながら親分に指を3本立ててみせた。

 「それだけでいいんですか」

 親分はハチの顔をじっと見つめ表情の動きから何かを読み取ろうとしていた。しかし、裏社会でそれなりに生き残ってきた彼にもハチの表情からその心理を読むことはできなかった。

 「うん、それだけだよ。一つ聞きたいことがあるんだけどさ。この賭場は船乗り相手だろ。偶然かは分からないけど船乗りの姿が見えなかった。あの用心棒も船乗りじゃない。何が起きているんだ? 」

 ハチはこの賭場に入って感じた違和感について親分に尋ねた。この問いかけに親分の表情が曇った。

 「何か大きな戦があるって噂なんですよ。その戦ってのが上陸作戦だってことで、そのための人手が必要だって噂だけで船乗りどもが南の方に行っちまったんですよ。用心棒をやってた男も嘘が誠が分からない噂だけで行っちまいましたよ」

 親分はそう言うと肩をすくめた。そして表情を少し曇らせた。

 「その上、妙に潔癖な真人の連中が穢れどもを追い払うもんだから、客足はさらに悪くなるって寸法ですよ」

 親分はため息をついた。そして、この商売もそろそろ潮時か、と考えた。ハチは親分の妙に潔癖な真人と言う言葉に引っ掛かりを感じ、その件についてさらに深く聞こうとした。

 「この街に俺たちと相容れない連中が出入りしてね。あの紅と白の鎧の連中ことだよ。あの連中が俺の大切な人たちの商売の邪魔をしているようでね。それについて何か知ってないか」

 ハチは親分に圧をかけるようにグラスにもう一杯琥珀色の液体をゆっくり注いだ。

 「あの連中がすでに行動しているってことですか。ま、当然ですよ。鎧は付けてなくても言動はそのまんまですからね」

 親分はハチの言葉に同意するように小さくため息をついた。。

 「すでに? 何か知っているのか」

 「ワーナンへの船便の増発があったようで、その乗客があの正義と秩序の実行隊らしいって噂がありましてね」

 ハチは親分の言葉を聞いて少し顔をしかめた。王都で奴らが言っていた力を貸すという言葉を思い出していた。

 「そいつらは大体何人ぐらいだ」

 「3桁に届いていたようです」

 「多いな、どれだけ払ったんだ・・・」

 親分の答えを聞いて顔をしかめた。これは、先日の隊商を襲った連中なんて露払いの露払いぐらいだろう、そしてさっきの上陸作戦とくれば・・・とハチは考え、腹の底がすーっと冷えていくのを感じた。

 【信じたくないが、ルシア様の詠みが当たったみたいだ】

 「いい話を聞けた、感謝するよ。だから、今回はイカサマについては目を閉じるよ。それじゃ、コイツを4倍にしてれないかな」

 「さっき3倍って・・・」

 「何か言ったかな」

 「こ、これをお納めください」

 「ありがとう。最後にここに俺が来たってのは誰にも言うな。ここに来たのは食いしん坊のハッちゃんだからな」

 ハチはちょっと凄んで、親分が差し出した中銀貨15枚を一枚ずつ確認するように手にすると扉を開けた。

 「親分さんのおかげで助かりやしたよ。これからもよろしくお願いしやすよ。皆さんも儲けて」

 彼は振り向いて陽気な笑顔で部屋の中で呆然と立ちすくんでいる親分に軽く一礼した。それはネア達が知っているいつものハチの姿であった。彼は軽くイカサマで金を巻き上げられている連中に手を振ると賭場を後にした。



 「姐さーん、勝ちやしたぜ」

 ハチは戻ってくるなり大声でネアを呼んだ。そしていつもなら甘味をつつく客で占有されているテーブルの上に屋台で買った菓子類を並べ始めた。

 「ハッちゃん、そのお菓子はどうしたんです? 」

 呼ばれたネアはテーブルの上に山をなしているお菓子類を見てネアはその前でほくほく顔でいるハチに尋ねた。

 「勝ったんでやすよ。で、これが姐さんの取り分でやんす」

 ハチはネアに中銀貨を一枚ずつ数えながら10枚手渡した。

 「倍になってる・・・です」

 冷静に中銀貨を数えているネアの横でティマが目を丸くしていた。

 「で、これがあっしからのお礼でやんすよ。ティマの姐さんも遠慮せずにいっちゃってくだせぇ」

 ハチはテーブルの上に広げた菓子類から棒付きのキャンディを手にするとティマに手渡した。

 「ありがとう、今回は良い投資になりました。でも、次はありませんからね。でも、こういう差し入れやお土産は大歓迎です。このお菓子、一緒に食べましょうよ。お茶を淹れますから」

  ネアは中銀貨を財布にしまい込むとハチに言い放った。それに返ってきたのは真剣なハチの表情だった。

 「いやー、これから、ちょいと野暮用でしてね。お菓子は姐さん方で心行くまで楽しんでくだせぇ」

 ハチはそう言うと店から飛び出ていった。

 「ハッちゃんどうしたのかな・・・です」

 「ひょっとすると()()()関係なのかも」

 ネアはあごに指をあてながら考えた。あの呑気なハッちゃんが独自に何か情報を仕入れるというのはあり得ない、と言ってそれを肯定することもできなかった。

 「何かあったのかな・・・です」

 「本当に何かあったんでしょうね。怖い事じゃなければいいんですけど」

 ネアは頷きながら無心に菓子を頬ばるティマを見つめながら平穏を神に願いたくなった。



 「カスター様にお取次ぎをお願いいたしやす」

 ハチはカスターの館の前で門番に頼み込んでいた。しかし、相手は見知らぬ相手でもないが、一介の奉公人をいきなり主人に合わせる訳にもいかず彼は少し悩んでいた。

 「あら、ハッちゃん、お久しぶり、何か御用かしら」

 ハチと門番がもし問答しているところに買い物から帰ってきたイクルが声をかけてきた。

 「あ、イクルの姐さん、誠に失礼なことでございやすが、カスター様にお取次ぎお願い出来やせんでしょうか」

 ハチがすがるようにイクルに頭を下げた。

 「随分と大変な事があったようですね。ちょうどカスター様のお使いから帰ってきたところですから、私が何とか取り次ぎましょう。例の野盗の件で忙しくされていますが、そんなカスター様から時間を頂くのです。その点を心してついて来て下さい」

 「勿の論でやんすよ。できれば、カスター様とお話ししている時に姐さんに外して頂けると有難いんでやんすが」

 ハチはイクルの後をついて行きながらすまなそうに話しかけた。

 「それは、その時次第です。カスター様に何かあってはいけませんから」

 イクルは振り返りもせずハチに感情も込めず事務的に返した。

 【振り返りもしない。こっちの動きはすべて察してらっしゃるって訳か】

 ハチはイクルの隙のない所作を見ながら彼女の腕を推し量り、彼女の前で妙な動きは死に直結すると本能的に悟り、背筋を伸ばした。


 「ハッちゃんどうしたんだね」

 イクルに案内されてカスターの執務室に入ると彼は書類の山の向こうから親し気にハチに話しかけてきた。

 「少しばかり込み入った情報を耳にしやして。できればイクルの姐さんに外してもらいてぇんでやんすが」

 ハチの言葉に反応するようにイクルから突き付けられる冷たい殺気のようなものを感じて彼は思わず身構えてしまった。

 「イクル、ハッちゃんはそんなことしないよ。それより、よほどシビアな内容なんだね。イクル、席を外してくれないか。何かあればすぐに飛んでこれるぐらいの距離でね」

 「カスター様がそう言われるなら」

 ハチの表情から何かを察したカスターは静かにイクルに命じた。イクルも彼の命令に渋々従うとそっと部屋の外に出ていった。


 「で、ハッちゃん君の持ってきた情報とは何かな。ここまで飛び込んできたんだ。ちょっとした噂程度じゃないよね」

 カスターは執務机の向こうから立ったままでいるハチをじっと見つめた。

 「船乗りの情報でやんすよ」

 ハチはそう言うと賭場で親分から聞いた話をカスターに詳らかに話した。

 「ルシア嬢の詠みと一致しそうだね。このバーセンに上陸作戦でもするつもりなのかな。そうなると海の防備を重視しなくちゃならないし、ここの住民を避難させるにも船が使えない」

 カスターはその場で唸ると黙り込んでしまった。そんなカスターをじっと見ていたハチは何かを決心したように小さくうなずくとカスターの前に進み出てネッカチーフの刺繍を黙って見せた。

 「ん、なんだい、ハッちゃん・・・、え、こ、これは、ハッちゃん・・・、貴方様は・・・」

 「ここにいるのは食いしん坊で陽気なハッちゃんでやんすよ。船の件はあっしが動きやす。これは是非とも内密にお願ぇしやす。知られると動きにくくなりやすんで」

 驚愕の表情を浮かべるカスターにハチは笑顔を見せた。

 「ゲインズ様やカスター様には何かと世話になっておりやすし、それになんて言っても、どんな種族も受け入れる懐の深さが大好きなんでやんすよ。船の上じゃ種族なんてものに拘ってちゃやってられやせんから」

 固まっているカスターにハチはニコニコしながら自分が彼らの為政がとても気に入り、ここが住みやすいと感じていることを語り上げた。

 「あっしはゲインズ様、カスター様の側に立っていたいんでやんすよ。ケフ、ヤズ、ミオウなんかのいい雰囲気の郷が、あの糞ったれな鎧の連中とか、正義がどうのこうのと言う連中にちょっかいをかけられるのが心底許せねぇんでやんす。今はあっしだけでやんすが、近い将来はあっしの家をあげてお力になりたいと思っているんでやんすよ」

 ハチはそう言うとカスターに深く頭を下げた。

 「是非ともここの自由な空気をお守りください。海から吹く風は追い風ですから。イクルの姐さん、お話は終わりやした。やかましいのは退散させていただきやす」

 ハチが声をかけるとイクルからさっとドアを開けて入ってきた。執務机についたまま半ば呆然としているカスターを見ると眠たそうに細めている目をかっと開き、その紅い瞳でハチを睨みつけた。

 「カスター様に何をした」

 「待て、イクル、その方は我らの味方だ」

 殺気を隠さずイクルはハチに迫った。そんな彼女にカスターは止まるように命じた。

 「確かに敵じゃありませんよね。ハッちゃんですから」

 イクルは妙な納得をしながら殺気を収めた。

 「そう、あっしはいつでも姐さんの味方でやんすよ」

 ハチはイクルにウィンクするとドタドタとカスターの館から出ていった。

 「カスター様、ハッちゃんに何かされたんですか? 」

 ハチとの邂逅から少しばかりやつれたカスターにイクルは心配そうに尋ねた。

 「ハハハ、何かされたというより、何かがいた、と言った方がしっくりくるよ」

 カスターはハチが見せた刺繍の意味を思い返しながらひきつった笑みを浮かべた。

 「何かいた・・・ですか? 」

 イクルはカスターの言葉に怪訝な表情を浮かべながら首をかしげた。


 「便箋と封筒をお願いしやすっ」

 バーセンの港湾事務所にハチの姿があった。彼は総合受付のお嬢さんからニコニコしながら便箋と封筒を受け取るとその代金を定価に少し上乗せした金額で支払い、待合室の一角にあるテーブルに着くと何やら懸命に書き出した。

 「さて・・・」

 書き終えた便箋を封筒にしまい込むとハチは徐に首から下げた小さな小袋を取り出し、その中から少し大きめで錨を中心に複雑な文様が彫り込まれたシグネットリングを取り出すと自身の署名と宛先の代わりに封筒の中央と封印に2カ所押印した。


 「ちょいと個々の責任者の方をお呼び願いやす」

 ハチは声を落として受付のお嬢さんに呼びかけ、印章を隠して封筒を見せた。

 「所長ですか? それならアポイントメントが必要です。恐れ入りますがお客様のご氏名と職業、所属をお教え頂けませんか」

 受付のお嬢さんは事務的にハチに応えた。それにハチは少しばかり困った表情を浮かべた。

 「これはあんまりやりたくないんでやんすが・・・。祝福されし、島々を照らす太陽、大海原を自由に吹く風、気ままにあれる波、嵐にも凪にも我らが舟の舳先を向けるは・・・」

 ハチはちょっと思案してから小さな声で詩の一節のような言葉を呟いた。

 「え、それって・・・。海の神に愛されし我らが港、偉大なる我らが約束の地・・・、承知いたしましたすぐさま所長を呼んでまいります」

 受付のお嬢さんはハチの詩に詩で応えると慌てて所長室に走って行った。

 「・・・」

 受付のお嬢さんの態度の急変にあたりの人々はハチのほうに好奇の目を向けだした。その視線に気まずさを感じハチは大きな身体を縮めていた。

 「所長のトレンと申します。どのようなご用件でしょうか」

 きっちりとしたスーツを着込んだ小柄な中年の男がハチの前に立ち額に浮いた脂汗をハンカチで拭いながら尋ねた。

 「ちょっと込み入って居りやしてね。できれば、所長さんと2人きりでお話ししたいんでやんすよ」

 ハチは相手を怯えさせないようににっこりしながら優しく話しかけた。これが普通の人相なら問題なかったのであるが、所長の目の前にいるのは、タコ入道なツルツル頭の大男、それが笑みを浮かべてもハチの思うような効果は得られなかった。

 「そ、そうですか、で、では応接室にご案内します。お、お茶を・・・、それよりお酒のほうがよろしいでしょうか」

 「お茶がいいでやんすよ。お酒は好きでやんすがこういう話は素面でなきゃいけねぇもんで。お気遣いは結構でやんすよ」

 「メイロ君、お茶とお菓子を頼むよ」

 所長は最初にハチから依頼された受付のお嬢さんに声をかけると緊張のため手足を同時に動かしながらギクシャクとハチを応接室に案内した。


 「し失礼します」

 先ほど所長にお茶とお菓子を用意するように頼まれたメイロが固くなりながら部屋に入るとテーブルの上にお茶とクッキーを置くと、深々とハチに頭を下げ、逃げるように応接室から出ていった。

 「ありがとさんでやんす」

 「先ほど、あのメイロから貴方様が王家に火急の要件がある場合の符丁の詩を吟じられたと伺いましたので、疑うわけではありませんが、いま一度確認のためにお願いします」

 所長はハチに深々と頭を下げるとハチは姿勢を正し、小さく咳払いをするると吟じだした。

 「祝福されし、島々を照らす太陽、大海原を自由に吹く風、気ままにあれる波、嵐にも凪にも我らが舟の舳先を向けるは、返しはこうで、海の神に愛されし我らが港、偉大なる我らが約束の地」

 ハチの詩に所長はますます身体を固くし、緊張のために口の中がカラカラになるのを感じていた。

 「確認いたしました。それで、火急の件とは何でございましょうか」

 「これでやんす」

 ハチは印章を押した封筒を取り出し所長に見せた。

 「こ、これは海洋諸島連合王国の王室に連なる方のみが・・・」

 「それ以上は秘密でやんす。これを早く頼みやす。ここの存亡がかかっていると言っても過言じゃありやせんので」

 「え・・・、そんな大変なことが」

 所長はハチが差し出した封筒を手に脂汗をかきながら硬直していた。

 「大変なことにしたくなければ、その手紙を素早く届けてもらいたい。これは、洒落でも遊びでもない。このことを肝銘せよ」

 硬直している所長にハチは静かに一喝を入れ、席を立った。

 「届いたののが来年だったとかだったら、所長自信が大変なことになりやんすからね」

 ハチは再びいつものハッちゃんの表情に戻っていた。

 「くれぐれもお願いしやすよ」

 ハチは明るく所長に言い放つと現れた時のようにさっと駆け出して行った。



 「ちょっといいでやんすか?」

 次にハチの姿があったのは港に近い船員相手の酒場だった。ハチはカウンターの向こうで不愛想に酒を酒瓶からグラスに注いでいるマスターに明るく声をかけた。

 「こっちは忙しいんだ。手短にな・・・、えっ」

 マスターはハチの顔を見て目を見開いた。そんなマスターにハチは人差し指を口の前にして黙っている様に合図して見せた。

 「マスターはあの紅と白のくそったれな鎧の連中を知っていやすか? 」

 「ああ、知っていま・・・いるぞ。あの連中が何か? 」

 マスターは平静を装いながらハチの質問に答えた。

 「あの連中が舟を使うようなことがあったら、ケフの前の郷主、ご隠居様、ボルロ・ピケット様にすぐに知らせてくだせぇ。いいでやんすか。この事は内密に、知られるとややこしくなりかねやせんからね」

 ハチは天気の話をするようにシビアなことをマスターに要求していた。

 「か必ずや・・・、あ、ああ、気にしておくよ」

 マスターはひきつる表情を何とかかくし、なんでもないように装っていた。

 「じゃ、あっしはこの辺りで。それと、あっしの事は口外厳禁でやんすからね」

 ハチはニヤッと笑うと店の外に飛び出して雑踏の中に溶け込んでいった。


 「ハッちゃん、おいしかった・・・です。ありがとう」

 ハチが買ってきたお菓子に舌鼓を散々打ったティマが日暮れと同時に帰ってきたハチにニコニコしながらお礼を言った。

 「ティマの姐さんに喜んでもらえれば何よりってヤツでやんすよ。で、ネアの姐さんはどちらに? 」

 部屋の中にティマしかいない事に気付いたハチが辺りをきょろきょろ見回した。

 「ハッちゃん、帰ってきたんですね。いいタイミングですね。夕飯ができたんですよ。ハッちゃんががっついても大丈夫なように量だけはありますから」

 ネアがキッチンからひょいと顔を出してハチに声をかけた。その声を聞いて少しばかり疲れ気味だったハチの顔が笑顔になった。

 「ハッちゃんに投資した分でいい感じの食材を揃えましたよ。時間もせかす人がいないので十分にかけて煮込みました。いい感じの出汁が出ているはずです。匂いで分かりますからね」

 ネアはピンクの下で同じような色の己の鼻をペロリと舐めた。

 【うっかりしているとやるんだよな。これじゃ本当に猫だよ】

 真人の姿ではできない芸当をやらかしたネアは苦笑を噛み殺しながら複雑な気分に浸っていた。

 「真人のあっしでも良い匂いがしているぐらい分かりやすよ」

 「ハッちゃんは真人だったんだ。あたしはてっきりタコさんの親戚かと思っていた・・・です」

 ハチが鼻をひくつかせて匂いを嗅いでいる姿にティマが横から突っ込んだ。

 「ティマの姐さん、こんなダンディなタコはこの世の中にいやせんぜ」

 「そっか、ハッちゃんはタコさんじゃなかったのか。でも、タコ族の獣人とか・・・」

 ティマは苦笑しながら答えるハチをじっと見ながらどうも納得できないようだった。

 「タコさんだったら、暴れるときにあんなすっごい拳を叩き込んだりできない・・・です。だからタコさんとは違う・・・です。納得」

 ハチの種族に何とか納得したティマは楽しそうにハチを見上げていた。

 「ハッちゃんはハッちゃんですからね」

 ネアは少し困ったように頭を掻いているハチを見て目を細めた。

 「ハッちゃんは、ハッちゃんか・・・。そうでありたいもんでやんすよ」

 ハチは少し声を落として呟いた。


 

 


諸島連合王国は海運や漁業に関係する業種のほとんどを担っている国です。ですから、どこの郷の港にも諸島連合の国民が入り込んで仕事をしています。バーセンも例外ではありません。

彼らは身内かどうかなどを確認するために様々な符丁を持っています。

符丁も使用する人の身分などにより様々です。

今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。

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