327話 臨時収入
気づけば、随分と続いていて、我がことながら驚いています。
何とかオチまで持っていきたいと思っている次第でです。
寒い時、布団の中やら炬燵に潜りながら暇つぶしの一助になれば幸いです。
「カスター様はもう寝ちゃっているよ。うん、迷惑だから報告は明日に・・・」
カスターの屋敷との距離に比例してレヒテの足は重くなっていた。
「カスター様はお嬢とは違いますので、まだ就寝されていないでしょう。お嬢には、無事に襲撃者を撃退した、とだけ言ってもらえれば後はこのネアが説明します。ルップ様、パル様も同席されるようですが、お聞きになられた事のみお答えください」
レヒテを心配してか、彼女らの後をつけるように黙りこくったままルップとパルがついて来ていた。
「ネア、貴女少し無礼ではありませんか。私に対しての無礼については目を瞑りますが、使えるべき主に対しての口の利き方とは思えません」
パルがネアの背後から不機嫌な感情を殺すことなく詰め寄ってきた。そんな彼女の横でルップは苦笑いをしていた。
「じゃ、この件、パルが代わりに報告してくれるかな。それだったらネアには一言も喋らせないよ。カスター様がお尋ねになられた事にしっかりと応えられるならね」
レヒテはむっとしているパルに明るく言い放った。彼女は己の能力を把握しているという分においては同年代の少女としては少しばかり聡いと言えるだろう。そんな彼女の言葉にパルは少し言葉に詰まった。
「確かに、ネアには適任でしょうが、それにしても言葉が過ぎます」
「パルがネアの代わりに今回の件を報告すればいいんじゃないか。ネア以上にできる自信があればこその発言だよね」
むすっとしているパルにルップが諭すように話しかけた。そんなやり取りを耳にしてネアはため息をつきながら口を開いた。
「パル様、レヒテ様とのお付き合いは長いですよね。ぐずるレヒテ様をカスター様の前にお連れするのがとても困難なことはご存じですよね。それと、お嬢に対して妙に謙るとご機嫌が悪くなるのはご存じでしょ。さすがの私でも時と場所は弁えておりますから」
ネアはパルに肩をすくめながら自分の態度がレヒテが特異であり、この場合は大して無礼ではないことを話した。
「ネアの言うこともわかりますが。もし、メムが私にそのような口をきいたら・・・」
「あの子、結構なことを言ってるよ。聞いているこっちがハラハラするぐらいだよ」
空気を読む能力に関しては絶望的なメムのことを思い出しながらルップはクスっと笑った。
「他人の事は気になるけど、案外自分の事は気になってないもんよ」
レヒテはそう言うと、ネアにせかされながら重い足を動かしてカスターの屋敷へと向かいだした。
「あいつらがいきなりバッて抜刀したから、こっちはズバッと斬りかかったわけで、そうするとあいつら生意気に私にガッときたから・・・」
レヒテがカスターに襲撃者を無事撃退した旨を報告したが、それはネアが懸念した通りの擬音とジェスチャーによるもので報告を受ける側に多大な理解力を強要していた。
「バッでズバッね・・・、レヒテ嬢はもう少し話術を訓練されるべきだと思うよ」
レヒテの報告が一通り終わるとカスターはため息をつき、頭を抱えた。
「報告者の熱意だけは伝わった、・・・それだけは良く伝わった」
カスターはそう言うと天井を見上げて目を閉じた。ネアはそんな彼の行動と何が起きたか分からずきょとんとしているレヒテ、ため息をつき方を押しているルップとパルを見ると意を決して一歩進み出て、カスターと正対した。カスターの目がネアの目と合うと彼女は直立したまま口を開いた。
「襲撃者は31名おりました。その内、3名の死亡を確認、命に係わる負傷した者はおりません。残りの28名は日が昇ってから衛士に引き渡す予定です。襲撃者は全員ワーナンの騎士団の鎧を身に着けておりました。詳細は隊商のリーダーからお話があると思います。レヒテ様以下の奇襲部隊の損耗はありません。負傷者もおりません」
執務室の中、薄暗いランプに照らし出されているにも拘らず疲労の色が見えるカスターにネアは実際にあったことを手短にカスターに説明した。
「ワーナンの郷主が裏に潜んでいるかもしれんが、連中は簡単に認めることはないだろうな。ややこしいことになりそうだよ。あはは、まいったね」
ネアの話を聞いたカスターは疲れた顔で力なく笑うと、ため息をついて目を揉みしだいた。
「ルシア嬢の星詠みの内容との関連についても気になるところだな。これが災悪の最初の一頁とならないことを祈るしかないようだ」
「・・・」
カスターの話を聞いたネア達は不安に包まれたままただ黙ってその場に立っていた。
「怖い事にならなきゃいいけど・・・」
皆が沈黙する中、小さな声でレヒテが呟いた。その言葉はその場にいた誰もが思っていたことだった。
「読んでた通りかー」
ご隠居様はカスターから捕らえた襲撃者に関してワーナンの郷で郷主から壕で働く役人までが知らぬ存ぜぬを貫いていると聞いて乾いた笑い声をあげた。
「笑い事じゃないですよ」
カスターは頭を抱えてため息をついた。ワーナンの正規の騎士団の鎧を着こんでいた襲撃者に関しては鎧は盗まれたもので、自分たちには全く関係ないが、ワーナンの郷内で発生した犯罪であるため、彼らの処置に関しては郷に一任せよとワーナンのお館からカスターに通達されていた。
「移送中に犯罪者が逃げることは昔から少なからずある。逃げられたらこっちとしてもどうしようもないよね」
ご隠居様は意味深な笑みを浮かべた。逃げた犯罪者に対して逃がした責任がある者は彼らを制し構わず捕縛する義務が生じるが、その義務を努力義務にすることも責任者の腹の内で決められる。つまり、彼らをどう料理しようがそれに対して障害は発生しない。捕縛した時に既に神の御許に行っていたと報告したとしても誰も咎めようがないのである。
「気持ちのいい仕事じゃないですが、仕方ありませんね」
カスターはため息をつくと、しっかりとご隠居様を見つめにやっと口角を上げた。この時、襲撃者たちの命運は決定した。彼らにとって非常に不愉快な方向に。
「彼らに気持ちよく歌ってもらいたいね」
「ええ、心残りがないようにしますよ」
彼らは互いに黒い笑みを浮かべながら、現在地下牢に繋がれている襲撃者たちをどう歌わすか相談し始めた。
「剣の手入れは自分でなさって下さいね。お召し物と軽鎧は私たちで洗濯と手入れしておきますから。寝間着は寝室に準備しています。洗濯物はかごに入れて廊下に出しておいて下さいね」
ネアはカスターの館から帰ってくるとレヒテたちに遠回しにさっさと寝床に入れとにこやかに言い放った。
「何か引っかかるところはあるけど、ありがと。寝させてもらうわ」
ネアはパルの袖を引っ張って寝室に向かった。そのあとを何気にメムがついて行こうとするのをネアは見逃さなかった。
「メムさん、洗濯をお願いしますね。少なくともパル様の分はね」
「見つかっちゃった」
てへっと舌を見せるメムの襟首を無理やりつかんでネアは使用人たちの作業場に連れて行った。
「主は違えど、我ら侍女。やるべき仕事に変わりなし。です」
作業場には先ほどの作戦に従事していた使用人たちがあつまりそれぞれの武器を丁寧に整備していた。
「メム、アンタだけおいしい思いをするのはなし。これからメムがベッドに潜り込んでもうちらはお嬢とお館の人の分だけしかしないから」
「つまり、ルップ様とパル様の分はメム一人でやって下さい、と言うことです」
フォニーとラウニはしょげた表情でネアに連れて来られたメムに事務的に言い放った。
「うう、分かったよー。でも、デーラ家の使用人ってわたししかいないんだよ。それで、お二人の身の回りをお世話して、挙句の果てには野盗退治・・・、ちょっとかわいそうに思わない? 」
がっくりと項垂れながらメムは籠に無造作に突っ込まれているブーツを手に取りブラシで土や汚れを落とし出した。
「ここで皆でやったほうがさっさと終わるでしょ。さっさと終わってもらったら嫌なモノもあるけど」
バトが悩まし気に身をくねらせながらメムに言うと、横にいたルロが冷めた目で彼女を見てからため息をついた。
「ティマちゃん、後でお嬢とルップ様とパル様の洗濯物を持ってきてね。メムちゃんは鎧と武器をお願いするね。あまりにも汚れてたり重かったらメムちゃんに持ってもらうといいからね」
アリエラがむすっとしながらも手を動かしいるメムとたどたどしいながらも手を動かしているティマに指示を出した。その言葉に一瞬メムがむすっとした表情を浮かべた。
「メムさん、お一人で作業されても誰も文句は言いませんよ」
ルロがため息交じりに言うとメムは黙って立ち上がった。
「ティマちゃん、お手伝いお願いね。重かったら言ってね。私が持つから。それと濡れた犬の臭いがきつかっても私が持つね。もう慣れているから」
メムはティマにさり気なく主に対してキツイ事を口にしながらティマを伴って彼女の主が休んでいる部屋の前に向かった。
「これからどうなるのかな。アイツらの後ろに何がいるか分かるのかな。怖いことにならないといいけど」
自分の纏っていた軽鎧の汚れを拭いながらフォニーが心細そうに呟いた。そんな彼女の言葉にその場にいた侍女たちは応えることができなかった。
【今度はこっちの血も流れるのかな】
ネアはふと不吉な思いが胸をよぎるのを感じ、その感触を追い払うように頭を振った。
「今日は1日お休みにするから、ゆっくり休んで」
ネア達が準備した少し遅めの朝食を目の前にしてレヒテが疲労の色が浮かんでいるネア達に宣言した。
「私たちは少しでも眠れたけど、貴方達は寝てないでしょ。だから、これからゆっくりと身体を休めて。昼食と夕食はそれぞれでとってね」
レヒテは明るく言うとネア達が準備した質素だが量だけは確かな朝食を早速がっつきだした。
「お休みかー。疲れているし私は寝るよ」
レヒテが朝食を胃袋に詰め込んでいるのを見ながらバトは大あくびをして背伸びすると眠そうに目をこすって宣言した。そんな彼女をルロは横目でみながら鼻を引くつかせた。
「寝る前に身体を洗ってください。淑女から漂ってはいけない臭いがしています」
「それを言うならルロもそうだよ。女性とは思えない臭いだよ」
バトとルロは互いの体臭を嗅ぎあって顔しかめあっている最中、ネアとラウニ、フォニーが洗濯物を干す作業から戻ってきた。
「ついでにお風呂の準備もしておきましたから、後30分もあればいい感じに沸いているはずです」
ネアはそう言うとレヒテが飲み干したグラスにテーブルの上に置かれたポットから水を注いだ。
「私らは銭湯に行くよ。貴女達はゆっくりと羽を伸ばしていてね」
食事を終えたレヒテは何故かニコニコしながらネア達に急な休暇を与えた。
【お嬢が銭湯に行くだけで済むわけないよな。絶対にどこかでドカ食いするはず、そのお金を持っている様にみえないんだけど。まさか・・・】
ネアはキッとレヒテを睨みつけると、厳しい口調で質問を始めた。
「何をするにも先立つものは必要ですよね。お嬢の懐はそんなに温かくないと思うのですが。今日の小遣いはどこから手に入れましたか」
「え、そんなこといいじゃない。お店のお金には手を付けてないよ」
「そんなこと当然です」
少し目を泳がせながらレヒテは胡麻化そうとしたが、ネアはじっとレヒテを見つめたまま静かに尋ねた。
「どこからお金を持ってきたのですか。正直にお話しください」
「実はね、襲ってきた連中が財布落としたからそれを・・・ね」
レヒテはしどろもどろに言うとネアから視線を外した。
「ね。じゃないと思いますよ。やっていることは野盗と大して変わりないじゃないですか」
ネアの指摘にレヒテは少し後ずさり、ひきつった笑みを浮かべた。
「ネアの言うことはご尤もだけどさ、こういう仕事をした時の手当みたいなもんだよ。おっ死んだ奴はお金は使わないからね」
バトがレヒテを庇うように言った後、じっくりレヒテを見つめた。
「でも、独り占めは良くないですよねー。こういう物は皆で分け合って次の武運を祈るってのが普通ですよー」
バトはニヤニヤしながらレヒテに近づいていくと彼女の方にがっと手をかけると、
「我々もおこぼれに預かりたいですよー」
と甘い声を出した。そんなバトをレヒテはひきつった笑みで見つめ返した。
「そ、そんなにないよ。ね」
レヒテは寝ぼけ眼で起きてきたパルを見つけると唐突に同意を求めた。
「ね、って何の事ですか? 」
「ほら、あの臨時収入の事よ。ネアが気に入らないみたいでさ」
パルはレヒテの言葉を聞いて軽いため息をつくとネアを見つめて静かに語りかけた。
「他人から自らの意思で奪おうとする者は、奪われることも覚悟すべきなんです。何も失う覚悟がない者はそもそもあのような行いをするべきでなく、した時点で相手からは覚悟を決めていると判断されるのです。だから、お嬢の言う臨時収入は何も疚しいモノではないと言えます」
そう言い終えるとパルはテーブルにつき、それに合わせるようにメムが彼女の前に量だけは十二分な朝食を配膳した。
「臨時収入かいいなー。私、ほとんど回収できなかった」
パルが食事に手を付けるのを見守ってからメムがぽそっとこぼした。あの戦闘の場面にメムはいたが、役に立たずに逃げ回っていて何もしなかった、と言うわけでもなく襲撃者の一人の意識を奪うという戦果を挙げていたのであるが、動けなくなった相手の懐を探るまでの余裕はなかったらしい。
「メム、私もそれなりの臨時収入がありましたからね。今日は買い物に出かけます。お供しなさい」
「はい、お嬢様っ」
パルの言葉にメムは尻尾をぶんぶん降って喜びを表していた。
【文化が違うんだ】
メムの尻尾を眺めながらネアは改めて自分が今いる世界が前の世界と異なることを思い知らされていた。
「うちらもそれなりにあるから、お風呂の後に出かけようかなって。ネアの分はうちらで持つよ」
「お金の心配はいりませんよ」
フォニーとラウニがネアに出かけようと誘ってきた。そんな誘いにネアは首を横に振った。
「私としてはどうもその行為が馴染めなくて。今日留守番していますから皆さん羽を伸ばしてきてください。皆さんのお食事が終わったら後片付けしておきますから」
ネアはそう言うと微笑んだ。自分の筋を通したかっただけで誰かを巻き込む気なんか毛頭なかった。
「ネアは言い出したら聞かないからね。うん、自分の納得できないことを周りに合わせてすることもないよ。じゃ、ティマちゃんは私と一緒においしい物食べに行こうか」
「ううん、あたしは残る。疲れをとるのも仕事の一つだから」
アリエラはそう言うとティマを外出に誘い出した。ティマはその誘いに申し訳なさそうに断った。見事に断られたアリエラはその場に突っ伏して呻きだした。
「私らはお嬢と一緒に出掛けけど、ラウニとフォニーはどうする? 」
勝手にレヒテについて行くと決めたバトがちょっと思案顔のラウニとフォニーに尋ねた。
「うちは出かける。ラウニは? 」
「私も出かけます。ネア、ティマ、お土産を楽しみにしていてくださいね」
フォニーとラウニはネア達にそう言うと自ら朝食を準備しだした。ネア達もそれに倣って朝食を取り出した。
「ティマは出かけなくていいの? 」
ネアは大きなパンに齧りついているティマに尋ねた。
「出かけたくないです。襲ってきた相手を倒してお金を手に入れるって、悪い事じゃないと思うけど、何か違うような気がする・・・です」
「私もそう思うんだ。言葉にできないけど何か違うって感じがして、臨時収入を手にしたくないんだよね」
「あたしも同じ・・・です」
ネアとティマは互いに見合って同志を得たような気分になっていた。
「殺して奪うって、アイツと同じな気がする・・・です」
「倒したヤツから奪った物の中にそいつの大切な物やそいつの家族につながるような物があったら目覚めが悪いからね」
ネアは少し渋い表情を浮かべながら少し冷めたお茶を一口飲んだ。ティマはそんなネアに同意するように黙って首を縦に振った。
「おや、姐さんたちはお出かけなさらないんですかい? 」
どたどたと大きな足音と大あくびをしながらハチがネア達のいる食堂に入ってくるとネアとティマを見て少し怪訝な表情を浮かべた。
「今日はお留守番でゆっくりと過ごします。ハッちゃんはお出かけしないのですか? 」
ネアはナプキンでティマの口周りを拭きながらハチに尋ねた。
「先立つものが無けりゃ、何も出来やせんよ。情けないことに賭場に行こうにも種銭がありやせんや」
ハチはツルツルの頭をペチペチと叩きながら笑い声をあげた。
「ハッちゃんは臨時収入なかったの? 」
ティマが自分の使った食器を片付けながらハチに尋ねると彼はニヤッと笑った。
「あんなあぶく銭をいつまでも持ってるなんて験の悪い事はしやせんよ。アイツらと同じくメラニ様の元に送ってやりやしたよ」
「メラニ様の元・・・、ハッちゃん寄進箱に入れちゃったの・・・ですか」
ティマが驚愕の表情を浮かべてハチを凝視していた。確かにハチの口から想像できない台詞を聞いたからである。勿論、ネアもティマの横で目を丸くしていた。
「柄にもないことを、なんて思ってらっしゃるでしょ。このハチ、腐ってもやましい銭は身に着けやせんぜ」
ハチは胸を張って少し誇らしげな表情を浮かべた。そんなハチを見ながらネアはふと何かを思いついた。
「臨時収入が手に入ったら、寄進すればいいんですよ。お金まで死に銭にすることはないんです」
「お金に罪はない・・・です」
ネアとティマは少しばかり自分たちが臨時収入を手にしなかった事を後悔した。
「湿気た顔はいけやせん。悪いものをどんどん呼び込んじまう。姐さん方、このハチに投資してみやせんか。今日の遊び代ぐらい何とかなるかもしれやせんよ」
ちょっとばかり後悔しているネア達にハチがニヤッと笑いながら胡散臭い提案をしてきた。
「投資って、私たちのお小遣いの事ですか。そのお金で賭場に行って大暴れって算段ですね」
ネアが声を落としてぼそっと言うとハチは顔の前で人差し指を左右に振った。
「近い線でやんすが、ちょいと違いやすよ。賭場に行って大暴れはあってやすがね」
「全部当たっている・・・です。どこが間違い・・・ですか? 」
ティマはニヤニヤしているハチに首をかしげた。ネアもハチが何を企んでいるのか見当がつかなかった。
「賭場でイカサマでもしでかすんですか。それって命を落としても文句言えないですよ。巻き込まれるのは勘弁してよ、です。この時期はまだ暑いっていっても海の水は冷たいですよ」
ネアがさっとティマを庇うように彼女の前に立ちはだかりハチを睨みつけた。
ハチはネアの剣幕に後ずさりながら身を庇うように両手を突き出した。
「違いやすよ。こっちがそのイカサマを暴いてやろうって算段でやんすよ。賭場のイカサマを見破ればこっちは賭けた金以上の金が慰謝料として手に入りやす。慰謝料を手にするとこっちも連中の片棒を担ぐ形になりやすから、その賭場と敵対しているとこの怖い人に手伝ってもらってぶっ潰してやるんすよ」
ハチは自分の計画を自慢げに説明しだした。
「この賭場にあっしが入って、連中のイカサマを暴くんでやんすよ。そん時に怖い人に入ってもらって、あっしは怖い人から駄賃を頂くって寸法でさ」
「そのための種銭が必要ってことですか」
ハチの計画を聞いてネアがため息をついた。
「そのとおりでさ。姐さんたちからお借りした銭は賭場に入るためでやんすよ」
とうとうと計画を語るハチにネアは怪訝な表情を浮かべた。
「何故、その行動が今日なんですか。敵対勢力の怖い人と話はついているんでしょ。種銭を持っている時にやればいいでしょ。態々私らから種銭を借りる必要もないでしょ」
ネアがジトっとした目でハチを追求するように見つめると彼はハハハと乾いた笑い声をあげて手を挙げた。
「賭場が開かれるのが今日なんでやんすよ。怖い人はいやせんよ。俺がそこでイカサマを暴いて大暴れするってところが違うところでやんすよ」
ハチが少しばかりばつが悪そうに話すのを聞いてネアはため息をついた。
「単身でかちこむつもりですか。やってもその後のお礼参りの対策とか考えているんですか? 下手すると私らが犯罪者になってしまいますよ」
ネアはハチの暴挙を止めようと彼の作戦の危ういところを指摘して、馬鹿げた行動を起こさないようにしようとした。
「そこは姐さん方にもご協力を頂いてでやんすね」
「お断りします」
「やだ・・・です」
もみ手しながらネア達にすり寄ってくるハチを彼女らは間髪おかずに拒否した。
「ん? ハッちゃんはそこでイカサマがされていることは知っているんだよね。じゃ、勝てる目も分かっているんじゃないんですか。出る目が分かっていれば勝てるじゃないですか。暴れなくてもお金を手にできますよ」
ネアは少し考えてから、もっと簡単に賭場で金を手に入れる方法をハチに示した。
「この賭場は円盤をまわしてその数字当てるってやつで、偶数か奇数か、6より大きいか、小さいか、ずばり6かってね。あっしが分かるの偶数か、奇数かぐらいで倍率も低いでやんすが、それでも勝てやすぜ。ネアの姐さん、流石、ケフの凶獣でやんすね」
ハチが目を輝かせてネアに抱きつこうとしてきたが、彼女はさっと身をひねって暑苦しい抱擁をかわした。そして、じっとハチを見つめた。
「勝てますか? 」
「勿の論でさぁ」
ネアは鋭い口調で短くハチに確認すると彼はニッと笑顔見せて自信ありげに胸を叩いてみせた。ネアはそんなハチににっこりすると、ポケットから財布を取り出した。
「ハッちゃん、手を出してください」
ネアが静かに告げるとハチはゴツイ手をおずおずと彼女の前に差し出した。
「種銭の中銀貨5枚です。これが今私が出資できる全てです。財布の中に残っている小銭は私のお菓子代です。だから出すことはできません。少なくとも元本割れはしないでくださいね。すっからかんになっても投資分は取り立てますから」
「絶対に増やしやすから」
ハチは冷たい笑みを浮かべるネアから恐る恐る中銀貨5枚を受け取ると、ツルツルの頭を深く下げた。
「行って参りやす」
ハチはネアから借りた種銭を大事そうに両手で包んで走り出していった。
「ドブに捨てた・・・です」
ハチを見送りながらティマがため息とともに吐き出した。
「ハッちゃんが博打で負けたって聞かないんですよね。彼が言わないだけかもしれないけど」
「あ、そう言えば、あぶく銭が手に入ったってあたしらに奢ってくれています・・・です」
ネアとティマは果たしてハチに如何程の博才があるのか、果てしてそれはこちらの見誤りかと首をかしげた。
「ハッちゃんにお金を渡したことが何よりの大博打な気がしますね」
「ティマの言う通り、ドブに捨てたと思うことにしますよ。でも、何かハッちゃんに感じたんですよね。ひょっとするとお金以上のスゴイものを当ててくるかもしれませんね」
「ハッちゃんだったら不思議はない・・・です」
「信じたいものです。でも、信じる者は足元をすくわれることが少なからずありますからねー」
彼女らはハチがどんな顔をして帰ってくるかを想像するとおのずと笑い声を発していた。
「ちょいといいでやんすか」
街の悪所とされる一角、人の目を避けるように設けられた扉の前に顔面だけで魔よけの効果がありそうな置物と見紛うような大男にハチがにこやかに声をかけた。
「ここは堅気の来るところじゃない」
大男はハチを追い返すように睨んだ。しかし、ハチはニコニコしながら自分のネッカチーフをすっと外し、その端っこに刺繍された複雑な錨のマークをそっと見せた。
「ゑっ! 」
大男の表情が固まり、その場に突っ立っているだけになってしまった。
「悪ぃけど、通してもらいやんすよ。お勤めご苦労さん」
ハチは固まってしまっている大男の肩をポンポンと軽く叩くと扉を開け賭場の中に入っていった。
この世界では他人を襲った時点で返り討ちにあっても文句は言えないと言うのが不問率としてあります。
当然、襲撃者の持ち物をどうしようが襲撃された方の自由です。
この世界の価値観で行くとネアやティマはマイノリティな方になる様です。
今回もこの駄文にお付き合い頂きありがとうございます。
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