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リンと鬼  作者: すすす
旅時期
12/16

12:閑話:番頭さんが支店に来た時の話

 鬼が作るという世にもめづらしい反物は、この宿場町で、ぼちぼちの評判だった。


 稲葉(いなば)は、最近この店に配属された少年であり、生まれてからまだ数年の、大変小柄な鬼である。

 ある日、とある旅の番頭さんが、店に立ち寄る事態となった。

 先輩方は、「抜き打ちのガサ入れ……!」と言い残して、帳簿のまとめてある奥の部屋を、どっすんばったん言わせ始めた。






「ごめんくださーい。」


 すずやかな女性の声がしたので、稲葉が出迎える。

 旅装をした、切れ長黒目がちな女性が、のれんをくぐる。

 それを見て先輩方は、帳簿整理で小汗をかいた額を、さり気なくぬぐいながら、挨拶を返した。顔が若干引きつってるのは不可抗力だ。


「リン。よくいらっしゃいました。」

「リン。久しぶりだな。息災そうで何よりだ。」


「雪柳さま、松波さま。こんにちは。みなさまもお変わりなくて良かったです。」


 リンという女性は、人なつっこく微笑みながら、旅のお土産をくれた。

 美味しそうなお菓子である。稲葉のしっぽが、人知れず揺れる。ぴこぴこ。


 リンという女性と一緒に入ってきたのが、番頭さんらしい。

 先輩方と同じくらいの大きさの、鹿の角の鬼である。






 この宿場町のそばには、海のような大河が流れている。

 流通が盛んで、客足の絶対数が多かった。番頭さんは、そんな店の見回りに来たという話だ。


 一緒に入ってきた女性、リンのことを、どこか遠い目で見ながら、つかの間、世間話をしていた。

 稲葉は、会話を聞くとも無しに、耳にする。


「リン……。鬼の名前をよく覚えるようになったな。」

「はい。ツノとか毛並みとか、分かり易い見分けがあります。」

「服が変わっても分かるのか。」

「はい。ツノや毛並みは同じです。」


「……。」

「……。」


「なんか言ってる事が、前とちがう。」

「心持ちが変われば、ちゃんと覚えます……。」


 稲葉は二人の、均等する力関係を見た気がした。






 番頭さんが奥に行っている間、稲葉が、リンの話相手をした。


「お茶です。ええと、奥さま。」

「私は奥さまではないですよ。」


 リンは、微笑みながら稲葉のセリフを流した。


 あ、奥さまではない。これは失礼しました。

 番頭どの睨まないで下さい。誰もヘタレだなんて、チィットモ思っちゃいませんよ。


 稲葉はその小さい背中に、番頭さんからの熱烈な視線を感じた。






「この兎のしっぽは……!」


 リンは、稲葉の背にあるしっぽに気が付いたようで、はっと息を呑んだ。


「私がおむつを替えた事があります。」


 間違いないです、とばかりに、稲葉のしっぽをひたと見る。

 稲葉にとって、ちょっと恥ずかしい邂逅(かいこう)だった。曖昧に相槌を打つ。


「あ、その節はどうも……。」

「もうこんなに大きくなったのですか。確か、産まれてからまだ、一年と少ししか経っていないはずです……。」


 リンは何かを惜しむように呟いた。


「鬼の成長は早いのですよ。リンさん。」

「そうなのですか……。でも、まだ背は私の方が高いですね。」

「そうですね。……くっ。」


 稲葉が、アゴを上げても胸を張っても、立ち上がった時の身長差は変わらなかった。

 番頭どの睨まないで下さい。背くらべに罪はないじゃないですか。


 稲葉は、背中に若干の殺気を感じた。






「ところで、これは、耳ですか?」


 お客さまの十中八九人は聞かれる質問を、リンは、稲葉にたずねた。

 稲葉は、期待のこめられた目線も手慣れたもんに受け流し、きちんと答える。


「たてがみの一部です。」


 稲葉のたてがみは白くやわらかく、小さいツノを隠すように、二ふさ長く伸びている。

 リンは震える指先を伸ばしながら、夢見るような表情をした。


「うさぎの耳かと思いました……。なんという奇跡ですか……!」

「……。そんなに感動しなくても。」


 稲葉は、自分の小柄な体つきにコンプレックスを持っている。

 自分もいつかきっと他の鬼のように、がっちりむっちり、筋骨隆々になってやる、と心に決めていた。

 しかし、成長してその通りに、がっちりむっちりになったとしても、うさぎ耳はそのままなのかと思うとアレな気がするけど、まあ、そこは考えないでおく。


 リンの切れ長の目は、ともすればきつい印象を与えるが、笑うと、はにかんだ目元と薄い口が、一気にたれ目になったんではというほど、やわらかい印象になる。

 稲葉がリンを、ほのぼのと見つめてると、リンは、こちらを伺うようにもう一度微笑んだ。


 番頭どの睨まないで下さい。ちょっと三秒くらい見つめただけじゃないですか。


 稲葉は背中に感じる視線に、ちょっと慣れてきた。






 帳簿の点検と、私服肥やしのお仕置きを終えた番頭さんは、お帰りの時間になった。

 直前まで、惜しむように、先輩方とじゃれ合っていた。暴力的な意味で。


「リン。」


 番頭さんの呼びかけに、リンは、のこのこと番頭さんの隣に移動した。

 その立ち位置は、いわゆるパーソナルスペースという、片手を伸ばして届く距離に収まっており、二人の信頼関係が表れていた。

 もっと突っ込んで言えば、仲良しさが現れていた。


 その様子を見た先輩方は、一様の表情でなにかを物語る。


(賭けの結果が、やっと出たな……。)

(配分はどうなってたっけ……。)


 稲葉が、日頃の先輩方の素行を見て、察するところ、こんなものだろう。


 番頭さんが、人ならざる勘を働かせて、賭けの元締めについて、先輩方にさらに聞き出していたのは蛇足である。


 人通りの多い宿場町の雑踏に、鬼の反物屋さんからのキャッキャ言ってるお仕置きの悲鳴がまぎれていく。






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