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リンと鬼  作者: すすす
旅時期
PR
11/16

11:おろち

 私と鬼の鹿角(しかづの)さんは、山岳地帯を旅していました。


 古くて大きな木々と苔むした岩々は、悠久の時間を感じます。

 朝と夕には霧がかかり、幽玄な風景を作っています。


 まばらにある家々の中の、青い生け垣のそばで、お歳を召した夫婦が嘆かれていました。


「あぁ、我が娘が、おろちの生け贄になるなんて……。」


 奥さまが涙しています。

 そばには旦那さまと、旅なれた服装の女性がいました。

 旅装の女性が言いました。


「娘さんのことは、わたしに任せて下さい。必ずおろちを退治してきます。」


 女性の声は男性でした。

 じ……自分でも何を言っているのか分からないですが、旅人さんは女性用の旅装を小粋に着て、すっとした背丈は中性的。白い肌と薄墨のような眉、目と口からは何とも言えない色気がかもし出されてました。

 私は、妖しいだとか艶めかしいだとかの片鱗を味わったのです……。


 と言うところに、私と鹿角さんは立ち会いました。






「……おろち?」


 突っ込みたいところは他にもあるのですが、とりあえず、ここを言っときます。

 私のつぶやきに気付いた旅人さんは振り返り、いかにも通りすがりの私と、私の二、三倍大きな体の鹿角さんを見ました。

 旅人さんは、鋭い目で悪人面の鹿角さんを見ましたが、私と並んで立ち止まってる様子を確認すると、警戒をときました。


「おろちとは、八つ頭の巨大なヘビの事です。」


 旅人さんの説明によると、おろちは昔からこの辺りに住み、毎年毎年、娘と酒を所望するのだそうです。

 酒と娘を出すことを拒否したら、村が一つ無くなるのだそうです。


 いけにえを所望。

 どこかで聞いた話ですが、なんと傍若無人な振る舞いでしょうか。

 すっと鹿角さんを見ると、鹿角さんは、すっと向こうに視線をそらしました。

 ……。まあ、おろちさんが村々に何らかの利をもたらしているのか、又はいないのか、知りませんが、通りすがりの旅人に退治されるというのも因果です。


 旅人さんは、私と鹿角さんに尋ねました。


「見たところお強そうなのですが。わたしのおろち退治を手伝っては頂けないでしょうか。」


 お強そうって事は、私のことではないですね。旅に慣れてきたとは言え、私の見た目は、一般的な女性観光客です。

 鹿角さんを見上げると、鹿角さんは私の意見を伺うように、見返してきました。

 おや、私に意見をゆだねるとは、鹿角さんとしてはある程度、どちらでも良いのですか。

 私は鹿角さんを見上げながら言います。


「お手伝いしましょう。行きすぎた支配者はいずれ討伐されますおろち見たいです。」

「最後に本音が混ざったな。まぁいいだろう、報酬は出るのか。」


 鹿角さんの即物的な問いに、旅人さんが答えます。


「村にも私にも、余分な金はありません。

 おろちの祠に、村々が納めた金銀があります。基本は村に返すとしても、おろちを倒せたのなら、そこから頂いても文句は出ないでしょう。」


「前金なしの成功報酬か。よかろう。」


 鹿角さんの承諾に、旅人さんは、愛おしそうに愛刀をなでながら言いました。


「ちなみにわたしは頂きませんが。おろちを切れることがわたしの報酬です。うふふ。」


 うっとりと笑う旅人さんの目は、完全に一線を越えていて、私と鹿角さんは、ちょっとだけ後ずさりました。


「わたしは十束(とつか)と言います。よろしく。」


 女装の切れ味マニア、十束さんは、色気のある表情で私たちに微笑んだのです。






 たぷん


 たるの中の酒が揺れます。

 旅歩きの小休止を取った次の日に、私と鹿角さんと十束さんは、おろちの祠へお供え物を運んでいます。

 八つの酒樽をそれぞれ分担して運び、緑色の巨木と灰色の岩が多い山道を進みます。

 体力差を考慮して、鹿角さんが一番多くたるを担っています。

 私が一つ、十束さんが二つです。


 歩きながら、十束さんが説明をしました。


「わたしが生け贄の娘さんのフリをして、おろちを油断させます。おろちに酒が回って酔ったところを攻撃しましょう。」


 なるほど、その女装は変装だったのですね。

 いいえ、趣味です。と返されそうな雰囲気が満々の、身に馴染んだ着物だったので、私は敢えて確認をしません。

 私は弱虫です……ただの弱虫なのです……。

 足場の悪い山道に疲れたあまり、思考が訳のわからん自虐を始めた頃、私たち三人は、おろちの祠にたどり着きました。


 おろちの祠は、苔やツタに覆われて、石造りの灯籠に祭壇、装飾が少々。簡素な作りでした。


 地面は、酒や娘の血を吸い込んだように濡れています。

 日影のしめった空気もあって、暗く不穏な雰囲気でした。


「酒樽を開けて、娘を供えたら、においに釣られておろちが来るのだそうです。おろちが来るまでに、リンさんは遠くに行って下さい。下手をしたらおろちに食べられてしまいますよ。」


「分かりました。……気を付けます。」


 十束さんの指示に、私は返事をします。

 私は戦力外扱いです。もし、十束さんと鹿角さんの戦況が危なくなったら、村に、「負けそうです。避難して下さい。」と知らせに行きます。


 おろちから搾取される側の村人は、反旗を翻す時にも命がけです。私でいいなら、いくらでも生け贄の娘さんの身代わりになりますよ……。

 しかし、もし失敗したら、最初に十束さんが言っていたように、村が一つ無くなるまで、おろちは暴れるのだそうです。

 過去にそうして無くなった村があるようです。

 反旗を翻すのに対して、失敗のリスクが大きいように思いますが、毎年の生け贄の用意に、村も疲弊しているように見えました。

 十束さんをとても頼りにしているようです。


 酒樽を祭壇に整え終わりました。


 私はその場を離れ、来た道を戻ります。

 十束さんは、鹿角さんにも指示を出していました。


「鹿角さんも隠れて下さいね。それとも、わたしの様に女装をしますか?」


 私は思わず、凄い勢いで振り返りました。

 しかし、にやにやしてる十束さんと、あきれ顔の鹿角さんの「するか、そんなもん。」という至極ノリの悪い、いや、普通な光景しか見られませんでした。






 私は風上だの風下だのに気を付けて、おろちさんから隠れます。


 おろちの祠から、丘を一つ二つ越えたところに、ちょうどいい大木があったので、枝に昇って、そのひとつに座ります。

 高めの枝からは、祠の様子が少しだけ見えました。


 まだ昼間のはずですが、空は曇って、時刻はよく分かりません。

 十束さんは、日暮れまでには済ませたい、と言っていました。

 風下のこちらにも、強めに造られた酒の香りが届きます。

 おろちのいる、祠の奥にも届いているのだと思います。


 しばらくすると、祭壇に、巨大な鱗が動いているのが見えました。

 ここからだと、祭壇のそばの木々に阻まれて、その隙間からしか見えませんが。


 ざざざ、ごご……


 まるで、この辺りの山々のような、深緑色の鱗がうごめきます。

 鱗には長い年月を生きたことを表すように、苔や草木が生えていていました。

 おろちは、まるで一つの山のようでした。


 地鳴りが響き、私の座る木も震えています。えええ。

 十束さんや鹿角さんは大丈夫でしょうか。

 あれっ、今、十束さんの笑い声が聞こえました。楽しそうですね……。何よりです。


 おろちは八つ用意した酒樽に、それぞれ頭を入れて、酒を飲んでいるようです。

 木々に隠れて、こちらからはよく見えないのですが、どろりとした橙色の目がちらりと見えました。

 ヘビは目が悪いと聞いたことがありますが、おろちもヘビさん型という事は、目は悪いのでしょうか。こっちまでは見えないですよね。

 もし見つかったら、丘を越えた距離とは言え、すぐに追いつかれてしまいそうな大きさのおろちさんです。


 おろちは一通り酒を飲み終わり、良い気分になったようです。

 心なしか鱗の血色が良くなりました。ゆらゆらと動いています。


「なにしやがる! このスケベ野郎!」


 突然──。そう……突然、十束さんの雄々しい怒鳴り声が、山あいに響いたのです。

 ドスが利いて、異様にサマになった罵声でした。






 おろちさんが十束さんに何しやがったのかは、深く考えないことにしますが、その声を皮切りに、地鳴りのような震動が数度、起こります。

 土砂崩れのような、おろちのうなり声が響きました。

 八つの頭と尾を持つ巨大なヘビ、おろちが鎌首をもたげ、木々の間から、その全貌を見せたのです。


 ガガガゴゴオオオンン


 おろちは八つの口から叫び声を上げて、まるで、てめえ男かよこの嘘つき! とでも言いたげなそれは、お気持ちよく分かります。

 いやいや、その音は木々の枝葉をふるわせ、周囲を威嚇しました。

 酒気のこもった怒りがこっちにも届きそうです。


 おろちは周囲の木々をなぎ倒し、暴れ狂います。

 しかし酒が効いているようで、その動きはどこかおぼつきません。


 ザザザ、バキバキバキ……


 おろちが急に身じろぎをしました。

 遠くに見える十束さんが、おろちを斬りつけたようです。


 十束さんの姿は木々の間を踊り、軽業師のように、おろちの背を走りました。

 その時、おろちの頭の一つが、十束さんを噛みちぎるように、巨大な口を開けて襲いかかります。


 十束さんは、おろちの口を横なぎに斬りつけ、おろちをのたうち回らせます。

 おろちの首は、火のような血しぶきを吹き出しました。


 ガガガ、ゴゴゴゴ、ゴゴ……


 十束さんがおろちを斬りつけては、おろちの頭が上下にのたうち回ります。

 そんな動きが数度続く内に、おろちの頭は、いつの間にか、その数を減らしました。

 気が付くと、辺りは薄暗くなっています。日暮れが近いようです。


 ところで、鹿角さんはどうしてるんでしょうか。






 大きな立ち回りは十束さんに任せて、鹿角さんは補助に回っているようです。

 十束さんは、おろちの首狙いで、高い場所を動き回って目立ちますが、鹿角さんは地面近くを動いています。木に隠れてよく見えません。


 さっき見えた時には、十束さんが落としたおろちの首が、脊髄反射で口をバクバクさせながら、鹿角さんの頭上に降ってきてました。

 鹿角さんが、危ないではないかと、十束さんにプリプリ抗議していました。

 十束さんは、めんごめんご、と軽く謝罪してました。


 遠くから見た、仕草だけの推測ですが、たぶん大体合ってます。

 今は鹿角さんの姿が見えません。

 さっきまでは動き回っていたので、その人影が推察出来たのですが、今は十束さんとおろちさんしか、動いてないようです。


 おろちさんの八つある頭と尻尾が、それぞれに動いて、紛らわしいですが、そのほとんどは既に鈍い動きです。

 よく動いているのは、残り二つの頭と、十束さんくらいです。


 鹿角さんは動いてないのでしょうか……? 動いていないとしたら、怪我でもしてるのでしょうか。

 私は自分の嫌な予想に、急に落ち着かない気持ちになりました。

 もし大きな怪我なら大変です。いやいや、でも、そんなはずは、しかし、もしもということが……。

 おろちの八つ頭の内、六つは倒した様なので、私が近くに行っても大丈夫ですよね……。様子を見るくらいなら良いですよね。怪我をしていたら大変です。


 私はソワソワと、木から下りました。






 おろちの祠に近付くにつれて、酒と血のにおいが強く充満しました。

 倒された木々と岩々。つる草に泥が散らかり、土埃もたっています。

 ちょっと気分の悪くなるにおいでした。


 遠くから見ていた時とは比べようもないほど、大きなおろちの胴体が見えます。

 深緑色の鱗は古い神木のようで、畏怖や神秘性を感じます。

 十束さんに倒された頭の一つのようですが、まだ少し動いています。

 私のいる所とは、まだ十分離れていますが、これ以上近寄るのは危険なようです。


 引き続き鹿角さんを探していると、頭上からは十束さんの飛び跳ねる姿と、笑い声が聞こえます。

 おろちの叫び声と、十束さんの喜びに満ちた笑い声が、山々に響きます。恐らく十束さんは今、花がほころんだような満面の笑顔です。

 総合的に、なんだか混沌としてます……。


「リン。」


 鹿角さんが私を見つけたのと、私が、木に背中を預けて座ってる鹿角さんを見つけたのは、ほぼ同時でした。


「キャーッ!」


 おろちの血と少々の肉をかぶった鹿角さんの姿は、グロい見た目で、普通にびっくりしました。すみませんが心配とかではなく見た目的に。


 周囲は日暮れ近くの薄暗さです。

 なぎ倒された木々や粉砕された岩には、十束さんが降らせた血の雨が飛び散ってます。

 ここはどこのお化け屋敷でしょうか。


「リン、大声を上げてはおろちが来る。」


 妙に冷静な鹿角さんの注意に、私はバックンバックン言ってる心臓を押さえながら、頷きました。

 おろちは、十束さんへの対応に夢中で、こちらには気が回らないようです。

 この場所は、うまく死角になっています。


「しし鹿角さん。けけ怪我とかなさってないんですか。」

「これはほとんど返り血だから。」


 鹿角さんは、珍しくだるそうに座り込んだまま、首を左右に振ります。

 そういえば、そろそろ夕暮れと言うことは、十束さんと鹿角さんが、おろちと対峙してから、半日以上が経過したということです。

 ずっと動き続けていれば、疲れますよね……。十束さんが笑いながら、ひょいひょい動き回っているので、忘れがちですが。

 十束さん……。いや、幸せそうなのでそっとしておきます。


 ほとんど返り血と言われましても、上から下まで血を浴びて、どこからが返り血で自前血なのか、見分けがつきません。

 私はよく見るように、鹿角さんに近づきます。


「本当ですか……。大きな怪我はありませんか。」

「十束が異様に張り切っているから、サボ、一休みしていただけだ。心配ない……。が、しかし、そう言われてみれば、ちょっと痛いと言えなくも、ないかもしれない。」


 鹿角さんの供述が、二転三転しました。

 私は血まみれの周囲や、血まみれの雰囲気に飲まれて慌てます。


「どこが痛いんですか……! 大丈夫ですか。」

「そう言われてみれば、……ちょっと目の前が暗くなってきた気が、しないでもない。」

「エェッ!」


 あまりに重症だと、痛みが麻痺したり、目が見えなくなったり、するのだそうです。

 私は出血元を探るように、鹿角さんの着物を探ります。

 しかし血が滴りすぎてよく分かりません。

 大きな血管はこっちの方です。脈拍はありますが、傷の場所までは分かりません。

 鹿角さんの体温が冷たくなったような気がします。水分に濡れて日が落ちりゃ冷たくもなりますが、鹿角さん。なんでさっきよりも若干、ぐったりするんですか……。


 私は荷物から、傷薬や痛み止めを取り出します。

 しかし、こういう風に鹿角さんの傷口を押さえても、本当に大きな怪我だったとしたら、気休めにしかなりません。

 私は、私はどうしたら。

 急なことに対して、回らない頭を働かせながら、どうしたら一番、鹿角さんが助かるのかを考えました。


 しばらくすると、鹿角さんが言いました。






「そこで人間の体液は有効だとか言って、唾液をゴクゴク飲めばいいじゃない。」


 十束さんが言いました。


 日もすっかり沈んだ頃に、退治したおろちに悠々と腰掛けながら、十束さんは、鹿角さんに言います。

 鹿角さんと十束さんは、おろちの倒し方について報告しあってました。

 弱点がどうしたとか、急所がこうしたとかです。


 日暮れに伴い、おろちの祠の近くには、たいまつが灯(とも)されています。

 倒したおろちの見張りと、その場の後片づけの為に、お二人は、祠の近くで一夜を明かすのだそうです。

 私は村への報告のために、その場を離れていました。


 十束さんは、仕留めた獲物を誇るように、横たわったおろちの首に座って、高い位置から鹿角さんを見下ろしています。

 おろちはもう動いていないようですが、たいまつの火に揺れる影は、てらてらと血を反射して、とても不気味です。


「口からブチューっと。」


 話を広げる十束さんを、鹿角さんは黙殺しました。


「……鬼は別にそういうのが効く体質ではないし。」

「まったくもー。口八丁手八丁、舌は常に二枚ですよ。」


 十束さんは、アチャーと手のひらを額にあてて、構われてるのが嬉しいようで、キャッキャ言ってます。

 そして、私と向かい合った位置にいるので、村から戻ってきた私に、鹿角さんよりも早く気が付きました。


「おや、リンさん。お帰りなさい。」


 私は、鹿角さんと十束さんが一夜過ごすのに必要なものを村から預かって、おろちの祠に戻って来ました。


「唾液は有効ではないのですね……。」


 私の昏い声に、鹿角さんの背中がビクリと動きます。

 よろしいです。お話はあとで聞きます。






 鹿角さんは戦々恐々と振り返りました。


「リン。いつからそこに。」

「割と最初からです。」


 おろちの倒し方については途中からですけど、私に聞かれてよくない所は、たぶん最初から聞こえてました。

 歩いてる内に何となく聞こえて、そのまま祠に向かいながら、内容がだだ漏れだったというか。

 内緒話という訳でもなさそうだったので、普通に聞いてました。


 早めに私に気付いていた十束さんに、鹿角さんに対する若干の悪意を感じなくもないですが、今の私にとって、それは重要ではありません。

 今から考えたら、それだけで回復とか、確かにおかしいではないかと思えます。鬼は人を食べるとは言え、即効性があるとか、そんな都合の良い話は無いですよね……。


「……。」

「……。」


 鹿角さんを何とも言えない表情で見ている私と、何とも言えない表情で気まずそうな鹿角さん。

 十束さんは体を伸ばしながら、


「────さて……っと、おろちが生き残ってないか、見回って来ようかな……。」


 と、気を回してその場を去っていきました。


 爆弾を落とすだけ落として、速やかにその場を去るとは。積年のわざを感じます。

 鹿角さんの様子が、あまりにもソワソワびくびくしているので、思わず許してしまおうかという気分にも、なきにしもあらずです。


「鹿角さん。」


 ビビクッ


 そんなビビらなくても。鹿角さんは、身を萎縮させて、まるで叱られる準備万端です。

 いやですね、そんなお膳立てをされては、こちらとしても怒るしかないじゃないですか……。


「そんなに怒ってないですよ。怒りを通り越してあきれたというか、そんな下らない手段で人を引っかけるのは、どうかと思いますが。大きな怪我がなくて良かったですねというか。」


 怒っていないことをアピールするように、穏やかな表情で言います。

 じわじわと言い立てる内に、じわじわと怒りが湧いてきて、愚痴やお説教に、興が乗りました。

 舌の長さが妖怪じみていやがって妖怪ですけど。人がどれだけ心配したと思っているんですか。


「そんなシャレにならない嘘をつかなくても、普通に言ったら普通にしたかもしれないじゃないですか。」


 それを云々と続いたのですが、鹿角さんの耳には、都合の良いところまでしか入らないようです。


「それではもう一回。」

「単なる例えです……。 い や で す 。」


 なんで組み手の前に相手の道着をつかもうとして、さばくみたいな攻防を繰り広げなきゃならないんですか。

 私の両腕と鹿角さんの両腕は、剣呑に揺れ動きます。


 その様子を、おろちの死骸の影から十束さんが、そっ……と優しく伺っていました。






 村から預かった荷物を鹿角さんに押しつけて、私はおろちの祠をあとにします。

 霧のかかる夜道を、手持ちの提灯が照らします。

 腑に落ちない事がありましたが、村に戻るまでには、頭の中も整理がついてると思います。

 ため息のようなうめき声を、ひとつ吐きました。な……泣いてなんかいません……。


 私は、ふと、おろちの祠のかがり火を振り返ります。

 すこし遠くの、おろちの祠のかがり火は、ゆらゆらと霧の中に浮かび上がっていました。

 鹿角さんは、山道に浮かぶこちらの明かりを見ていました。

 見ていただかなくても、さっきも通った道なので、ちゃんとに村まで帰れますよ。


「……。」


 霧の中に浮かぶ向こうの明かりを見ていると、私の心の中はなんだかんだと、ほこほこ温かくなったのでした。






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