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【完結】私を蔑んだ者たちを徹底的に破滅させます  作者: 逆立ちハムスター


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8/8

静寂の中、かすかに空気が揺らいだ。

それは風の音でも、ネズミの足音でもない。極限まで気配を殺した、死の使者たちが放つ特有の淀みであった。書庫の天井近くにある換気口から、黒い装束に身を包んだ三つの影が、蜘蛛のように音もなく床へと舞い降りた。彼らは、王都の裏社会で「影刃」と恐れられる、金のためにいかなる要人の命も奪う冷酷な暗殺教団の徒であった。

彼らの手には、青白い光を放つ毒塗りの短剣が握られている。標的はただ一人、机に向かって背を向けている無防備な女。

暗殺者の頭目が、仲間たちに手信号を送る。三つの影は、狼が獲物を狩るように、一切の足音を立てずにエレオノーラの背後へと死の包囲網を縮めていった。あと三歩、あと二歩。刃が女の華奢な首筋を掻き切るまで、瞬き一つの時間しか残されていない。


しかし、エレオノーラはペンを走らせる手を止めなかった。彼女は背後から迫る確実な死の気配を感じ取りながらも、その呼吸一つ乱さず、美しい顔立ちには微塵の恐怖も浮かべてはいなかった。

(……三、二、一)

心の中で秒数を数え終えた瞬間、暗殺者たちが同時に跳躍し、毒刃を振り下ろした。

その刹那、エレオノーラは座っていた椅子を強烈に蹴り上げ、自らの身体を横へと滑らせるように倒れ込んだ。それは、武術の心得などない彼女が、計算上の「軌道」のみを頼りに決行した、命がけの回避行動であった。

空を切った三本の短剣が、彼女が直前まで座っていた樫の机に深々と突き刺さる。


「何っ!?」

暗殺者が驚愕の声を上げたその時、書庫の奥、分厚い書棚の影から、絶対的な死と絶望を纏った巨大な漆黒の嵐が解き放たれた。

「――這いずり回る蛆虫どもが。我が白百合に、その汚らわしい刃を向けるか」

地獄の底から響くような咆哮と共に、ヴァレリウス大公が姿を現した。彼の右手には、月明かりすら飲み込むような鈍い光を放つ長大な宝剣が握られている。

大公は人間離れした速度で床を蹴り、一瞬にして暗殺者たちとの間合いを詰めた。

「ヒィッ! 北の孤狼……!」

暗殺者の一人が短剣を構え直すよりも早く、大公の宝剣が銀の閃光となって宙を舞った。凄まじい剣風が書庫の空気を断ち切り、鈍い肉の裂ける音と共に、暗殺者の一人が悲鳴を上げる間もなく両断され、血飛沫を上げて床に崩れ落ちた。

もう一人が背後から大公に襲い掛かるが、ヴァレリウスは振り返りもせず、銀の拍車がついた軍靴で背後の敵の膝を粉砕し、そのまま柄頭で頭蓋を打ち砕いた。

圧倒的。それは戦いではなく、怒れる神による一方的なる蹂躙、あるいは粛清であった。


残された頭目は、恐怖で顔を引き攣らせ、後退ずった。彼もまた数多の死線を潜り抜けてきた熟練の殺し屋であったが、目の前の男から放たれる圧倒的な暴の力の前には、赤子同然であった。彼は標的を仕留めることを諦め、懐から煙玉を取り出して逃亡を図ろうとした。

「逃がすか」

ヴァレリウスの左手から投げ放たれた短刀が、逃げようとした頭目の右肩を正確に貫いた。

「ぐああっ!」

床に転がり悶え苦しむ頭目の首筋に、ヴァレリウスは冷酷に宝剣の切先を突きつけた。

「動けば、その首と胴体を永遠に引き離す。……ギュンター!」

大公の叫びと共に、書庫の扉が乱暴に開け放たれ、重武装した近衛兵たちが雪崩れ込んできた。彼らは即座に頭目を拘束し、自決用の毒牙を抜くための猿轡を噛ませた。


書庫には再び静寂が戻ったが、床には生々しい血の海が広がり、濃厚な血の匂いが古文書の香りを掻き消していた。

ヴァレリウスは宝剣の血糊を無造作に振り払うと鞘に納め、すぐさまエレオノーラの元へと駆け寄った。彼女は床に倒れ込んだまま、乱れた息を整えていた。

「エレオノーラ! 怪我はないか!」

大公の普段の冷静さは完全に消え失せ、その声には悲痛なまでの響きが混じっていた。彼は跪き、大きな両手で彼女の華奢な肩を抱き起こした。

「殿下……お見事な手際でございました。ご心配には及びません、かすり傷一つ負っておりません」

エレオノーラは静かに微笑み、大公を見上げた。彼女のドレスの裾は床の血で赤く染まっていたが、その姿は、かつて「琥珀の間」で葡萄酒を浴びた時のように、いささかの気高さも失ってはいない。

しかし、ヴァレリウスの怒りは収まらなかった。彼はエレオノーラの肩を強く抱き寄せ、その身を震わせた。

「馬鹿者が……! あと一瞬回避が遅れていれば、貴女の命はなかったのだぞ! 自らを餌にするなどという狂気の策、二度と許さん! 貴女の命は、もはや貴女一人のものではないのだ!」

それは、主君が臣下を叱責する言葉ではなく、一人の男が、この世で最も失いたくない女に対して吠える、魂の絶叫であった。


エレオノーラは目を見開き、そして、目の前の大公の隻眼の奥に揺らめく、深く激しい情念の炎を確と見つめた。半年間、己の心を氷で閉ざし、復讐と論理の刃として生きようとしてきた彼女の胸の奥で、確かな熱が弾けた。

彼女は、自分を抱きしめる大公の震える腕に、そっと自らの手を重ねた。

「……申し訳ございません、殿下。私としたことが、自らの価値を、少々低く見積もりすぎていたようです」

エレオノーラの声は、いつになく甘く、そして柔らかく響いた。

「ですが、これで駒は揃いました。暗殺教団の生き残りという決定的な証拠。彼を尋問し、ローゼン伯爵から受け取った依頼書や前金を引き出せば、伯爵の言い逃れは完全に不可能となります」

エレオノーラは、床に広がる血の海を見下ろした。

「……春分の大朝餐会。あの悪徳の枢機卿たちに、法と正義の鉄槌を下す時が来ました。父の魂を慰め、そして殿下の御代を盤石なものとするために」


大公は彼女の強い瞳を見つめ返し、やがて、深く息を吐いてから、ゆっくりとその顔を近づけた。彼らの唇が触れ合うことはなかったが、その距離は、いかなる言葉よりも雄弁に、二人の間に結ばれた離れがたい絆を証明していた。

「……必ずや、奴らの首を貴女の足元に捧げよう。我が白百合よ」


一方その頃、南翼のローゼン伯爵の私室では、数日経っても帰還しない暗殺者たちの報を待ちわびる伯爵が、焦燥のあまり爪を噛み砕き、血を流していた。

「なぜだ……なぜ影刃からの連絡がない! たかが一介の女を始末するだけだぞ!」

娘のマルグリットもまた、父親の恐慌状態に感染し、ヒステリックに泣き叫んでいる。

「お父様、まさか失敗したのですか!? あの女が生きているなど、絶対に嫌です! 今すぐ軍を動かして、あの女を引き摺り出して処刑してくださいませ!」

「黙れ! 軍を動かせば、それこそ我々が首を括ることになるのだ!」

伯爵の怒鳴り声が空しく響く。彼らは未だ気づいていなかった。自らが放った毒牙が、すでに致命的な証拠として北の孤狼の牙城に捕らえられ、逆に自らの喉元に向けられた見えない刃となっていることに。


春の訪れを告げる大朝餐会まで、残すところ十日。

凍てつく冬の王都に、かつてないほどに苛烈で、血塗られた真実の春が訪れようとしていた。灰燼の中から立ち上がり、絶対的なる武の庇護を得た高潔なる知の戦乙女は、いよいよその反撃の剣を、満座の宮廷の只中へと突き立てる準備を終えたのである。

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