71.兄が見ている世界 —料理対決⑫—
食事を終え、それぞれ入浴を済ませた。
兄はまきへ勉強の課題を出すと、母屋へ向かった。
そして戻ってくると、
『こんなはずでは……こんなはずでは……』
と、まきがぶつぶつ呟いていた。
兄は軽くため息をつく。
『まきちゃん、少しいいかな?』
まきはビクッとして顔を上げた。
兄は笑顔で言う。
『今日は勉強を終わりにして、少し話そうよ。』
まきは嬉しそうな、泣きそうな顔になった。
『はい。』
二人は学校の話や、兄が引退した後の部活の話をした。
しばらくして、兄がふと思い出したように言う。
『そういえば、パスタの時なんだけど。』
『タッパーを持って帰ったよね?』
『あの後どうしたのかなって気になって。』
まきは、
『お返ししてませんでしたね。』
と言い、洗ったタッパーを兄へ渡した。
兄は受け取りながら、
『ありがとう。』
『パスタに怯えていたから、持って帰った後どうしたのかなって思ってたんだ。』
と言った。
すると、まきは当たり前のように答えた。
『食べましたよ。』
兄は少し驚いた顔になる。
まきは続けた。
『もう二度と先輩の料理を食べられないかもしれないって思ったら、残したくなかったんです。』
『でも、ほとんど父と母と妹に食べられちゃいましたけど。』
少し残念そうな顔だ。
兄は興味深そうに聞く。
『その日の事、もう少し詳しく聞いてもいいかな?』
まきは少し考えてから話し始めた。
『家に帰ったら、母に部屋へ連れて行かれて横にならされたんです。』
『そしたら妹が、私が先輩に傷物にされたーって騒ぎ始めて。』
『父が慌てて飛んできて、ちゃんと説明しなさいって言われました。』
兄は苦笑する。
まきも苦笑しながら続けた。
『だから、先輩の家でパスタを食べ過ぎて吐きましたって説明したんです。』
『そしたら家族全員ポカンとして。』
『その後、大笑いされました。』
兄も思わず笑ってしまう。
『私が怒って、先輩に鼻からパスタが出てるところまで見られたんだぞ!って言ったのに、もっと笑われて。』
『悔しかったので寝たんです。』
『起きたら二時間くらい経っていて、パスタもほとんど無くなってました。』
兄は笑いを堪えながら聞いていた。
『ご家族の感想とかはあったのかな?』
まきは頷く。
『麺がモチモチしてて美味しいとか。』
『チーズの風味が良いとか。』
『ベーコンが美味しいとか言ってました。』
そして少し笑う。
『特に妹が気に入ったみたいです。』
『この濃厚ソースもっと食べたい。』
『うちのカルボナーラ、シャバシャバなんだもん。』
って言って、母に怒られてました。』
兄は少し考えるような顔になった。
『なるほど。』
『みきちゃんは、その反応だったんだね。』
そう言って、小さく頷く。
『参考になったよ。』
『教えてくれてありがとう。』
まきは首を傾げた。
『参考……ですか?』
兄は笑顔で答える。
『うん。』
『同年代の人がどう感じるかは、実際に聞かないと分からないからね。』
『みきちゃんの感想も聞けて助かったよ。』
まきは納得したような、していないような顔をした。
兄は話を続ける。
『でも、ご家族みんなに食べてもらえたなら良かった。』
『作った側としては、ちゃんと食べてもらえたって分かるだけでも嬉しいから。』
しかし、まきは首を振った。
『良くないですよ。』
『私にとっては最後の先輩の手料理になるかもしれないと思ってたんですから。』
『妹には鼻パって呼ばれて笑われるし。』
『母も、美味しくて食べ過ぎちゃったのねーって笑うし。』
『父だけは、これくらいで嫌いになったりしないさって言ってくれましたけど。』
『それでも心配で、不安で。』
『だから先輩から電話が来た時、本当に安心したんです。』
そう言って少し照れたように笑う。
そして思い出したように続けた。
『そういえば妹に、よくタッパーに入れて持たせてくれたねって言われたんです。』
『だから、先輩がタッパーに入れて粗熱を取ってから冷蔵庫に入れようとしていたので、そのまま持って帰りましたって言ったら――』
まきは自分の頭を撫でた。
『父にめちゃくちゃ怒られました。』
『母も妹もびっくりしてましたね。』
ゲンコツでも落ちたのだろうか。
と、わたしは思った。
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