3.夏祭り
わたしの家で、友人のゆりとみほの三人で浴衣に着替え、そのまま一緒にバス停へ向かった。
夏祭りの会場へ向かうバスの中で、ゆりがふと思い出したように言った。
「さっきのお兄さんとのやつ、大丈夫なの?」
「別に。根暗でインキャで非モテだから、羨ましいだけでしょ」
わたしがそう返すと、ゆりは少し困ったように笑った。
「そうかなぁ。うちのお姉ちゃん、あっくんのこと気になるって言ってたよ?」
「まり姉、趣味悪いよ」
思わずそう返してしまう。
するとゆりは、少し真面目な顔になった。
「お姉ちゃんね、あっくんが工業高校に行くって聞いて、自分も同じ高校に行きたいって、お父さんとお母さん説得してたんだから。そんな言い方しないでよ」
「わたしも、別に悪い印象はないかなー」
今度はみほが会話に入ってくる。
「前に見た時より背も伸びてたし、ちょっとカッコよくなってた気がする」
わたしは小さくため息をついた。
どうしてみんな、兄をそんなふうに見るんだろう。
兄の話題から逃げたくなって、わたしは無理やり話を変えた。
「そういえば、まり姉は今日なんで来なかったの?」
「あー…それなんだけど」
ゆりが少し苦笑いを浮かべる。
「あっくんを誘ったら、“今年の夏祭りは行きたくないし、行ってほしくない”って言われたらしくて」
わたしは深いため息をついた。
「ほんとバカ兄…。なんかごめんね」
するとゆりは、意外そうに首を振った。
「でも、お姉ちゃん全然怒ってなかったよ? 言うこと聞いたら、今度二人で出掛けてくれるって約束してくれたらしいし」
「…何があるって言うの」
わたしは小さく呟いた。
ちゃんと話を聞かなかったのは、わたしの方だ。
怒って途中で話を打ち切ったことを思い出し、少しだけ胸の奥がざわついた。
やがて待ち合わせ場所へ到着すると、先に来ていた男子グループがこちらに気づいた。
「女子って浴衣着ると数割増しで可愛くなるって聞いたけど、本当だったんだな」
男子の一人が笑いながら言う。
「は? みほちゃんは元から可愛いんですー。もっと普段から敬って甘やかせ!」
みほがすぐに言い返し、周囲が笑った。
そのやり取りを見ていると、不意に啓くんと目が合った。
さっきから何度か、わたしを見ている気がする。
「啓くん、どうしたの? 似合ってる?」
そう笑いかけると、啓くんは慌てたように目を逸らした。
…そこで照れるなら、ちゃんと「似合ってる」って言ってくれればいいのに。
そんなことを思いながら、わたしたちは夏祭りの会場へ向かった。
「人多いねー」
「花火始まるまで、出店見ながら場所探そっか」
みんなで歩きながら屋台を回っていると、啓くんが不意にわたしへ声をかけてきた。
「あいちゃん。穴場あるんだけど、二人で行かない?」
少し照れながらそう言う啓くんが、なんだか少し可愛く見えた。
「いいよ。でも、ゆりとみほには言わないと」
「他の男子には先に話してるから大丈夫。ゆりちゃんたちにも伝えてくれるって」
そこまで段取りしていたことに驚きながらも、わたしはそのまま啓くんについて行った。
人混みを抜け、少し暗い道を歩く。
やがて辿り着いた場所は、人の少ない静かな場所だった。
そこで、花火が始まった。
夜空へ伸びていく光。
少し遅れて響く破裂音。
頭上で大きく花開いた光に、思わず息を呑む。
しばらく花火を眺めていた時、啓くんがぽつりと言った。
「打ち上げ花火を下から見たことある?」
「え?」
「ここ、ただの穴場じゃないんだ。花火が打ち上がる軌跡も見えるし、職人さんたちが、この一瞬を成功させるためにどれだけ緊張してるかも伝わってくる」
啓くんは夜空を見上げたまま続ける。
「夏祭りに来た人たちの“最高の思い出”を作ろうとしてる感じがしてさ。俺、この場所好きなんだよね」
それを聞いたわたしは、小さく笑った。
「最高の思い出かぁ。受験が終わるまで頑張れるくらいの思い出になってくれたらいいな」
そして、夜空を見上げながら呟く。
「打ち上げ花火って、下から見ても綺麗に丸く咲くんだね」
そんなふうに、啓くんと二人で話していた。
花火はいよいよクライマックスへ入っていく。
次から次へと大輪の花火が夜空を埋め尽くす中、不意に後ろから声が飛んだ。
「危ないので、関係者以外は筒場から出てください!」
振り返ると、花火師らしき男性がこちらへ走ってきていた。
「……筒場?」
その言葉を聞いた瞬間、兄の言葉が頭をよぎる。
―筒場には近づかないって約束してくれない?
わたしは反射的に立ち上がった。
その瞬間だった。
火花のひとつが、わたしの浴衣へ落ちるのが見えた。
調子に乗って3つ目書いてみました。
もしよろしければ、気が向いたらでいいので、感想を書いてくれたら嬉しく思います。




