20.兄が見ている世界 —部活②—
後輩への指導が終わり、兄が一息ついていると、女子の後輩たちが近づいてきた。
『せーんぱい。お疲れ様です〜』
『今日、三者面談だったんですよね?
先輩、どこの会社を受けるんですか?』
兄は女子生徒たちの名前を呼びながら、
『〇〇さんと〇〇さん、お疲れ様。
〇〇株式会社を受けたいって先生には伝えたよ』
と答えた。
すると女子の後輩の一人が、軽い調子で言った。
『先輩、その会社の推薦枠取れたんですね。
先輩、内定取れたら私と付き合ってくださいよ〜』
その瞬間、まり姉が目を見開き、
後輩女子と兄をじっと見つめた。
まり姉、怖い怖い怖い!
そんな目でこっち見ないで〜!
わたしが心の中で叫んでいると、
兄は苦笑しながら、
『ありがと。嬉しいよ。
俺がちゃんと入社して働き始めた時に、
〇〇さんの気持ちが変わってなかったら、その時また声をかけてね』
と軽く返した。
『はーい。わかりました〜……
って、その時どうやって先輩と会えばいいんですか?』
後輩女子は自分で言って、自分でツッコミを入れた。
その場が少し和む。
すると兄は、
『〇〇さんは、危険物乙4を受ける予定だったよね。
エチルアルコールとメチルアルコール、燃焼した時に炎が無色なのはどっち?』
と突然質問を投げた。
後輩女子は慌てながら、
『えっと……メチルアルコール?』
と答える。
兄は笑顔で頷いた。
『うん、正解。
じゃあ次。ガソリンの指定数量は?』
『え!? えっと……400リットル?』
『残念。200リットルでした。
400リットルなのは、さっきのアルコール類だね』
兄は優しく続ける。
『でも、少しずつ勉強してるの偉いよ。
まだ試験まで三か月くらいあるし、焦らなくて大丈夫。
毎日少しずつでも続けていこうね』
『わからない所があったら、また聞いて。
答えられる範囲なら教えるから』
兄がそう言うと、後輩女子は嬉しそうに、
『はい!』
と元気よく返事をした。
その様子を見ていたまり姉が、
『そろそろいい時間になってきたし、今日の部活は終わろっか』
と部員たちへ声をかけた。
部員たちは返事をしながら片付けを始め、
それぞれ帰宅していく。
部室に残ったのは、
兄とまり姉、そしてわたしだけになった。
まり姉が兄へ問いかける。
『あっくん、次は何の資格受けるんだっけ?』
『危険物の甲種かな』
『消防設備士も受ければ良かったのに〜
高校生活、怠けすぎたー』
そう言いながら、まり姉は大きく伸びをした。
すると兄が少しうなだれた。
まり姉は困ったように笑うと、
兄の背筋を軽く伸ばし、そのまま隣へ座る。
そして、自分の方へ兄を引き寄せた。
気づけば、
兄の頭がまり姉の太ももの上に乗っていた。
『え? え?』
わたしが困惑していると、
まり姉は優しい声で、
『私は、あっくんはよく頑張ってると思うよ。
大丈夫。いい子、いい子』
と言いながら、
兄の頭をゆっくり撫で始めた。
こんな優しいまり姉の声、
わたし初めて聞いたかもしれない。
――そう思った次の瞬間。
まり姉の声色が変わる。
『と・こ・ろ・で♪
私とは、いつ二人でデート出来るのかな?』
安心させてからのこれは、
違う意味でドキッとするって!
わたしが心の中でツッコんでいると、
兄は普通に問い返した。
『まりちゃんは、どこか行きたい所とかある?』
まり姉は少し考えたあと、
ニヤリと笑う。
『デートプランは、全部あっくんにお任せします。
私に最高の思い出をプレゼントしてよ』
まり姉、ひどい……
丸投げした上に最強のプレッシャーまで追加した!
あっくん、どう返すんだろう――
と思っていたら、
『わかった。
期限は決まってないんだし、これからゆっくり考えるよ。
まりちゃんの期待に応えられるよう頑張ります』
と、真面目に答えた。
まり姉は少し吹き出しながら、
『期限も決めとけば良かったな〜』
と言ったあと、
『よろしくお願いします』
と、
わたしが今まで見たことのないくらい綺麗な笑顔で返事をした。
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