14.兄が見ている世界 —三者面談①—
8月31日、朝。夏休み最終日。
この日は、小学生の頃からあまり好きじゃない。
朝遅くまで寝ていても怒られない生活が、今日で終わるからだ。
……まあ、
うちの兄には関係ないみたいだけど。
兄はいつも通り、朝早く起きてお務めを済ませ、おにぎりを一つ食べながら、バス停へ向かっていた。
『おにぎり一個食べるのに、どんだけ時間かかってんの?』
わたしが呆れて言うと、兄はぼんやりした顔で答えた。
『ぼーっとしてて、飲み込むの忘れてた』
『そんなことある?』
普通、噛んでる途中で忘れる?
わたしが驚いていると、兄は小さく息を吐いた。
『日に日に、あいちゃんが見えるもの、俺に近づいてきてるなって思って』
『え?』
意味がわからず聞き返す。
『最初の頃、見えてなかったでしょ』
……そう言われれば、確かにそうだ。
『でも、元の体に戻れば元通りなんでしょ?』
わたしが聞くと、案の定、兄は言った。
『わかんない』
やっぱりか。
『でも、そのままでもいいように、
自分で出来ることは備えておいてね』
急に真面目な声になる。
『何をどう備えろっていうの?』
そう聞いた瞬間だった。
『あっくん、おはよー!昨日はありがと〜!楽しかったよ』
ありさが、
胸を揺らしながら小走りでやって来た。
……相変わらずすごい。
『ありちゃん、おはよ。俺も楽しかったよ』
兄が自然に笑う。
『ありちゃんと一緒にいたら、かなり元気出たし。またよかったら、一緒に行こうね』
ありさの顔が、みるみる赤くなっていく。
たぶん本人は、
「休憩できて助かった」
くらいの意味で言ってる。
でも、そんな副音声、
ありさに聞こえるわけがない。
『わたしばっかり喋っちゃって、
迷惑だったかなって心配してたから……そう言ってくれてよかった』
『全然。時間あっという間だったし、
もっと色々話聞きたいなって思った』
ありさ、
もう茹でダコみたいに真っ赤だ。
兄は天然なのか、人たらしなのか、本当にわからない。
『ありちゃん、顔赤いけど大丈夫?
熱あるんじゃない?』
兄が近づく。
近い近い近い!!
そのまま頬に触れそうになった瞬間
バスが到着した。
『おいバス!!今いいところだっただろ!!』
わたしが心の中で叫ぶ。
『あいちゃん、何怒ってるの?』
兄は本気で不思議そうだった。
『……なんでもない』
『ていうか、バス早く来た方がよくない?涼しいし』
はいはい、そうですね。
恋愛イベントより、冷房優先ですよね。
バスへ乗り込むと、兄はありさの隣へ座った。
そして、またありさの顔を覗き込む。
手首を掴み、脈を測り、額や首筋に触れる。
『体熱いよ。脈も早いし、ほんとに大丈夫?』
ありさは、もう完全に混乱していた。
『だ、大丈夫……学校行けるから……』
声がうわずっている。
『無理なら病院行こう。俺タクシー呼ぶから』
兄、お前、
それもう完全に落としにいってるぞ。
でも本人は、
百パーセント本気で心配しているだけだ。
『……わかった。
でも限界になる前にちゃんと言ってね』
兄はそう言うと、ありさの制服の首元を見た。
『一番上のボタン外せる?』
『えっ』
ありさが固まる。
『ちょっと呼吸しやすくなるから』
ありさは慌てながら、
カッターシャツのボタンを外した。
兄は鞄から、
瞬間冷却パックとタオルを取り出す。
パックを叩き、タオルで包み、
ありさの首筋へ当てた。
そのまま、もう片方の手で、
ありさの手を握る。
『もうすぐ学校着くからね。
着いたら保健室行こう』
ありさ、完全に思考停止してる。
……うちの兄は、
真剣にありさを殺しにいってるんだろうか。
恋愛的な意味で。
わたしは、半分呆れながら、そんなことを考えていた。
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