141.兄が見ている世界 —自動車学校40—
次の日も、兄はまり姉を迎えに行き、2人でバス停へ向かった。
バス停には既にありさがいたので、まり姉と兄が、
『ありちゃん、おはよ!』
と声をかけると、ありさも
『あっくん、まりちゃん、おはよ!』
と返した。
まり姉がいたずらっぽい顔をして、
『今日は私がありちゃんに膝枕してもらおうかなー』
と言うと、ありさの太ももに頭を乗せた。
ありさが、
『まりちゃん、どーしたの?』
と笑いながら聞くと、
『いつもあっくんがしてるから、どんな気分なのかなーって思って。』
と答える。
ありさは少し照れながらも、
『どう?』
と聞いた。
まり姉は満足そうに笑い、
『うん。居心地いいね。』
と答えた。
兄はその様子を見ながら、
『ありちゃん、卒検終わったら少し付き合ってもらえないかな? 家具や家電の相場を調べたいんだ。』
と聞いた。
ありさは、
『うん! いいよ!』
と元気よく返事をする。
兄は、
『まりちゃんは学科頑張ってね。相場が分からないと、いくら準備すればいいか分からないからね。』
と言った。
すると、ありさは
『お金かぁ……』
と悲しそうな顔をした。
まり姉は苦笑しながら、
『早まって変なことしないようにね。』
と念を押す。
ありさは、
『し・ま・せ・ん・よ!』
と頬を膨らませた。
『それに私は、結婚する人以外とはそういうことしないので!』
と言った。
まり姉も、
『私もだけど!』
と返す。
3人が話しているとバスが到着し、そのまま乗り込んだ。
しばらくして、陽子とその友達が乗ってきて軽く手を振ってきた。
すれ違いざまに、ありさが
『今日、卒検だから。』
とだけ伝えた。
陽子は笑顔で、
『ありがと。感謝してるよ!』
と、ありさと兄へ言った。
自動車学校へ到着すると、卒検を受けるメンバーが集まっていた。
『受験者の方は全員バスに乗ってください。』
と放送が流れ、ありさと兄はバスへ向かう。
ありさは、
『緊張してきたー……。』
と呟いた。
兄は、そんなありさの手をそっと握り、
『ありちゃんなら大丈夫だよ。いっぱい努力してきた努力家だからね。』
と笑顔で言った。
ありさは、その言葉を聞いて軽く深呼吸をして、
『うん。』
と笑顔で頷く。
試験会場へ向かうバスの中。
窓の外を見ていたありさに、兄が
『2週間と少しくらいしか通ってないのに色々あったよね。』
と言うと、
ありさは頷いた後、クスッと笑って
『ほとんど陽子の記憶しか残ってないんだけどー』
と言った。
『最初から強烈だったもんねー』
と兄も笑った。
試験開始場所に到着する。
兄が最初に試験を受けるようだ。
車の周囲や下を確認し、ミラーの位置を確認してからエンジンをかける。
何度も何度も練習した道だ。
どこに注意すべきなのか、減点項目は何なのかも何度も教わっている。
「いつも通り運転すれば大丈夫」
兄はそう自分に言い聞かせながら運転した。
次は信号が赤から青に変わったら左折。
もちろん、歩行者や巻き込み確認も行う必要がある。
その時、兄は少し離れた場所から走ってくる歩行者を見つけた。
兄は考える。
(この歩行者、信号が変わったら横断歩道を渡るな。)
(他に歩行者はいないから先に曲がることも出来る。)
(でも、ここの信号は赤から青までは長いのに、青から赤になるのは意外と早いんだよな……。)
そして結論を出した。
(絶対に受かるための行動は、横断歩道の手前で待つこと。)
信号が変わる。
兄は停止したまま歩行者を待った。
歩行者が軽く会釈する。
兄も軽く会釈を返した。
歩行者の通過を見届けた後、再度歩行者の有無と巻き込みを確認し、車を進める。
その後は何事もなく試験を終えた。
試験官をしていた教官が、
『遠くの歩行者、よく見てたねー。』
と言うと、
兄は、
『信号待ち中は、ただの待ち時間じゃなくて周囲の状況を確認する時間ですからね。』
と答えた。
もちろん問題なく合格。
次はありさの番だ。
兄はありさの肩を軽く叩き、
『力入れすぎ。いつも通りね。
ありちゃんなら大丈夫だから!』
と笑顔で言った。
路上での運転試験が始まる。
ありさは、隣の車が発進すると反射的につられて発進しそうになることが稀にある。
現在、片側二車線の道路の先頭で信号待ちをしていた。
兄が後部座席から隣の車を見ると、運転手がかなりせかせかしているように見えた。
歩行者用信号が変わる。
もう少しでありさの信号も変わる。
その瞬間、隣の車が見切り発車した。
兄は軽く咳払いをした。
ありさが反射的に隣の車へ意識を向ける前に、自分の存在に気付かせるためだ。
ありさはつられることなく前方を見続けた。
そして信号が青に変わる。
ありさは確認を済ませ、落ち着いて発進した。
目的地まで無事に到着する。
ありさも路上試験は問題なく合格した。
そして自動車学校へ戻る。
最後は縦列駐車と方向転換。
慎重に車を操作し、無事に終了した。
結果発表。
ありさも兄も、2人揃って合格だった。
その後、本免試験に必要な書類や費用の説明を受ける。
説明が終わり、ようやく全てが終了した。
兄が隣で、
『ね。ありちゃんなら大丈夫って言ったでしょ!』
と声をかける。
ありさは少しだけ目を潤ませながら、
『うん。』
と笑った。
たった2週間と少し。
短いようで長かった自動車学校生活は、こうして幕を閉じた。
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