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02.無能で役に立たない家族たち



 少し焦げたスープとパンを運び終える頃、父のシラスと継母のイザベルが食堂へ現れた。


 何も仕事をしないくせに、食欲だけは旺盛な彼らは、私が声をかけるのを待つまでもなく当然のように席に着く。



「あら、今日のスープは少し味が濃いわね。……不味いわ。お姉ちゃんなんだから、私の体調くらい把握して作るのが義務でしょう?」


 最新のドレスに身を包んだ継母が一口含んで、露骨に顔をしかめると、汚いものを見るようにスプーンを放り出した。

 カチャンと食器が鳴る無機質な音が、私の鼓膜を刺す。


 私は給仕の手を止め、濁った瞳をゆっくりと動かして継母に焦点を合わせた。

 最新の美容品で艶を湛えた赤茶色の髪に、七歳の子持ちとは思えぬ血色の良い肌。


 ――うん、今日も実に健康そうだ。



 視線に釣られたのか、継母の目が一瞬だけ、ひび割れて皮の剥けた私の手に落ちた。


 そして即座に嫌悪を剥き出しにし、苦々しげに目を逸らす。


 まるで、私の惨めさを視界に入れることが、己の優雅な生活を支える『犠牲』を――そして、かつて『役立たず』と蔑まれた自分自身の残像を、直視することだと恐れているかのように。


 その怯えを掻き消すように、彼女は自慢の袖口を乱暴に払うと、いっそう険しく眉根を寄せた。



「……ああ、イザベル。ソフィーをあまり困らせないでやってくれ。これでも彼女なりに頑張っているんだから」


 ミストグレーの髪をした父が、スープの焦げた匂いに気づかぬふりをして口を開く。


 継母はただ不満を吐きたいだけだが、父は違う。美食家を自称し、でっぷりと肥えた彼は、誰よりも早く私の失敗に気づいている。

 ……察した上で、文句を言って自分で作る羽目になるのを恐れ、私を庇う振りをしながら沈黙を選んでいるのだ。


 父は私と目を合わせようとせず、必死にスープを口へと運ぶ。


 「美味しいよ」と嘘をつく強さも、「作り直せ」と命じる勇気もない彼は、ただ波風が立たないことだけを願って、娘の献身を飲み下していた。



 継母はつまらなそうにスープを端へ退けたあと、焼き立てのパンに手を伸ばしながら、思い出したように話題を変えた。


「……あ、そうだわ。今度の夜会用のドレス、あの子爵夫人――お姉さまにだけは負けたくないの。領地の経費で一番の仕立て屋を手配しておいてちょうだい。……いいわね? お姉ちゃん」


 そう捲し立てるイザベルの声はわずかに裏返っており、そこには隠しきれない焦燥が混じっている。


 彼女が敵視する子爵夫人とは、彼女の実姉のことだ。実家では姉ばかりが重用され、次女の彼女は常に貶められ続けてきた。

 そんな過去を、私は延々と聞かされた彼女の愚痴から、聞き飽きるほど知っている。


 彼女にとって最新のドレスは、自分を役立たずと切り捨てた実家を見返すための、唯一の武具なのだ。伯爵夫人の座を手に入れた今も、彼女の心は常に実家の亡霊に囚われている。


 その恐怖に突き動かされるように、彼女は今日も領地の予算を食いつぶして身を着飾り、わざわざ社交界という名の戦場へ向かっていく。




「……お姉ちゃん、お願いできるかい?」


 妻の剣幕に圧された父が、おどおどと上目遣いでこちらの顔色を伺う。継母はそんな父を鼻先で一笑に付すと、ふんと喉を鳴らしてのけぞった。


「あら、お姉ちゃんだからやって当然でしょう? 」


 彼らが私を『娘』と呼ぶことはない。この家において、私は『お姉ちゃん』という名の、無償で動く便利な小間使いにすぎないのだ。



 やらなければいけない仕事が、この後も次から次へと控えている。それらが脳裏によぎり、反論している時間さえも惜しく感じて……私はいつも口を噤んでしまう。


 継母が投げ捨てた銀のスプーンを拾い上げ、私は静かに頭を下げた。


「……わかりました」






 朝の日課を終えて執務室へ向かう途中、ようやくお目覚めの義妹、フルールとすれ違った。


 その手には、魔法で無理やり開花させた季節外れの薔薇が握られている。


 父の持つ水魔法と、魔力を持たない継母の血がどう作用したのか、彼女には植物を操る『緑魔法』の片鱗が顕現し始めていた。

 ただしその力はひどく脆弱で、根から切り離された花は、彼女の拙い魔力供給が途絶えれば一晩と持たずに枯れ果てる運命だ。


「お姉ちゃん、またそんなボロボロな格好をして……ねえ、私がお洒落を教えてあげようか?」


 フルールが、薔薇をくるくると指先で遊ばせながら、あどけない同情と隠し切れない蔑みを()い交ぜにした目で私を見上げてくる。


「……いいのよ、フルール。私はこれで満足しているから」


「そんな……! お姉ちゃんはいつもお仕事ばっかり!女の子としてもっと着飾らないと!」


 生まれた時からこの歪な環境で育ち、まともな教育も受けていない彼女は、私が好き好んで労働に明け暮れているのだと本気で思い込んでいる。


 七歳になり、知恵がついてきた最近の彼女は、人前で「姉を憐れむ健気な妹」を演じる術を覚えた。

 そうすることで、使用人たちから「おいたわしいソフィー様を気遣う優しい天使」と称賛されることを、幼いながらに計算して実行しているのだ。


 裏では私を召使のように扱う暴君ぶりは継母の写し鏡だが、全方位にいい顔をしようとする立ち回りは、父の狡猾な日和見主義を受け継いでいるのかもしれない。



 下手に断れば彼女は癇癪を起し、魔法で庭の雑草を増殖させて私の仕事を増やす。

 だから私は、彼女が望む正解の反応を返すよう、細心の注意を払うようにしていた。


「ありがとう、フルール。あなたは本当に優しいわね」


「ええ、そうでしょう! だからお姉ちゃん、今夜のデザートは甘いイチゴを用意してね。約束よ? あとこのお花、ちゃんと素敵な花瓶に飾っておいてね!」


 当然の権利として追加の労働を課し、満足げに鼻歌を歌いながら去っていく小さな背中。


 彼女にとって、私は「救うべき可哀想な存在」であると同時に、自分の我儘を叶えて当然の「便利な道具」なのだ。


 手渡された薔薇の茎が、棘で私の指をかすかに傷つけた。

 彼女はその痛みすら、私の日常の一部として気にも留めていないようだった。




掃除も、洗濯も、領地の経営も。

自分の時間をすべて家族に捧げてきたソフィー。

だが、その献身の果てに待っていたのは、信じていた「約束」の崩壊だった。


「守り続けてきたのは、温かな家族などではなく――」


少女の瞳に宿っていた光が消え、静かな怒りが燃え上がる。

伯爵令嬢ソフィー、ついにブチ切れる。


次話は、本日20時半頃更新予定です!

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