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とある第二王子の側近の話(1)

※ジスランの過去と魔法について本編で書ききれなかった部分の補完的な話です



 私の主君は、自他共に認めるいわゆる――姉至上主義(シスコン)である。



 とはいえ、実の姉があのシャーロット王女とあっては、理解できないこともない。

 たった一人で一国を滅ぼせると噂される強大な魔力。夜を溶かしたような艶やかな黒髪に、王の資格たる黄金の瞳を宿した麗しいお姿。


 幼い頃から、次代の女王として王宮に君臨していた彼女を間近で見て育ったら、主君がああまで心酔してしまうのも……まあ、わからなくはないのだ。



 それでも、主君のシャーロット殿下に対する信奉ぶりは、群を抜いて際立っている。



 ――きっかけは幼少期。

 お忍びで訪れた湖畔で、賊に襲撃されたというあの一件だろう。


 シャーロット殿下と主君は、たまたま逃亡中で自暴自棄になった賊たちと居合わせてしまった。生きて逃げるための人質として、彼らが狙いを定めたのは、まだ十歳にも満たなかった私の主君だった。


 その絶体絶命の危機を、圧倒的な魔法の武力で救ったのが、当時十二歳になったばかりのシャーロット王女。


 私はその場にはいなかったため、直接は目撃していない。だが、王族の影として働く同僚たちの間で、殿下によるそれはもはや救出ではなく「蹂躙」であったと、半ば伝説のように語り継がれている。




 通常、貴族が扱える魔法は一属性のみ。

 そして魔法は、平和な世において、祭典で権威を示すための「芸」に過ぎない。


 だが、王となる人間は違う。


 あらゆる属性を自在に操る全能の魔法。それを使いこなせるようになるためには、一定以上の出力の魔法を絶え間なく使い続けなければならない。

 それ故、肉体を適応させるために、王家の第一子は幼少期から兵士顔負けの過酷な訓練を行う。


 王女殿下の護衛に就くこともあったが、修練の時期の彼女は、淑女のそれとは思えぬほど手のひらの皮が剥け、痛々しく腫れ上がり、振り絞る魔力で髪をボロボロに傷ませていた。


 それを目の当たりにすれば、誰もが理解するのだ。

 この国の王家が、なぜ王として君臨し続けられるのかを。

 


 歴代随一と謳われる圧倒的実力の裏側にある、過酷な努力を知り、さらには命まで救われた主君にとって。


 彼女が単なる姉を超えた――崇拝対象としての姉至上主義(シスコン)となってしまったとしても、私には、それを責めることなどできなかった。




 とはいえ、彼にとっての敬愛の基準は、あろうことかシャーロット殿下。

 ――「理想の女性」の基準が、あの最強の王女殿下。


 側近として、主君の将来に絶望に近い同情を禁じ得ないのは、私だけではないはずだ。





 あの日を境に、主君はより一層熱心に勉学に励まれるようになった。

 さらには、「いざとなれば肉弾戦になるかもしれない。筋力もどこかで役に立つはずだ」と、騎士たちの訓練にも欠かさず出席する。


 そのあまりの心酔ぶりに不安を感じた私が、「……殿下、姉弟は結婚できないのですよ?」と控えめに進言したところ、虫けらを見るような眼差しを向けられ、数日間口をきいてもらえなかった。


 どうやら、あれは恋心といった生易しいものではないらしい。






 ――動機には一抹の不安があるものの、王族の鑑として立派に成長された主君。

 そんな彼に転機が訪れたのは、成人を迎えた十八歳のときだった。


 姉上であるシャーロット殿下の右腕になりたい。

 その一心で、「自分には魔力もないし、婿に入る価値もない」と、あらゆる婚約の話を先延ばしにしてきた彼に、あまりに無慈悲な王命が下る。


 発端は、隣の帝国で勃発した後継者争い。

 万が一でも同様のことが我が国でも起こらないように。王位継承権を持つ者を整理し、国内の守りを固める必要が出たのだ。


 そこで第二王子である主君に下された命令は、早急に婚約者を定め、速やかに他家へ婿入りせよ。

 事実上の、王宮追放の宣告である。


 既に兄である第一王子は、王命に従い、即座に友好国の王女の元へ婿入りしていった。残るは、頑なに王宮へ居座り続けてきたジスラン殿下ただ一人。


 逃げ道は、完全に塞がれたのだ。






「どうせどこかの家に婿入りすれば、国政からは切り離されるのだ。ならば、もはやどこでもいい」


 机に並べられた釣書を無造作に放り出し、主君はベッドに身を投げた。

 あれから完全に目の光をなくした彼は、自室に引き籠もり、怠惰な生活を送っていた。


 主君は末っ子ゆえの気質か、人の懐に入るのが恐ろしく上手かった。それゆえ、事情を知らぬ者たちの間では、城のあちこちで心配の声が上がっている。


 共に政務に励んできた文官たちは、主君の空席を見つめては寂しそうに目を伏せ、共に汗を流してきた騎士たちは、急に姿を見せなくなった主君の身を案じては私を質問攻めにする。


 私としても、一刻も早く生きる目的を取り戻してほしいとは願うが、如何せん、この主君の絶望を癒やす術を持ち合わせていない。



「ですが、そのような投げやりな態度を続けておいでですと、現在最も家格が高く、何より情熱的に殿下を求めておられる、あの公爵家の令嬢に決まってしまいますよ」


「……あれだけは、死んでも嫌だ」


「でしたら、それこそ早く婿入りしたい家に打診しませんと」


「……ウォルジー伯爵家への視察許可はまだ出ないのか?」



 主君が目を付けているのは、王都の北方に領地を持つウォルジー伯爵家。


 若くして女当主が亡くなり、残された娘がわずか十歳で当主代行に就いたという経緯もあり、これまでは目立った動きもなく、最低限の領地経営がどうにか維持されていることを示す報告が続いていた。


 ところが、この一年で急速に目覚ましい発展を遂げているという。


 前当主の娘が成人し、正式に当主となったタイミングと重なることから、彼女は稀代の天才ではないかと王都の官僚たちの間でも噂になり始めていた。


 さらに社交界では、彼女の継母が始めたレンタルドレス店が話題をさらっていた。継母と義娘。確執があって然るべき関係だが、継母は当主である娘を心底慕っているという。その家庭円満な様子も、さらに彼女たちの評判を押し上げていた。



  成人を過ぎてなお婚約者がいない高位貴族の女性など、この国には数えるほどもいない。


 一人は、主君に熱烈な視線を送り続ける公爵令嬢アリアーヌ様。

 そしてもう一人が、前伯爵の早逝により後ろ盾を失い、相手を探す余裕すら持てなかった伯爵令嬢ソフィー様だ。


 ゆえに、あのアリアーヌ様を除けば、このソフィー嬢こそが殿下の嫁ぎ先としての筆頭候補といえた。


 



「『こちらからご挨拶に伺うべき身。殿下に来ていただくなど恐れ多い』と、今回も辞退の手紙が届いていますよ」


「ならばもう、王都に来てもらうしかないな。陛下もさすがにそろそろ呼び出すだろう」


「ご明察の通りです。次の夜会には、強制出席の命が下るようですよ」


「ようやくか。表に出てこない令嬢にいきなり求婚して、あのアリアーヌよりもひどい女だったら目も当てられないからな……ふん、これは楽しみだ」



 主君は、あの王女殿下の弟君である。


 闇夜を映したような艶やかな黒髪に、灰色がかった理知的な切れ長の瞳。

 少なくとも数ヵ月前までは、一日たりとも鍛錬を欠かさなかったその肉体は、今なお無駄なく引き締まっている。


 その血筋に違わず、人を惹きつけてやまない美貌の持ち主であることは間違いなかった。


 領地に引き籠もっていた伯爵令嬢など、自分のような見目麗しい男を前にすれば瞬く間に陥落させられる――そんな、傲慢とも言える自信が彼にはあるのだろう。



 主君の期待どおり、その潤沢な財力で美青年を甘やかしてくれる女性だとしたら、彼はこのまま確実に堕落していくだろう。


 反対に、それこそ公爵令嬢のように「絶対に嫁ぎたくない」と思わせるほど強烈なタイプなら、主君も嫌々ながら自分の行く末を真剣に考えざるを得なくなるはずだ。



「……ウォルジー伯爵家のご令嬢が、良くも悪くも主君の期待を裏切るような方だといいのだが」


 再び怠惰にふけりはじめた主君の背に、私は小さくため息をついた。





主君の「理想の女性」の基準が、あの最強の王女殿下だったのが運の尽き。


と思ったら……

主君の瞳に輝きを取り戻したお相手は、賊を物理的に掃除する規格外の令嬢でした。


絶望の底から一転、秒速で「しもべ」へと堕ちた主君。


「実力で示せ」

無慈悲な宣告にも歓喜する主君を前に、側近の私は今日も胃薬が必須です。


ジスランの過去と魔法について本編で書ききれなかった部分の補完的な話で、全3話の予定です。次回は明日お昼の12時半頃に更新予定です。

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