18. お姉ちゃんの幸せ
ジスランは、その宣言に一片の偽りもないことを証明してみせた。
彼は、裏で糸を引いていたアリアーヌの醜聞を白日の下に晒し、帝国から戻ってきてしまった粗大ゴミ――レオポルドを、国際問題すら盾に取って完膚なきまでに叩き潰したのである。
私が後味の悪さを感じるだろうというジスランの配慮により、レオポルドは、王国での処刑こそ免れたが、罪人として帝国へ強制送還された。
かつては「魔力を持たぬ哀れな王子」として追放で済まされていたようだが、他国で醜態を晒した以上、もはや庇う者などいない。彼は遠からず、母国の暗い地下牢で毒杯を仰ぐことになるはずだ。
一方のアリアーヌも、凄惨な末路を辿った。
彼女を担ぎ上げた公爵家は爵位を剥奪され、家系は霧散。アリアーヌ自身も、貴重な魔法の血筋を受け継がせるための器として辺境の厳格な家へ下げ渡された。
世継ぎを産まされた後は、処刑か、良くて監獄のような修道院で一生を終えることが決まっている。
法と権力、そして王族としての冷徹な才を駆使したその断罪劇。
報告を受けた実姉のシャーロット王女は、人生を投げ出しかけていた弟が、愛する者のためにその才を遺憾なく振るう姿を見て、「ようやく彼に相応しい居場所が見つかったようだね」と満足げに微笑んだという。
すべての処理を終え、久しぶりに我が家へと帰宅したジスランを、私は自室へ呼び出した。
「……ジスラン様。一つだけお願いがあるの」
私の真剣な声音に、彼はわずかに身を硬くした。
けれど、すぐに深い忠誠を宿した瞳で私を見つめると、あの日のように流れるような所作で膝をつき、急所である項を無防備に晒して頭を垂れた。
「……貴女の願いなら。この身で叶えられることなら、例え地の果てのことでも」
その芝居がかった態度にも、すっかり慣れてしまった。彼の振る舞いに呆れつつも、私は火照り始めた頬を隠すように、覚悟を決めて言葉を続ける。
「……私のことを『お姉さま』と呼ぶのだけは、もうやめてくれないかしら」
わずかに泳いでいた視線を、最後は真っ直ぐに彼へと向けた。
「……だって、これから私たちは夫婦になるのでしょう?」
その言葉に、ジスランは一瞬、我が家の父がよく見せるような、情けないほど呆然とした顔を見せた。
理解が追いつかないといった様子で数回瞬きを繰り返した後。
――彼は花々が一斉に芽吹くような、眩い笑顔で破顔した。
そうして迎えた結婚式当日。
ウォルジー伯爵邸は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「このドレスの刺繍、まだ光沢が足りなくてよ!」
「お花、もっと魔力で盛り盛りに咲かせた方がいいかしら……いけない、お姉様より目立ってしまったら本末転倒だわ。むむむ……」
自慢の姉を世界一輝かせようと、継母も義妹も、そしてあろうことか花婿であるジスランまでもが、戦場のような形相で式場の飾り立てに奔走している。
「こらジスラン! 花婿が燕尾服のまま脚立に登って装飾のチェックなどするな!」
控室のソファで悠々と足を組み、脚立の上のジスランを指差してケラケラと笑っているのは、弟の祝いに駆けつけた王女シャーロット様だ。
正体を隠すための男装――立派な燕尾服を驚くほど粋に着こなした彼女は、ここが自分の屋敷であるかのように、すっかりくつろいでいる。
一方、私のエスコートと式典の挨拶という大役を任された父は、緊張のあまり完全に自分の世界へと引きこもっていた。
周囲の騒乱など一切耳に入らないようで、部屋の隅で幽霊のようにぶつぶつと祝辞を唱え続けている。
そんな騒がしくも愛おしい家族たちの姿を、私は鏡越しに静かに見つめた。
ジスランと継母が細部までこだわり抜いた、純白の特注ドレス。
そして、「お継母さまの選んでくださるものでいい」と言ったのに、家族と老執事夫婦が「絶対にあるはずだ」と血眼になって蔵をひっくり返し、ようやく見つけ出してくれた――亡き母が身に纏ったという、花嫁のためのアンティーク・レース。
遠い日の記憶をなぞるように、繊細な糸の芸術をそっと頭に載せる。
レース越しに覗く鏡の中の私は、『お姉ちゃんだから』と自分を縛り、すべてを独り抱え込んできたあのボロボロの少女ではない。
誰かに愛されることを知り、人に頼る強さを覚えた。
――ただの、幸せな一人の女性。
眩しそうに目を細めた私は。
世界で一番満ち足りた笑顔を、自分自身へと贈った。
厳かに式の鐘が鳴り響く。
私は、誇らしげに胸を張る父……とはいかず、緊張で手足が同時に出てしまいそうな有様の父の腕に手を添え、真っ赤な絨毯の上へと足を踏み出した。
会場を埋め尽くす参列者たちの視線が注がれる。
視界の端では、顔をくしゃくしゃにした継母とフルール、そして燕尾服姿のシャーロット殿下が、涙を拭いながら必死に手を振っていた。
祭壇の先で待つジスランは、私の姿を目にした瞬間、いつもの余裕ある笑みをどこかへ忘れてしまったかのように、ただ一人の恋する少年の顔で立ち尽くしていた。
「……いつもの凛々しいソフィーも素敵だけど、今日のソフィーは世界で一番可愛い」
誰に聞こえるでもない、彼の呟き。
最悪な出会いから始まった二人の物語は、今、眩い陽光の下で結ばれた。
すべてを独りで抱え込んできた少女は、今、最強の理解者を隣に。
これからもさらなる高みへと、光り輝く道を切り拓いていくだろう。
◇ ◇ ◇
華やかな式を終え、夜も更けた頃。
新婚の二人は、整えられた寝室で向かい合っていた。
思えば、同じ屋敷で暮らしてきたとはいえ、紳士を貫くジスランは私の許可なく指一本触れてきたことがない。例外は、レオポルドが押し入ってきたあの日、私を抱きしめたときだけだ。
緊張のあまり、耳元で心臓の音がうるさく鳴り響いている。
ジスランはそんな私を気遣い、温かな液体の入ったマグカップを差し出した。
「今日は一日忙しかっただろう? 主役の君は、食事もままならなかったはずだ」
促されるまま受け取ると、シナモンの甘い香りが鼻を擽る。
ジスランを信頼しきっていた私は、緊張を紛らわせるように躊躇いなくそれを喉に流し込んだ。
「――少しは、緊張が解れたかな。特製のホットワインだよ」
「……え、今、なんて?」
「ホットワイン、だけど……? ウォルジー家名産の葡萄酒に、スパイスを入れて温めた……」
久しぶりの酒精が、一気に身体の芯を熱くさせ、ふわりと思考の輪郭が失われていく。
目の前には最愛の男性。
今から何をするんだっけ?
……そうだ、私は彼と「夫婦」になったのだ。
私はサイドテーブルにカツンと音を立ててマグを置くと、驚くジスランを逃がさぬようベッドへと押し倒した。
「そ、ソフィー……!?」
私はジスランの上に跨り、不敵な笑みを浮かべて彼を見下ろす。
ぺろりと舌で唇を湿らせると、彼は見たこともないほど顔を朱に染め、息を呑んでびくりと身体を震わせた。
――さて。
その後、二人がどうなったのか。
それを知るのは、翌朝、これ以上ないほど幸せそうに微笑むジスランと、顔を真っ赤にして布団に潜り込むソフィーだけの秘密である。
これにて完結となります。
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