モブ令嬢、渦中の人となる。
「マーガレット。ちょっと話してもいい?」
「私?いいけど」
いつの間にやら彼に対して敬語が取れた私は、自身を指差しながらきょとんと首を傾げる。
「じゃあ、行こう」
ロイスはごく自然に私の手を取ると、そのままずんずん前へと進んでいく。アンドリッサに一瞬ちらりと向けた視線が酷く切なげで、彼は諦めようと葛藤している最中なのだと、こちらまで胸が痛くなる。
「貴方って素敵な人ね」
友愛と尊敬の意味を込めて、ぎゅっと手を握り返す。ロイスは小さくはにかんで、ありがとうと呟くだけだった。
ある程度人気のない場所まで来ると、彼の足がぴたりと止まる。そしてすぐさま、神秘的なオッドアイが私の眼前にずいっと寄せられた。
「ねぇ、ロイス。アンドリッサ様のお相手のレグルス皇子、本当は女たらしの放蕩者なんかじゃないのよ。少し変わっているけど悪い方じゃないし、きっと二人は幸せになれる。貴方にだけは、ちゃんと伝えておきたくて」
傷口に塩を塗る行為かもしれないとためらったけれど、彼女の幸せを心から願うロイスには誤解してほしくなかった。帝国とのパイプの為に、すけこまし皇子に無理矢理嫁がされるわけではないということを。
「うん、それは本当に良かった。パティシエに紛れてたくらいだから、確かに変わり者だろうけど、少しくらい自由な方の方がアンドリッサ様も肩の力を抜けるかも」
「ああ、ロイス!貴方ってば、なんて健気でいい人なの!」
感極まって抱き締めてしまいそうになるのを必死で堪えようとすると、無意識に鼻の穴が膨らむ。
「いや、それも気になってたけど。君を呼んだのは別の話なんだ」
「あれ、そうなの?」
てっきり、アンドリッサについて詳しく聞きたいのだとばかり思っていた。
「エドガー殿下とマーガレットのことだよ」
「私とエドガー様?」
「そんなにも変な顔をしてるってことは、まさか上手くいかなかったの?」
瞳孔が開きかけている彼を落ち着かせる為、ぽんぽんと肩を叩く。若干失礼なことを言われた気がしないでもないけれど、今は保留にしておく。
「エドガー様と私も、近々正式に婚約を結ぶことになるわ。アンドリッサ様と私は遠縁だし、身分もなんとかなるみたい」
「やった、やったねマーガレット!ついに恋が叶ったんだ!」
普段のんびりとマイペースなロイスが、子供のように瞳を輝かせながらはしゃいでいる。
「わ、私貴方に話したかしら?想い人がエドガー様だって」
「そんなの見てればすぐに分かるよ。二人の為に必死に我慢してて、でも殿下の役に立とうと必死で。そんな君を見ていたら、僕の中に生まれた黒い感情もいつの間にかどこかへ消えたんだ」
「そうだったのね……」
私ってそんなに分かりやすかったのかというショックと、ロイスもしっかりヤンデレの片鱗があったことへの恐怖と、私の幸せを喜んでくれることへの感謝と、とにかく色んな感情がないまぜになっている。
とりあえず、デッドエンドへの芽が潰れているなら、ひと安心といったところ。
「おめでとう、マーガレット」
「えへへ、ありがとう」
エドガーと結ばれた実感がいまいち湧いていなかったけれど、こうして第三者から祝われると改めて身に沁みる。妬むでも羨むでもなく、純粋に私を祝福してくれるロイスに感動しながら、私は照れ笑いを浮かべたのだった。
今日は一日がとても目まぐるしく、そしてどっと疲れた一日でもあった。アンドリッサを敬遠していた生徒達は見事に掌を返し、猫撫で声で彼女に擦り寄る。私は自分がシェパードかピットブルにでもなったつもりで、ひたすらアンドリッサの周りをぐるぐる回りながら威嚇していた。
「おやめなさい、まったく。貴女だっていずれは妃となるのだから、もっと自覚を持たなければいけないわ」
「だって、物凄く腹立たしいんです。アン様は昔からずっと素晴らしいのに、まるで中の人でも変わったみたいににこにこして近付いてきて」
「放っておけばいいのよ。石を投げられるよりましじゃない」
というより、エドガーの婚約者という立場だって十分過ぎるくらいだったのに。彼が優しいからって調子に乗ってアンドリッサを軽視して、今度はおこぼれにあずかろうとするなんて、ちょっと水魔法で溺れさせてやりたくなる。
「私より、自分の心配をしなさい。正式に婚約が発表された瞬間、貴女の世界は変わるわよ」
「うう……、目立ちたくない」
「まぁ、呆れた」
彼女の溜息が、弱った心にぐさりと刺さる。これからのことを考えると非常に頭が痛く、足が勝手にどこかへ逃げ出してしまいそうになるのだ。
「不安だし自信もまだないけれど、これから一生懸命頑張ります!多分……」
「エドガー様にお任せすればいいんじゃない?」
「いえ!そこはパートナーですから、彼一人にばかり負担をかけるのは嫌です。といっても、最初は手探りですが」
もう何度もアンドリッサに転生してきた私は、妃教育もやろうと思えば意外と出来る。ただ、それをマーガレットとしてこなせるかと言われると微妙なところだ。それに今度はシナリオがないから、ここから先は二人で作り上げていくしかない。それは幸せでもあり、怖くもある。
「今までずっと、私は守られる立場でした。だから今度は、私がエドガー様を守りたいんです」
「貴女なら出来るわ。昔から、変な度胸だけはあるから」
「えへへ、そうですか?」
「ちょっとした嫌味のつもりだったのだけれど」
アンドリッサは呆れたように笑いながら、ぎゅっと私を抱き締める。そんな彼女は珍しくて、数秒何も言えなかった。
「大好きよ、マギー。今までもこれからも、貴女は私の一番の親友だわ」
「私も、アン様のことが大好きです。この先遠く離れても、いつも貴女を想っています」
目を閉じると、彼女の意思の強い碧眼が脳裏に浮かぶ。プライドが高くいつも自信に満ち溢れていて、慈愛の心を持った優しい人。マーガレットとして、アンドリッサの人生に関われたことを、私は誇りに思う。
「さぁ、私との時間はここまで。迎えが来ているわ」
彼女の視線の先を辿ると、エドガーが穏やかな表情でひらひらと手を振っている。なんだか恥ずかしくなって、つい視線を逸らしてしまった。




