それぞれが大切に想う人。
「あ、アンドリッサ様!おはようございます!」
ふと彼女の姿を見つけた私は、大声で名前を呼びながらぶんぶんと両手を振ってみせる。いつの間にか動きを止めているシャルロに「尻尾を振っている犬みたい」といわれたけれど、貴方にだけは言われたくない台詞ナンバーワンだ。
「おはよう、マーガレット。それに皆さんも」
悪役と言われれば、それはそうかもしれない。だって彼女はこんなにも魅力的で、老若男女問わず骨抜きにしてしまう危険な色香の持ち主なのだから。
「本日も大変お美しいです」
まんまとその一端となっている私は、ふにゃふにゃと蕩けてしまいそうになるのを堪えながら、アンドリッサに向かってそう言った。自分だってもう何度も彼女に転生しているけれど、鏡を見てもこんな風に感じたこなんてなかった。それは、リリアンナに対しても同じ。
いくら見た目だけ擬態しても、中身が伴っていなければ何の意味もない。今この瞬間マーガレットとして生きられることに、なぜか無性に感謝したくなった。
「あら。貴女少し太ったんじゃない?チョコレートの食べ過ぎかしら」
アンドリッサが瞬きするたびに、長く濃いまつ毛がばさばさと跳ねる。あんぐりと口を開ける私に向かって、彼女はさらに「顔が丸くなった」と追撃してきた。
「そ、そんな……。アンドリッサ様まで……っ」
「ほらご覧なさい!やっぱり私が正しかったじゃない!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるリリアンナが憎たらしくて堪らないのに、ぎりぎりと歯軋りすることしか出来ない。
「アンドリッサ様とは気が合いそうです」
「私も、真実から目を背けない人は嫌いではありません。卑怯な手を使って相手を陥れたりしなければ、の話ですが」
「ご安心ください。私はもうすっかり改心しましたから」
私が太ったか太ってないかの意見が合致した二人の間には、なぜか意気投合したような空気が流れている。非常に不本意だけれど、アンドリッサの幸せを阻む敵がいなくなったのだから、まぁいいかと自身を納得させた。
彼女はこの学園を卒業したら、帝国への輿入れが決まっている。気軽に会えなくなるのは本当に悲しいけれど、アンドリッサの夢が叶うのだから、友人としては笑顔で送り出したいと思う。
「さぁ、そろそろ行こうリリアンナ」
シャルロが彼女の手を取ると、何やら気恥ずかしげに唇を尖らせながらも、抵抗はしていない。はっきりと婚約者という間柄になったわけではないようだけれど、二人には二人のペースがあるし私が口を出すべきではない。シャルロが万が一にも私を好きになって、血で血を洗うどろどろの愛憎劇を繰り広げるなんて事態にならなくて良かったと、神に感謝している。
「マーガレット、久しぶり」
「あら、ロイス。おはよう」
にょきりと私の背後から顔を出したのは、同級生のロイス・ベスター。彼とはアンドリッサ大好き同盟の盟約を結んでおり、何度も助けられた。
中性的で端正な顔立ちを引き立たせている神秘的なオッドアイと輝く銀髪、一見近寄りがたい雰囲気に見えて、意外と可愛らしい口調をしている。本人が目立つことを嫌う性分の為に表立って騒がれている様子はないけれど、隠れファンが大勢いると風の噂で聞いたことがある。
アンドリッサがレグルスと婚約を結び直した件については瞬く間に学園中に広まり、当然ロイスの耳にも入っているはず。彼は以前「アンドリッサが幸せならそれでいい」と笑っていたけれど、少なからず傷付いただろう。
彼女がロイスに対してどんな風に声を掛けたのかは聞かないけれど、私は二人を信用している。いくら気になっても野暮な突っ込みはしないようにしなければと、己を律した。
「おはようございます、アンドリッサ様。今日は良い天気ですね」
「ええ、本当ですね」
「きっと素敵な一日になります」
「私もそう思います」
彼女は相変わらず無愛想だけれど、それでもロイスは嬉しそうだった。美しい仮面の下に隠された優しさを理解して、その中身を好きになったのだから。




