今世では死ねない。
この三年で分かったことは、ここが確実に「死は二人を分つこと勿れ、それは愛のエチュード」という乙女ゲームの世界であること。前世の私がこれでもかとやり込み、死んでしまってからも幾度となく転生を繰り返した舞台そのもの。王子の名前も、その婚約者の名前も、私が知っている人物と同一だった。
今の私マーガレット・フォーサスという人物はゲーム内にこそ登場しなかった。けれど、メインヒロインの一人であるアンドリッサの義弟・ライオネルの死に別れた姉として、確かに存在していたのだ。
ということは、マーガレットは火災に巻き込まれ屋敷ごと燃えてしまう。生き残りはライオネルただ一人で、この惨事によりアンドリッサの生家に養子として引き取られるシナリオ。彼が十歳の時の出来事だから、後もう三年後に迫っている。
楽しいお茶会の時間を終えた私は、一人自室に篭り黙々とノートに綴っている。この三年、来たる日に向けて計画を練ってきた。
この「死ニ愛」というゲームは、死こそ最大の愛という常軌を逸したコンセプトで、私の性癖にはそれがぐっさりと刺さった。スペシャルエンドでもバッドエンドでも、全てが死。最期が幸せか不幸せかという違いのみで、命が絶たれてしまうのはもう決定事項となっている。
これまではヒロイン二人に交互に転生を繰り返し、その設定を存分に楽しんできた。けれど今回だけは、話が違う。私は、死にたくないのだ。
「あの火災で、両親も命を落としてしまうんだもの。黙って見過ごすわけにはいかない」
イベントでも何でもなく、悲惨で悲しい事故。マーガレットとして幸せにくらしてきた今の私は、乙女ゲームのシナリオをただなぞるだけだった人生にはもう戻りたくない。家族の温かさ、自分の言葉に乗せて想いを伝える大切さ、生きることのありがたさを知ってしまった。
「可愛い弟を、辛い目に遭わせたくない!」
施設育ちだった私が、初めて感じた無償の愛。もしも転生が約束されているとしても、簡単に死ぬなんて嫌だ。ヒロインでもなんでもない、ただのマーガレットとして生きていきたい。その為に、出来る努力は何でもすると誓った。
「とはいえ私はまだ子どもだから、限界はあるのよね。しかも今回は、ゲームからの情報がほとんどないし」
ライオネルは十一歳の時に火災により家族を失った、という事実と一枚のスチルのみがゲームに反映されている。詳しい日時もその原因も分からずじまいで、これまでフル活用してきた知識が何の役にも立たない。
私には微量ながら魔力が備わっているので、忙しい淑女教育の傍ら母には内緒で水魔法を練習してきた。なぜかこの国は、特に高位貴族の間で女性が魔法を使うのはよろしくない、といった謎の固定観念が根付いており、私に幸せな結婚を望む母が知ると良い顔をしないのだ。
魔力を宿して産まれる人間の数はあまり多くなく、しかも具現化させるには必ず魔石が必要となる。体内の魔力に反応した魔石が掌で粉々に砕け散り、それが空気中のマナに触れ振動を起こすことで魔法を発生させると、屋敷の隅にあった本で読んだことがある。
つまりは大変コスパが悪く、魔力が備わっていたとしても、資金がなければ使えない。ゲームの登場人物ほとんどが高位貴族であるが故の歪み、といえるのかどうかは分からない。ヒロインの一人であるリリアンナは貧しい子爵家の出で、たまたま魔石に触れたことで魔力が発覚し学園に特別入学といった設定である為、それの辻褄合わせという認識が正しいのだろう。
「火事の原因が事故か故意か分からないから、とにかく屋敷の使用人には目を光らせておかないと」
非社交的な私にはかなり辛いのだけれど、家族を守る為には仕方のないこと。
「後は、魔法が使える知り合いをなるべく増やして」
これも、非社交的な私にはかなり辛い。母の後ろにくっついて頻繁にお茶会に参加し、助力となりそうな顔見知りを増やす。
「屋敷に出入りする業者とも、接点を作った方が有利だし」
これもまた、非社交的な私には以下略。
結論から言えば、この三年で確実に火災を食い止める方法は見つかっていない。未来の惨劇を思うと焦燥感に駆られるけれど、だからこそ家族の時間も大切にしたい。
「私、変わったなぁ……」
今マーガレットとして生きているこの人生が、私は一番好きだ。絶対に失いたくない。
「千里の道も一歩からというし、今はとにかく小石を積んで備えるしかないわ」
そうすればいつかきっと立派な石壁となり、私達家族を守る盾となるはずなのだから。
先ほどのお茶会でライオネルがくれたチョコレートを、一粒こっそりと持って来た。それをぱくっと頬張ると、幸せな甘さが口いっぱいに広がった。