最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その63
『ああ、あれさ……あれさ……ッ』
「ぐふ、うう……ッ。はあ、はあ……口からは、血が出るか……えぐられた腹からは、地の一滴も出やしないのに……」
『はやく!ちりょうを!!』
「……無理だな。間に合わん。分かるだろう。多くの戦士の死を、お前の瞳は見た……こんな傷では、助からんのだ……」
『……ッ!!』
竜の知性は、やはり嘘を好まない。偽りが助けにならないことは多々ある。今も、そうだ。これほどの傷であれば、死から逃れられるはずもない。
『ど、どうして!!おれを、たすけた……ッ!!かばわなければ、よかった!!』
「……そうも、いかん。私では、もう『ラウドメア』を、止められん……あれは、何かをするつもりだ……」
『だからと、いって……ッ』
「竜騎士らしく、合理的な判断だ……生き残っても、戦力に、ならない私よりも……お前が、生き残った方が、ずっといい……」
『そんなことは……』
「それに……わ、私はな、お前を……『ラウドメア』などに、奪われたくはないのだ……お前を、忘れたくなど、ない……っ」
弱々しい手つきで、アレサは撫でてくれる。
ザードの目が、涙であふれて。
視界が揺らいだ。
「……ほうら。そう、泣くな。私の……作戦通りでもある……っ。お前は、力を、取り戻す」
『なにを、いっている!?……おれは、もう、ろくにうごけない……っ!!はは、おやだろう!?りゅうと、ちがって……おまえは、あいつらのそばにいてやるべきだ!!あいつらは、よわっちいんだぞ!?』
「……ああ。リアムと、カレンと……もっと、一緒に、いたかったが……」
『そんなふうに、いうんじゃない……ッ』
「……消えてしまうんだよ、私は」
『ッッッ!!!!』
「……だが、構わない……私は、子供を二人も残せた……それに、お前も、残せたのだ。私が、この世界から……いなくなったとしても……忘れ去られてしまったとしても……お前が、私たちふたりが果たさなければならなかったことを、果たしてくれるから……」
『おれは、おれは……ッ。もう、からだが、ぼろぼろだ……ッ。おまえが、おまえが、いなくては……『らうどめあ』と、たたかえん……ッ』
「泣くな。お前は、もう……一人前なんだ。私がいなくても、立派に戦えるさ」
『うるさい……むりな、ものは…………っ!?』
竜騎士姫が微笑んだ。双子に向けた、その顔と、まったく同じ。
歓喜と慈愛に満ちた表情で、見ているだけで、春の日差しの下で翼を伸ばしているときのように、穏やかな気持ちになれた。
「大丈夫だ。もう、気づいているだろう」
『おれは……』
「たくさん、お前ともケンカしてしまったよなあ」
『……ああ。おれは、つよくなるため、だけに……おまえと……』
「そうだった。私も似たようなものだったが……今では、違う」
『……ああ。おれも、だ。おまえとは、たたかい、たくない……ッ。どっちが、つよいとか、きめたくもない……ッ。おれたちは、にひきで……ひとつ……ッ』
「そうだ。それは、変わらん。私が消えてしまっても、お前が残るんだから。同じことだ」
『それは、ちがう……あまりにも、ちがいすぎるだろう。おまえがいれば、きっと、こんなにかなしいきもちにはならない……ッ』
「ああ。そうだな。でも、私は……未来を信じられる。お前が、リアムと、カレンを、守ってくれることを信じられる……ガルーナを、長い間、守ってくれることを……」
『まもる、さ……おれは、まもるよ……あ…………』
名前が、揺らいだ。
赤毛の先が、薄まり消えていく。
どんどん、どんどん。見えなくなっていく。
『歌喰い』の力が、竜騎士姫を奪い始めていた。
『あれさ!!あれさ!!あれさ!!わすれ、たくない!!わすれるはずがないんだ!!おれは、りゅうだ!!ひとよりも、ずっとかしこい!!!なんびゃくねんだって……わすれることは、ない……のにッッッ!!!』
消えていく。
消えていく。
目の前で微笑む女の名前が、分からなくなっている。記憶のなかに住み着いて、いつしかそれが当然となった、多くの思い出たちが……消えていくのだ。誰と戦い、どこの空を飛び、何を一緒に見て、何を言い合い……よくケンカした、はず、なのに。
何もかもが、思い出せなくなっている。
『いやだッッッ!!!こんなのは、いやだッッッ!!!おまえを、わすれるなんて……ぜったいに、そんなのは、いやだあああああッッッ!!!』
「……ありがとう。ザード。私の翼となってくれて……私の竜でいてくれて……」
『あ……れ……うう、あああ!!なまえが、わ、わからない……ッ!!』
「構わん。そんなに、苦しむな。私が……お前にしてしまった、多くのことまで、消えていく……それは、たしかに悲しいが……だが、一つだけ……良き、こともあるぞ」
薄らぎ消えていく手が、やさしく伸びて……。
ザードの見えなくなった左眼を、撫でる。
『……っ』
「私が、奪ってしまった左眼を……開けてみろ。私の行いが、消えてしまうというのならば……ここも、治るさ……」
『……ッ』
「たくさん、お前と、ケンカしたなあ……『ラウドメア』よりも、多く、傷を、お前に与えてやった……お前にとって、最大のライバルは……いつだって、この―――――だろう」
『ああ!!そうだ、おまえだ、おまえだ……あ…………れ…………うう、ううう!!』
「名前など、気にしなくていい。お前に力が戻る。私がつけた傷の全てが、無かったことになるというのなら……お前は、再び、飛べるんだ!」
それが、竜騎士姫の最後の策略。
戦いの天才は、最後まで勝利のために全てを捧げ抜いた。
「……もう……泣くな…………さあ。お前の、左眼を、見せてくれ……」
『……あ、ああ……ッ』
長らく閉じたままであった、左眼を開く。ザードの傷口さえも消え去って、彼女に奪われたその金色の輝きは戻るのだ。
二つの目で見ることが叶う大きく広がった視界のなかで。
何とも嬉しそうに。
名前を思い出してやれない大切な者が、笑うのだ。
空気に融けるように、消えてしまいながら……。
「……やはり、お前は、美しいぞ。私の――――――――」
『ッッッ!!?』
全ての生き物なかで最も良い両目を持つ者は、消えてしまう彼女を追いかけることも出来なかった。探す、探す、探したが……何処にも、彼女の気配はない。記憶のなかからも、どんどん、さらに……失われて―――。
『―――そんなことは、させるかよッッッ!!!おれが、わすれる……はず、『オレ』が、忘れるはずが、ない!!!い、一人前のりゅ……竜なんだぞッッッ!!!うばわ……奪われて、たまるものかよッッッ!!!』
ザードは抗う。
悪神の『歌喰い』の力に。
消え去っていく記憶に、喰らいつき、神の力に勝利するために。
『忘れて……しまう、というのならッッッ!!!奪われるというのなら……ッッッ!!!オレの名と、なればいいッッッ!!!お前の名前を、呼べなくともッッッ!!!オレが、オレの歌が、歌われる度に、お前が一緒に歌われれば、いいのだッッッ!!!』
二つの瞳で空をにらむ。
傷の癒えた翼を、大きく広げ……。
この世界の全てに告げるのだ。
『我が名は、ザードではないッッッ!!!我が名は……『アーレス』ッッッ!!!竜騎士姫に仕える、最強の竜だああああああああああああああああッッッ!!!』




