第1話
「私達の安住の地を求めて」の関連作品になります。
「老大、あの女、見事な天ぷらをあげました」
「そうか、それだけ分かればいい」
私は、半ば子分にしているチンピラに小銭を渡しながら言った。
「情報料だ」
「別にいいのに」
そう口では言いながら、そいつは小銭を受け取って、自分の下を去って行った。
私は、昔のことを想い起こした。
あれは、40年程前のことだったろうか。
まだ、ソ連が健在でブレジネフとかいう老人が書記長だった。
毛沢東が死んだ後、鄧小平が中国の政界に復帰したばかりだった。
自分は、香港である殺し屋の助手を務めるようになっていて、20そこそこの若者だった。
当時の香港では、警察もかなり腐敗していた。
その殺し屋は表向きは警察の狙撃手で、警官としても働いていた。
その女房は、セミプロの鍼師で、依頼があれば鍼師として働いていたが、実際はこれも殺し屋だった。
この殺し屋夫婦は、ある幇の下にいて、幇にとって表に出せない密殺してほしい目標ができたら、依頼を受けて殺しをしていた。
時として、他の幇に貸し出されるというか、依頼を受けて、殺しをすることもあったらしい。
自分は、その幇と殺し屋夫婦との連絡役を主に務めていたが、その殺し屋に頼まれれば、時としてスポッター等もする助手だった。
とはいえ、それだけでは食えない。
そのために、表向きの商売として魚売りをし、幇の構成員に魚を売り、その夫婦の下に魚を売っていた。
年を取ったせいか、かなり記憶が曖昧になっている。
その夫婦は、お互いに裏の顔を知らずに知り合ったらしい。
そして、幇を通じて、お互いに結婚して、殺し屋から引退したい旨を幇の当主に伝えた時、相手の裏の顔を当主から知らされ、お互いに似合いの相手とあらためて自覚し合ったとか。
ともかく、何人もの血に染まった手で、よく子どもを抱けるな、という陰口を叩く者がいなかった訳ではないが、あの夫婦は、比翼連理の仲で子どもを三人も授かった、事情を知らない者からすれば、理想の家庭を築き上げた夫婦だった。
そして、あの事件があったのだ。
自分達がいたあの幇の当主は立派だったが、その息子はろくでもなかった。
親父の威光を嵩に来て、遊びに耽っていて、時折、女を強姦していたらしい。
とは言え、相手が相手だ。
女の方が、いつも泣き寝入りをしてしまい、その息子はますます増長していた。
親父は気が付くたびに叱っていたが、息子の方は被害届を女性が出さないことを、女も合意していた証拠だと、親父に言い返す有様だった。
そして、その息子が新たに目を付けたのが、ある「フィッシュアンドチップス」売りの手伝いを始めた若い女性だった。
夫婦揃って大陸から逃げてきた、という噂の持ち主の20歳になるかならないかの若い女性で、ほんの少し年上の夫がいた。
それ以上の詳しいことは、当時も、あの後も、自分が知る限りは不明のままだった。
だが、あの夫婦は人外だったのだ。
「あの女、人妻の筈で、毎晩のように夫に抱かれてそうなのに、清純な感じがしてたまらねえ」
そうドラ息子はうそぶいて、その女性に付きまとい、一服盛って、自分の女にしようとしたらしい。
だが。
「あの女、酒が効かねえのか」
何でも強い酒を半ば無理やり飲ませたのに、素面のままのように走って、その女性は逃げてしまった。
それを知った親父は、例によって息子を叱り飛ばしたが、息子は却って意地になった。
さすがに親父の下からドラッグは買えなかったが、現金取引なら買える別の幇に所属している売主を、その息子は知っていた。
そのドラッグ入りの酒を、その女に飲ませたが、それも効かなかった。
そんなバカな、と自分でドラッグを試して、オーバードースでその息子は死んでしまった、と自分は聞いている。
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