09 お風呂への道
暫く様子を伺うも、魚獣たちはじっとして動かない。試しに優喜は近くの一匹に飛礫を放ってみる。突然の攻撃に数匹がギャイギャイと騒ぎ出すが、それ以上何も無いとまたおとなしく静まっていく。
「やっぱり寝てるんじゃないか?」
「そのように見えますね。狩ってみますか。全部で何匹くらいいるか分かりますか?」
「五十六くらいはいるかな。あれ全部やるのか?」
「ええ、私がやるので、みなさんは周りの警戒をお願いします。」
優喜は、槍を構えて詠唱を始める。この槍はカナフォスから借りてきた土属性増幅効果を持つ逸品だ。
魔法を放つと、地面から無数の錐が生えて魚獣を貫く。魚獣たちが襲撃に慌て騒ぎ出すが、走り逃げ出すものは無い。
「弓で適当に射かけてもらえますか? 殺せなくても構いません。奴らの反応を見たいので。」
試しに矢を数本放ってみるが、命中した魚獣が数歩移動するだけで、それ以外に目立った変化は無い。
「逃げも隠れもしないってのは、どういう理由なんでしょうね?」
「夜目が全く利かないとか。」
「それでも、盲滅法にでも逃げませんか?」
「じゃあ、恐怖で動けないとか?」
「意外と臆病…… というより、向こうでは夜は動かないのが鉄則ということですか。」
「向こうって?」
「ダンジョンの向こう側です。こいつらはダンジョンを通って来たのでしょう?」
「ダンジョンの中にいたんじゃないのか?」
「恐らく、それは無いですね。ダンジョンはただの通り道でしょう。ダンジョンの中にずっと住んでいたならば、昼も夜も無いですよ。いずれにせよ、これ以上黙って観察していても何も変わらなそうですので、一気に行きます。」
さらに優喜が魔法を放ち、多くの魚獣の悲鳴が夜の静寂を破る。既に殆どの魚獣が致命的な傷を負っているか、あるいは既に息絶えている。さらに三度魔法を繰り返し放ち、確実にすべての敵を葬り去ってから土柱を戻して地面に降りた。
魚獣の死体に火を放って優喜たちは町へと戻る。一ヶ所に集めたうえで、草原への延焼防止の土壁を作ってあるので、燃え尽きるのは待たない。
門に戻ると、夜番の兵隊長に魔物の様子を伝えて、今回の夜間調査は解散とした。夜は魚獣も寝ているようだということで、兵隊長はホッとした様子を見せる。しかし、魚獣は朝何時ごろに動き出すのか分からないため、特に明け方は注意するようにと念を押しておく。
その後、優喜が家に着いたときは既に真夜中であった。顔を洗って、部屋に戻ると毛布にくるまって眠りに就く。
翌朝、優喜たちは東門に向かう。カナフォスに借りていた槍を返さねばならない。それともう一つ。浴場の様子を見に行くという魂胆があった。浴場は、物理的に、そして周囲の状態的に使用可能であるのか。それは、とても重大なことらしい。少なくとも週に一度の風呂は人として文化的な最低限の生活であるとして、基本的人権を強く訴えている。
『ヤマト』は東門を出ると北に進みながら狩りを進めていく。浴場を見に行くとは言っても、そこらの魚獣を無視して進むわけには行かない。畑の外縁から北に一キロ程度のところで土柱を作り、その上に立て籠もって魚獣を呼び集めて片っ端から狩っていく。
凶暴化していようがお構い無しで高笑いを上げながら魚獣の屍の山を築く『ヤマト』は、周辺で狩をしているハンターから『殺戮の魔女』などと呼ばれ恐れられていることを本人たちは知らない。
相手を一方的に殺すために、オリジナル魔法を幾つも開発している。などとまことしやかに噂されているのだ。
よく考えると、それは事実なような気もするが。
近くの魚獣を狩り尽くし、周囲から生きた敵の気配が無くなると優喜たちは北へと向かい、浴場を目指す。首を集めるのは後回しで、倒した魚獣は全て速やかに焼き払って、とにかく前進していく。
北に進んでいくと餌となる獣が少ないせいか、魚獣の数が減り、凶暴化した群は見かけなくなった。浴場に着いてみると、周囲に魚獣の気配は殆ど無い。
もともと、浴場はウサギを含めて獣が殆どいない場所を選んで作ったため、魚獣にとってもあまり寄り付く価値の無い場所なのだろう。優喜たちは念のため、大声を上げてみて魚獣を呼び寄せてみるものの、わずかに三匹が来ただけで、芳香が一瞬にして切り伏せて終わった。浴場の中も、特に荒らされた様子もなく、道中の安全を確保できれば、入浴はできそうだ。
浴場の周りを一通り確認すると、狩った魚獣を焼き払って町へと戻っていく。敵がいない場所でのんびりしていても仕方が無い。途中の魚獣は狩り尽くさねば、みんなで入浴に行くことはできない。
来た道を引き返し、たまに出てくる魚獣を狩りながら草原の道を進む。草原と言っても、この辺りは草の背は低く膝下程度までしかないため、視界が通っている。地形に若干の高低差があるために地平線の彼方までというわけにはいかないが、数百メートルは問題なく見通せる。そのために奇襲の心配はする必要が無く、割と気楽に四人は進んでいく。
この辺りで一番高い丘を越える辺りで生える草の種類が変わり、ウサギの生息、行動域に入る。すなわち、そこからは魚獣の行動圏内ということでもある。
危険域に入ってすぐに優喜は土柱魔法の詠唱を開始し、芳香は警戒を強めて周囲を見渡す。
「すこし左寄りの正面に五匹くらい。」
優喜の魔法が発動すると、芳香は見つけた魚獣を指しファイヤービームの詠唱を開始する。芳香は別に魔法の才能が皆無という訳ではない。単に本人が魔法より近接武器を振り回す方が好きというだけの話で、すでにレベル一の火魔法は不自由なく使えている。
しばらくは近接の出番はないと言われたため、仕方なく、レベル二の火魔法の練習を始めたのだった。
秒殺で五匹の魚獣を倒すと、四人はいつも通りに大声を上げて魚獣を集める。近づいてきた魚獣を片っ端から狩り、数分もしないうちに百を超える死体の山を作り上げていた。
「ねえ、こいつらあと何万匹いるの?」
理恵の質問はすでに万単位の敵がいる前提だ。
「本当に何万匹かいそうだから、そういうことを言うのはやめてください……」
優喜は疲れた声で返す。意外とそういうところのメンタルは弱いのか。
首を切り落として荷車に積み込めるだけ積むと、残った死体を焼き払って町へと帰っていく。
帰り道の途中で、ウサギを追い廻している二十を超える凶暴化した群れに出くわすが、いとも簡単に丸ごと全部穴に落として焼き払ってしまう。
「またお前らかよ……」
その魚獣を追ってきたバナセンキが呆れた顔をして言う。
「何でそんな嫌そうな顔をするのです? あ、すみません、獲物を横取りしてしまいましたか? 見ての通り私たちの荷車はもういっぱいなので、どうぞ好きなだけ持って行ってください。」
「違えよ! そうじゃねえよ! 何であの大集団相手に無傷で楽勝なんだよ!」
ガーナベンが大袈裟に叫ぶ。
「何でって、相手を近づけず、攻撃させずに、一方的に攻撃するからです。そして。そのためにはどうすれば良いのか。それを一生懸命に考えているからですよ。」
優喜は堂々と胸を張って自分のポリシーを口にする。
「ところで、私たちはお腹も減りましたのでそろそろ町に戻りますが、皆さんも、お疲れのようですしほどほどにした方が良いですよ。」
『六槍』がそろって疲れた表情をしているのを見て、優喜が気を遣ったことを言う。
「他の奴らの状況も聞きたいし、俺たちも一度戻るか。」
他のハンターたちも一度引き上げて行ったのか、周りを見渡してもほとんど姿が見えない。ついでに、魚獣の姿も見えない。この辺りは既に狩り尽くしたのだろうか。
静かになった草原を抜けて、『ヤマト』と『六槍』は連れ立って町へと帰っていった。




