story.22 心の裏側
「変な糸?」
僧侶の言葉にエルシアは首を傾げたが、彼はそれ以上は何も説明してくれなかった。結界を張ることに集中しているようだ。こんなに大きな、町全体を包み込むような結界だ。それなりに集中力が必要なのだろう。
エルシアはもう一度ドラゴンを見据えた。大きな口を開き、今にもまたあの咆哮を繰り出してきそうで、彼女の表情は強張った。考えている暇はなさそうだ。
「――――わかったわ。12時の方向、森のしげみの中ね」
「あぁ」
「この結界、私の矢で壊れたりしないでしょうね?」
「お前のへなちょこ矢で壊れるかよ」
いつもと同じように憎まれ口を叩く僧侶をひと睨みして、エルシアは弓に矢を番え強く遠く放った。
するとなんと茂みの中から人影が出てきて、彼女の矢を避けたではないか。驚いたハルとリュウはその人影を指さして叫ぶ。
「だ、誰か出てきたよ!?」
「何者だコノヤロー!!」
すでに喧嘩腰のリュウと、震える手で伝説の剣に手をかけるハル。そんな中茂みから出てきたその人物は、黒いフードについた葉っぱを払いながら彼女達の前へ出てきた。
「酷いじゃないか~、いきなり矢を放ってくるなんて」
「だ…だれ…!?」
影の正体はフードの下からのぞく橙色寄りの金髪、そしてアーモンド型の猫目を持つ男だった。年の頃はハル達と同じか、いくつか年上のようにみえる。常に弧を描く口元はとても怪しげだった。しかしそれに似合わない軽い口調で彼は続ける。
「どうもどうも、お初にお目にかかります、救世主のパーティのみなさん。俺は魔王サマの手下のオズ・ヘブリアっていいま~す。以後、お見知りおきを」
胸に手を当てて丁寧にお辞儀をしながら、語尾に星がつきそうな口調でそう言った彼に、ハル達はきょとんと呆けてしまった。僧侶だけは警戒を解かず、それが面白かったのかオズと名乗った男は僧侶を見つめてまたニヤリと笑みを深めた。
「こーんなに大規模な結界張っちゃってさ~、警戒しすぎじゃね?確かにドラゴンなんて操ったことがなかったから、ちょーっと手元が狂っちゃったけどさ」
「ドラゴンを…操った…!?」
エルシアが驚きのあまりそう溢す中、僧侶の顔はひと際険しくなる。
――――先程から僧侶の様子がなんだかおかしい。そう思ったハルは小さく彼を呼んだが、返事はなかった。動揺する彼らなんてお構いなしに、オズはゆっくりとこちらに歩み寄りながら楽しげに話を続ける。
「俺の目的は何もこの町を壊すことじゃないんだ。魔王サマから承った任務は二つ。一つ目は、そこの黒髪の君が持っている『五大宝玉』の一つ『龍玉』を持ち帰ること。」
オズの鋭い眼光に捉えられ、目を丸くするリュウ。次にその眼光の先は、僧侶に変わる。
「そして二つ目は―――そう。君だよ、ソーリョクン」
「え…!?」
オズが魔王サマ会いたがってたよ~と間延びした口調で続ける中、ハル達は結界を張ったままの僧侶の方を一斉に振り向いた。彼の眉間にはいつもの倍以上の皺が寄り、その表情には珍しく焦りが滲んでいた。
「さてさて、まずはこの結界を解いて貰わないとね?」
オズは魔法使い以外には目に見えないその魔力の糸で、守護龍を操った。もう一度同じ攻撃をして、僧侶の結界を破るつもりなのだろう。
町の人々が怯えながら皆で寄り添ってその時に備える。混乱の中、ハルは僧侶の近くまで駆け寄った。
「僧侶くん!宝玉は分かるけど、どうして僧侶くんまで魔王に狙われてるの!?」
「……今話しかけてくるな、気が散る」
僧侶はこちらを振り向かず、静かに言い放つ。彼のその態度に、ハルは顔を顰めてぎゅっと固く拳を握りしめて叫んだ。
「なんで…なんでいつも何も教えてくれないの?同じパーティの、仲間なのに…!!」
それでも僧侶は視線を交えないまま、冷たく、低い声色で告げた。
「俺は、お前らを仲間だと思ったことなんて、一度もない。」
ハルはそれを聞いて一瞬、頭の中が真っ白になった。周りの音も、全てが無音になる。
刹那、ついに守護龍の咆哮を町全体を覆う結界を襲った。結界に徐々にヒビが入ってゆき、リュウは近くにいたエルシアを頭を押さえて叫んだ。
「結界が破れるぞ!!全員伏せろォ!!」
その瞬間、町は白い光に包まれた。




