story.10 翡翠の覚悟
ハルは今――――絶望している。
何故かというと、一番の頼りである僧侶が一緒に宝玉を奪い返しに行ってくれないからである。
「僧侶くんがいるから特別クエストも大丈夫だと思ってたのに…ここまで来てそれはないよ…!」
「甘えんじゃねぇ」
「いだっ」
頭を容赦なく叩かれて涙目になっているハルに、僧侶は呆れたようすで腰に手を当てて、ため息交じりに言った。
「仕方ねぇだろ。此処にいる全員を治すには少しばかり時間がかかる。全員を治してより多くの戦力で迎え討つのも一つの手だが……それまでに敵がまた来るかもしれねぇ」
「でも……敵の人達は、宝玉手に入れたのになんでまたエルフの村を襲う必要があるの?」
既に宝玉『エルフの瞳』は奪われて、敵にはもうエルフの村を襲う理由なんてないはずなのに。首をひねっていると、ハルと僧侶の会話を黙って聞いていたエミリアが徐に口を開いた。
「……宝玉『エルフの瞳』には、土台がある。翠色の宝玉本体と―――――此処にある金色の土台。二つ合わせて『エルフの瞳』なのだ。宝玉は奪われたが、我々はこの土台だけは死守した……恐らくこれを狙ってまた敵は襲って来るだろう」
「なるほど……」
「来るって分かってんなら、待ち伏せして奇襲した方が勝率は上がる。だからとっとと行って来い」
「やっぱり僧侶くん来てくれないのぉ…!?」
僧侶の服の裾を強く掴んで必死に訴えるが、べりっと引き剥がされた上に「しつけぇ」とまで吐き捨てられてしまった。
「鬼ぃ……!!」
「前にも言っただろうが。俺がいなくてもお前には『伝説の剣』があり、『剣の加護』がある。何かありゃ剣がなんとかしてくれんだろ。たぶん」
「たぶん!?たぶんって何!?ちょっと僧侶くんなんで今目反らしたの」
「心配すんなよ、ハルちゃん」
右肩を軽く叩かれて後ろを振り向けば、会った時と変わらない笑顔のリュウがいた。彼は自分を親指で差しながら、今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「俺も行くんだからな!」
「リュウくん……!」
「あいつらの仇、取ってやんねーと!」
此処に救世主がいるよ…!!
どっかの誰かさんとは違うその屈託のない笑みにハルが感動していると、ふと後ろから声がした。
「……ハル。私も連れて行きなさい」
エルシアは神妙な面持ちでこちらへ歩み寄ってきて、背に負った弓矢を握りしめながら、凛とした声で告げた。
「自分でしたことは自分で落とし前をつけるわ」
「……でも……」
例え今は敵で憎くても、一時でも本気で好きだったなら、その想いは簡単には消えてくれない。対峙すれば辛いに決まってる。エルシアが来てくれるのは心強いが、ハルは彼女にこれ以上傷ついて欲しくなかった。
言い淀むハルを見かねてか、エルシアはその翠の瞳に私を映し、真っ直ぐに見据えて告げる。
「……言いたいことは分かるわ。でも残念ながら、此処で黙って涙を飲んでいられる程私は大人しくないの」
「…エルちゃん……。……分かった。ついてきてくれる?」
「ええ」
エルシアは小さく微笑んでみせた。ハルも笑みを返してから、僧侶を振り返る。
「僧侶くん、村の人達とリュウくんのパーティの人達をお願い」
「……こっちの心配はすんな。お前らは自分のことだけ心配してろ。もし怪我しても、いくらでも治してやる」
「……!」
ああ、まただ。
ぶっきらぼうで素っ気ない言い方だけど、その一言だけで何故か安心できてしまう。
「(僧侶くんがいれば、こちらまで攻め込まれてしまってもきっと大丈夫だ。でもそうならないように、私達がしっかり奴らを倒して宝玉を奪い返して来なきゃ。)」
「地上に出て待ち伏せしましょう」
「おう!」
「じゃあ僧侶くん、エルフの村のみなさん、行ってくるね!」
ハルが笑い掛ければ、エルフの村の人達は少し目を丸くして驚いたあと、深々とお辞儀をしてくれた。出会い方はあんまり良くなかったけれど、彼らもきっと悪い人達ではない。自分の家族や友達を守るのに必死だっただけだ。種族は違えど、自分たち人間と何も変わらない。
「……エルフの人達、人間のこと嫌いみたいだけど、このクエストに成功すれば少しは仲直りできるかな?」
「……あんた達人間にこんな大事なこと任せた時点で、信頼は得てるんじゃないの」
「ってことは…!エルちゃんも私達のこと、信じてくれてるの…!?」
「うっ……わ、悪い!?大体そんなことはクエストを無事に終わらせてから話しなさいよ!ほら、さっさと行くわよ!」
エルシアは顔を真っ赤にしながら洞窟を歩き出す。ハルとリュウはそんな彼女の背を見て、素直じゃないねと顔を見合わせて笑った。




