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三章 犯人はお前だ


      ∴      ∵

 深夜は何も言ってきません。

 私は、今までの行動を思い返していました。

 兎警部に言われた、最後の言葉。腹が立ちますしぶん殴って土下座させて頭を蹴飛ばしてやりたいくらいムカつきます。でも、こんなにも腹を立て苛立たせているのは、図星だったからではないでしょうか。

 私は友人よりも、事件を楽しんでいたのではないのでしょうか。

 ただただ考えるだけで、答えは出ません。解っていても、解りたくなくても。

 ただ、一つ。

 兎警部の指摘通り、事件の最中、楽しんで、嗤っていた時はなかったのか、解らぬまま。


      ∴      ∵


 ニーニーの家へ向かう車内、私たちは一言も喋らずに過ごしていました。

 重苦しい空気が流れていますが、特に話をする気がなかったので黙っていました。深夜が何も言わず黙っているのは珍しいです。それも、さっきの電話のせいか。

 嘉川刑事はニーニーの家に私たちが呼ばれたのか、理解してないようです。恐らく兎警部は何も話してないのでしょう。


 電車では結構かかった距離、車でも同様の時間がかかりました。ニーニーの家に着く頃には、まだ陽は昇っていながらも、夕刻を思わせる雰囲気を漂わせる中途半端な時間。

 アパートには人の気配がなく、周囲に人の姿はありません。

 静寂とまではいかない静謐。

 私は車から降りて、ニーニーの部屋へと足を進めます。

「あ、ちょっと灯夜逆さん、兎警部がもうすぐ」

「いえ、きっと既にいますよ」

 そう、きっと待っているでしょう。

 何の感慨も、何の気概も、何の梗概もなく、不遜な態度こちらを待ち構えている気がします。

 人を小馬鹿にした、あの態度。自信満々の、不敵な声。不愉快極まりない、発言の数々。

 思い出したくもない残響の音色を頭の中で反芻させ、覚悟を決めて、覚悟を持って、ドアに手をかけます。安アパートに相応しい、軽い金属音を響かせ、簡単に開きました。今は、誰も住んでいないはずなのに。今は誰もいるはずがないのに。

 部屋に入ります。

「……なんで、鍵、開いてるんだ」

 深夜は疑問に、嘉川刑事は不思議そうに、私の後に続いて入ってきます。私は入ってすぐの台所に視線を向けました。確認作業の再確認。

 そこには、相変わらず血に濡れたノコギリが置いてありました。

「なっ! こ、これは!?」

 嘉川刑事は血に濡れたノコギリを見つけ驚いています。説明してもいいのですが、一体なんと説明するればいいのか。結局、事情は何一つ解らないまま、嘉川刑事には疑問符を浮かべてもらうことにしました。

 居間に向かうと、といってもすぐ目の前ですが、敷居で阻まれた、けれどもたった薄壁一枚に隔てられたその空間。簡素な部屋に不釣り合いな、妙に凝っている一つの小型のスピーカーが机の上に置いてありました。

 どこからか見ているのか、絶妙なタイミングで携帯が鳴ります。

「……はい」

『やあやア! やっと来たみたいだネ!』

「今、何処にいるんですか」

『んン? まあアレだネ! それは秘密かナ?』

「話をするためにここに呼ばれたのかと思いましたが、私の思い違いだったようですね」

『ままま、落ち着きたまえヨ! これじゃあ君にしか私の声が聞こえないだろウ? そう思ってわざわざスピーカーをよ』

 通話を切りました。本当は帰ろうかとも思いましたが、きっと多分恐らくまたしつこく電話がかかってくると思いますので、私はスピーカーに携帯を繋げます。これで兎警部の声が深夜と嘉川刑事にも聞こえるようになりました。

 また電話がかかってきたので、私はスピーカーに繋げたまま電話に出ました。

「どうしましたか?」

『なんで切るのかナ!? まだ話の途中だったのニ!』

「ああすみません。ウザかったもので」

『……いや、ネ? もしかして、私は嫌われているのかナ?』

「ははは、何を、今更」

『酷イ!?』

 兎警部は、私たちの前に姿を現すつもりがないのでしょうか。わざわざスピーカーまで用意して、無駄もいいところです。ただそれでも、やりそうだなとは想像できましたが。

 数度の電話だけですが、それでも人物像を形成するくらいの情報は頂きました。


 まるで全てを見透かす名探偵のように、

 まるで全てを解明かす名刑事のように、


 傲慢で、独尊で、我儘で、

 奇怪で、奇警で、奇妙で、


 一心不乱に意味不明な、掴みどころ一つない人です。

 私は、苦手。苦手というより―――嫌い。

「そろそろ本題に入ってほしいのですが。私と深夜もそれほど暇ではないのですよ」

『ふむ、私としてはもうちょっと女子高生とのお喋りを楽しみたかったがネ』

「あ、あの兎警部?」

 私と兎警部の間に、嘉川刑事が入ってきました。この人は兎警部に会ったことがあるのでしょうか。いや、あるに決まっていますよね。部下なんですから。あとでどんな外見をしているのか聞いてみるのも、悪くないかもしれません。敵の姿が見えないのは、やりにくいです。

『なんだネ? 嘉川君?』

「いや、あの、これから何が始まるんですか? 自分は何も聞いてないのですが」

『ン? 灯夜逆嬢から何も聞いてないのかナ?』

「私は何も言っていません」

 なんで私から説明しなくてはならないのでしょう。

 部下なんですから、自分で説明してください。

『そうカ! それは失礼したネ! ではそこにもう一人いル、灯夜坂嬢の彼氏君も何も知らないという事かナ?』

「え……あ、はい! 俺も、何も聞いてないですけど」

 そう言って、深夜は私を見ました。

 何故、俺に言ってくれなかったのか。

 何故、私だけが知っているのか。

 そんな想いを込めた眼差しを。

 私は、余裕がなかったのでしょう。

 それか、興奮していたのかもしれません。

 そんな深夜の眼差しを、無視して、兎警部を見つめていました。スピーカーを。

『ややヤ! 何も知らずに始まる寸劇ほどつまらないものはないネ。ではお教えしようカ! これから今から何が始まるのかヲ』

 寸劇。失笑。なんて、陳腐な言葉でしょう。

 これから始まる滑稽。

 これから終わる物語。

 確かにこれは寸劇でしょう。大して長くもなく。大した物でもなく。

 喜劇と言わず、惨劇と言わず、

 何の盛り上がりもなく、何の見所もない、

 ただ終ったことを好き勝手に言うだけの、私と兎警部の、短い劇。

 だからこそ、二人の観客には知っといてもらわなくてはいけない。

 これから何が始まるのか。

 これから何が終わるのか。

『何、ちょっとした整理みたいなものだヨ! 私の事件ト、灯夜坂嬢の事件のネ』

 胡散臭い口調で、兎警部は続けます。重大で重要な、事柄でしかない現実を。

『私の事件の犯人ト、灯夜坂嬢が探しているニーニーちゃんの居場所ヲ、ちょっと教えてあげようと思ってネ』

 さあ、始めよう。始まりの前の、終わりの劇を。

『ではまズ、私の事件から話そうカ?』

 兎警部は相変わらず気楽な口調で話を進めていきます。衝撃ともいえることを聞いた嘉川刑事と深夜は、呆然としていましたが、話を進めようとする兎警部に慌てて割り込みます。いえ、正確には割り込もうとしました。

「黙りなさい」

 ピタリ、と空気が凍ります。それは突然、スピーカーの兎警部に向かって発言をしようとしていた深夜と嘉川刑事へ向けて、聞こえました。どす黒い、地の底から響く声。心が締まるような、冷たく、そして恐怖を与える声。深夜と嘉川刑事は、恐る恐る、視線を私に向けます。じっと、暗い瞳を称えながら、スピーカーだけを見つめている、灯夜坂燈莉の、私の姿。

「お二人とも、見苦しく聞き苦しいです」

 まだ何も言っていない二人の眼を一切見ず、ただスピーカー一点を見つめて、私は言う。

 ここにいる二人よりもここにいない一人と対峙している。

 ただただ、スピーカーから聞こえる、些細な雑音さえも聞き逃さないとでもいうように。

 私は持てる限りの集中力を、スピーカー一点に。

「兎警部、話を進めて下さい」

 私は先を促しました。今は小鳥のさえずりだって聞きたくありません。軽やかな音楽も、心癒すメロディも、全て不要。

『……でハ、始めようカ』

 この言葉の続きさえ聞ければ、私は他に、何もいらない。


      ∴      ∵


『まず最初ニ、誰がやったかを教えよウ。犯人が誰だか解らないというのハ、居心地が悪いよネ? よく小説なんかで最後に言うけド、いヤ、言わないのもあるのかナ?』

 よく解らない前置きを始めた兎警部ですが、その内容は酷く重要です。

 さて、兎警部誰を指名するのでしょうか。

 第一発見者の橋本千佳。

 その友人で一階にいた篝七。

 同じく友人で学食にいた水倉友秋。

 ニーニーについて聞く為にいた灯夜逆燈莉。

 同じ理由で燈莉の彼氏の釘咲深夜。

 それとも他の登場人物か。

 情報は出揃っていて、情報は全く不揃いで、誰が犯人か?

 そんな不安定な世界の中、兎警部は何の躊躇いも、出し惜しみも、焦らすこともなく、己が存在と同じように、あっさりと、友の名を語るのと同じ位ごく自然に、言いました。

『犯人ハ、篝七だヨ』

「……ま、じで?」

 深夜が、驚き呟きました。嘉川刑事も同じ反応しています。

 物語のように、小説のように、あの時アノ場所にいた誰かのうち一人が、本当に犯人。

 出来すぎと言えば出来すぎで、足らないと言えば足らない。

 だけど、それを聞いて、篝七が犯人だと聞いて私は、私の反応は――

「……ふーん」

 そう、なんだ。篝さんが、犯人。

 あのハードボイルドな雰囲気を醸し出していた、アノヒトガ……殺人者。

『さてさテ! おやおヤ? 灯夜坂嬢は驚いてないみたいだけド、彼氏君は驚いているみたいだネ! 反応がないというのも悲しいからネ! 彼氏君の反応は嬉しいヨ! アリガトウ!』

 私は大して驚きません。と言ったら、嘘になります。十分に、十二分に、驚いています。

 篝、七。まさか、まさか兎警部の口から、その名が出るとは思いませんでした。けれど、も。では、誰の名なら、驚かなかったでしょう。それはきっと、きっと……。

「それで、篝七が犯人だという理由はなに?」

 犯人だと、口で言うのは簡単です。テレビの前で、無責任に高飛車に、自分勝手に傲慢な、解釈と判決を下す人間と、同じ。

 それだけでは、ただヒトのフコウをゴラクに変えるニンゲンと、同じ。

 そこに至った証明。理由。道筋。それらを説明出来てこそ、私たちは、人を裁くという権利を持つことが許される。

 私の問いかけに、先を促す言葉に、やや戸惑った様子の兎警部。

『……灯夜坂嬢の口調が前と違うと思うのハ、私だけかナ? 彼氏君、そこんとこどうでしょウ?』

「えっと……燈莉? 俺もなんか、口調がおかしいかなって思うんだけど……」

 おかしい? 二人とも、今更何を言っているのか。それを言うなら、この空間の方が、おかしいのに。

 ただ、私も私で少し染まっていたのかもしれません。部屋の空気に、事件の空気に。これでは冷静さを欠ける思考になります。私は深呼吸をし、落ち着けます。頭を、心を。

「失礼しました。私とした事が、少し興奮して我を忘れてしまったようです」

「……燈莉は丁寧口調から乱暴口調になるのか……覚えておこう」

『いヤ、乱暴というよりぶっきらぼうと言った方がよくないかネ? 可愛いのに顔もぶっきらぼうだからプププ』

 あ、今ピキってきました。危なく深夜を殴りそうになりました。殴りたい、泣くまで殴りたいとかそんなことを考える間もなく殴りたいです。殴ろうかな、殴りましょうかな。

「やめて兎警部! そっちはスピーカー越しだからいいかもしれないですけど、俺と嘉川刑事は燈莉の目の前にいるんですよ!」

「……それは、どういう、意味でしょう?」

 何か必死になっている深夜に向かって、極上の笑顔を向けて聞きました。ニコニコ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

『おおウ!? ちょ、ちょっと彼氏君大丈夫かネ!? ワ、解ったヨ! 私が悪かっタ! この通りだから彼氏君をいじめないっていうか精神崩壊させないでくれたまエ!』

「あー警部? 自分もう帰って篝七を逮捕してきてもいいでしょうか?」

「気にしないで下さい。私と深夜の関係はいつもこんなナアナアな感じですから」

『嘉川君もさり気に離脱しようとしないでくれたまエ! そして灯夜坂嬢! それ何気に怖いヨ!』

 兎警部は慣れない突っ込み役に疲れたのか、若干の息切れがスピーカーから聞こえてきます。普段ならこの役目は深夜だったりするのですが、その深夜は今、私のつぶらな瞳によって混乱中なので仕方ないですね。

「兎警部がそんなに深夜の事が心配なら治しましょう。何、ちょこっと叩けば治りますから安心して下さい」

「俺って電化製品並みの扱い!?」

「おや? 復活しちゃいましたか。残念」

「燈莉? 俺の目の前にいるのは本当にあの可愛くて彼氏に優しい燈莉さんですか?」

「深夜少し間違っています。私は彼氏だろうと愛のトゲトゲのムチを使います」

「何処が間違ってるの!? 優しさか!? 何故トゲトゲ!? ただの武器じゃん!」

『そうか……君達は、そういう関係なんだネ……』

 嘉川刑事も一歩引いた視線を深夜に寄越します。

「ごめんなさい兎警部! 貴方は俺と燈莉を誤解してます!」

「そうですよ、私と深夜は切ったら分裂するアメーバのような関係なのです」

「アメーバ!? もう無理です! これ以上突っ込み仕切れないから! もうやめてってか話を進めて!!」

 頭を振りながら深夜は懇願しました。なんだか深夜をいじめるというのも久しぶりのような気がします。やっぱり定期的にやらないと調子が出ませんね。

「これからは定期的にいじめていきましょう」

「何!? 今なんて言った!? ボソっと恐ろしい事言っただろ!」

「深夜深夜、キスしてあげますから忘れて下さい。チュ」

「やったー! 燈莉にキスしてもらってねえええええよおおおおお!! ただの効果音んんんんん!!」

 さて、本格的にこのまま行くと話が進まず枚数的に終ってしまいそうな雰囲気なので、強引に嘉川刑事が話を戻しました。偉い嘉川警部。これが所謂KYというやつですね。

「えっとそれで警部、何故篝七が犯人なのですか?」

『おオ! 本当に話を戻すのだネ!』

「……まさか、篝さんが一階にいたから犯人、というわけではないですよね?」

『そのまさかだネ』

 言い切りました。まさか、まさかそんな下らない理由だけで?

『と言ってモ、それだけではないのだヨ。確かニ、安西はエレベーターの中で殺されタ。そしてそのエレベーターガ、橋本千佳の証言によれば一階で止まっていたというじゃないカ!』

 静かに、けれども誰も口を出す事が出来ない状況です。果たして、いかにして篝さんは、安西を殺したのか。

『タバコを吸っていたというが、それを証明する事が篝七は出来ないのだヨ? さらに、ダ。アノ時間アノ場所デ、一階にいたのハ、篝七、一人だけなのだヨ』

「それは……どういうことですか?」

『簡単であっけなくてつまらないことサ! 橋本千佳は安西に会う為に一階で篝七と別れタ。その時、橋本千佳の証言では誰も一階にいなかっタ。誰、一人モ。ゴールデンウィークだかラ、人がいなかったんだろうネ。そしテ、篝七はある意味証言していル。もし不審な人物を見かけていたラ、彼女は話すだろウ? 話さなきゃおかしイ。なのニ、彼女は何も言わないネ? 彼女の他に誰か一人でも一階に人がいたというのなラ、彼女は言わなくてはならないのニ。言わないという事ハ、それは誰も来なかっタ。いなかったという事ダ。篝七一人だけガ、アノ場に居たト、言っているのだヨ?』

 一階には誰もいなかった。一階で出会う、安西さんの死体か、死体前の安西さんと。そして、唯一会える可能性があるのが、篝さん。これは、なんて、なんて酷い。どうしてそんな理由で、篝さんが犯人に仕立て上げられなきゃいけないのでしょう。こんな下らない、馬鹿げた、推理とも呼べない決め付けで。

「兎警部、先ほどから貴方の推理を聞いていますが、ただの決め付けにしか聞こえません」

『ハハハ! 推理なんてそんなモノだろウ?』

 嗤って、言いました。楽しそうに、愉快そうに、嗤いながら。

すべての、世界に存在する愛すべきミステリー小説をバカにするように。

「あ、なたは……っ!」

『でもまあ、確かにネ? だからちゃんと、動機も用意したヨ!』

 まさか、動機が、あるのでしょうか。それは、一体どんな……。

『篝七と安西は、ニ、三日前に口論しているところを目撃されていル』

「こう……論?」

『そウ、そしてその理由が……』

 兎警部は、また、嗤って言いました。愉快そうに、楽しそうに。

『篝七の友人であル、締沢貴美枝についてダ』

「……篝さんと、締沢さんは、知り合いだったんですね」

『君達では調べるのが難しかったかもしれないガ、これが警察の組織力というやつだヨ。口論についてだっテ、小説のように都合よク、君達の耳には入らなイ。解るかネ? これが現実だヨ。ふふフ、警察手帳見せるだけでどんな店でも簡単に入れるからネ!』

「貴方から警察手帳を取り上げなくては駄目だと思います。それでその組織力で、どんな事が解ったのですか?」

『簡単な事でネ! なんと二人は高校が同じだったのだヨ!』

 高校が同じ、ですか。しかしそれは、言うほどの太い繋がりでは、ありません。

その程度の関係、探そうと思えばどこでも見つけられる。殺人事件の犯人にするには、脆すぎる糸。

「他に、何か接点はあるのでしょうか? いささか決定力に欠けると思われますが」

『クラス、部活は違うみたいだヨ? 篝七は部活もやってなかったみたいだネ。まあ締沢は美術部だったみたいだけド、他に二人の接点はないかナ? だけどしかしけれド、例え細い糸だとしてモ、決定力に欠けるとしてモ、二人ハ、繋がっタ』

 それは、そうです。そうかもしれませんが、しかし。本当に二人は繋がっているのでしょうか。口論。安西さんと篝さんが口論し、その内容が締沢さん……これは、事件との繋がりなのでしょうか?

「具体的には、どんな口論だったのですか? というか誰がそれを?」

『口論を聞いたのは学生係という、大学の事務員さんだネ! 安西に言伝をする為に研究室へ行ったらしいんだけド、そこでたまたま篝七と安西が口論をしている所を目撃しタ!』

 学生係……それは、私が安西先生の場所を尋ねた、あのお姉さんのことでしょうか?

『口論の内容はやはり締沢関係だったみたいだネ! さすがに詳しい内容までは聞き取れなかったみたいだガ、断片的な言葉を覚えていてネ!』

 その言葉とは、なんでしょう。恐らく、その言葉がこのおかしな兎警部が篝さんを犯人だと思わせる根拠になった、その言葉とは。

『彼等はこんな事を言っていたらしいヨ?』

 兎警部は、そこで一呼吸置き、ゆっくりと、言いました。


『 「あんた締沢を何処へやった」 』

『 「私はあの日、締沢と約束してたんだ。あんたと会った、その後に会うと」 』


 兎警部は、言いました。しかし、それは、その証言では、逆に……。

「もし、本当に、それが本当なら……何故、どうして安西さんは、殺されたのでしょう」

 そう、またここで、おかしくなる。篝さんの発言を見るなら、篝さんはまだ疑いきれていない。どこにやったとは、人を殺したと疑いのある人間に対し発言する言葉じゃない。まだ生きている事を信じている人間に対する発言です。だから篝さんは、殺すわけにはいかない。安西さんが、本当に締沢さんを殺していたり監禁していたりとするなら、居場所を聞き出さなきゃ意味がない。どうして、安西さんは殺されたのか。殺される、相手がいないというのに。

 ……いや、まさか。

『気づいたかネ?』

 兎警部は、私が気づくのを待って、尋ねました。核心を持って。確信を持って。

『そう、何故安西は殺されたのカ? 確かに不思議ダ! 確かに解らなイ! でもしかシ! 本当ハ、最初の最初ハ、殺す側が安西だったのなラ、話は違ってくル』

 何故安西さんが殺されたのか。それをそのまま考えてしまっては、駄目だったのです。本当は安西さんが誰かを殺そうとして、逆に殺されたとするなら……。

『今日、サークルも部活も入っていないのに、何故篝七が大学に居たのカ? それは安西に呼び出されたからだヨ! そしてたまたま橋本と会イ、篝七は一階で安西を待っていタ。橋本には関係ないかラ、恐らく会うという事を伝えなかったんだろウ。そしテ、そこで安西ハ、篝七を殺そうとしタ』

「だけど」

 私が言葉の続きを、引き継ぎました。

「安西さんは、そこで逆に篝さんに殺されてしまった、ですね」

『そうだネ。篝七に最初から安西を殺すつもりがあったのかは解らないが……嘉川君、まだ重要参考人程度だけド、篝七を引っ張ってきてくれたまエ』

 嘉川刑事は、「はい!」と元気よく言うと、ニーニーの部屋から出て行きました。飛び出して行きました。

 たった一日での事件解決。さすが殺人事件の検挙率を自慢するだけのことはあります。まるでドラマのよう。兎警部が否定した、物語のようです。

 残されたのは私と深夜。何故あのタイミングで彼を出したのか、それは恐らく、これからの話に彼は必要ないという判断だからでしょう。そう、これからの話には。

『では灯夜坂嬢に彼氏君?』

 兎警部は、また語りだしました。全てを知っているかのように、物語を、淡々と。

『今度は、ニーニーちゃんについての話をしようカ?』


      ∴      ∵

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