#1 最悪の村と理不尽な宣告〜俺の怒りがカンストして『地下帝国』が解放された件〜
薄暗い小屋の天井から、はらはらと乾燥した土が落ちてくる。
きしむ薄い藁布団の上で目を覚ますたび、俺は自分の手が小さく、そして骨ばっていることを思い知らされる。
現代日本で社畜として働きづめになり、倒れるように寿命を迎えた俺が、この異世界に転生してから十数年。生まれ変わった先は、風が吹けば吹き飛ぶような辺境の貧困村だった。
木々は枯れ果て、土は痩せ衰え、乾いた風が吹き抜けるだけの荒野。それが俺の第二の故郷だった。
「アレン、起きてる……?」
錆びついた扉が小さな音を立てて開き、隙間から顔を覗かせたのは幼馴染のリリアだった。
ボロボロの麻袋を縫い合わせたような服を着て、手足は冷気で赤くひび割れている。手入れの行き届かないアッシュブロンドの髪は土埃をかぶっていたが、その隙間から覗くエメラルドグリーンの瞳だけは、濁り切ったこの村で唯一の宝物のように澄み渡っていた。
「リリア。……またそんな格好で。外は寒いだろ」
「ううん、平気。……それより、これ」
リリアは懐から大切そうに小さな包みを取り出した。
硬くなった布を解くと、中から出てきたのは親指の幅ほどしかない黒パンの切れ端だった。ライ麦の殻が混ざった、石のように硬くカビ臭い、この村の唯一の主食だ。
「今日の分の配給。アレンの分、少し少なかったでしょう? だから私の分、分けてあげる」
「バカ言え。お前、昨日もろくに食べてないだろ。これはお前が食えよ」
「私なら大丈夫! ほら、ちゃんとお腹いっぱい食べたから」
リリアは胸を張り、可愛らしくえっへん、と笑ってみせる。
――ぐうぅぅ。
だが、その健気な言葉をあざ笑うかのように、彼女の小さな腹が小さく悲鳴を上げた。
リリアは「あう……」と両手で腹を押さえ、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
「……嘘つくなよ」
「う、嘘じゃないもん……ただ、胃袋さんが勝手に……」
消え入るような声で弁明するリリアを見て、俺は胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
この村がここまで貧しいのは、土地が不毛だからだけではない。
元凶は、この国を統治する悪逆王――カルロス三世の狂気的な搾取にあった。
王都の贅沢な暮らしを維持するため、辺境の村々には毎年、生き地獄のような重税が課される。まともな農作物が実らない村から、種モミすらも奪い去っていく。生き延びるために皮を剥ぎ、雑草を煮て食うような生活を強いられているのだ。
俺は黒パンをきっちり半分に割り、片方をリリアの小さな手の中に押し付けた。
「半分こだ。いいから食え。お前が倒れたら、俺が困る」
「……うん。ありがとう、アレン」
二人ががちがちに硬いパンを少しずつ噛み砕いていた、その時だった。
どすどす、と地面を激しく揺らす複数の馬蹄の音が、村の静寂を暴力的に踏みにじった。
同時に、外から村人たちの悲鳴と、甲高い鞭の音が響き渡る。
「出ろ! 出ねえか、このドブネズミどもが!」
俺とリリアは顔を見合わせ、慌てて小屋を飛び出した。
村の中央広場には、肥え太った馬に乗った男が、下劣な笑みを浮かべて見下ろしていた。
男の名はガーリック。王都から派遣されてきた徴税官だ。派手な刺繍が施された高級な革鎧を纏い、腰にはギラギラと光る装飾剣を下げている。その周囲を、重装備を固めた十数人の王国兵が取り囲んでいた。
地面には、頭から血を流した村長が這いつくばっていた。
「徴税官様、どうか……どうかお許しを! 今年の収穫は去年の半分もございません! これ以上納めては、村人が全員、冬を越せずに餓死してしまいます!」
「知ったことか老いぼれ!」
ガーリックは容赦なく鞭を振るい、村長の背中を強打した。激しい打撃音が響き、村長が呻き声を上げる。
「王の慈悲により、貴様らのような底辺に土地を貸してやっているのだぞ! 今年の税は、例年の【10倍】だ!」
「じゅ、10倍……!? そんな、そんな無茶な! 払えるはずがございません!」
「払えなければ死ね! ……と言いたいところだがなあ」
ガーリックは嫌らしい笑みを浮かべると、集まっていた村人たちを品定めするように見回した。
そして、俺の隣で怯え、身を縮めていたリリアにその不快な視線が留まる。
「ほう……泥にまみれてはいるが、磨けばいい芽が出そうだ。おい、その娘を出せ」
「なっ……!?」
俺は咄嗟にリリアを背中に隠したが、ガーリックの配下の兵士たちが押し寄せてきた。
「金が払えんのなら、人身売買で補当するまでよ。その娘を王都の娼館に売り払えば、まあ、今年の税の『利息』くらいにはなるだろうて」
「やめろ! リリアに触るな!」
俺は押し寄せる兵士の胸甲に体当たりしたが、鍛え上げられた大男にはかすりもせず、逆に冷酷な蹴りを腹に叩き込まれた。
「ガハッ……!?」
激しい衝撃と激痛で膝をつき、泥の中に倒れ込む。
「アレン!」
リリアの悲鳴。冷たい鉄の甲冑を着た兵士の手が、容赦なくリリアの細い腕を掴み上げた。
「嫌……放して! アレン、助けて!」
「待て……放せ……!」
泥を噛みながら立ち上がろうとする俺に、兵士のブーツが容赦なく踏みつけられる。頭を地面に押し付けられ、視界が赤く染まる。
「ヒヒッ、往生際の悪いガキだ。娘、諦めろ。お前の村の連中が能無しなのが悪いのだ」
ガーリックが吐き捨てるように笑う。
リリアは必死に暴れていたが、やがて抵抗をやめた。
腕を掴まれたまま、涙でボロボロになった顔で、俺を見つめてくる。
その瞳にあったのは、絶望ではなく――諦めと、俺に対する深い愛おしさだった。
「……いいよ、アレン」
リリアは、震える唇で静かに微笑んだ。
「私がいけば……みんなが、助かるんだよね? アレンが、生きていられるんだよね……?」
「何を……言ってるんだリリア! やめろ! そんなの納得できるわけがないだろ!」
「今まで、ありがとう……私、アレンの幼馴染になれて、すごく幸せだったよ」
涙をぽろぽろとこぼしながら、健気に笑ってみせるリリア。
自分の命も、未来も、尊厳もすべてを投げ打って、俺たちを、この地獄のような村を守ろうとしている。
不条理だ。
狂っている。
真面目に生き、ただ静かに暮らしたいだけの人間が踏みにじられ、肥え太った悪党が笑う。
悪逆王カルロス。そしてその威を借るこの目の前の豚ども。
なぜ、俺たちが奪われ続けなければならない?
なぜ、こんな優しい少女が悲しまなければならない?
(許さない……絶対に、許さない……!!)
俺の胸の底から、ドス黒い怒りが噴き出した。
理性を焼き切るほどの怒気。心臓が早鐘を打ち、全身の血液が沸騰する。
この理不尽な世界そのものを破壊してやりたいという怒りが、限界を超えてカンストした――その瞬間だった。
《――ピコン》
脳内に、現代のシステム音のような、透き通った澄んだ金属音が響いた。
《基準値を大幅に超過する『理不尽・不当搾取』を検知しました》
《被害規模、および精神的苦痛度数を算出中……》
《対象:悪逆王カルロス三世による国家規律を逸脱した不当搾取、および人道違反》
《算出完了――理不尽度数:測定不能(極大)》
《被害総額を【カルマポイント】に即時変換します。初回覚醒ボーナスを適用》
《獲得ポイント:10,000,000 pt》
(……は……?)
目の前に、青く光る半透明のシステムウィンドウが浮かび上がった。
兵士やガーリックには見えていないらしい。
『カルマポイントショップ』
・地下空間拡張(レベル1):100,000 pt
・全自動錬金プラント:500,000 pt
・拠点防衛ユニット【不可視のゴーレム】:50,000 pt
・現代インフラパッケージ:1,000,000 pt
……
頭の中に、一瞬でこの能力の使い方が流れ込んでくる。
俺たちから奪われた理不尽な負担、王国の不当な圧政。その『理不尽の重さ』がすべて、俺の拠点経営システムを動かす無制限に近いエネルギー――【カルマポイント】へと変換されたのだ。
(1000万ポイント……!?)
目の前のメニューを見つめ、俺の口角が自然と吊り上がっていくのを感じた。
悪逆王が俺たちを痛めつければ痛めつけるほど、俺には無制限の発展資金が舞い込んでくる。
理不尽な要求? 重税? 奴隷の要求?
結構だ。お前らが俺たちから奪おうとすればするほど、俺の『裏アカウント』には天文学的なポイントが蓄積されていくんだからな。
「おい、何をニヤついてやがる気味の悪いガキだ。そのまま足でも舐めていろ」
兵士が唾を吐きかけようとした。
(購入――【不可視の防衛ゴーレム】×2!)
《50,000 pt×2を消費しました。自律防衛ユニット『光学迷彩ゴーレム』を召喚します》
次の瞬間。
ドガァンッ!!
何もない空間から突如として激しい衝撃波が弾け飛んだ。
リリアの腕を掴んでいた兵士の手首が、目に見えない『何か』によって凄まじい力で捻じ曲げられる。
「ギャアアアアアッ!?」
メキメキと骨の折れる凄惨な音が響き、兵士の巨体が空中で一回転して地面に叩きつけられた。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
ガーリックが悲鳴を上げ、馬の上で狼狽する。
他の兵士たちが一斉に剣を抜こうとしたが、遅い。
ドカッ! ズドンッ!
空間が歪むたび、甲冑を着た兵士たちが次々と吹っ飛ばされ、血を吐いて倒れていく。
読めない間合い、見えない打撃。重装歩兵の頑丈な鉄の胸甲が、まるで空き缶のようにべこべこと凹んでいく。ほんの数秒前まで威張り散らしていた兵士たちが、あっという間に全滅し、絶叫しながら地面でのたうち回っていた。
「ひ、ひいいいっ!? 妖術か!? 呪いか!?」
顔面を蒼白にしたガーリックが、震える手で手綱を握り直し、逃げ出そうとする。
「行かせるかよ」
俺は泥を払い、ゆっくりと立ち上がった。
不可視のゴーレムに命じ、ガーリックの乗る馬の脚をすくわせる。
「ぶひゃんっ!?」
馬ごと横転したガーリックは、泥みずの中に顔面から突っ込み、もがき苦しんだ。
俺は一歩一歩、怯えるガーリックの元へと歩み寄る。
「あ、あ、お前……何をした……! 王国に対する反逆だぞ! タダで済むと思うなよ!」
「反逆? 滅相もない。俺たちはただの『貧しい村人』ですよ、徴税官様」
俺は冷ややかな笑みを浮かべ、胸倉を掴んで引きずり起こした。
「おい……リリア、大丈夫か?」
「あ、アレン……? これ、一体なにが……」
腰を抜かしていたリリアが、信じられないものを見る目で俺と、周囲で転がっている兵士たち交互に見つめている。
俺はリリアの元へ歩み寄り、泥で汚れた彼女の小さな手を、しっかりと握り返した。
「大丈夫だ、リリア。もう誰もお前を連れて行かせない。……絶対にだ」
握りしめたリリアの手はまだ震えていたが、俺の言葉を聞くと、安心したように大きな涙をボロボロとこぼした。
「アレン……っ、アレン……!」
にしがみついてくるリリアの頭を優しく撫でながら、俺は足元で震えるガーリックを見下ろした。
「おい、徴税官。今日のところは命だけは助けてやる。王都に帰って、クソみたいな王様に伝えてこい」
俺はガーリックの耳元に顔を近づけ、心底楽しそうに囁いた。
「『もっと厳しい要求を待ってます』ってな」
「ひっ……ヒイィィィッ!」
ガーリックは腰を抜かしたまま、這いつくばって逃げ出していった。倒れていた兵士たちも、這うようにしてその後を追っていく。
広場に残された村人たちは、何が起きたのか理解できず、口を開けて呆然としていた。
リリアを守り切った。
そして、手に入れた1000万という途方もないカルマポイント。
俺はリリアの手を引いたまま、村の端にある干からびた古井戸へと向かった。
ここが、俺の――いや、俺たちの本当の『王国』の入り口になる。
表向きは、悪逆王に虐げられる哀れで貧しい最果ての村。
だがその地下には、王国中の財と技術を凌駕する、絶対不可侵の巨大帝国を築いてやる。
「さあて……まずはリリアに、温かいスープとふかふかのベッドを用意してあげますか」
俺の本当の反撃が、今ここから始まった。




