17.悲運の男
「……ふぅ。今日の予定は、午前中に文官会議、
午後は王女様の魔力安定訓練、夕方は王妃様の茶会補佐……」
アインは手帳を片手に、静かに歩いていた。
その足取りは軽やかだが、目の下にはうっすらクマ。
「……昨夜の書類、また漂白されてましたね……」
彼の腕には、真っ白になった報告書の束。
「メイ様の魔力暴走、今月で七回目……」
ふと、廊下の先から声が聞こえてくる。
「イチ、ニー、ちょっといいか?」
「えー、また? 今度は何の報告書?」
「“王妃様の庭園整備計画”です。
昨日の午後、メイ様がくしゃみをされて……」
「うわー、また真っ白?」
「はい。しかも、花壇の図面まで……」
「……アイン兄さん、がんばって……」
「ありがとうございます。がんばります……」
「ジーク殿、メイ様の訓練の付き添い、
本当にありがとうございます。」
「いえ、俺はただ……」
「いえ、あなたがいないと、
訓練場が“真っ白な世界”になりますので。」
「……そんなに?」
「ええ。昨日は訓練用の木剣が全部、白くなりました。
“どれが誰のかわからない”と騎士団が大混乱でした。」
「……すみません。」
「いえ、ジーク殿が悪いわけでは……
むしろ、なぜあなたがいると安定するのか……」
「……さあ……」
アインは手帳に「ジーク殿=魔力安定剤(仮)」とメモを取った。
「ナナ様、そこは立ち入り禁止です!」
「えー、ちょっとだけ! イチとニーの勤務表、見たいだけ!」
「それは個人情報です! やめてください!」
「じゃあ、アインくんが教えてくれたら入らない」
「それはそれで問題です!」
「けち~!」
ナナ姉が不貞腐れて去っていくのを見届けてから、
アインはそっと壁にもたれかかった。
「……一日が、長い……」
アインは、静まり返った廊下を歩いていた。
手には、ようやく完成した報告書の控え。
「……これで、明日の朝は大丈夫……」
そのとき――
「……くしゅんっ!」
ふわり。
魔力の風が吹き抜け、アインの手の中の書類が――
真っ白になった。
「……あ。」
長いアインの一日はまだ終わらない。
次の日のアインのクマは昨日以上になっていた。




