32.犬だったら嬉ションしていたかもしれない
月日が経つのは早いもので、ダンジョン生活は2年が過ぎました(小声
「1年前は五十層に挑戦してた頃だね」
「あ~、もうそんなに前かぁ。四十一層からダンジョンの雰囲気が変わったから期待したんだよね~」
「確かに。罠だらけの階層とか迷路みたいな階層とかあったから、追い込み感?で終わりが近いって思っちゃったし」
「罠も迷路もリューちゃんの『眼』で問題無く突破できたけどね。…もうアレ、途中からアトラクションにしか思えなかったもん」
「オーちゃんも楽しんでなかった?」
「…否定出来ない!」
(あたしも楽しんでたわよ! レイス…だっけ? 半分透明なお化けはもう見たくないけど)
「あはは、倒せても苦手なものは苦手だもんね」
「私は若干虫に慣れた気がするかな? 倒す事に関してはだけど」
「それもそれで十分な成長だよ」
リラックスした様子で会話が弾む。桜華とリュートは、お互いの事をオーちゃんリューちゃんと呼び合う仲となっている。
時間の経過はスマホがあるので分かる事。誤差はそれほど生じていないだろう。
スマホの中には、2年の間に撮り溜めた写真や動画、サンプリングとして録った音等が多く保存されている。バックアップもばっちりだ。
サンプリングを録るに至った経緯は、まぁ…リュートの音痴が発覚したのが始まりだった。ふと鼻歌を歌った時に自分で聞いておかしいと気付き、修正しようにもなかなか上手くいかなかった。
音痴ちゃうねんと証明したくなったリュートが、スマホに入っていた音楽を流しながら侑人として歌った時に緋雨が興味を持ち、そこから様々な音を記録する事となったのだ。
そんなスマホの待ち受け画面は相変わらず初恋の人である綾音とリカとのスリーショット。ページを横にスライドさせると、リュートと桜華と緋雨が写った画像が表示される。リュートが緋雨を持ち、桜華が持つ聖剣と鍔を合わせている画像だ。
(写真を見て改めて思うけど、リュートも女の桜華も全然成長しなかったわね)
「オーちゃんと侑人の場合は『CC』で作られた体だからね。怪我はするし、筋肉が増えたり減ったりって変化は多少あるけど、年齢を重ねるって感じの成長はしなくて、作り直しって感じになるんだよ」
「つまり私は、永遠の16歳」
「侑人は永遠の40歳…。それはともかく、私が成長しないのはどうなんだろうね? …成長以前に、産まれた時から体がこのサイズだった事も不思議だけど。…赤ん坊になりたいわけでもないけど」
「あはは。あの時は本当に驚いたよ」
「一番驚いたのは私だけどね? 初めて『人化』した時は小さな手を見て和んだし。自分の声が可愛くて悶えそうだったし。…長い髪がこそばゆかった事がなんだか懐かしいよ」
「分かる」
リュートの言葉に、『CC』した当時の事を重ねた桜華ちゃんだった。
「結局今の状態って私の種族が関係してるのかな…?」
「ん~、それが濃厚かもね? ご飯はいっぱい食べてたし、運動…という名の狩りは毎日のようにやってたし、成長はしててもよさそうなのにね」
「準備運動とか柔軟体操とかも欠かしてなかったしね。…規則正しい生活とは言えなかったけど」
「リューちゃん3日くらい平気で起きてたり出来るもんね。ドラゴンってそうなのかな?」
「あり得るかも。息を止めてられる時間も長かったりするのも、多分種族による特徴だと思うし」
(結局どれくらい息止められてたんだっけ?)
「試したのは8時間だったかな? 多分丸1日以上はいけそうな気はするね。確か四十八層の水中エリアで初めて気付いたんだっけ」
「あれは焦ったよ…、5分くらい経ってもリューちゃん浮いてこないんだもん」
「あはは…、底にあったスイッチ押しに行って宝箱見つけた時だね。改めて考えると、この体に呼吸が必要ないのか、長時間息を止めていられるだけなのか分かんないね。…慣れと言うか、無意識に呼吸しちゃうけど。一定の所からは息苦しさが微妙に続く感じだし。というより、息してないとなんか気持ち悪いんだよね」
「無理に止めておく必要もないし、そのままでいいんじゃない? 息は止められてても、声を出すのに呼吸…空気は必要なんだし」
(あたし覚えてるわ! 声を出す時は…空気が震えて音になってるのよね?)
「正解だよ緋雨、よく覚えてたね」
(うん!)
緋雨、やればできる子である。現代の日本語やマギ語もかなり覚え、九九も言えるようになっている。
ちなみに、桜華ちゃんとリュートは緋雨に触れていなくても会話が可能となった。緋雨が使える力の一つであり、その範囲は3m程度。距離が離れすぎると伝わらなくなる。
その力を使えるようにする為には、緋雨が2人の血を取り込む必要があった。桜華と侑人も含めて4人分である。
緋雨と遠隔で会話する為に血を与えられた時、緋雨が思い出したのはリュートを怒らせてしまった時の事だった。「苦労を知らなさそうな手だ、傷付けてやろうか」と言ってしまった緋雨に対して、リュートが本気で怒った事は今でも鮮明に覚えている。
謝り、和解もし、相棒となってはいたが、緋雨にはその時の事が心のトゲとして残ってしまっていた。
そのリュートが、傷付ける発言でキレていたリュートが、親バカなリュートが、緋雨の為に自身の親指を噛んで血を流し、与えてくれたのだ。
その時には、申し訳なさ、戸惑い、嬉しさ、様々な感情が緋雨に押し寄せた。簪が鳴りまくってしまっても仕方ない事だろう。もし緋雨が犬だったら嬉ションしていたかもしれない。…いえ、言い過ぎましたごめんなさい。
☆
「実験も沢山やったからね~。改良もやったけど、一番の成果はやっぱり『洗浄』かな」
「間違いないね。『洗浄』のお陰で生活水準かなり上がったし。逆に上がり過ぎたせいで水準落とせなくなったけど。…あと魔法陣が多い」
「一理あり過ぎる。…作った事に悔いはないけどね。お風呂を作るより消費MP多いけど、トイレの後とか毎回お世話になったし、何より普通にお風呂に入ったり洗濯するよりめっちゃ綺麗になるし」
「高コストだけど使うもんねあれは…。分類すると生活魔術みたいな扱いなのに、私達以外ほとんど使えないんじゃない?」
「…少なくとも、私が侑人として居た時代の人族が使おうとしても発動しないだろうね。霧がぶわっと出て…止まる…かな? コレを見て再現できたらだけど」
「その魔法陣じゃ全く読めないもんね。内容どころか属性も分かんないし。メモリーカード見て中身を把握する感じかな? 出来る人なんて持ち主しかいないでしょ」
「だね。…再現されたら驚くよ。中にはかなり危ない魔法陣もあるし」
「…未だに出番ないけどね」
「いいんだよ、出番なんて無い方が。安全に戦えてる証拠だし」
「まぁね。…その魔術もそうだけど、『洗浄』の難易度も魔術を越えて魔法って呼んでいいんじゃない?」
「ん~、魔法と呼ぶ定義が曖昧っていうのはあるけど、使ってる魔法陣自体は難しいものじゃないからさ。あくまで魔術…生活魔術って事で」
普段の生活に使えない生活魔術とはこれ如何に。
『眼』の力で『洗浄』を創造出来ないかとも考えたリュートだったが、『洗浄』として作った所で消費魔力は変わらない。使用する魔法陣も、…数は多くなってはいるが難しいものは1つも無い。
故に『洗浄』は使おうと思えば誰でも使える。…知識と技術力と適性とMPがあればだが。
ちなみに、危ない魔法陣とやらの出所は桜華である。魔族との戦争で開発された魔術には様々な物があった。隕石を降らせる、広範囲を凍りつかせる、大地を割るといったもの等だ。
禁術とでも呼べそうなそれらは、生態系どころかマギカネリアという星自体にダメージを与えかねないだろう。
それらは魔術を越えた…魔法と呼ばれる現象に分類される。魔法を一般的な人族が使えるレベルに落としたものを魔術と呼ぶ。魔術の使用で浮かぶ陣を魔術陣ではなく魔法陣と呼ぶのはここからきている。
そんな物騒な魔法を生み出したのは、700年前に賢者と呼ばれていた人物である。
☆
「リューちゃんはダンジョンから出られたらどうする? まずは竜の谷?」
「…う~ん、出られた先の時代次第だけど、侑人の居た時代だったら…まずはお世話になったジャガーバルトに…かな? いざシルヴィアさんに会いに行くって思うと尻込みしちゃうっていうか…」
「そっか」
「可能性としては、オーちゃんがいた時代に出る説が濃厚だとは思ってるけどね。オーちゃんは?」
「そうだね~、私もいつの時代に出られるか次第だけど、ミルファリアさんの所に行きたい…かな?」
「人族への復讐とかもういいの?」
「ん~…、ん~~~! …最初はそういう気持ちもあったけどね? 勝手に人を呼んでおいて戦わせて、魔族側と協定を結ぶって時に裏切られて…何なの?って感じだったし。腫れ物を扱うみたいな対応も、今となっては分かるけどね? 暴走と言うか、暴発ですごい被害を出しちゃってた事を思い出したし」
「あ~…、あの時か…。私も過去を突きつけられた後の数日はやっぱり落ち込みっぱなしだったもん…」
「同じく。サージェンさんを目の前で消し飛ばした…あの時の事を思い出させられた時はさすがに辛かった。…って落ち込んでられないけどね」
「そうだね…、ある意味ではナイトメアが一番の難敵だったかもね」
(ないとめあ…大きな目のお化け?)
「そうそう、緋雨が私達を助けてくれた時だね」
(あたしを握ってたリュートの体を勝手に操っちゃったけどね?)
「そのお陰で助かったんだから文句なんてないよ。何の後遺症も無かったわけだし」
(あの後は2人共すごく落ち込んでたものね…。あたしだってリュートから聞いた昔の事を見させられてたら、どうなってたか分からないわ)
ナイトメア。
危険度ランク8のモンスターだが、その攻撃力は危険度ランク2相当のモンスター程度にしかない。悪夢を見せるという特殊能力だけで、オークキングに並ぶ危険度ランクとなっているのだ。
直接的な攻撃として影響を与えてくるものではないので、『状態異常耐性』スキルが殆ど働かなかった。レアで高ランクなモンスターなので侑人もまだミュリアルの授業で教わっておらず、桜華も初遭遇だった。
その為、悪夢に取り込まれてしまった。
自ら思い出すならばともかく、心の準備も無しに突き付けられるトラウマ。それは、最悪の妄想や実際に経験した過去の出来事を悪改変して対象に見せつけるという悪質な攻撃。
桜華は召喚された日の真実を突き付けられた。悪改変によって、殺してしまった騎士の恨みをぶつけられた。
リュートは産まれた日の事を思い出させられた。悪改変によって、リュートの心の声を聞いた。…罵りではなく、「生きたかった…」という未練を聞いた。
突然の悪夢に遭遇し、2人とも心が折れてしまった。呆然と…ただ殺されるのを待つだけ…。その最悪の状況を救ったのは緋雨だった。
緋雨がリュートの体を操る事でナイトメアを倒し、何度もリュートの名を呼ぶ事でリュートは正気に戻る事が出来た。
『状態異常無効』のスキルがパッシブの状態であったなら、ナイトメアに苦戦する事は無かったかもしれない。…逆に緋雨がリュートを操れず、詰んでいたかもしれない。デバフがかかるか試した時に『状態異常無効』を切りっ放しにしていた事で結果的に助かったのだ。運のいい少女である。
自分の名前を忘れた…と言うよりも存在意義を喪失しそうだったリュートへ、緋雨の(名前を忘れた時は、あたしが教えてあげるわ!)という約束が形を変えて果たされていた。
ギルド等にあるモンスター図鑑。そこに記載されているナイトメアの攻略方法は、自分を強く持てという…攻略方法とはとても呼べない根性論である。リュートと桜華がそんな情報を知っているわけも無かったが、偶然にもその方法でナイトメアにリベンジを果たしていた。
何故わざわざリベンジを?と聞かれれば、ドロップが良かった…最上級MPポーションを落とすからである。『インベントリ』の中には最上級MPポーションが30本以上入っている。
「「あんな悪夢を突き付けやがって…!」」という2人の怒りをぶつけにぶつけた結果とも言う。
更に、ナイトメア相手に『状態異常無効』をパッシブにした状態で挑み、検証も行った。
結果を言えば、切りっ放しにしていたのは正解だった。改めて、運のいい少女である。
☆
「こうして見ると、食事の幅も広がったね~。最初はオーク肉ばっかりだったし」
「あはは、出会った時の桜華くんだと採取も出来なかったから仕方ないよ。第六層に行くのも精神的に辛かっただろうし」
「まぁね~。塩が手に入って、牛肉…ミノタウロスの肉が手に入って、木の実や果物が増えて。調理器具も最初は揃えるのに時間かかったしね」
「だね…、新品なのに穴だらけの鍋とか歪んだ包丁とか。形にならなかった時だってあった事を思えば、成長したね~私」
「鍛冶道具を作ってからは成長が早かったもんね。炉も魔術で再現出来て、手作業で作る事で熟練度も上げて品質も上げて…」
「うろ覚えの作成だったけどね? モノクルと眼鏡は割と力作だったけど、作業に時間もかかるし音は大きいし。ダンジョン内でやる事じゃないよほんと…やってたの私だけど」
「ふふっ、でもそのお陰で今こうして美味しいご飯になってるからね。感謝してるよ」
「あはは、どういたしまして。目標は生活水準の向上じゃなくてダンジョンからの脱出だから、熟練度も最低限の確保だったけどね~」
「まぁ…フォークもお皿も歪んでたりもするからね。お皿はある意味…味があるとも言えるけど」
(ねぇねぇリュート? そろそろ焼けたんじゃない?)
「う~ん? 大丈夫そうだね。それじゃ余熱用に収納して…完成~!」
「…最強の時短だよね『インベントリ』って」
(やった~! リュート、早く早く!)
「ソースかけるから待ってね。…ソースももっと美味しく出来たらいいんだけど、何となくで作ってるだけでレシピが分からないし、材料も限られてるからなぁ…」
「ダンジョンでこれだけ出来るんだから十分過ぎるよ。私なんて半年オーク肉ばっかりだったんだよ?」
「…ステータス無かったら何かしら病気になってたかもね? それじゃ食べよっか!」
「そうだね、それじゃいくよ緋雨? せ~の、(誕生日おめでと~!)」
「ありがと~!「(いただきます!)」」
リュートが卵から産まれて2年、誕生日のお祝いが始まった。
緋雨が人化…したわけではない、相変わらずシャープな体(刀)のままだ。
ナイトメアとの戦闘時、緋雨がリュートの体を操った事で新たな発見があった。所持者との感覚の共有である。
リュートの体の主導権はリュートのまま、緋雨が感覚だけを共有させている状態。それによって緋雨は味覚を楽しむ事が可能となった。嗅覚や触覚も共有可能だ。
今日のご飯は緋雨のお気に入り、ハンバーグである。リュートと桜華にとっては野菜や果物を煮詰めただけのソースは物足りなさを感じるが、緋雨にとっては震えるほどの御馳走だった。初めてハンバーグを見た時は「はんばあぐ」と発音していたが、今ではちゃんと「ハンバーグ」と呼べている。それだけリスペクトしているのだろう。
ソースに使われた野菜や果物や調味料はダンジョンで採取したもの。ハンバーグのタネはオークキングとブラックミノタウロス…危険度ランク8と10の合い挽き肉だ。…贅沢な合い挽き肉である。




