21.きっとここは地獄
ちょっと暗めのお話です。
side:???
………
「兄上~! 今日はコマまわしをしてあそんでください!」
「いいよ、でもちゃんと父上と母上に外で遊んでくる事を言ってからだぞ」
「分かりました! 父上!母上! 兄上と外でコマまわしをしてまいります!」
「分かった、気をつけてな」
「夕餉の時間までには帰って来るのよ?」
「分かりました! 行ってまいります!」
………
「兄上!見て下さい! 母上にかんざしを付けていただきました!」
「おぉ、綺麗な簪じゃないか。簪を挿した■■も可愛いぞ」
「!? そ、そんな事を言われると、はずかしいです兄上…(チリン)」
「その簪の音も綺麗だな、まるで■■の為に拵えたようだ」
「~!?(チリンチリン)」
「ははっ、その簪の音がしていれば、■■がどこに居ても分かるな。だが、もう八つになったのだろう? もう少し落ち着かねばならんぞ?」
「!? ■■は落ち着いております!(チリンチリン)」
………
「先ほど我が家に参られていたのはお役人様ですか?」
「そうだよ。滅多に作られないが、父上の打つ刀は有名らしいからな。その刀を打ってくれという依頼だろう」
「とう…しょう…? と言うのですよね兄上!」
「お、よく知っているな。父上は刀匠として仕事をしていて、…最近は農具の修理の仕事ばかりだが、そのお陰で俺達がこうして暮らしていられるんだ。父上に感謝せねばな?」
「はい!」
………
「兄上! 今日は剣術に付き合ってください!」
「うん? 独楽回しや凧揚げじゃなくていいのか?」
「はい! ■■はもう十になりましたし、父上の子として、剣の扱いが上手くなりたいのです!」
「…そうか。稽古をする事に父上と母上は何と言っていた?」
「まだ伝えておりません。兄上に稽古をつけてもらって、その…驚かせようかと…」
「ははっ、分かったよ。と言っても、俺は強くはないぞ?」
「でしたら、■■が強くなって兄上を守ります!」
「…以前は落ち着いていると言っていたが、剣を振るっても淑やかにはなれんぞ?」
「うっ…、しとやかに強くなります!」
………
「■■には剣の才があったのだな」
「そう…なのですか?」
「あぁ、俺よりもきっと強くなるだろう」
「まことですか!?」
「しかし、あまり強すぎると嫁の貰い手が無くなるぞ?」
「む~…あ、その時は兄上が■■を嫁にしてください!」
「!? ッゲホッゲホ!」
………
「父上は、まだ刀を打っておられるのですか?」
「そうだな。…父上には他の者には真似出来ない、特別な力があるんだ。よく戦場跡などから武器を持ち帰って来る父上の姿を見ただろう?」
「はい、刀を打つ為の金が浮くと言っておられました」
「そうか、…そろそろ知っておいてもいいだろう。ただし、これは絶対に他の者に言ってはならない、約束できるか?」
「は、はい。約束します」
「父上にはな? 武器の強さを感じ取れる力があるのだ」
「武器の強さ…?」
「例えば…この木刀とこの木刀、どちらが強いか分かるか?」
「………分かりません、どちらも木刀ですし…。兄上には分かるのですか?」
「父上程ではないが、多少はな? もしその力が他の者に知られれば、法螺吹きと言われるかもしれない。または妖術使いと呼ばれるかもしれない。そうなれば、今までのように皆で暮らす事が出来なくなるだろう」
「!? 絶対に言いません!」
………
「「「明けましておめでとうございます」」」
「おめでとう。すまないな、鍛冶場に籠り切りで■■にも■■にも何もしてやれなくて…■■にも苦労をかける」
「大丈夫です父上、■■は俺が面倒を見ていますので」
「はい! 兄上にけ…沢山遊んでいただいております! あたし達の事は気にせずお仕事頑張って下さい!」
「そうか、…■■はいつの間に自分の事をあたしと呼ぶようになったのだ?」
「二月程前ですよ、あなた」
「そうだったのか、…気付いてやれず悪かったな」
「い、いえ! ■■は気にしておりません!」
「…ふはは、まだあたしは言い慣れていないようだな。どれ、最近何をして遊んでいたか父に教えてくれ」
「え…、父上、お仕事は…いいのですか?」
「年明けくらい休んでも問題は無い。それとも父と話はしたくないか?」
「!?いえ! とても嬉しいです!(チリン)」
「そうか。娘に嫌われたと思うと、父は泣いてしまうからな」
………
「母上はどうして父上と夫婦になったのですか?」
「うん? あの人と一緒になったのは私の一目惚れよ。昔私が野犬の群れに襲われていた所を助けてもらったの。当時のあの人には行く当てが無かったみたいで、この村で一緒に過ごせばいいと私が住まわせたの」
「そうなのですね!」
「昔は鍛冶の仕事をしていたと話を聞いて、ここに鍛冶も出来る家を構えて、農具を作ったり直したりして暮らしていたらあなた達が産まれたのよ。父上の事は好き?」
「もちろんです! でも…母上の事も好きです!」
「…そう、ありがとう■■」
………
「完成したぞ。皆には寂しい思いをさせたな」
「いえ、お疲れ様でした父上。完成おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
「ご苦労様でしたあなた。今回はそれほどの時間をかける仕事だったのですか?」
「そうだな…藩主様の使いとして来られた方も、御上からの命だったらしい。そうなれば俺が納得のいく…それ以上の物を作らねばならん。二年もかかってしまったが…お陰でそれだけの物が出来た」
「確かに今まで見た中で、一番…力と言うのでしょうか? 威圧感を感じます」
「まぁ、今の俺の限界だな。しかしこんな田舎村の端に居る俺の所に話を持って来るくらいだ。戦か見栄か…何に使われるのかは分からないが、もしかすると御門への献上品かもしれないな」
「!? そんな立派な仕事を任されていたのですね父上!」
「うぉっほん! …見栄を張っただけだ。まぁもしそうだとすれば、こんな村の端に住んでる俺なんかの所よりも高名な刀匠の所に話がいっていると思うが」
「あたしにとっては、父上が一番です!」
「…ふははは! そうかそうか、では一番と言ってくれた礼に、■■の為に一振り打ってやらねばならんな」
「ま、まことですかぁ!?(チリン)」
「修練を積んでいたようだしな?」
「!? ど、どうしてそれを…」
「俺は父だぞ? 分からいでか」
………
「俺は…、どこで間違ったんだ…。鍛冶師として弟子入りした時か、お前と出会って助けた時か、あの刀の仕事を受けた時か、…俺がこの世に生を受けた時か」
「───」
「「───」」
「そうだな、あの仕事の時だ。でなければお前達を…失う事は…無かったんだ…。くっ…うぅぅ、うあ˝あ˝あぁぁぁ!」
「───」
「「───」」
「…俺に異能の力が無ければ、仕事を頼まれる事もっ、お前達を…死なせる事もっ、無かったのに! ………この恨み、必ず晴らしてくれる…俺が鬼になろうともっ!」
「───」
「「───」」
「師の所を離れ、もう一生この力を使わないと誓ったんだがな…。こんな形でお前たちを使ってしまってすまない。だが、この腕ではもう復讐の為の剣どころか鎚も握れない。父の無念を…俺達家族の無念を、お前たちに晴らして欲しい」
「「───」」
「復讐などさせてすまない…───」
☆
ある日、父上が打ち終わった刀を持って藩主様の所へ出掛けられた。兄上とあたしに母上の事を頼むと言われ、あたしは元気良く返事をした。
兄上と剣の修練をしていると、五名のお役人様が家を訪ねていらっしゃった。…ううん、役人という皮を被った盗人が訪ねてきた。
母上は、父上が藩主様の所へ出掛けていると伝えた。「それは行き違いになってしまったようだ」と、役人が困ったような顔をして言っていたけど、…居ないものはしょうがないわよね? そもそも打った刀を受け取りに来たのだとしたら、父上との間でそう話が済んでいるはず…よね?
予定では父上は明後日頃に帰ってくる。
「何も無い家ですが、よろしければお泊まりになっていってください」
と母上が言っていたけど、役人はそれを断った。…のも束の間、本性を露にした。
家の戸の前にいたあたしと兄上はそれぞれ組み伏せられ、残った三人の役人が母上に詰め寄り、父上の打った刀を全て渡せと言ってきた。これが役人の仕事なわけがない。
もちろん母上は断った。すると役人は「ならば差し出したくなるようにするまでよ」と言いながら、母上に手を出そうとした。けど、その時の母上は…とても強そうに見えた。
「この身を辱めると言うのであれば、覚悟をなさいませ。あなた方が手を触れた瞬間、私は鬼になりましょう。あなた方のその命を…絶ってみせましょう」
そう言った母上に役人たちは尻込みし、その隙にあたしは着物の胸元へ入れていた短刀を取り出して、あたしを組み伏せていた男の足に突き刺した。
「ぐあぁ!?」と声をあげてあたしの上から転がり退いた役人、その首目掛けて短刀を突き刺した。
父上に頼まれたんだ、母上を守るって。約束したんだ、家族を守るって。
役人の首から引き抜いた短刀。血を流しながら苦しんで動かなくなった役人。
無我夢中だったあたしはその時、人を殺したんだとやっと理解した。
返り血を浴びたあたしはガタガタ震えていたくせに、短刀を握るその力はとても強かったみたいで、右手の指全部がミシミシと音を立てていた。
肩にそっと手を置かれ、隣を見ればあたしと同じ様に返り血を浴びた兄上がいた。するとあたしの中から入り過ぎていた力がふっと抜けた。手だけじゃなく、体中に力が入っていたみたいだった。兄上もあたしと同じ様に役人…盗人を殺していたみたい、さすが兄上。
兄上とは、父上が藩主様の所へ出掛けられてから沢山話をした。野犬が山から下りてきた時はどうするか、山賊がやってきた時はどうするか、誰かに襲われた時はどうするか。
「考えすぎだよ」と言う兄上を叱り、父上との約束を守る為の策をいくつも一緒に考えた。短刀を忍ばせていたのもその一つだった。
やっぱり兄上を叱って正解だった。策を考えておいて正解だった。そのお陰で盗人を倒す事が出来たから。そんな事を思い出してた。
…そんな事を考えている場合じゃなかったのに。
あたしの言った通りにして良かったでしょ? そんな得意気な、でも若干引き攣った顔をして兄上の方を見ていたあたしは、盗人の一人が近付いてくるのに気付くのが遅れた。そんなあたしを庇って…兄上の背が斬られた。
兄上の顔が苦痛に歪み、倒れていく姿はとてもゆるりとしたものに見えた。
家の奥からは、母上がこちらに駆け寄ってこようとしているのが見えた。
その母上の背後から、刀を振り下ろそうとしている盗人の姿が見えた。
あたしは止めさせようと手を伸ばしたけど、駆け寄ろうとしたけど、その刀は母上の背中を斬り付け…血を噴き出させた。
そこからは…正直あまり覚えていない。
覚えている事と言えば、右手に持った短刀をきつく握った事、兄上の短刀を左手に持って盗人に迫った事、左腕が折れても短刀を手放さなかった事、倒れたまま盗人を睨んでいた事、父上との約束を…守れなかった事。
それと…多分だけど、父上が…泣いていた事。
☆
あたしは、あたしが死んだ事を理解していた。何故、いつから、どうやって理解出来ていたのかは分からない。
(うん)
理解したのはずっと前かもしれないし、たった今かもしれない。思い出したのかもしれないし、誰かに教わったのかもしれない。
(うん)
でも、沢山の呪いの言葉や感情が渦巻くこの場所に、あたしが居た事は分かる。思い通りに体を動かす事は出来なくて、時々憎しみと哀しみが押し寄せて、怖くて苦しくて…真っ暗で周りは何も見えなかったけど、確かにあたしはあたしだった。
(うん)
きっとここは地獄。父上との約束を守れなかったあたしは、地獄へ落ちたんだ。
(違うよ?)
この憎しみと哀しみが延々と押し寄せてくる場所で、あたしは一人で…。あたし…、何してたっけ…。
(君の憎むべき相手はもういないよ)
あたしの…あたしの名前、何だったっけ。…って! さっきから何!? 誰よ!
(あ、聞こえてたんだ)
聞こえてたんだ、じゃないわよ! 何なのよあんた!? 幻聴かと思ったらしっかり聞こえてくるし! 何なの…あっ!閻魔大王ね!?
(閻魔って…。私は、君の味方だよ)
…へぇ? その私さんは、あたしに何をしてくれるの? 何も出来ないでしょ!
(………)
味方って言うなら何かしてみせなさいよ! あたしを兄上と母上と父上の所へ連れて行ってよ! あの場所へっ…帰してよ! …あたしを、あたしを…助けてよぉ…。
(分かった。でも私には、君を戻してあげる事は出来ない。けど、君の名前は教えてあげられる)
…え? あたしの…名前…。
(そう、君が父上と母上から貰った大事な名前。君の名前は───)




