9.記録
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侑人は無気力に30分程度過ごした。
それだけの時間が経てば明るさに目も慣れてくる。少々濡れていた体も乾く。
桜華の膝上で横たわる侑人の視界には、力無くだらんとしている手…人のものではない前足が見えていて、それが更に侑人を病ませていた。
(………、ステータス)
罪悪感に苛まれながらもステータスと念じてみると、目の前に半透明の薄い板が現れた。
(………、ARみたい)
念願だったステータスを得た喜びもなく、感想も淡泊だった。
レベル、HP、攻撃力や防御力といったものから、名前の表示やジョブまで様々な項目があり、ミュリアルの授業で習ったステータスの項目と一致した。
絶望の中にありながら、当時の授業が思い出される。
………
「モンスターを倒すと経験値が入る。経験値が入る時…他にもレベルが上がった時やジョブのスキルを得た時もだけど、天からの声が聞こえてそれを教えてくれる」
「なるほど、親切ですね天の声」
「(コク)…でも戦っている最中に声が聞こえると、気が散るから危ないって言う人もいる。ステータスを確認すればレベルもスキルも確認出来るんだから、天からの声は要らないって言う人もいる」
「あ~…確かにそういう人もいるでしょうねぇ」
「逆に天からの声を女神アナスタシアのお言葉だとか言って、崇めてる国もある。フルール聖国にはそういう人が多い」
「まぁ、誰の声なんだ?って言われたら、女神様の声と思っても不思議じゃないですもんね。ミュア師匠は天からの声はどう思ってるんです?」
「私は…どうだろう、あっても無くていいかな? 声が聞こえたら、「あ、そうなんだ」って思うし、無くてもステータスを見ればいいし」
「あはは…、でも重要なお知らせだったりしたら、聞き逃した時に困るんじゃないですか?」
「そんな時は、…(カリカリカリ)…ここ。このログっていう所から確認が出来る。ステータスのログを見れば、1,000行分くらいの情報が全部載ってるから問題無い。情報が多過ぎてほとんど見ないのが普通。…紙に書いて説明してるけど、本来ならステータスを可視化状態にすればユート先生にも見えるはずなんだけど…なんで見えないんだろ」
「…やっぱり、俺にステータスが無いせいですかね。魔法陣が見える理由はあれこれ考えましたけど」
「魔法陣として凝縮された魔力の可視化現象。やっぱりそれが一番可能性が高いかも?」
「ですね。ステータスの方は、魔力による現象じゃないから見れない…ってところですか。…いつも苦労かけてすみません」
「ううん、ユート先生にステータスが現れた時には絶対必要な知識だから。私は師匠だから教えるのは当たり前、分からなかったらいつでも聞いて」
「ありがとうございます。ミュア師匠に教えてもらえる俺は幸せ者ですよ」
「………(ムフ~♪)」
………
(あはは…、最悪な形でステータスを得ましたよ、ミュア師匠…)
侑人の心の中では乾いたような笑いが出たが、その表情はピクリとも動かなかった。
リュートだよと名前を与えた桜華は、一度小さく鳴き声を発して以来ぐったりとしている子竜を心配そうに撫でている。膝の上に乗せながら、呼吸による胸部の動きを見ながら、念の為と『ヒール』をかけながら。
侑人はステータスを可視状態にしていないので、桜華からすれば産まれたての子竜がただ力無くじっとしているように見えている。
卵を頼むとお願いしておきながら申し訳なさを感じないわけではない侑人だが、動く元気が全く湧かなかった。
(「いっそ転生で生まれ変わってたらワンチャンあったかなぁ」…そんな事を考えてたせいなのかな…)
そう考えたのはシルヴィアに助けられた日の前日だっただろうかと思い出す。
もし…転生した先の人物が見知らぬ誰かであれば、見知らぬ誰かの体を乗っ取ったのであれば、まだ割り切れていただろう。これほど罪悪感を抱く事は無かっただろう。
リュートとして生が続いてしまった事に、リュートのこれからを奪ってしまった事に、…シルヴィアの幸せそうな顔が頭に浮かぶ度に、侑人の心に絶望が押し寄せた。
絶望感が押し寄せては…何故か引いていく。
落ち着かされた頭の中で、本来あったはずの未来が映し出された。
シルヴィアがリュートを抱き、それを眺めている光景。
親子3人で食事をして、共に眠る光景。
ジャガーバルトの街へ帰る侑人を、リュートが泣いて引き留める光景。
高望みでもない、なんでもないはずの…本来あったかもしれないはずの光景。
思い描かれる光景に、…それが叶わなくなった現実に、再び絶望が押し寄せた。
押し寄せた絶望は…再び引いていった。
その繰り返しに侑人の精神は疲弊しきっていた。
☆
無気力にステータスを見ていた侑人は、ふとミュリアルの言葉を思い返した。
ステータスの呼び出しは声を出しても念じてでも表示される事、ステータスは手で操作可能な事、慣れれば思考だけでの操作も出来る事、天からの声は他の人には聞こえない事、天からの声が知らせない情報でもログに残るものがある事。
(ログ…、ログかぁ。見れるかな…)
思考だけでも操作が可能なステータス、その表示されたステータスの下部にはタッチパネルのようなボタンがある。獲得しているスキルを別ページで一覧表示させるボタンと、同じく別ページでログを表示させるボタンだ。
無気力にログのボタンを見つめ、(視線操作のキーボードみたい…)と意識しながらボタンを押すイメージすると、ステータスの前面にログのページが表示された。
(【状態異常耐性を発動】…あぁ、嫌な気持ちが引いてたのって、これのせいだったのか…)
(【レベルが上がりました】【レベルが上がりました】…そういえばこればっかりだったな…)
ログをスクロールしていくイメージをすると、表示されたログが下へとスクロールされていく。ログ画面には【レベルが上がりました】という報告ばかりが並んでいた。
(一番最初のログは…卵から孵化した報告だっけ…あった。【経験値1,738,052を獲得】、【統合処理………完了済み】、【種族・竜人種、新種族の誕生を確認、祝福を】、【生誕・白竜の祝福による卵からの孵化を確認】。………統合処理…完了済み?)
先頭まで辿ったログの一つに違和感を感じ、じっとその一文を見つめてみたが詳細が出るような事は無かった。
侑人が最初にその声を聞いた時には、最悪の想定をしていたので全て聞く余裕が無かった。ログとして見返して違和感を覚え、あまり頭が働かないままログを見つめていると、
(………、最初…じゃない、まだある?)
空白を挟んで、孵化するより前のログがスクロールによって表示された。
【全工程完了、祝福展開】
【…記録完了】
【…………………………、記録開始】
【行動再開………中断】
【反応…消失確認】
(消失…記録…、それにこれ………)
侑人が侑人として意識を取り戻す前に、ぼんやりとしながらも確かに聞いた女性の声。その声は祝福展開と言っていた、そう聞いたはずだと記憶の底から叩き起こした。
ぐったりしている場合ではない、絶望している場合ではない、そう思って気力を振り絞った。
聞いた覚えのない数行のログだったが、【記録完了】という項目だけ色が違う。それを見続けていると変化が現れた。
(【記録の再生を行いますか?】、記録の…再生…?)
その一文と共に、Y/Nという選択肢が表示され、恐る恐る視線でYを選択した。
すると記録が再生され───、
「キュイイイィィィ!」
「ど、どうした!? どこか痛いのか? あぁ…どうしたらいいんだ…。大丈夫だぞ、ここは怖くないぞ」
「キュィ! キュイイイィィィ!」
侑人は大きく鳴き声をあげた。それは産声ではなく慟哭。子竜の目からは、ポロポロと大粒の涙がいくつも零れていた。
☆
side:???
【新規吸収確認、個体名中谷侑人】
【生体情報脆弱、廃棄開始】
【…廃棄中断】
【生体廃棄処理開始】
【…廃棄中断】
「だめ、だめ、たすけて…」
………
【生体分離ノ申請、処分ニ該当…中断】
【権限譲渡ノ申請、確認、受理】
【本体危険度確認】
【危険度特大、非推奨】
「いい、はじめる」
………
【試験実行…失敗、損傷修復開始…成功、再実行】
「なおった、もういっかい」
………
【試験完了】
【最終確認…了承、権限譲渡開始】
【………………完了】
【統合開始…完了】
「できた、あったかい…」
【反応…消失確認】
【行動再開──】
☆
たすけられたかな?
おこられるかな?
わからない…
でもたぶんだいじょーぶ
おねがいちゃんとできた
おかーさんのおねがい
とってもあったかくて
あったかいがはんぶんになって
あかいのはいやで
あったかいがなくなって…
…いっしょがいい
でも…いっしょがつめたい
…あったかいがいい
ずっと…あったかいがいい
あたしがいないと
おかーさんないちゃうかな
でも、おねがいがんばったよ?
でも、もしないてたら…
おかーさんをたすけてあげて
おかーさんにも
あったかいをあげて
おねがいだよ?…おとーさん




