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【一旦完結】ジャガーバルト家の義妹  作者: もにーる
第五章 『生誕』編

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8.鳴き声


【■■■■■■、■■■■■■■】

【■■■■■■、■■■■】

【…■■■■】

【■■■■■■■■】

【…■■■■】

「─────」


 真っ暗な世界、眠っているような泥酔しているような曖昧な自我が大海に揺蕩(たゆた)い、そこにくぐもった音がかすかに響いている。

 それは水中で聞くアナウンスのような、または壁を隔てて聞くラジオのような、夢の中で聞くアラームのような、小さな音。確かに何かが聞こえているが、大海に揺蕩うナニカがその何かを理解する事は一切出来ていなかった。


【■■■■■■■、■■■■■…■■】

【■■■■■■■、■■、■■】

【■■■■■■■】

【■■■■■、■■■】

「─────」


 依然としてくぐもった音は響く。音が響いたからそれに気付いたのか、響き続けていた音にやっとナニカが気付けたのか、それすらも分からない。


【■■■■…■■、■■■■■■…■■、■■■】

「─────」


 ナニカは、くぐもった音が声のようだと感じられるようになった。が、何を伝えられているのか、そもそも伝えようとしているのかどうかも分からない。

 何かを考えているようで何も考えられず、自分という個を認識する事も出来ていない。声らしき音は、そんなナニカの道標なのだろうか。


【■■■■】

【■■■■…■■、■■■■■■】

【………………■■】

【■■■■…■■】

「─────」

【■■…■■■■】

【■■■■──】


 真っ暗な大海に揺蕩っていたナニカは、世界という輪郭を認識し始めた。声の内容は理解出来なかったが、鮮明に聞こえるようになり始めた。自分という曖昧な自我も、『俺』という土台が徐々に形成されていく。その土台に様々なモノが積み重なり続けていった。

 積み重なり終わるのにどれだけの時間がかかったか、また、その大きさも密度もどれほどか分からない。

 その積み重なったナニカに、圧縮された記憶がなだれ込む。真っ新なノートを活字で染めるように、スマホにアプリをインストールするように、何倍速にもなった映画をいくつも同時に見るように。

 俺だったはずの彼の自我が少しずつ戻って来る。


【■■■■■、■■■■】


 未だ意識が大海に揺蕩うナニカは、確かに女性らしき声を聞いた。



(……)


 深い深い眠りの中にいる感覚、そこで侑人という自我が徐々に形を取り戻してきていた。


(…………)


 うっすらとだが覚えている。くぐもって響いていたはずの女性の声は、いつの間にか聞こえなくなっている。声はどれだけの時間聞こえていたのか、1時間か1日か1年か…はたまた一瞬か。


(………、あれ…)


 中谷 侑人という個が意識を取り戻したが、その思考は高熱に浮かされた時のようにぼんやりとして定まってはいなかった。


(まっ…くら…、め…、あける…?)


 思考した内容を頭に理解させ、そこから動作に繋げるというゆっくりとした作業。あまりの暗さに目を閉じているのかと思い、瞼を開けようとしたが…どうにも上手く力が入らない。開けているのか閉じているのかの感覚もなく、瞬きさえ出来ている自信が無い。

 体も手足も感覚が無く、あるのは徐々に戻ってきた思考だけだった。


(あぁ…そっか、死んだんだっけ。体の感覚無いし、動かないけど、痛くもないや。暗いのも…どっちかと言えば暗い怖さより…なんだろ、母の胎内?揺り籠の中? ん~、回復ポッド…よりは羽毛布団? …どれでもいいけど、安心感とでもいうか。…死後の世界ってこんな感じで意識だけがあるんかな? 死んだら皆こうなんだろうか…)


 ゆっくりと強まってきた意識は、自身に起こった事と起こっている事を認識出来るまでになった。全身を包み込む気持ちよさを感じながら、ついでに余計な事も考えられるようになった。

 侑人が回復ポッドに入った事など一度も無い、そもそも漫画やゲームに出てきそうなイメージの…単なる妄想である。


(ここからどうなるんだろ。…考えた所で何にも見えないし動けないし、なるようにしかならないか。………ただ、死後の世界だとするなら、暗いより明るい場所の方がいいんじゃないかと思うんだが)


 侑人、暗闇に文句をつけ始めた。確かに暗いよりは明るい方が安心感は増すかもしれない。

 …そう考えるくらいしかやれる事がない、まぁ…ぶっちゃけ暇なのである。


(天国でも地獄でもなく、意識だけが浮かんで動けずに放置プレイ。…地獄かな? まぁ放置プレイなんて一部の人には需要…あってもなくてもいいけど。…割と思考って生きてた時そのまんまなんだな)


 体は相変わらず動かせ「ピクッ」(動いたああぁぁ!?)…動いた。

 動かせた気がしたのは手。握ったり開いたりというより、指先が数ミリ動かせたという認識だった。

 それをきっかけとするかのように、手から腕、つま先からふくらはぎ、肩から腰と、麻酔がかかったように感覚は鈍いが、動かせている気がする場所が増えていった。相変わらずなのは真っ暗な視界だけだった。


(えぇ~…。あ、もしかしたらあれか? 転生あるあるの「あなたは死んでしまいました」的な、「私は神です、スキルを授けましょう、異世界に転生してもらいます」的な。…既に異世界経験済みだった。だとしたら…、あれ?)


 多少混乱した後に侑人がテンプレ展開を妄想していると、異変に気付いた。なんとなく苦しさを感じ、まだ全然鈍くはあるが…体の感覚から危険信号がきていた。四方八方から壁が迫ってきている…押されている感覚がする、と。

 壁と表現するより、空間が縮んで窮屈さを感じ始めたといった感覚だ。


(壁…っぽいものがある。なんでいきなり縮んできた? …もしかして、潰されて終わるんだろうか)


 腕や足が壁に触れた気がする…程度の感覚。触れる事の出来る場所が増え、息苦しさも増してきた気がしていた。

 同時に、感覚の鈍さはあるが、体の動かせる力も増してきていた。壁に背中を付けて、両手を前に突き出して反対側の壁を押してみた。足でも同様に押してみた。


(全身に麻酔がかかったまま動いたらこんな感じかな…思い通りとは程遠いけど、多分押せてる。動いてる気はしないんだよなぁ。………あれ? もしかしてこれ…相当ヤバいんじゃね?)


 遅まきながら、やっと危機感を覚え始めた侑人。ただ、頭でそう考えはしていても、心は…不思議と落ち着いていた。


(何か…変な感じ。とりあえず…この壁っぽいの壊れんかな? 真っ暗で見えんけど、体の感覚は多少鈍さが取れてきたし…まだ全然違和感はあるけど、な~んか…息苦しいし? …そもそも俺息してたっけ? して………、分かんないや。声も出んし…死んでるしまぁいいか。とりあえず壁をどうにかしてみよ)


 生きていれば当然しているはずの呼吸。死んでいるのに呼吸は必要なのかと多少考え、まぁいいかと放置された。


(思いっきり蹴ってみるか。…もし蹴っちゃダメだったら神様っぽいのが止めに来るよね? …知らんけど。死んでからも冒険が続くとは思わんかった…なっ!おぉう!?)


 侑人がやったのは、足裏で蹴る…俗に言うケンカキックだった。ノロノロとした蹴りだったが、足裏で壁を蹴った感触と共に、侑人のいる空間の小さな揺れと背中側からの小さな衝撃を受けて驚いてしまったのだ。


(…動くんかい。空間の大きさは固定…なのか? じゃないと背中側から衝撃こないもんな。…いや、蹴った俺の方が反動で…って感じじゃ無かった…気がする。ん~、空間が繋がってて、蹴り破ったら自分の背中を蹴ったりして? …空間のループとか考えだすとキリがないか。そして止める神様っぽいのも現れない。…やってみるか~!)


 空元気を出して、背中を壁につけたまま、反対側の壁を蹴りまくる侑人。

 感覚の鈍かった体は随分いう事を聞くようになってきていた。…きてはいたが、足裏からの感触は何枚も靴下を履いているかのように鈍い。

 蹴るという動作を続けるうちに、どうにも安定せず…壁の方にも違和感を持った。手を背中側の壁に沿わせて動かしてみて、そこで初めて壁が立方体ではなく円形だと気付いた。


 蹴り疲れたら拳を握って殴った。握った手は厚めの手袋をしている感覚だった。衝撃を与える度に空間は揺れていたが、壁がダメージを受けているのか、そもそも壁が壊せるものなのかも分かっていない。そして…数発殴って、体のバランスが取れずに威力が出ない事に気付き、蹴りに戻した。

 壁を蹴っては殴り、また蹴ってを繰り返した。ノロノロとした動作だったが、その体感30分程度の間に300発以上を食らわせていた。


(何発目! だったっけ! 途中まで! 数えてて! やめちゃって! 分っかんねぇ!)


 侑人は何故かリズミカルに壁を蹴っていた。

 ちなみに数えるのは100を超えた辺りで辞めている。この壁の向こうに何があるんだろう、そういえばまだ声が出せないな、アタッ!アタッ!ホアタァ! 等と考え事をしたりふざけたりしていたら数が分からなくなったのだが…。

 最初に蹴って空間の揺れを感じ、攻撃を続けるうちに辞め時を見失い、他に状況を打破出来そうな案も浮かばなかった。位置をズラして側面を蹴ってみたり、先程のようにリズムに乗って蹴ってみたり、若干惰性で続けている雰囲気はある。

 息苦しいと感じた正体は分かっていないが、その息苦しさは一定のところから悪化しなくなっていた。…改善もしなかったが。


(いい加減そろそろ、進展してもいいんじゃないか…なっ! ………キタコレ)


 壁に一筋のひびが入り、真っ暗な空間に光が生まれた。とは言っても辺りを照らすほどではなく、罅がうっすら光って見える程度のものだ。ループの心配も無さそうである。

 たかが罅、されど罅。自身を囲む球体の先にやっと進展が生まれた。


(ぼやけてるけど光見える! 目開けてたんじゃん俺!)


 そこじゃないぞ侑人。



 罅に向かって殴る蹴るの暴行…攻撃をし、小さかった罅は大きさと線を増やしていた。

 その亀裂と化した壁の向こう側からは、確認できる光も多くなっていた。その光量は大した事は無かったが、真っ暗な空間にいた侑人からすれば眩し過ぎた。懐中電灯で顔を照らされるような感覚だろうか、薄目を開けて光の方向を確認するのが精一杯だ。

 窮屈な空間で殴る蹴…攻撃を続けた結果、亀裂は更に大きくなっていた。目を閉じていても瞼の上から明るさを感じられるほどだ。…明るすぎて薄目も開けていられないと言った方が正しいか。


 罅は亀裂に、


(眩し過ぎ…疲れた…あとちょっと…)


 亀裂は穴に、


(手が通った…壁薄かったのな…)


 そして穴は時折パキッと音を立てた。


(両手通った…パキパキ聞こえる…)


 空いた穴に両手を突っ込み、その穴を広げていく。疲労困憊ながら一心不乱に、ただただ壁の穴を広げていった。

 がんばれ、がんばれと、頭の中に声が響く。目を閉じているので手探りでの作業だった。が、その作業も終わりを迎える。


 手が通る程度だった穴は更に大きくなり、亀裂も歪ながら空間を一周している。いつ()()()()おかしくない状況だ。

 両手で穴を左右に広げると、パキパキとひび割れる音が増え、一際大きくパキャッ!と音が鳴った。左右に広げていた壁の抵抗が無くなり、侑人は光が満ちた世界に転げ落ち、


「…いらっしゃい、よく頑張ったね」


 大きな手のひらに体を支えられ、遥か頭上から声をかけられた。

 パキパキと鳴る音も認識できていたので耳は聞こえている。かけられたその言葉の意味も理解出来た。そしてその声は聞き覚えがあった。

 ひたすら無心に壁を割ろうとしていた時、がんばれ、がんばれと聞こえていた声と同じ。そして、死ぬ直前まで聞いていた同郷の青年の声と同じだった。


【生誕・白竜の祝福による卵からの孵化を確認】

【種族・竜人種、新種族の誕生を確認、祝福を】

【統合処理………完了済み】

【経験値1,738,052を獲得】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

     ・

     ・

     ・


 今度は別の声が侑人の頭の中に響いてきた。どこかで聞いた事があるような、朧気な記憶に残る事務的な女性の声。その声はレベルが上がったというお知らせを延々と続けている。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】………。


 長く続いたアナウンスが終わる。周りは静かになった。

 アナウンスの最中から、温かい何かが侑人の体を包んでいた。桜華の『ヒール』による温もりだ。…『ヒール』が効いているのだ。


 侑人はひたすら壁を攻撃する事に集中し、考えないようにしていた。


 途中からおかしい事には気付いていた。


 体が思い通りに動くようになるにつれて、手足の位置や短さ、握り拳を作った時の指先の感覚にも違和感を持っていた。


 壁に背をつけていた時、背中付近にも違和感を…コブのようなものを2つ感じた。


 真っ暗な空間が球体の理由を考えないように…空間から出る事だけに集中した。


 光に慣らせれば目も開けられただろうが、確認するのが怖かった。


 外に出てからは聞き覚えのある…二度と聞く事の無いはずだった声が聞こえ、その声の主であろう人物の大きな手に受け止められた。


 『ヒール』による温もりと、魔術が発動される時の力…魔力らしき力の感知も出来た。…出来てしまった。


 トドメ…と言っていいだろう。アナウンスから聞こえた【生誕・白竜の祝福】という言葉…疑う余地は無かった。


「………キュゥ」


 侑人が久しぶりに出した声は…言葉ではなく鳴き声だった。かろうじて開けた目には、覗き込んでいる男性らしき姿がぼんやり見えた。

 桜華は元気がなさそうに見えたその子に『ヒール』をかけていたが、やっと発した鳴き声を聞いてホッと安心し、話しかけた。


「おはよう、君の名前は───」


 真っ白な鱗、真っ白な尻尾、水色の瞳。産まれたてで…母親似の小さな白竜は、桜華によってリュートと名付けられた。


(………、もう疑いようがない。俺が…リュートの命を…奪ったんだ。俺が………リュートを殺した…)


 侑人として終わったはずの生が続く事への喜びなど無かった。産まれたばかりの小さな白竜は呆然とし、子殺しという絶望を与えられた。

 一体この何が祝福なのかと、認めたくない現実と自分自身を呪わずにはいられなかった。


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