21.オークション
昨夜1話投稿しています。ご注意ください。
米の入った麻袋を商談室へ置いたリュートは、再び1階に戻って買い物を続けていた。
フルポーションが割れる心配が無いと分かったアリステラは、安心してウィンの帰りを待てるようになっていた。
「炊飯器なんてあるわけないし、鍋…土鍋とかないかな」
「しゃもじ…は無いから木べらにしよっと。箸はさすがに自作するかな」
「…理想的な茶碗。なんで売ってるんだろ? すごいな、なんでもある」
「期待値が高まるなぁ…。ただ食べないのと、食べたくても食べられなかったのとじゃ違うもんなぁ…」
アリステラに教わった美容関係のアイテム、鍋や食器、調理器具など買い揃えていたら、軽く100,000リオル…金貨1枚相当に到達した。
侑人がミュリアルに家庭教師をしたり、ジャガーバルト領でクエストを受けて報酬を得てはいたが、マギカネリアで生活するための服を買ったり食事をしたりと、必要経費にある程度使っていたので貯金という程のお金はない。
今回の買い物に使うお金は、スタンピード時の報酬という形で得たものだ。
怪我人の治療、大量のモンスターの殲滅、オーガの討伐。その報酬として提示された金貨5枚…500,000リオルという報酬にひと悶着ありはしたが、リュートは受け取った。
ギルドマスターのニックからすれば金貨5枚でも少ないと思っていたが、最初にリュートが提示した金額からは大分増額した結果である。
他の冒険者への報酬、治療の相場、最上級のMPポーションの使用、戦闘の功績など。説明をされた末に、諸々加味してリュートが提示したのが金貨1枚だった。
リュートとして冒険者登録していない事や、回復魔術の種類としてはヒールしか使っていない事、最上級のMPポーションの在庫がまだまだある事…はこっそり告げ、なぜか貰う側のリュートによる報酬の値上げ阻止交渉と戦う事になったニックは、「一体俺は何を言い合っているんだ?」と我に返り、頭を下げて金貨5枚を受け取らせたのだった。
最上級のMPポーションだけでもオークションで金貨50枚で落札された過去がある。安く見積もっても金貨20枚はするだろうが、使わせてもらった事を理由に報酬額を上げようとしたニックに対して、「それなら市場に多く流して価格を下げる事も出来ますよ?」と、聞いた事の無い脅しをかけられた時は思わず謝ってしまった。
ともあれ、その報酬により懐はホカホカになっていた。…欲の無い少女である。
「フルッ!?フッもがっ!?」
そこへウィンの…奇声が聞こえてきた。仕入れを終えて戻ってきたようだ。
アリステラからフルポーションの話を聞いて驚いたウィンと、そのウィンの口を押えているアリステラという構図だ。
コントをしている2人の元へ、商品を抱えたリュートが向かった。
☆
「ま、間違いなくフルポーション…。まさか目にする機会があろうとは」
「そこまでの希少品でしたか」
「そうですね。この王国内では…50年程前でしょうか、王に献上された1本しか記録にないはずです」
米の入った麻袋を置いていた商談室へ戻ってきたリュート。そしてウィン…とアリステラ。
引継ぎを終えて仕事に戻ろうとしたアリステラを、ウィンが引き留めたのだ。
「…正直どう値段を付けていいやら迷っております。表にも裏にも記録がないので」
「裏…というと、闇オークションとかそういったものですか?」
「そうですね。裏の…闇オークションには参加はしませんが、情報収集は行っておりますので。全てを把握する事は出来ておりませんが、少なくともフルポーションが裏で流れれば耳にしているはずです」
「なるほど…。しかし、どうしましょうかねぇ」
「…どうしましょうかねぇ」
「………」
ウィンでさえ持て余す案件に、アリステラは内心ソワソワしながら成り行きを見守っていた。
「私が提示出来るのは王金貨1枚…といったところでしょうか」
「ではそれで」
「!? お、お待ちください! そんなに急いで決められなくても!」
思わず立ち上がってしまったウィンは、ふぅ~と息を吐き自分を落ち着かせながらソファーに座り直した。心臓に悪い少女である。
「もしお急ぎでお金が欲しいという事であれば、もちろん買い取らせていただきはしますが…」
「急いで…はないです。報…ぉ~お小遣いを貰ってますので」
スタンピードの報酬はお小遣いと名を変えたらしい。
「であるならば、オークションに出品されるのはいかがでしょうか?」
「そうですねぇ…。ジンさんには好きなようにしていいって言われてますが、…ウィンさんのオススメはオークションですか?」
「(…ジンくんに?)えぇ、金額を王金貨1枚と提示しておいてなんですが、その倍は値がつくのではないかと」
「そこまでですか。…私みたいな子どもが出品なんて出来るんです?」
「可能ですよ。乱暴な言い方をすれば、利益を無視して審査さえ通ったなら、子どもが拾った石でさえオークションにかけられます」
「あはは、想像すると楽しそうですねそれ」
ウィンに冗談を言える程度の心のゆとりが戻ってきたようだ。
「個人で出品される方ももちろんおられますが、商人が出品者とオークションとの間に入ったりもします」
「間に…、審査の手間を省いたりして手続きを円滑にする為ですかね」
「え、えぇ…その通りです。代理出品が可能な商人には、その許可証が国から発行されていますので、安心してご利用いただけるかと。その代わり、手数料を頂く事になりますが」
「王国からの許可証となれば、信頼は大きいですからね。こうして助言もしていただけますし」
「出品者とオークションの経営陣が揉める事もありますので…。思っていたより金額が上がらず、出品者が文句を言って口論になる事も珍しくありません。商人の仲介による手数料を渋る気持ちも分かりますがね」
「参加者の懐具合と求めている物かどうかっていう運もありますしね、オークションってそういうものでしょうし」
手数料を渋ってオークション経営陣と揉めてしまえば、目を付けられて今後に影響する。簡単に言えば、クレーマーの参加拒否だ。
「ウィンさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「なぜ私にオークションを勧めたんです?」
オークションに出せば王金貨2枚にはなる、それはウィン自身が言った事。言ってしまえば、王金貨1枚で買い取って王に献上するなり、自身の店で販売…またはウィン名義でオークションに出品する事も出来たはずだ。
リュートはそれをズルいとは思っていない。安く仕入れるのは商人にとって当たり前の事だと思っているし、オークションも値段が保証されるような確実なものではない。
「そうですね…、目先の利益を得る事は簡単です。もし先程の提示額で買い取って、私個人としてオークションに出品すれば…単純に倍の値段で売れたなら、およそ王金貨1枚の儲けです。大々的に宣伝して出品すれば、更に金額は上がるでしょう。それだけ私の儲けが大きくなりますし」
「て、店長…?」
明け透けな言葉に思わず声をかけてしまったアリステラだった。
「『利を得よ、信を得よ』、父によく言われた言葉です。利益を得る事は商売をするのに当然の事、信頼を得てお客様に店を育ててもらうのだと。一時の利益よりもリュート様の信頼を得て、当商店を育てていただきたいと思っておりますので」
「あはは、正直ですね。よく分かりました。でもウィンさん? 一つ訂正を」
「…なんでしょう」
「私は既に信頼していますよ? 魔石の買取の件も、美鈴さんのカバンの件もありましたしね。ウィンさんのお父様の言葉もとても素晴らしく思いました」
「ありがとうございます」
更に言えば、従業員の丁寧な対応、ジンに対してのサポートの話、信頼を得たいという腹を割った発言。10歳頃に見える少女に対してでも真剣に向き合うその人柄。
ウィンという人物に対して既に好感を持っていたリュートだった。
「では改めて、オークションへの出品とその仲介をお願いしてもいいですか?」
「えぇ、もちろんですとも! ご指名いただきありがとうございます」
その後、オークションについての説明や手数料、出品の日時の打ち合わせが始まった。
オークションは年に4回行われ、それぞれ1月、4月といった季節区切りの頭頃に開催される。今は8月で風の季節、日本で言えば秋の中旬である。
話し合いの結果、次回行われる10月頭のオークションは見送って、フルポーションが出品されるという噂を流し、新年のオークションに出品する事になった。
毎年新年のオークションが一番盛り上がりを見せる。新年の祝いという事で財布の紐も緩くなるためか、出品される品々も高価だったり希少な物が多い。そういう風習となっていた。
手数料に関しては、オークションの出品時に一時金として大銀貨1枚がかかり、商品が落札されるとその金額の10%がオークションの経営陣の収益となる。この10%に一時金が割り当てられる。
商品が150,000リオルで落札されたとすれば、10%である15,000リオルがオークション側の収益となるが、そこで出品時の一時金を割り当てて、残りの5,000リオルが差し引かれる事となる。
ちなみに、落札価格が100,000リオルを下回った場合は、手数料である一時金がそのままオークション側の収益となる。なので出品者は、落札価格が最低でも100,000リオルを超える商品を出品しなければ、少額とはいえ損となるのだ。
逆にオークション側が設けている収益の上限は500,000リオルである。
「仲介の手数料はどうされてるんですか?」
「当商店では基本的に2通りあります。商品を見て手数料を提示させていただくか、金貨3枚という上限付きで、オークションで付いた値の10%をいただいております。金額はどちらも仲介人の匙加減次第ですがね。しかし今回はモノがモノですので…。きっとオークションでの過去最高額を更新するでしょうが、かと言って最初から大金を手数料として頂いていいものかと…正直困っております」
「でも、楽しみですね?」
「はっはっはっ! そうですな、オークショニアの驚く顔が目に浮かびます」
過去最高額で落札された商品は、有名な画家の描いた人物画で金貨120枚…1,200万リオルの値が付いている。
今回フルポーションを出品すれば、ウィンの見立てで金貨200枚に届くかもしれない。
記録の更新というものは、それだけで話題になる。出品に関わった『ウィン商店』という名が出るだけでも、これからの利益に繋がっていくだろう。
「この仲介で…この商店経由でフルポーションを出品出来るだけで、私にとっては満足でもありますからな」
「それだと欲が無さすぎますよウィンさん。そうですねぇ…、ちょっと注文を付けてもいいです?」
「構いませんよ、どういったものでしょう?」
「出品する私の名前を出さない事と、あとオークションとは関係ないのですが…出来る限り多くのスパイスや調味料が欲しいので、その調達をお願いできませんか?」
「匿名での出品を希望される方もいらっしゃいますし、どちらも問題ありませんが…、スパイスや調味料は数ではなく種類ですね?」
「そうです、美味しいものが食べたいので。…あ~でも、虫といった…上級者向け?なものは遠慮します」
「はっはっはっ、分かりました。辛い実や酸っぱいタレなど、店に置いてはいませんが心当たりはいくつかありますからな」
「楽しみにしておきます。では注文を聞いてもらった事ですし、手数料はオークションで付いた値段の10%でお願いします。上限無しで」
「じょ………、すみません、聞き間違いですか? 上限無しで?」
「合ってますよ、上限無しの10%」
「ひぇ………」
「む、むぅ………」
わざわざ自分の取り分を減らすという聞いた事もない交渉に、それを見ていたアリステラは付いていけなくなった。
ウィンでさえ言葉を詰まらせた。商品の割引や買取価格の値上げに対しての交渉なら幾度となく経験があるが、なぜわざわざ損をする提案を自らするのか…と。
どんな裏があるのかと考え込んでしまっても仕方のない事だろう。
「そんなに深い考えじゃないですよ? 上限がなくなれば、その分ウィンさんの元に入るお金が増えますよね? それを商店の皆さんに還元してあげて下さい。これが最後の注文です」
「しかし、それではあまりにも…」
「私が損をする…ですか?」
「えぇ…」
ウィン、正直な男である。いくら10%と言っても、額が大きくなれば大金となる。
「まぁそうかもしれませんね。でも、もし仮にボーナスが出ると言われれば、商店の皆さんのやる気が出ると思いません?」
「…出るでしょうなぁ」
「オークション次第でボーナスが増えると思えば、どこからか流れてくるフルポーションの噂の質や量も変わってくると思いません?」
「…思いますなぁ」
「そして、オークションでの落札価格の大幅な更新…したくありません?」
「………(ゴクリ)」
思わず唾を飲み込んだウィン。
「もちろん嘘の情報を流したり強引な手を使うのは無しです。堂々と競ってもらいましょう」
「…本当によろしいので?」
「こちらから提案した事ですからね。出品者と仲介人というよりは、共犯…というと悪人っぽいから、戦友…盟友?として挑みましょう」
「…はっはっはっ! 面白い、未だかつてこのような交渉をされた事などありません! ぜひともよろしくお願いしますリュート様」
「こちらこそよろしくお願いします。たまにはこんな商売相手がいてもいいでしょう?」
「はっはっはっ…、なんとも言えませんなぁ…」
握手をしながら言葉を濁したウィンだった。何を言ってくるか分からない相手はさぞやり難いはずだ。
その後、フルポーションの鑑定結果の記録や噂を流す範囲や時期を決めて、フルポーションをウィンに預け、オークションに関する話し合いは終わった。
☆
「ではこれらの商品全部で、金貨2枚と大銀貨8枚になります。…本当に支払われるのですか?」
「もちろんですよ。オークションはオークション、買い物は買い物ですから」
「…リュート様の方こそ欲がありませんなぁ」
いくつかの商品をプレゼントしようとしたウィンだったが、きっぱりと断ったリュート。ノーと言える少女だった。…断る方向性は正しいのだろうか?
商談室にズラっと並んだ商品。米や調理器具やスパイス、アリステラに聞いた美容に関するアイテム、少々豪華な剣の鞘が2つ、他にも商品が数点…木刀もある。何に使う気なのだろうか。
鞘はスケルトンクイーンの剣を納める為の物である。その鞘を見繕ってもらう為にウィンに剣を見せたところ、鑑定の許可をとって性能を確認し、剣も出品しないかと提案したのだが、
「その剣からフルポーションとの関連性に気付く人も…いえ、間違いなく気付くと思うのでやめておきます。一攫千金の夢を見るのはともかく、死人が出るのも嫌ですし」
と言われて諦めた。
もちろん話を聞いたウィンとアリステラは関連性に気付くどころではない。剣の銘にもあるスケルトンクイーンがドロップするのだと知らされたようなものだ。
そして死人が出るいう言葉。目の前の少女がそんな強敵を倒したのだろうかと一瞬思いはしたウィンだったが、
(…そうか、ジン君が倒したのか)
と思い至った。交渉中にジンの名前も出ていた事を考え、★6ランクの高位冒険者であれば倒せるのだろう…と。…実際は違うのだが、真実が語られる事は無かった。
ジンが倒したとして、希少なポーションや剣をなぜリュートが持ってきたのかという疑問も浮かびはしたが、(それほど信頼しているのだろう)と勝手に推測して納得してしまっていた。
ともあれ、リュートは会計を済ませると、マジックバッグにみせかけた『インベントリ』へ商品を次々収納した。
…収納した後に、昨日得たスケルトンの魔石の換金をしてもらっていた。先日の魔石よりも大きめな2,000個の魔石に、ウィンもアリステラも言葉を無くしていた。
換金が無事に終わり、1階へ降りて挨拶を交わし、ウィンとアリステラに見送られながらリュートは家へと帰っていった。
☆
「すまないなアリステラ君。勉強に…参考になるかと思って居てもらったのだが、参考にするには特殊なケースだった」
「そう…ですね、商談の特殊なケースの参考にはなりました。それにあのサイズの魔石を何個持ってこられても、もう驚かないです」
「はっはっはっ! 私の方が彼女のペースに飲まれてしまっていたからね。その点では私も勉強になったよ」
「…不思議な方ですね、リュート様は」
「そうだね、なんと言うか…とても年相応には感じなかった。年上の人間と話している気さえした」
「ふふ、確かに。ジャガーバルト家は安泰でしょうね」
「信頼してもらったうちの商店も、だな。よし、細かな打ち合わせを始めよう。皆のボーナスの為にな?」
「はい! 頑張ります!」
この日の夜、閉店後の話し合いで従業員30名のやる気スイッチが押され、オークションに向けて団結力が高まった。




