9.止めないで、そいつ〇せない
本日2話目、ご注意ください。
引き続きミュリアル視点です。
side:ミュリアル
『この姿ですものね、え~と…』
その少女は私の後ろを付いてきていた生徒を見て驚いていた。直後には厳しい顔つきになり生徒を見つめた後、右手を生徒に向け、
「ちょ~っと眠っていてもらいましょうかねぇ?」
魔術を発動させていた。…魔法陣が見えなかった。魔力の発動も…感じた時には遅かった。生徒は虚ろな目になって、フラフラと揺れた後座り込んで…眠った?
確かに魔力を感じたから魔術だと思う…、でも系統は何? 闇系魔術の『スリープ』? 可能性は高いけど、あれは確か相手に触れて発動するはず…。
「何者? 私に用事があるの?」
警戒しながら生徒を守るように前に立つ。これでも一応学園の臨時講師みたいな立場だし、この生徒を守らなきゃいけない…不本意だけど。
「あ~…、そうですね。突然で失礼しました」
少女はこの生徒を眠らせた事を謝ってきた。何だろうこのちぐはぐな行動…。
「…目的は?」
「あはは、ミュ…リアルさんに会いに来たんです。…その生徒さんはお知り合いですか?」
少女は私の名前を呼ぶ時、ちょっと寂しそうな顔をしていた。
「一応でも講師と生徒、守る義務はあると思う。付きまとわれてるから迷惑してるけど」
「なるほど、その生徒さんの名前はご存知ですか?」
「…言われた気がするけど覚えてない」
「正直ですね。ちなみにその生徒さんの名前はギャバット・ヘルオン。あなたの弟子である侑人…さんが居なくなった原因を作った人ですよ」
「………、なに…え? …コロス」
こいつが原因…、こいつのせいでユート先生が? ギャバット・ヘルオン、ジャガーバルト領でユート先生とトラブルを起こした人物の名前が確かそいつ。
「物騒!? ストップストップ!」
自分自身を制御出来ない程の怒りが溢れてきた。守る義務とか言っていた事なんてどうでもいい。目の前で座って眠るギャバットが憎くてたまらない。
「…止めないで、そいつ殺せない」
「まさかリアルでそんな台詞聞くと思わなかった! それでも一旦ストップ! 『リラックス』!」
何故か教えてくれた少女に後ろから掴まれて止められてしまった。それでもギャバットに向けて魔法陣を発動さ───
「…落ち着きました?」
「うん、ちょっとだけ興奮してた…」
『リラックス』という言葉が聞こえた。聖系統の魔術も使えるってこと? 落ち着いたのは確かだけど。
…そうだ、この子の言う事が本当かどうかなんて分からない。あくまでこの子が言っただけ、確認もなく殺そうとするなんてやり過ぎだ。
でも、少女は確信を持った言い方をしてた。
「そいつが原因っていう証拠はあるの?」
「…物的証拠は無いですが、信じてもらえると思います。人の居ない所へ案内してもらえますか?」
「………分かった、付いてきて」
「ありがとうございます。…あ、ジンさん、少しの間その少年の事見ておいてもらえます? 当分目を覚まさないはずですけど」
…その少年? 言い方がおかしい…気のせい?
「了解したよ。何が起こっているのか正直追いつけてないけどね…」
「ですよね~…、後でちゃんと説明しますよ。友達ですもんね?」
「ははっ。そうだね、待ってるよ」
…高ランク冒険者のジンと友達? 本当に何者なんだろう。
☆
室内訓練場だと、広いし誰か来る可能性もあった。なので研究棟にある私の部屋へ案内した。
最初抱いていた警戒心はもう無い。雰囲気からでもなんとなく分かるから、最初は警戒してた。そして魔術を使った時に確信した、この少女は私よりも強い。
もし私に何かする気だったのなら、こんな手間は取らないだろう。友達と言っていた冒険者のジンも評判のいい人物だし…一部その周りが迷惑をかけてるらしいけど。
考え事をしながら部屋に着いた。中に招き入れ…散らかりっぱなしだった、後で片づけなきゃ。まぁ今はいいや。
「ここでいい? 誰も入っては来ないから」
「はい、では改めて…ただいま帰りました。こんな姿ですけど、侑人です」
「………?」
…ギャバットの事を話すと思っていたら、全然違った。この少女がユート先生?
何かの要因で縮ん…でも性別は変わらないよね、明らかに女の子だし。揶揄われてる? …いや、そんな雰囲気じゃないし。
「信じられないのも無理はないですけどね? 1つ魔術を使います」
「…うん」
どうやら本気で言っているらしい。魔術を使うと言ってたけど、しぃしぃという聞いた事もないものだった。
少女が光り始めて、光の輪郭が大きくなって、その光が弱───
「ぁ………」
『ただいまです、ミュア師匠。せっかくのプレゼント切れちゃいました、すみません』
「………」
目の前に現れたのは間違いなくユート先生だった。謝りながら切れてしまっているミサンガを見せてくれているけど、目の前の出来事に頭が追いつかなかった。
私は頭が真っ白になった。研究棟に籠ってやっていた魔術の組み換えも、全部消えてしまったみたいに真っ白だ。嬉しいのか怒っているのか、自分の感情さえ分からなくなった。
でも、私の足はユート先生に向かって進んでいた。ユート先生だけを見て一歩一歩勝手に進んでいた。
近付いていくとユート先生の匂いがした。
触れると温もりがあった。
腰に手を回して抱き着いた。
私の頭はユート先生の胸の位置で、心臓の鼓動が聞こえた。
ユート先生が、生きてた。
「…っぁぁあああぁぁぁ、あああぁぁぁ!!」
私の視界は勝手に出てきた涙で歪み、感情の制御なんて考えも浮かばず大声を出して泣いた。これほど泣いた事は今までなかった。ユート先生の腰に回した手に力が入る。もうどこにも行かせないように服をギュッと掴んで、泣き続けた。
会えたら何を言おう、何をしよう、あれこれ考えていたものは全部どうでもよくなった。頭の中で言葉が形にならず、ただただ抱き着いたまま泣いた。
ユート先生の片手が私の背中に回され、もう片方の手が頭を撫でてくれた。「心配かけました、ここにいますよ」と言われて、私の目から更に涙が零れた。
好きって…力が湧いて、すごく悲しくて、どうにも出来なくて、知ろうとするほど分からなくて、とても嬉しくて、心を揺さぶるものだった。
☆
「…落ち着きました?」
「うん、いっぱい泣かされた…」
「あはは…そうですね、弟子失格ですかね?」
「…戻ってきたから合格」
多分15分くらい泣いてた。あんなに泣いていた所を見られてしまった。恥ずかしい…ううん、とっても恥ずかしい…。そして、とっても嬉しい…。
まだ抱き着いたままの恰好でいる。この場所が、ユート先生の腕の中がこんなに幸せな気持ちになれる所だなんて知らなかった。
師匠だから、そう思っていた気持ちも嘘じゃないと思う。でもそれは、好きって気持ちのほんの一部分だったんだって今なら分かる。
「何があってこうなったか話さないといけませんけど、ラルフさん達にもまだあまり話してないんですよ。なのでジャガーバルト領に帰ってから皆に説明させて下さい」
「分かった。…なんで話さなかったの?」
「ミュア師匠だけ仲間外れになるの、イヤでしょう?」
「………別に? …ううん、やっぱりイヤ」
何故か強がって嘘言っちゃった。仲間外れにされたらイヤってユート先生が分かってくれてて、恥ずかしいような嬉しいような気持ち。
結局すぐ訂正しちゃったから変な返事になっちゃったけど…。
好きって…忙しい。
「それでさっきのギャバット君の件ですが、俺はあの日…何者かに襲われたんですよ。証拠という証拠はないので、襲われた本人の証言という形になりますが」
「(コクッ)私はユート先生を信じる」
「あはは、ありがとうございます。襲われて助けられて、でも結局死んじゃいました」
「…ミサンガの反応が無くなったから、そうかも知れないって思った。死なせちゃってごめんね?ユート先生…」
「ミュア師匠のせいじゃないですよ? こうして戻ってこれたのはミュア師匠のおかげですから。その死んだ後に転生…生まれ変わって女の子になっちゃいましたけどね」
「ん…、さっきの『しぃしぃ』?って魔術は、スキルの『変化』みたいなもの?」
「大体そんな感じです。どっちの姿も本物なんですけどね? 少女の姿がメインで、リュートという名前です。今は侑人の姿に入れ替わり中って感じですかね」
ユート先生が生まれ変わって、すごく成長して…縮んで帰ってきた、そういう事みたい。魔術も使えてたし、私より強い。…それでも私を師匠と呼んでくれる。嬉しいというか…心が温かい。
そういえば『刻の魔術』の改変が無駄になっちゃったな。…まぁいっか、ユート先生帰ってきたし。
…あ、ユート先生に好きって伝───
「………?」
「? どうしました?」
「…ううん、ちょっと…ミスズに聞きたい事が出来ただけ」
「そうですか?」
色々知ってて、私さえ知らなかった私の好きを教えてくれたミスズに聞かないといけない。
好きな人が女の子になってしまった時はどうすればいいか、ミスズならきっと知ってると思う。
☆
「本当にあそこに置いてきて良かったのかい?」
「えぇ、ちゃんとやる事はやっているので、後はどうとでもなりますし」
「は…ははっ…、一体彼はリュートちゃんに何をしたんだか…」
話がひと段落すると、ユート先生が少女の…リュートという名前の少女に…戻った? メインが少女って言ってたから戻ったでいいと思う。
さすがに抱き着いたまま移動する訳にはいかなかったので離れた。…ちょっと寂しい。
リュートがジンと話をして、眠っているギャバットという生徒に対してリュートが魔術を使った。魔法陣の代わりに小さな光が出てた…あれが魔法陣? 見た事ない。
もしあれで魔術が発動するなら、相当戦い辛い…。パッと見てどの系統のどれくらいの規模の魔術なのか分からない、それだけで大きな牽制になるだろう。
光が弱まって消えると、私たち3人は学園の出口に向かった。ちゃんと研究棟に残っていた職員には出る事を伝えたし、エリオスから預かっている『賢者の書』も持ってきている。
学園の出口で2人が許可証を返し、
「研究棟の方で眠っている生徒がいました」
と、リュートが他人事のように受付に伝えていた。
…リュートと呼ぶのが言い慣れない。…ユート先生と呼び方がほとんど同じせいで、ユートと呼…呼んでる…感覚…、恥ずかしい!
「………(…ユート)」
「呼びました?」
「~~~ッ!?(キャアアア!?)」
小声で口に出してみたら聞かれてしまったみたい…、口を閉じて無かったら悲鳴が出ていたかもしれない。
なんでもないと首を横に振って、手も振った。立ち止まってしまったので歩くのを再開、ジャガーバルトの家まで行く予定だ。
歩いているうちにドキドキが静まってきた。もう大丈…そうだ。
「リュ…リュート、エリオスの所からミスズも呼んできていい?」
大丈夫じゃなかった…どもっちゃった。
「あ~そうですね。近いとはいえもう暗いですし、一緒にいきましょうか?」
「大丈夫。私、師匠だから」
「あはは、そうですか。でも気をつけて行ってきてくださいね?」
「ん、行ってくる」
心配されるだけでとても嬉しい。今はリュートの姿だけど、正直ユート先生から離れたくない。可能なら朝から夜までくっついていたい。そして夜から朝までくっついていたい。
けど今は教えてもらわなきゃいけない事があるから、ミスズの元へ行った。
門番と挨拶をして、ミスズにジャガーバルト家へ一緒に来てもらいたい事を伝えに行ってもらって、…門番より先に出てきたミスズに捕まった。
「ふぎゅっ!?」
「ミュリアルさん心配しましたよ! ちゃんと食べてました? あぁ、クマがまだありますね」
「ミスズ、ストップ。問題が解決…したけどしてなかった」
「は、はい…うん?」
「それで、聞きたい事があるんだけど…」
「私に答えられる事なら!」
「ありがとう、さすがミスズ。じゃぁ、好きな人…ユート先生が女の子になってた場合、私はどうしたらいいの?」
「………え~、それは…ちょっと私じゃ答えられないです。…女の子? …女装? …どういう事?」
さすがミスズと言われたからか、なんとか答えようとしてくれたけどダメだったみたい。1人で何かもごもご言ってる。
詳しい話をしたいのでジャガーバルト家へ来れるか改めて聞くと、来てくれる事になった。
ジャガーバルト家に向かいながら、好きが…恋が何か分かった気がする、そうミスズに言うと嬉しそうに頷いてくれた。




