7.英雄
side:シェリル・ジャガーバルト
「グオオォォ…」
私は、何を見させられているんだろう…。この光景は現実なんだろうか…、あれは人族に可能な事なんだろうか…。
リュートちゃんがオーガと戦い始めてから、ほとんど強さ…というか、リュートちゃんの存在感を感じない。なのにリュートちゃんが負ける場面が想像出来ない…すごく不思議な感覚。
襲い掛かってきていたゴブリンやオーク、ウルフ種達も今は動きを止めて、ボスの一騎打ちを見守っているような形になっている。
ボス…オーガ。
ニックさんでさえ初めて見ると言っていた。おそらく父様も母様も見た事がないかもしれない。
オーガはオークロードの半分くらいしか背はないのに、身体だって筋肉質で大柄な人族程度の大きさなのに、オークロードの何倍ものプレッシャーがある。
プレッシャーだけじゃない、速さも力も全然違う。リュートちゃん目掛けて振られている拳も、私は多分避ける事が出来ない…。受け流すなんて命がけ…いや、命がいくつあっても足りない…。
足が、身体が、動かなかった。見る事しか、出来なかった…。
「はっ!」
「グルオォ!?」
リュートちゃんがオーガの足元に潜り込み、お腹目掛けて掌底を放った。その攻撃は体格差を感じさせず、オーガの足を少しだけ浮かせた。けど、その少し浮いたという割にオーガは苦しそうな声をあげていた。あの子の事だから、普通の攻撃じゃないんだろうな…。
リュートちゃんが左手に持っていた剣で、迫りくるオーガの拳を捌いて逆に切りつけた。左手と剣がブレて見えたと同時に、オーガにいくつもの傷が出来て血が噴き出した。
…速過ぎる、『ソニック』系のスキルより速い、目で追えないもの…。
もしかして実は斬ってないとか? …スキル?魔術? 分からない…。
リュートちゃんは後ろに飛んで距離を取って、剣を右手に持ち替え、鞘に納めて腰を落とした。と、
「シッ!」
「ガアアァァ!」
オーガが両腕を交差させたのは本能だったのかもしれない。
私達が助けられた時に初めて見た彼女の攻撃、剣の一振りで100匹近いモンスターを倒した技だ。さっき戦っていた時には銀色だった剣が、一旦鞘に納められて振り抜かれると、あの時と同じく剣身が赤黒くなっていた。その一閃が今回はオーガを襲った。
「グオオォォ!!」
オーガの両腕にぶつかっている揺らぎのようなものが見えた。もしかしたらさっきのと違う技なのかもしれない。…どちらの技も見た事もないけど。
飛ぶ…斬撃? こんなの反則じゃない…。いや、モンスター相手に反則もなにもないけど…。
「ガア! ガアアァァ!?」
両腕で斬撃に耐え、腕を上に振り上げて攻撃をかき消したオーガは、後ろに回り込まれたリュートちゃんに背中をざっくり斬られていた。
オーガは両膝をつき、そのまま前へ倒れた。さっきの叫びは断末魔だったのかな? …なんだか締まらない…。
「よし、終了です~!」
リュートちゃんが剣を鞘に納め、私たちの方に向かって笑顔で手を振りながらそう言った。この勝鬨も…なんだか締まらない…。
☆
うつ伏せに倒れていたオーガがキラキラと光の粒を上げながら消えていく、やっぱりダンジョンのモンスターだったみたい。
オーガの消え去った後には、オークロードの物より一回り小さい魔石とドロップ品の…インゴットがあった。小さい割に高濃度な魔力を秘めた魔石もだけど、あのインゴットの色…青みがかった緑、ミスリル?
私の所属している王国騎士団の白百合隊、女性ばかりで構成された部隊の隊長であるフィオナさんが持っている剣と同じ色をしている。…値段は王金貨があれば買えるって言われたっけ。…1,000万リオル、…貯金しようかな? …いつ買えるんだろ。
妄想と現実に凹んでいると、周囲でボスの戦いを…見守っていた?モンスター達が消えていった。
消滅。戦ってもいないのにそれぞれ魔石とアイテムを落として消えてしまった。
…ボスを倒したから? こんな現象聞いた事もない…。ニックさんを見ると、
「………ん~? ………ん~?」
時々難しい顔をしながらなにか考えているみたいだった。多分普通の事じゃないんだろうな~これ。
「お~…こうなるのか、なるほど…」
リュートちゃんも初めて見るみたい。…知ってたら逆に怖いわね…。ダンジョンからモンスターが溢れ出てくるなんて悪夢、もう経験したくないし。
結局5時間近く戦い続け、終わりを迎えた事で気が抜けてきた。その場に腰を下ろして…、皆座り込んでたわ。ニックさんもフランソワさんさえも…。
「それでは念の為ダンジョンの中を見てきますので、皆さんはゆっくりしていて下さい」
………元気過ぎでしょ。あんなバケモノと戦って…、あの小さな身体のどこにそんな体力があるのかしら。
「…何から何まですまない、気をつけて行ってきてくれ嬢ちゃん」
「はい!」
いい笑顔で返事をしたリュートちゃん。ニックさんはリュートちゃんに任せたみたい。
駆け足でダンジョンのある森へ向かっていく彼女を、皆が見つめていた。
☆
「俺が言うまでもないだろうが、嬢ちゃんがいなければ俺達は負けていただろう」
「「「「「………」」」」」
ニックさんが立ち上がって振り返り、話し始めた。ジャガーバルト領に住み、この戦いに参加した全員が同じ思いだった。私もそう思う。
「ラルフが…領主様と奥方様が居たとしても、オーガと渡り合えたかは分からねぇ。実際に戦いを目の当たりにして、そう思ったよ」
母様の魔術ならもしかしたら…、そう思わなくもないけど、オーガのあの機動力相手には分が悪い。父様とニックさんの連携、フランソワさんの攻撃やヘイトの分散、全てが上手く回ったとしても倒し切れただろうか…。
前もってオーガと戦う事を前提に準備万端で相手をするならまだしも、知識もなく初見で戦うなんて…しかもあれ程の相手では自殺行為だ。
「オークロードが3匹現れた時でさえ、俺達は挫けかけた。もしあのまま戦っていれば、少なくない犠牲が出ただろう。オーガが来るとも知らず戦って、街が滅んだかもしれないだろう」
アレと相対する自分を想像して…どう倒すかじゃない、どう殺されてしまうのか…それしか浮かばなかった。
「あの嬢ちゃんがいなければ、こうして話すことさえ出来なかっただろう」
未だ戦闘は続いていたに違いない。ララちゃんの状況も知らないまま…。
「俺達は助けられた。たった1人の少女が勝利を運んでくれた。死者を1人も出さない完全なる勝利だ」
街で治療を受けていた兵士や冒険者が、傷が治って戦場へ戻ってきた時に教会での出来事も聞いた。父様と母様の無事も。
高度な回復魔術を使って怪我人を全員治してみせた少女を「聖女様」って呼んで、非戦闘員は教会にあるアナスタシア様の像にお祈りを捧げていたらしい。
…個人的には戦ってる場面の印象が強いので、戦の女神と言われた方が納得できる。…アナスタシア様以外の女神、戦の女神がいるのか知らないけど。
「だが、考えなくちゃいけねぇ。もしもまた、同じ事が起こった時の事を」
ダンジョンからモンスターが溢れ出してくる。ありえないと思われていた事が、目の前で確かに起こった。それが再び起こらない保証なんてない。
「またその時嬢ちゃんに頼るのか? そもそも次に同じ事が起こった時、嬢ちゃんはここに居るのか?」
…確かにそうだ。リュートちゃんはジャガーバルト領の住民じゃない、手を貸してくれていたに過ぎないんだ。
「俺たちは戦い抜いたとは言いきれねぇ…そう言ったとしても納得出来ない者もいるだろう、俺もそうだ。だが間違いなく全員が生き抜いた、さっきまでの戦いをな。王都にいる一流の冒険者だって、王国騎士団の連中だってこんな経験した者はいないだろう」
初級ダンジョンのゴブリンと灰ウルフ、中級ダンジョンのオークや赤と黒のウルフ、種類は少ないけどおぞましい数のモンスター。そこに初級と中級のボスまで混ざった大群と戦う。…突発的に。
王都には中級と上級のダンジョンがある。でも、こんな現象が起きたなんて話を聞いた事は一度も無い。
もし中級や上級でこの現象が起きたとすれば、どんなモンスターが出てきてしまうのか…。あちらもオーガが出るのか…。オーガよりも強いボスが出てくるのか…。想像したくもない。
ダンジョンで大量のモンスターが集まるモンスターハウスという現象が、今ならかわいいものに思える。
「俺たちは貴重な経験を得た。再び起こらない事を願うなんて消極的な事はしない。今度は俺たちだけで乗り越えられるようになろう。多分領主様もそう言うだろう。負けず嫌いだしな?あの人は」
おどけたような発言に、沈み気味だった空気が緩んだ気がする。確かに父様ならそうするだろうなぁ。
「有益だと思える事は領主様にどんどん進言する。ギルドも惜しみなく手を差し伸べる。だから皆…強くなろう。今回の戦いでレベルが上がったやつも多くいるだろう。だが満足しないで欲しい。もっとレベルを上げて技術を身につけて、多少は強い武器に頼ったっていい。誰かに自分たちの運命を任せなくていいように、俺たちの街を俺たち自身で守れるように、強くなろう」
下を向いていた皆の顔は、しっかりと前を…ニックさんを見ていた。中にはまだ不安そうな顔をしている人もいるけど。
「とまぁ、偉そうな事を言ったが、全部明日からだ! 今日は勝った事を喜べ! 誰も失わず乗り切った事を! 愛する者と共に、生きている事を喜べ!」
「「「「「「「…おおぉ!」」」」」」」
「皆街へ帰って戦いの終わりを告げろ! 完全勝利だとな!」
「「「「「「「おおぉ!!」」」」」」」
「今日は宴だ! 金はギルドが持つ!」
「「「「「「「おおおおぉぉぉぉ!!!!」」」」」」」
「なんでそこで一番声出すんだよお前らは」
笑い声に包まれ、皆が街へ向かって帰っていく。その顔にはさっきまでの不安そうなものは一つも無かった。
皆を見送ったニックさんは森の方へ向き直り、その場に腰を下ろした。やっと緊張が解けたって表情に見える。
それじゃ、私もニックさんと一緒に待つとしようかな。この勝利の主役を。
☆
side:ラルフ・ジャガーバルト
少女の爆弾発言の後から妻が怖い。本人に直接そんな事は言えんが…。まぁ、あんなにも可愛らしい少女が娘となるのは吝かではな───、殺気!?
鬼…じゃない、妻だった。しかしなんと言うか…、怒ってるのに怒ってない…のに怒ってる? 何を言ってるか自分でも分からん。本気で怒ってはいない感じ…だろうか。
俺が解放されたのは約1時間後、教会に人がやって来た時だった。…そういえばミリアの誤解を解こうとしている間、怪我人が誰もやってこなかったな…。街の外は、戦場は一体どうなってる?
やって来た兵士の背中には、一人の子どもがいた。
「ラ、ララ?」
「…どうしてララが?」
動かないララを見て気が動転したシスターに、寝ているだけだから大丈夫だと兵士が説明して落ち着かせた。
ララを運んで布団に寝かせて、話を聞いて驚いた。隷属の魔術をかけられている事も、ダンジョンの中で見つかった事も、あの少女が1人で助け出したという事も…。
この教会の中では、少女の事を「聖女様」と呼ぶ者もいて、女神の像に祈りを捧げていたりもする。
仲間が居たんじゃないのか? 回復術師じゃなかったのか? 全部あの少女1人でやってるのか? 地面をひっくり返した土の壁? …ちょっと何言ってるか分からない。
教会の入口から街の外を覗いてみると、確かに真ん中が割れた土の壁が出来上がっている。…何をすればああなるんだ?
………
「ではそちらの世界にはダンジョンは無いのか」
「そうですね、創作の…物語の中だけです。洞窟ならありますけど、モンスターも危険な罠も宝箱もありません。虫や動物はいますけどね」
「それはこちらも同じだな、ダンジョンと洞窟は別物だ」
「なるほど。地球で読まれる物語の中には、ダンジョンの事を書かれた物は結構あるんですよ。ダンジョンの主になって自由に中を作り変えてみたり、ダンジョンからモンスターが溢れ出してきて危機に陥ったり──」
「がはは! 想像力豊かな者が多いのだな! しかしまぁ、実際に溢れ出したりしたら恐ろしいな…」
「ですね…。物語の中では氾濫、『スタンピード』なんて呼ばれます。ここではそもそもダンジョンからモンスターが出られないから大丈夫でしょうけど。まぁ大体そういう物語の──」
………
ユート殿としたダンジョンの…『スタンピード』の話を思い出していた時、遠くから勝鬨が聞こえた。3回目はやたら元気だったな、勝ったのか…。
そういう物語の結末は決まっている、物語の主人公…英雄によって救われると言っていたが、自分の領地でそんなものを経験するとは思わなかった。
「主人公…、英雄…か」
1人呟いて立ち上がると、ミリアが手を貸して支えてくれた。もう怒っていないようだ。なんなんだ?一体…。
若干フラっとする…血が足りてねぇ。しっかり食って寝て休ませてもらうとしよう、英雄様を出迎えてからな。




