6.リュート
side:シェリル・ジャガーバルト
少女がダンジョンへと向かってそろそろ1時間が過ぎる。『オールアップ』の効果に最初は振り回されたけど、戦う内に随分慣れてきた。
中級ダンジョンにいるような強いモンスターを中心に倒してきたけど、あの子の言っていた通りなら効果時間がそろそろ切れる頃だと思う。
10分前にはニックさんが気をつけるように声をかけて、今は土の壁まで後退しながら戦っている。
徐々にモンスターは数を減らしているけど、全く油断できない。質が…強いモンスターの割合が多くなってきたからだ。
それに…、
「結局あの時だけだったな…」
「そう、ですね…」
20分くらい前、ダンジョンの方から感じたプレッシャー。一瞬だったかもしれないけど、私たちだけじゃなくモンスターまでもが動きを止めてしまうほどのプレッシャー。
この大群のボスのものなのか、はたまたあの少女の力なのか。しかしそのプレッシャーはその時以降感じなかった。
………、一瞬でやっつけちゃったりしたのかな…?
そう考えていた時、ガクッと身体が重くなるような、力が抜けるような感覚に襲われた。多分『オールアップ』が切れたんだ。
既にあの子の作ってくれた土の壁まで下がり、防衛戦に備えている。と、
「………?」
「どうした? シェリル」
「いえ、森からモンスターが出てきてないなって…」
ニックさんの問いに答えた私の言葉で、皆がモンスターが際限なく溢れ出ていた森の方に視線を向けた。森と土の壁の間にはまだモンスターはいるけど、新しく出てくるモンスターは見当たらなかった。
打ち止め…なのかな。だとすれば、目の前の集団を片付ければこの戦いが終わる。
「全力で行くなよ? 余力をちゃんと残すんだぞ?」
「わ、分かってます」
考えている事が顔に出ていたのかもしれない、釘を刺されてしまった。
確かにこれで終わりという保証は何もない。もし疲れ切ったところに再度森からモンスターが沸いて出たら対応できなくなる…。あの子はその森にあるダンジョンの中に突っ込んでいったけど。
あの子は今何をしてるんだろう、どこにいるんだろう…。
そう考えていた時、誰かの「あっ」という声につられて顔を見た。銀の盾のジャックさんだった。彼が顔を向けている方向を見ると、
「あっ……、あれ?」
あの子が森から出てこちらへ向かってきていた。…誰かを背負ってる? 走らず歩いてるのは…背負っている誰かを揺らさない為?
モンスターが襲い掛かってるけど、ゴブリンとグレイウルフはあの子に蹴り飛ばされて宙を舞い、ウルフの赤と黒は触れる事なく細切れになって消えた。…何もしてないのに。…いや、何かしてるのかな? さっぱり分からない。
「………あれは、ララちゃんだわ」
「えっ、なんでララちゃんが!?」
「迎えに行ってくるわん!」
「私も行きます!」
フランソワさんがあの子に背負われたララちゃんに気付いて、迎えに行くのに私もついて行った。確か行方が分からなくなって5日か6日は経っていたはず…どうしてララちゃんがあの子と一緒に…。
死んでない…よね? ゆっくり歩いてきてるってことは、うん…大丈夫よね…。
ララちゃんは多分ダンジョンにいたのかな? もしか───
「んっ!!」
「? どうしたのん?」
「いえ! お気になさらず!」
なんて事を考えるんだ私は…。もしかしたらこの騒動はララちゃんが起こしたんじゃないかなんて…。
…自分で頬を強く叩きすぎた、痛い…。
「なんだかあの子、雰囲気が…」
「そう、ですね…。静かに怒ってるような? あと目の色…」
距離が近づいたことで見えたあの子の瞳は、両方とも澄んだ青色だったはずなのに、今は左目だけが輝くような金色をしている。
こちらに気付いたあの子と目が合っ…あれ? 見間違いだったのかな? どっちも青色だった。
「必要ないかもしれないけど、来ちゃったわん」
「いえ、お気遣いありがとうございますフランソワさん。シェリルさんも」
「ううん、その子の事助けてくれたんだよね? こっちこそありがとう」
「はい…、とにかく戻りましょう。ララちゃんを安全な所へ」
無事合流して、フランソワさんが交代してララちゃんを背負う事になり、そのまま土の壁の防衛線まで下がった。再び『オールアップ』をかけてもらったので今は怖いものなし。
…そういえば、今頃気付いたけど…私とフランソワさんの名前を知ってた…、名乗ったっけ?
「ところで…、あなたの事なんて呼んだらいい?」
「…あ~、名乗ってなかったですね、すみません」
とりあえず疑問を棚に上げて、少女の名前を聞くことにした。ずっとあの子とか呼んでたけど、いい加減知っておかないと。
少女はリュートと名乗った。
☆
土の壁まで辿り着き、ララちゃんを兵士に委ね、街の教会まで運んでもらうことになった。今ララちゃんはスースーと寝息を立てている。
リュートちゃんがララちゃんの状態を教えてくれた。怪我は無い事、衰弱している事、隷属魔術をかけられている事などを伝えていた。
ジャガーバルト領に住んでいる皆は、獣人族への忌避感は持ってない…と思う。少なくとも私が知る限りは。
「この子は、この街の子なんです。助けてくれて、本当にありがとう」
隷属魔術をかけられていると聞いた1人の兵士が苦々しい顔をした後、リュートちゃんにお礼を言って頭を下げ、ララちゃんを背負って気をつけながら教会へ向かって行った。
この街の人は本当にいい人たちばかりだ。…私はこの領地にいる事を、領地にいる皆を、それを治める父様の事を誇りに思う。
「さて、改めてアレを終わらせますか」
「あぁ、終わってはなかったのね…」
「さすがにあの子を背負ったまま戦えないですよ、揺れて起きたら可哀想で」
危なくて…じゃないんだ。こっそりそんな事を思ってしまった。
「もうダンジョンにモンスター以外の気配はなさそうだったので、安心して戦えます」
「…さっきはそれを調べながら戦ってたの?」
「ですね。万が一と思って…その万が一がありましたけど。とりあえず詳しい話はあとにしましょう! 私も話したい事があるので」
「そうね…分かったわ。でも、モンスターが少なくなってきたからもう終わりかもしれないって思うんだけど、どう思う?」
「あぁ、ここへ来る時に間引いてきたのでそのせいでしょう。ダンジョンを登ってくるボスっぽい気配はありましたよ?」
…間引く? …ボス? …どっちも聞きたくなかったような。
☆
おそらく戦いの終わりとなるボスがいると分かった。そう思うようにしてモンスターを倒す事に集中した。
ちなみに、作戦会議で「再びダンジョンに突っ込んでボスを倒してしまうのはどうか?」って案が出たけど、
「正直、緊急事態じゃなきゃ行きたくないですね…。ゴブリンやウルフが密集している所に突入するのはちょっと…」
リュートちゃんの言葉に、皆が想像して…苦々しい顔をしていた。ダンジョンの狭い通路いっぱいに迫ってくるゴブリンたち…そこに突っ込む…、私も嫌だ。
結果、ボスは地上で待ち構える事になり、また『オールアップ』のお世話になっている。
そうして戦い続けて約30分。圧倒的に上がった殲滅速度と安定性により、交互に休憩をとりながら対応していけるレベルにまで落ち着いた。
若干2名は休憩も取らず戦い続けているけど…。
「なんでリュートちゃんも拳闘士スタイルで戦ってるんだろ…」
拳のみで戦うフランソワさん、拳と足技を使って戦うリュートちゃん。
リュートちゃんは戦っているというより、踊っているようにも見える。
『オールアップ』や高威力の魔術を使い、剣を使い、今は足と手を武器として戦い…。一体どんなジョブを得ればこんな事が出来るの? …ジョブは関係ないのかな…、分かんないや。
そこで戦闘狂の2人が何か言葉を交わして、辺りのモンスターを吹き飛ばしてこちらへ戻ってきた。
「そろそろ出てきます、私が対処しますけど一応気をつけておいてください」
「出て…、ボスか? 何から何までやってもらうのも気が引けるんだが…」
「………」
「………」
ニックさんの言葉に、リュートちゃんはニックさんと小声で数回会話をした。すると、
「オ……、ぇ、ほ…、だ、大丈夫なのか? お前さん一人で」
「えぇ、みなさんの事頼みますね?ギルマス」
ニックさんが顔を青くしながら言葉を詰まらせ、リュートちゃんを気遣っていた。リュートちゃんは微笑んでいたけど…。
一体何を言われたんだろう…。
☆
side:ニック
「ギルマスはオーガを見たり、直接戦ったりした事はありますか?」
「いや…、オーガなんて知識として知ってるくらいだが」
「そうですか…。では皆さんを落ち着かせておいてください、ボスは多分オーガです」
オーガ
その戦闘力はオークキングに匹敵すると言われているモンスター。危険度のランクは8で、順位を付けるとすればオークキングよりは下。
しかし、小柄であり、機動力を生かした攻撃を仕掛けてくる。小柄とは言っても比較されるオークキングに比べてであり、身長は2m前後。その体に凝縮された戦闘力は非常に高い。
戦う際は機動力を封じるような狭い通路や、一時的に足を封じる罠を仕掛ける事を推奨。
目安として、戦闘経験豊富な上位職のジョブを持った冒険者5人以上が望ましい。ルクセウス王国内でのオーガの目撃情報は無し。
覚えている範囲のオーガの情報を思い出す。
オークキングはオークロードの上位種だ。ロードより戦闘能力が高く、『HP自動回復』のスキルも持っている為上位ランクに相当する。
ランクとしてはオーガも同等だが、総合的な強さとしてはオーガの方が下、それはスキルによる差があるからだろう。『HP自動回復』のスキルがなければ、オーガの方が上かもしれねぇ。
ギルドに保管されてる資料にあったオーガの情報。マスターとして知っておくべき情報は多々あるが、この大陸にはオーガは存在しないはずだ。他国の資料を読んでいて覚えていた情報がこんな所で役に…立ってはいないか。
とても一人で戦うような相手ではない。そのオーガが今、
「グオオオオ!!」
「ふっ!」
小さな少女、リュートとの戦闘で押されている。
オーガの持っていた金棒は叩き落され、拳で殴りかかってはいなされ躱され、片刃の剣により傷を増やし、時には魔術を密着した状態で撃たれて吹き飛ばされ、確実にダメージが蓄積されていっている。
…この場で見ている者たち以外、話した所で信じないだろう。見ている俺でも信じられない。
「みんなに一つ、言っておく。アレは簡単な相手ではない、そう見えるのはあの嬢ちゃんが強いからだ。自分でも勝てそうなんて勘違い、絶対するなよ」
「「「「「………」」」」」
…多分大丈夫か。
ヤツが出てくる前、嬢ちゃんが一人で集団を相手にしていた。その光景に不満そうなやつもいたが、その時森から強烈な気配がした。オークロードなんかよりずっと濃いプレッシャー。
森から出てくるそいつを見た誰もが縮み上がっていた…俺も含めて。中には距離があるのに腰を抜かした者もいる。
それでも助けに向かおうとしたやつもいたけどな。手を掴んで引き留めたが、案の定反発してきた。銀の盾、ほんとにいい奴等だ。
………
「お前たちが…いや、俺を含め誰であっても、行ったところで多分足手まといになるだろう。嬢ちゃんに任せるんだ」
「でも! あんな小さな子が一人でなんて!」
「その上でだ。『みなさんの事頼みます』って言われてんだよ。勝つ自信がなきゃ笑みを浮かべながらそんな事言わんだろう。嬢ちゃんの事信じてみようや」
「………、はい…」
「悔しいなら強くなれ、俺や領主様よりな」
………
リーダーのジャックの肩をポンポンと叩いて慰めてやった。今は嬢ちゃんの戦う姿をジッと見つめている。
悔しいならお前は強くなれるさ。…俺も強くなりてぇなぁ。




