4.おとーさん
短編の続きのお話になります。
side:ラルフ・ジャガーバルト
「領主様!?」
シスターが俺を見て顔を青くしている。そりゃ領主が腹から槍を生やしてやってきたらそうなるよな…。
俺が思っていた通り、シスターでは腹に空いた穴を塞ぐほどの回復魔術は使えなかった。
一般的な人族が使う槍よりも太く、抜こうにも腹を貫通している槍は、前後どちらの方向に抜くにも長すぎる。切って短くするにも体に響いちまうだろう。
まずはシスターが俺のHPを回復させようと『ヒール』を使ってくれている。
少しは痛みが和らいだ…気がする、痛みの感覚が鈍くなってきているんだろうか…分からない。
辺りを見回すと、俺ほど見た目が酷いやつはいないが、怪我人が20人近くはいる。
みんなポーションを飲んだり、傷を負った部位にポーションをかけたりしている。
そんな怪我人の周りには、手当を手伝う住民や、教会に併設されている孤児院の子たちが、せっせと動き回っていた。怖いのだろう、泣いたのか目の周りが赤くなっている子もいる。
その子どもたちが手に持っているのは紐の付いた紙、つい先日シスターへ渡した、王都で作ってもらってきた物だ。
俺の腕にもその紐が結ばれている。
…結局、教わった本人に見せる前に使うことになっちまったな…。
………
「大きな事故で怪我をした人が多い時は、空を飛ぶ乗り物で事故をした場所まで行ったり、その場で手当てをする事もあります。命の危なさを、トリアージという色の付いた紙を怪我人につけて判別するんです。その色で段階を分けて優先順位をつけます。怪我はしているけど自分で手当てすれば大丈夫とか、すぐに治療しないと危険だとか…、もう助からない、とか…。まぁ、実物を見たり触ったりしたこともないんですが。そういった情報を知っているって事を偉そうに話してるだけです。こちらの世界には回復魔術があるので、必要ないかもしれないですけどね?」
………
ユート殿は魔術が万能だと思っていたかもしれないが、決してそんなことは無い。初級や上級といった回復魔術にも回復可能な傷の限度はあるし、MPが無くなれば術は使えない。枯渇した状態でも発動しなくはないが、限界を超えて使うそれは術者の命に関わってしまう。
回復が出来る術師の数やポーションにだって限りがある、優先順位はどうしたって発生する。用心するに越したことはない。こんなことなら早めに上級ポーションも仕入れておくべきだった…、今更か…。
驚かせ損なっちまったな…、見せたらユート殿はなんて言っただろう…、まぁ今少しでも役に立ってるならいいかな…。
そういえばさっきから痛みが消えていってる気がする…、暗いな…、目を閉じてたのか…、このまま───
ドウゥン!!!!!
「っ!?」
地面が揺れる程の衝撃、爆発したような音。悲鳴も聞こえ、建物も軋んだ。が、意識は多少はっきりした。
…諦めようとしてたのか? …シェリルとの約束を破って? 傷を治して戻ってくるとは言ったが、シェリルも助かるとは思っていなかったかもしれねぇ。それでも結果が無理だった事と諦める事は違うだろうが…!
まだ街の外じゃ戦いが続いてる。何よりさっきのでかい音…。新手が出たのか…? オークロードより上のモンスターの可能性は高い。
「っぐ!」
「ダメです! 領主様!」
腹に刺さった槍を抜こうと、握って動かした所をシスターに止められた。MPが切れそうなのかシスターの顔色が悪い。
離してくれよシスター、こいつを抜かないと邪魔で戦えないだろ? しかし、シスター結構力あるんだな…、槍を抜こうとする手が全然動かねぇや…。
もう痛みも………。
…アレ? 痛ぇ、…いったああぁぁぁ!!?
な、なんだ!? 痛みが戻ってきた!? めっちゃ痛いんだが!? あっいや、痛みが引いてきた…。
ってか、この治療場として使ってる教会の空間の色…、回復魔術…範囲? 『エリアヒール』…? いつの間に…しかも、槍が刺さったままの俺のHPが回復していくなんて、上級並の魔術? いやいやまさか…。範囲系で強力な回復魔術なんて…シスターか?
「………」
シスターは口を半開きにして薄緑に染まった空間を見ている。…これは違うな。虫が入るぞ? 口を閉じろ口を。
「間に合って良かったです。ラルフさん」
声を掛けながら1人、教会へ入ってきたやつがいる。入り口を見ると、そこに居たのは少女だった。しかし見覚えもなければ声に聞き覚えもない。だが俺の事を知っている様子…誰だ?
身長から見れば10歳程度。腰まで伸びた髪は真っ白なようにも、磨かれた銀のように輝いても見える。ボロボロのマントを身にまとって、足元は裸足、杖や剣どころか装飾品さえない。それなのに…簡素な服装なはずなのに神々しささえ感じる。
少女は歩きながら左手を上にあげていて、その手のひらの先に…小さな光があった。…なんだあれは? あんなの見た事ねぇ、魔法陣なのか?
状況からみて、おそらくこの範囲回復魔術はあの少女によるものだろう。こんな子どもが?と思いはするが、正直助かった。途中めちゃくちゃ痛かったが…。
真っ直ぐ俺の方にやってきた少女は、俺の目の前で歩みを止めて部屋を見回した。
「これ…は…、なるほど」
なんだ? みんなを見て俺の腕も見て…トリアージの意味に気付いたのか? 俺の顔を見て納得…している? いや、苦笑いしている。
「シスター、手を失礼」
「………、え?」
少女は呆けていたシスターの手を取った。握られた手と少女の顔を交互に見ながら戸惑っているシスター。
顔色が良くなっている。…おそらく『魔力譲渡』を使われたんだろう。
………、範囲回復魔術を使いながら…? ほんとに何者だ?
「『魔力譲渡』は使えますか?」
「い、いぇ…」
「ではこの方は私に任せて、これをあの方に飲ませてあげてください」
「え…、えっと…」
シスターが俺の方を向いた。あの方と言われたのは魔力枯渇を起こしているミリアの事で、俺に確認を求めたのだろう。状況の移り変わりが突然すぎて思考が追いついていないんだろうなシスターは。
少女がシスターに手渡した物に見覚えがある。記憶が正しければ、王都に居た頃オークションで見た最上級のMPポーションだ。
HPを回復させるポーションよりも貴重なMPポーション…あれを作れる職人が少ないからな。上級のMPポーションでも、俺の知る限り作れる職人は王都にもいねぇ。
その更に上の最上級となれば、おそらくどこかの上級ダンジョンのレアドロップか宝箱産…かもしれない。
当時の競り落とされた価格は金貨50枚じゃなかったか? 500万リオル…。
「…本当にいいのか?」
「はい、どうぞ」
少女に確認した俺はシスターに頷いてみせた。立ち上がってミリアの元に小走りに向かっている。価値はあえて言わなかった、シスターの為だ…。
今はシスターの代わりに、兵士の1人が俺を支えてくれている。
というか、感謝はしてる…。もちろん…感謝はしてるんだが…、あんな物をポンと渡すんじゃねぇよ。俺の心臓にダメージがくるだろうが。
「では、治療を始めますね? ちょっと痛いかもしれませんが」
「…これがちょっとの痛みで治るんなら、優秀すぎる術師だな」
「期待に添えられるよう頑張ります。ちょっと失礼しますね」
「頼む」
俺は声をあげてしまわないよう歯を食いしばってその時を待った。領主として、元とはいえ一流である★5ランクの冒険者としてのプライドだ。
訪れるであろう痛みに耐えようと集中していて、少女が何かつぶやいたのは聞こえたが、内容までは聞き取れな───
「いきます」
「っ!」
「『ヒール』」
少女の「いきます」という声がした後、腹から槍が消えた。すぐさまドバっと血が流れた。痛みは思ったほどじゃなかったが、それでも少し息が漏れちまった。…その程度で済んだ。それよりも…槍って消えるもんだっけ? …なんで?
いや、槍が消えたのも確かに驚いたが、同系統の術とはいえ回復魔術を2つ同時に使ってるのか? そんなの見た事ねぇ。俺に向けられてる右手には魔法陣は出ておらず、左手同様に小さな光が見える。近くで見てもただの光にしか見えない。…そもそも、こんな冷静に考えられる状態だったか?俺。
それはそれとして…『ヒール』? シスターにもさっきまでやってもらってたが、『ヒール』じゃ腹の穴はちゃんと治…治ったなぁ…。なんで? ………なんで?
俺に治療後の不調はなさそうだと確認出来たのか、少女は既に手を下ろしている。教会にいた怪我人たちはみんなこちらを見ていた、皆の怪我も治っているようだ。ミリアもシスターに支えられながら上半身を起こしているところだった。
「ふぅ…。これで大丈夫だと思いますが、血を流しすぎています。『増血』を使っても復帰に時間がかかりますし、このまま休んでいてください」
「感謝する。俺の事も皆の事も、本当にありがとう。だが休んでるわけにはいかない…、この街は未だかつてない危機にあるんだ。傷が治ったなら…動けるなら俺に戦わせてくれ」
「前線で戦おうとする姿には好感が持てますけどね。無理は良くないですよ?」
「無理をさせて欲しい、街の皆を救いたいんだ。それと…俺には大事な友人がいてな? なかなか帰って来ねぇし、今はどこをほっつき歩いてるか分からんが、あいつが帰ってきた時に街が無かったら…困らせちまうからよ」
「………そうでしたか。ではそちらも終わらせてきますので、心配せず休んでいて下さい」
「終わ………へ?」
少女がそんな事を言った。…心なしか嬉しそうな顔に見える。
正直、なんであんな事を言ったのか自分でも分からん。少女が嬉しそうな顔をしている理由も分からん。…分からんが、自然と出ちまったものはしょうがない。
それよりも…終わらせる? 回復術師が? …いや、仲間がいるのか? これほどの術師の仲間なら俺なんかよりよっぽど強いのかもしれねぇ。
そう考えていた俺に向かって、少女がニコっと微笑みながら声を掛けてきた。
「それでは行ってきますね? おとーさん」
「………、………はぁ!?」
そう言われ、裸足のままスタスタと教会を出ていこうとする少女を呆けながら見送ってしまった。少女の言った言葉を理解できず、思わず変な声が出ちまった。誰がおとーさ「あなた…?」………。
俺は…振り返る自分の首が…ギギギっと鳴るのを聞いた…気がする。そこには…魔力枯渇から…回復した…俺の…妻が…、
「ちょっとOHANASHIしましょうか?」
鬼がいた。いや妻だが。笑顔が怖い…。
俺は身に覚えの無いおとーさん疑惑の弁明を考えた。
少女よ、爆弾がでかすぎんか…? 戻ってきたらまた『ヒール』を頼むかもしれん…。
☆
side:ミリア・ジャガーバルト
「最近街でよく「お綺麗になった秘訣は!?」って聞かれるようになったのよ」
「食事のバランスを変えただけですけどね、それだけ偏ってたんですよ。綺麗だけじゃなく健康にもいいですし」
これは夢かしら…。
「本当にこれで肩こりが治るの?」
「絶対とは言い切れませんが、俺はこれで良くなりましたからね。日本に居た頃の友人にやってもらっていたんです。真似事ですがとりあえず試してみましょう」
「そうね、お願いするわユートさん」
私、何をしてたっけ…。
「それでは、横向きに寝てください。痛かったら言って下さいね」
「えぇ、わかったわ。私はどうすれ…ばあぁぁぁ!? いい痛くはないですが、そんなところに指を!?」
「はい、ではちょっと持ち上げてみますね」
「お、お願いっするわっうぅん!」
「な、何をしている!?」
あぁ、懐かしい。あれは…けんこーこつ?って場所の治療を受けてた時ね…。
私の声を聞いたあの人の勘違いに、部屋にいたミュリアルやメイドのマリアも一緒に笑ったんだっけ…。
「ユ、ユート殿、本当にそんな所に指を入れるのか?」
「試すって言ったのラルフさんじゃないですか、いきますよ?」
「ふおぉぉぉ!?」
「な、何をしているんですか!?」
真っ赤な顔をして勘違いしていたシェリル、せっかちなのはあの人譲りね。いたずら好きな所もそっくり。
私の愛した人、愛した人との子、かつての仲間、街のみんなも優しくて、今私は幸せだわ。
………、幸せ? 何かしら、何かを忘れているような…。
その時、夢から覚めていくようにふわっと意識が強くなった気がする。…そうだったわ、急激な魔力枯渇で気絶してしまったのね。
硬い地面、床で寝ているのかしら? それにしては暖かい何かに包まれている感覚…。
「ん…」
目を開けるとシスターと目があった。そしてシスターの手にはMPポーショ…、え˝!? …そ、それ、まさか最上級…。
一旦目を逸らしたわ。状況からしてあれを飲んだ…のよね、見なかった事にしたい…。MPが全回復しているのが見えてるけど、見なかった事にしたい…。なんでこの領地にあんなものが…。
支えられながら体を起こすと、あの人が少女と話をしているのが聞こえた。見た事のない子…、状況から見てあの子が治療してくれたのかしら。
………、おとーさん? …私の知らないところで第二夫人が? それとも王都で遊びでもしたのかしら? …ふふ、うふふふふ。あなた…? ちょっとOHANASHIしましょうか?
あら?この子は孤児院の…。ちょっと今忙し…私に手紙? さっきの少女から渡すように頼まれた? …うふふふ、何が書い───
『ラルフさんを引き留めておいてください』
簡潔な言葉、その紙の端には───
私は驚きつつ考えを巡らせた。本当にそうなのか結論は出なかったけど、ちょっとだけ冷静になり、せっかちなのは私もだったと自己認識を改めた。でも…あの言い方じゃ誤解しかしないわよね? まぁいいわ。
恥ずかしさから、思わず持っていた小さな手紙を握ってしまい、クシャっという音を聞いたあの人が「ひぃ!?」と声を漏らした。…勘違いしたのだろうけど、ちょっとショックだわ。
それじゃ、愛しの旦那様に少しだけいじわるを始めようかしら?
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朝からアドレナリンとかがドバドバ出そうでした!




