8.吟遊詩人
時が経つのは早いもので、侑人が王都から帰ってきて2カ月が過ぎようとしていた。今日も早朝ランニングの最中である。
☆
あの日のジャガーバルト領への帰り道、同方向へ向かう冒険者一行と出会い、その中の一人がユート…侑人と同じ名前であった。そんな切っ掛けから話をし、気が合った侑人達とユート達は、揃ってジャガーバルト領へ行く事となった。
ユート、トール、スキップ、リーダーであるジャックの4人パーティー。名前を『銀の盾』といった。探し物をしていて、ジャガーバルトの街へ向かっていたそうだ。
「その領主が俺だ」
とラルフが言うと、銀の盾の4人は驚いていた。
ジャガーバルトの街へ着くと銀の盾と別れ、久しぶりの我が家へ帰ってきた気分になった侑人は、使命を果たし、旅の疲れを取った。
その翌日、侑人が各所へ帰ってきた報告をしながら冒険者ギルドへ行くと、この領地でソロ活動をしている女性冒険者のミランダと出会った。冒険者ランクである★は3、歳は22だ。
新人おっさん冒険者である侑人へも親切に接する…いい人である。その彼女が上の空でクエストボードを眺め…呆けていた。
侑人が話を聞いてみれば、「恋をしたのかもしれない…」とのこと。
「昨日ギルドに来ていた四人パーティーなんだけど、見た瞬間目が離せなくて、頭が真っ白になってさ…」
モジモジしている、一目惚れのようだ。
侑人には心当たりがあった、(銀の盾だな…)と。
お節介をしようかすまいかと悩んだ侑人だったが、お世話になっている先輩冒険者の為に一肌脱ぐことにした。
ギルドの受付に行き、4人パーティーの話をし、詳しく聞こうとしたが…守秘義務がある為話せないと言われた。侑人は役に立たなかった。
その時、計ったかのようなタイミングでギルドへやって来た4人。銀の盾のメンバーだった。ミランダはフリーズしていた。
侑人が声をかけて話を聞いていると、探し物の話になり、
「…それ、持ってるかもしれません。保存状態はなんとも言えませんが…」
侑人が役に立てそうだという事が分かった。
銀の盾の探し物を持っているかもしれない。そう言い残して領主宅へ帰り、カバンから…忘れられていたホーンラビットの角を持ってギルドへ戻った。どうやら薬として使われるらしい。
ホーンラビット。昔は数がいたのだが、乱獲により数を減らし、今では激レアモンスター扱い。臆病でなかなか見かけないらしい。侑人は舐められていたのかもしれないが、運のいい男であった。
侑人の持ってきた角は状態は悪くはなく、十分薬として使えそうだった。
リーダーのジャックが角を買い取り、更に礼をと言われたので、侑人は「それじゃ…、一杯奢ってください」とお願いをした。
夜に待ち合わせをし、酒場へ向かった銀の盾一行と侑人、ミランダ、フランソワ。
フランソワとは王都へ行く前に約束していた。ついでに済ませるつもりなのだろう。抜け目のない侑人だった。
ミランダを説得し、フランソワにこっそり事情を説明し、恋人になるかパーティーに入れてもらうか、その行く末をフランソワと侑人の2人で見届けた。過度にならないヨイショをしつつ、話を振りつつ。
結果、無事パーティーに加入することになったミランダは後に、「あの時のユートさんは神に見えた」と言っていたとかいないとか。
その後、銀の盾はホーンラビットの角を持って村へ帰り、再びジャガーバルトへと戻ってきた。今はメンバー5人でジャガーバルトの街を拠点に活動中だ。
☆
ある日には、美鈴がジャガーバルト領にやってきた事があった。その時は侑人と一緒に『ちゅるり』の曲を歌った。侑人は弾いた事の無い曲だったので探り探りコードを試し、なんとか聞ける範囲のものを見つける事ができた。
2人に披露されたそれを聞いたミルは、「にゃぜでしょう! 涎がとまらにゃいですニャ!」と興奮しながら尻尾をビクンビクンさせていた。当然…と言っていいのか、その後おやつタイムとなった。
月日が経つと、いくら節制しても無くなるものがある。
大事にあげていたおやつ…『ちゅるり』は、既に無くなってしまっていた。それでも侑人に懐いているミル、餌付けは大成功のようだ。
ミュリアルの修行もがらりと変わっていた。王都のミュリアルの家にあった書物を持ってきて、侑人にステータスやジョブが現れるまで延期されていた授業を前倒しで始めたのだ。
ステータスの見方や読み方、ジョブの種類、魔術やスキルの知識など。モンスターの知識も得て、実際にゴブリン相手に何度も戦闘訓練が行われた。
侑人からも質問し、ミュリアルにとっても有意義な時間になることもあった。
魔力譲渡プレイは続けている。
☆
回想しつつランニングを終えた侑人が領主宅へ戻ってきた。
「おかえりにゃさいませ!」
「ただいま、ミル」
『おかえりなさい、ユート先生』
『ただいまです、ミュア師匠』
ミルとミュリアルが侑人を出迎えた。
食事をとり、授業が終わり、街へ出掛けた侑人。昼の時間帯は街の食堂で手伝いをしているのだ。
「こんにちはグランさん、奥さんも」
「おうユートさん、今日も頼むよ」
「こんにちはユートさん、悪いわね?」
王都へ出掛ける前、挨拶に来た時には既に膨らんでいた奥さんのお腹。今もまだ大きいままだ、もうじき子どもが生まれるだろう。
遡る事2カ月前。
侑人と銀の盾とミランダ、ムキムキオネェであるフランソワと飲みに行った翌日、侑人が2人の経営する食事処『森の恵み』へ来た時に、眩暈で座り込んでいた奥さんを目撃したのだ。
店を休むか誰か雇うかという話になったので、侑人が手伝う事にしたのだった。その手伝いもギルドのクエストとして扱われている。
調理は夫であるグランがし、侑人が奥さんの代わりにフロアを担当することになっている。
店は目が回るほど忙しい…というわけではないが、毎日同じ仕事量になる事などない。忙しい日もあれば、
「………今日は平和ですねぇ」
「…そうだな、そんな日もある。こればっかりは分からないからなぁ」
「ですよね、よく知ってます」
暇な日もある。
日本の実家の飲食店で働いていた侑人にも経験があったため、気持ちはよく分かった。しかし不思議なもので、そう話をしていると客が来るのである。
「………」
「いらっしゃいませ、シルバさん。今日もいつものにします?」
コクっと頷くシルバと呼ばれた客。剣を腰に下げ、全身に真っ黒な鎧を装備した冒険者。王都にいた漆黒と呼ばれている冒険者はジャガーバルト領に来ており…『森の恵み』の常連となっていた。
侑人が『森の恵み』で手伝い始めて間もなく店で再会し、改めて礼を言い名前を教わった。
侑人が声を聞いたのは名前を教わったその時だけ。くぐもったようで中性的に感じられる声は、男性か女性か判断が付かなかった。
体格を見ればやはり男…いや、スレンダーな女性の可能性も捨てきれない。名前の感じから恐らく男だろう。というのが侑人の考えだ。
シルバの来店をきっかけにしたかのように、少しずつ客が来て席が埋まってゆく。店内はそう広くないので、15人も来れば満席となる程度だ。
雑談をしつつ注文を取り、配膳しては片付ける。昼を過ぎて波が引いた所で、侑人の手伝いは終了となる。
侑人はその後一旦領主宅へ帰り、手書きの楽譜とリュートを持って戻って来た。仕事終わりに店の一角を借りて2,3曲弾くのがルーティーンとなっているのだ。たまにおひねりも貰っている。
(先生方、今日もお世話になっております)
よく弾く曲に…日本のアーティストに感謝をしながら、今日も歌を披露した。
☆
「先生、今日ですね…。ほんとにやるんですか?」
「そうだね、準備は万端かな?」
「はい。緊張はしてますが、練習はばっちりです」
「よろしい、では行きましょう」
侑人、新たに生徒ができていた。
侑人が『森の恵み』で手伝いをしていたある日、王都から吟遊詩人をしていた青年…ブロックがやってきた。店長であるグランに披露する許可を取り、1曲歌っ…語った。
侑人は以前、吟遊詩人についてミュリアルから聞いていた。聞いて知ってはいたが…、実際に目の前でそれを聞くと、
「あ~…」
「う~ん…」
「こんな感じだったっけ…」
「なるほど…」
悪い意味で納得した。
メロディーに合わせて歌うのではなく語る、更にズレたチューニングが不協和音を響かせていた。店に来ていた客の反応もいまいちである。皆、侑人の演奏と歌に慣れてしまっていたのだ。
マギカネリアには音楽の教本になるものが無い。独学か師に教わるのが通常である。ブロックは独学であった。
当然、ブロックは客の反応に不機嫌だった。王都で活動していた時は、それなりの手応えを感じていただけに尚更だ。
自分の何が悪いのか見当もつかない様子だったが、店長のグランが「ユートさんに貸して弾かせてみろ、壊せば俺が弁償してやる」と言い出した。
侑人がリュートを借り…諦めた。弦が適当に張ってあるので、チューニングどころではなかった。なぜか5弦が2本、4弦3弦ときて2弦が2本張られている…。
ブロックのこだわりだったのかもしれないが、そんな特殊なリュートはさすがに弾けなかった。
侑人がマイリュートを取りに戻り、1曲披露すると、
「先生と呼ばせてください!」
ブロックは速攻で生徒になった。侑人の…素人に毛が生えた程度の技術でも、この世界では先生と呼ばれるレベルだったらしい。
それから練習を繰り返し、ブロックの腕前は上がっていった。と言ってもコードを覚えた程度で、歌う音程も発声もまだまだ不安定。素人に毛穴が空いた程度である。
そんな2人は今、夜の『森の恵み』へと来ていた。営業は夕方で終わっているが、そこには多くの男性が集まっている。
グランと奥さんはここには居ない。侑人の相談に乗って建物を貸す事を承諾し、1時間ほど出かけてもらっているのだ。
侑人、それなりの信用を得ているらしい。
今いるメンバーは、侑人が声をかけて集まってもらった者達だ。フランソワや銀の盾の4人も来ている。ミランダはいない、男ばかりである。
ちなみに、侑人はフランソワを誘わなかったはずなのだが、「面白そうだったから来ちゃったわん」と参加していた。…オトメではないのかフランソワ。
集まり終わった所で、侑人が皆に声をかけた。
「本日は集まっていただき、ありがとうございます。ご存知とは思いますが改めて、侑人とブロックです。本日は4曲ほど披露させてもらおうと思いまして、皆様に来て頂きました」
「男ばっかりなのは、何か理由があるのか?」
「この会が終われば多分…、分かってもらえると思います。まずはブロックの成長を見てあげてください」
ブロックが緊張しながら演奏を始めた。
出会った時とは全くの別物、教わったコードに沿って歌われる物語。不協和音をBGMに語っていたブロックはもういなかった。
歌が終わるとパチパチと拍手が聞こえ、「いいじゃないか!」「これならまた聞きたいな」と声があがる。ブロックは確実に成長していた。
「ありがとうございます! 先生に教えていただいてここまでこれました! もっと上手くなってみせます!」
ブロック自身、侑人の指導で成長を感じていた。以前のブロックを知っていた者も、彼の成長を認めていた。
続いて侑人が1曲、侑人とブロックの2人で1曲と披露して拍手を受けた。
「ありがとうございます皆さん。音楽には様々な力があります。楽しくなったり不安になったり、泣いたり元気が湧いたり。…今から演奏するものは、短い劇の様なものになります。いつも静かに聞いてもらってますが、今からお見せする劇がもし面白いと思ったら、構わず笑ってください」
(大先生、お借りします! いえ、丸パクリします!)
その場の全員に侑人とブロックの演じる役が簡単に伝えられた。リュートの演奏はブロックが行い、侑人は歌に専念するようだ。皆は何が始まるのかと、むしろ緊張していた。
そしてブロックの演奏が始まり───
「ぼ~くは~貧しい冒険者~♪」
下ネタ全開のミュージカルが繰り広げられた。
マギカネリアで…現地人として初めてこの歌を聴いた時のブロックは、(…弟子入りする人を間違えたかもしれない)と大いに悩んだ。ただ、侑人の持つ知識と技術は他では得られないであろう事も理解していた。結果…ブロックは侑人の弟子を続ける事にした。
授業を受け、共に演奏し、その期間が長くなれば…人は慣れる。朱に交わればなんとやら、…最終的にはブロックもこのミュージカルを楽しんでいた。
曲が終わった時、笑い転げていた者5名、飲み物を口から噴射してビショビショな者8名、顔を両手で隠して笑っている者3名、「大きくなくても気にしないわよん!」と慰める者1名と、大勝利であった。
「これは男ばっかり集めたのも納得だ! ひぃ~!腹筋が攣る!」
(大先生! 異世界でも通用しました! ありがとうございます!)
街中で不用意に口ずさんだりしないようにと皆に注意が促され、男祭りが終了した。
侑人は大先生に感謝をしつつ、ブロックと顔を見合わせ満足気に頷くと、共に店の片付けを始めたのであった。
…侑人は何を目指しどこへ行こうとしているのだろうか。
著作権に引っかかるかもしれない…とビクビクしながらの投稿です。
「すぐに修正した方がいい」
「様子見」
「直せと言われれば直せばいい」
等々、もしアドバイスをいただければ幸いです。




